蒼薔薇の戦乙女   作:蘭帆

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9話:宝物

 王国の街道を大きく煌びやかに装飾された馬車が進む。王国民は通路の両脇に立ち、馬車に向けて手を振り、見届けている。民衆たちの列はどこまでも続き、王都の道を彩る。

 

「ラナー様ー!!」「いつもありがとうございます!」

 

 無限とも思えるほどの人々から熱いエールを一心に受けるのはこの王国の黄金姫だ。ラナーは窓から顔を出して、手を振り声援に応えている。すると馬車の外からはそれに呼応するように、歓声が上がる。そうしたやり取りが小一時間続くと、遂に馬車は街を抜け、人通りも少なくなり、落ち着きを見せ始めた。

 

「──今日もすごい人気だね」

 

 ラナーの国民からの人気は知っていた。というよりも最近王城に行く前に見たばかりだ。だが、こうして本人に対する声援を聞くと、やはり自分の友達がいかに多くの人々から愛されているか分からせられる。

 

「これも私たちが頑張ったおかげですね!」

 

 果たして本当にそうだろうか。七年前のあの日、私が彼女の友人になっていなかったなら? 危険な冒険者稼業に専念するために、関係を絶っていたなら? ラナーは今のような人気者ではなかったかもしれない。王国のことなど何も考えていない、自分の欲求だけを追い求める怪物になっていたかもしれない。実際これまでにいくつも分岐点はあった。自分は正解を選択し続けてきたのだろうか? 本当にこれが正解だったのだろうか? 

 

「最初は三人だけだったのにな…」

 

 やはりこの間のラナーの発言がまだ気に掛かっているらしい。卑しい独占欲などラナーも望むところではないだろうに。

 

 冒険者になってからというもの、毎日充実した日々を送り、どんなことも自らの力で道を切り開いてきた。こんな風に悩んだのはいつぶりだろうか。自分の思い通りにならないことは、意外にも自分自身の心の中にあった。

 

 これから王国のために戦うというのに、やる気が起きない。気が重い。ネガティブになっていたからだろうか。心なしか気分だけでなく身体も重くなってきた気がする。特に両肩にスイカを置いたかのような重みがのしかかる。

 

(あぁ、重いな…。でもちょっと気持ちいいかも…。まるで人肌みたいに暖かいような…ん? 人肌?)

 

 自分の感覚に違和感を感じ、右肩に視線を向けると、美しい寝顔を晒し、寝息を立てて、ラナーがもたれかかっていた。国民にたんまりサービスをして疲れたのだろうか。肩の重みの正体はラナーだったようだ。

 

 次に左肩に目をやると、そこにはラキュースが寄りかかっていた。彼女は寝ている訳では無いようだった。ただ、宥めるような眼差しでこちらを見つめている。

 

「セリでも作戦前に不安になることもあるのね。でも大丈夫よ。私達もついているから」

 

 ラキュースは、配慮のある小さな囁き声でそう言い微笑む。どうやら思い悩んでいることが伝わってしまったようだ。悩みの種は別のことだが、確かに、王国を救うためとはいえ、今回の作戦内容にも些か不安が残る。ラキュースには支えられてばかりだ。いつもこうして皆の気持ちに寄り添ってくれる。小さい時から何度もこの気遣いに救われてきた。

 

 そう、きっと大丈夫だ。どれだけ遠い存在になっても、どんな窮地であっても、たとえ神の試練であろうと。この二人がいれば、私は──

 

 気がつくと、身体の重さは感じなくなっていた。今度は安心した気持ちで瞼を閉じた。

 

 ──きっと上手くいく。

 

 馬車は希望を乗せて、王国の未来へ進む。行先はエ・ランテル。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません…わざとでは無いんです……」

 

「ごめんなさい、まさか私まで寝てしまうなんて…」

 

 馬車が目的地に着くと、セリはあまりの激痛にしばらく動けなかった。ラナーとラキュースが、セリの肩の上で二時間弱爆睡していたためだ。その間、悪夢にうなされたことは想像にかたくないだろう。未だに両肩は鉄のように重たい。しかし、不思議と気持ちは軽くなったように感じる。

 

「もう! 二人とも私の肩使うの禁止!!」

 

 だが、それとこれとは別の話。両肩を押さえ、その痛みの分、二人を叱る。まさか他人に自分の肩の使用を禁止させる日がくるとは思わなかった。

 

 そこへ、他の蒼の薔薇のメンバーを乗せた馬車も到着したようだ。

 

「よぉ、また面白いことになってるみてぇだな」

 

「全くお前たちは…なにか揉め事を起こさなきゃ生きていけないのか?」

 

「反省が必要」

 

「同意見」

 

 いつもとは完全に逆の状況に、三人は思わず『お前たちに言われたくない』と言いかける。が、今回に関しては自分たちに非があるため、なんとか飲み込む。

 

 着いた場所は、アインドラ家の所有するエ・ランテルの別邸だ。ここを宿代わりに使い、視察の準備をする段取りとなっている。そもそもの目的は、エ・ランテルの視察ということになっている。これから行われるであろう八本指との抗争について知っている者は、この場では蒼の薔薇とラナーだけだ。

 

 その証拠に別邸内の執務室には、報告書用の紙が山のように積み上げられていた。

 

「とりあえず、表向きは視察なんだろ? 早速向かうとしようぜ。俺たちが守ってやっからよ」

 

 初めの視察は、領内の孤児院に行く手筈だ。それから、集合住宅に病院と教会、冒険者組合にも顔を出す予定になっている。エ・ランテルに来たからには、視察もしっかりこなし、今後の王国の糧にしなければならない。

 

「──では行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

「──はい、またお伺いしますね」

 

 エ・ランテル冒険者組合の組合長アインザックとの会合を終え、今回の視察も終わりを迎える。いつの間にか、空は薄い紫色混じりの紅に染まっていた。

 

 真の目的とは違うが、実に有意義な時間であったと思う。

 帰路に向かう馬車に乗り込む。今度はラナーが真ん中の席に座った。

 

「お疲れ様、ラナー」

 

 少し肌寒い空気に当たらせまいと、ラキュースはラナーにブランケットを寄越す。ラナーも遠慮せずそれにくるまり、暖を取っている。

 

「……あったかい…」

 

 いつもの毅然とした態度のラナーは美しいが、今のラナーはまるで小動物のような可愛らしさがある。この姿をみたら、誰だって愛でたくなってしまうだろう。

 

 ラキュースは何かに悶えるような仕草をし、ラナーの頭に手を伸ばす。

 

(二人も本当に仲良くなったなぁ…)

 

 振り返れば、初めて三人でお茶会をした時は、それは酷いものだった。

 ラナーは、ラキュースと話そうとせず、疎外感を感じている風なラキュースに自分が話を振れば、ラナーは怪訝な顔をする。そんな相性最悪の三人の繋がりは今では何よりも大切なかけがえのないものになった。

 

 昔は表面上だけの関係だった二人。今はどうだろうか。それは、現在の光景を見れば一目瞭然だ。ラキュースはラナーの頭を抱きしめるようにして撫でている。ラナーも身体を預けて、心地よさそうにしている。二人の美しさは、窓から射し込む夕日に照らされ、その輝きを増している。

 

 最近は昔のことをよく思い出す。その度に、今の幸せを噛み締める。

 

 いつまでも見れそうなその光景は、時間の流れを加速させ、気づくと屋敷に戻っていた。

 

 本当の仕事はこれからだ。まだ何も始まっていない。

 

 

 

 

 

 屋敷に着くと、早速準備にうつる。いつでも動けるように装備の整備に計画の打ち合わせを綿密に行う。ラナーのお付の衛兵に怪しまれぬよう、裏口からこっそり屋敷の外へ出た。

 

 八本指が動くとしたら、辺りが暗く、行動しやすい今こそ絶好の機会だ。向こうにあまり時間は残されていない。これ以上私たちの視察が進み、民からの支持を得ることを良くを思わないだろう。

 

 ならばこそ、必ずしかけてくるはずだ。今日でなくとも、近日中に。だからこそこうして警戒を怠らないことが大切だ。

 

 もし、私たちにもっと多く動かせる配下がいたなら、より多くの情報を以て、必勝の策を取れたのかもしれない。しかしながら、王国は王派閥が有利であるとはいえ、未だに権力の統一は為されていない。加えて、ラナーは第三王女という立場だ。優秀と言えど、王位継承権に関しては疑問が残る。

 

 よって、この作戦にあたり、セリやラキュースの私兵から協力を得るしか無かった。少ない兵士たちや諜報員による情報だが、それでも相手方の大体の戦力と戦法は把握してる。少しだけ無茶が必要だが、そもそも急進的な王国の復活には大胆な賭け事じみた作戦が必要だった。

 

 既に街は暗闇におおわれ、いつ八本指が動き出してもおかしくない。この一戦で王国の未来が決まると言っても良い。あのいつも陽気なガガーランでさえ、少しだけ緊張の色が見える。だが、この作戦で最も重大なのは私だ。

 

 市街戦が行われることを見越して、私は敵を引き寄せなければいけない。その間に蒼の薔薇は、街を巡回する。ラナーはイビルアイの魔法で守り、屋敷で待機する。その後は──

 

 つまり、私が時間を稼げれば全て上手くいく。

 

 夜が深まり、市内を見渡してもあかりひとつ見えない。人の気配すらしない。今日は、仕掛けてこないか、、

 

 そう思ったその時、街の中心でド派手な爆発音が響き渡った。

 

 ──動いた!! 

 

 六人は目を合わせあい、作戦決行を合図する。

 

「よっしゃあ! それじゃあ、いっちょ行くとするか!」

 

「私の出番」

 

「右に同じく」

 

「セリ、ここは任せたぞ」

 

「くれぐれも無理はしないで!!」

 

 手筈通り、セリを一人残して五人は街へと向かう。

 わざわざ最大の戦力を一人きりにしているのだ。まずは私に対して、攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 

 しかしながら、いつまで経っても敵は姿を現さない。むしろラキュースたちの向かった広場の方から戦闘音が聞こえる。

 

 こちらの作戦の裏をかいてきたのか…?作戦を中断し、加勢に向かうべきだろうか…そう考えている時だった。不気味な音が聞こえたのは。

 

 人間の声…?? 

 

 いや、それは言葉を発していると言うよりうめき声に近い。それも一つではない。おびただしい数の足音と、それに付随する重低音は、やがて大きなうなりとなって絶叫の旋律を奏でる。

 

 それは、生者への怨念の塊。幾千ものアンデッドが今にも墓地の門を越えようと蠢いていたのだ。中には難度の高いアンデッドも幾つか確認できる。あれらに加えて八本指の手勢まで加わったら…街の住人は…!? みんなは…!?!? 

 

 一体どこからこの戦力が…

 

「みんなに知らせないと…!!」

 

「おっと、そうはさせないさ」

 

 ラキュースたちのことを考えていたら、周りが見えなくなっていたのかもしれない。背後にこれほど接近をされても気づかないとは…。

 

「っっ!! 誰……? っぅ…!?」

 

「残念…一歩遅かったなぁ」

 

 正に、一瞬の隙が命取りだった。禍々しい色の液体が付着したレイピアは、右肩を一直線に貫いていた。




右肩さん…
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