キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第1話 二人の秘密

 幼馴染み。

 それは幼い頃から親しくしている友人のことを指す。

 

 幼い頃というのがいつからを言うのか、幼稚園か、小学校か……定かではないけれど、物心がついたときから、思い出せる限り一番古い記憶に既に存在していれば、それはきっと幼い頃からと言って差し支えないんだろう。

 

 実は、そんな相手が俺にもいる。

 親同士が元々学生時代からの友達で、子ども――つまり俺たちが生まれた年が偶然重なり、双方の家から何かとセット扱いを受けることが多かった。

 血のつながりはないが、兄妹、いや姉弟のような存在だろうか。一応向こうの方が一週間早く生まれているので。

 

 俺たちにとっては当たり前の関係。居て当然の存在。

 しかし、世間にとっては、俺たちのような関係は割と珍しいらしい。

 

「なぁ、省吾。お前、阪内さんと付き合ってんの?」

 

 年を重ねるにつれ、小中高と進むにつれ、そんな質問を受ける機会が増えた。高校に入ってからは俺と彼女――阪内いちかの関係を知った者の半分以上が聞いてくる。

 別に隠しているわけでもないが、幼馴染みである以外の接点が多いわけでもない。

 

(なのに幼馴染み一点でよく邪推できるよなぁ……)

 

 そう思いつつも、毎回、誤解を与えないようにしっかり返答するようにはしている。

 

「別に付き合ってないよ」

「本当か? 毎日一緒に登下校してるんだろ」

 

 幼馴染みで、家が隣同士なんだ。同じ登校時間にわざわざ別々の時間にずらす方が面倒じゃないか?

 ……そう思いつつ、俺はそんなうんざりとしたため息を飲み込み、首を横に振る。

 

「登下校が一緒なだけ。親同士が仲いいから」

 

 この返答、登下校が一緒なのと親同士が仲いいはあまり因果関係がないように思える。

 しかし、こう言っておくと後々の展開に便利だったりする――と、長年この問答に脳のリソースのコンマ数パーセントを取られている俺は学んでいた。

 親同士が仲いいから、子ども同士も仲良く振る舞っていないと気まずい……みたいな言い訳っぽくもなるし、下校を合わせるのも親のお使いを一緒にこなしているとかそれらしい言い訳ができなくもないのだ。

 

「ふぅん」

 

 ただ、今回の質問者は特に気にせず、気の抜けたような相づちを返してくるだけだった。これはこれでいい。

 そして……次に彼が出す言葉は予想がつく。

 でもさ、阪内さんって可愛いよなぁ……とか。

 

「でもさぁ、阪内さんって可愛いよな~!」

 

 当たった。

 

「明るいし、気遣いもできて……俺さ、この間日直で、宿題のノート運んでたら半分持ってくれたんだぜ!」

「良かったじゃん」

「なんか心籠もってなくね? そりゃあお前はそういう経験何度もしてると思うけど」

「まさか。俺相手だったら一緒にノートを運ぶなんて気遣い、見せちゃくれないよ」

 

 むしろ帰り道で鞄を代わりに持たされてる……というエピソードは、以前別の相手に披露した際、「そりゃご褒美だろ!」と反論を受けたので封印した。

 

「えっ、じゃあもしかして……俺に気があるとか!?」

「どうだろうなぁ」

 

 それは本当に知らないので、適当に返しておく。

 幼馴染みとはいえ、彼女の交友関係はあまり把握していない。

 

 当然だ。親が仲良かろうがプライバシーってものがあるのだから。

 彼女が誰を好きか、初恋がいつで相手は誰か……そういうのも全く知らない。

 

 ただ……彼女が間違いなく、俺をそういう目で見ていないのは分かっている。俺がそうであるように。

 

「あっ、ショーゴ。やっぱりまだ教室にいた」

 

 なんて話していると、話題の張本人が現れた。

 

 阪内いちか。

 現在高校一年生。身長は平均より低め、体重は平均くらい、バストは平均より大きめ。

 毎朝格闘しているという癖のついた茶色い髪を後ろで一本に結んで誤魔化し、逆にただ生まれついて整った顔立ちはメイクなどで誤魔化していないという。

 

 いつも明るく、人見知りという言葉と無縁の女。初対面の相手とでも友達のように話し、すぐに打ち解ける。おかげで多くの男子が惑わされ、涙を流したとか。

 実は目の前に居る彼も、その一人だ。

 

「あ……ば、阪内さん」

 

 彼はいちかを見て、気まずげに口の端をひくつかせた。

 俺は知らない……ことになっているが、彼は先日いちかに告白し、フられたらしい。

 

 いや、フられたと言うほどバッサリではなく、「キミとは友達がいいなっ」的にやんわりとだったみたいだけれど。

 

「あっ、杉内くんも一緒だったんだ。何話してたの?」

「え、えーとぉ……大したことじゃないよ! じゃあ、俺はこれでっ! じゃあな、省吾!」

「あー、また明日」

 

 気まずげに駆け足で教室を後にする杉内。

 すれ違った彼を軽く横目で追いつつ、入れ違いにいちかが歩いてくる。

 

「いつもの?」

「ああ、愚痴聞かされてた」

「そっか、おつかれ。じゃあ帰ろ」

「おお。用事ってのは済んだのか?」

「うん。ちょっと先生に授業の質問してただけだから」

 

 にこっと笑ういちかに、特に胸をときめかせることもなく、俺は鞄を持って立ち上がった。

 登下校は、いつも一緒だ。登も、下も。

 

 今日のようにどちらかに用事があれば、もう片方はそれが終わるまで待つ、というのが俺たち幼馴染みの間のルール。

 おかげでさっきのような、暇をしていて、なおかついちかの内情を知りたがったり、自分がフられた理由が俺にあるのか訝しむ輩のガス抜きに付き合わされることも多いのだけど。

 

 ……残念ながら逆パターンは殆ど無い。

 世の中の人間の大半がいちかに興味があり、俺にはない。そうできているのだ。

 たぶん、猿から人間に進化したその過程とかで備わった機能の一つだろう。決して俺に魅力が無いわけじゃないと思う。思いたい。

 

 帰り道、いつも変わらず彼女と並んで歩きながら適当な雑談を交わす。

 

「しょーちゃん、今日お使いは?」

「とくになし。昨日の作り置きがあるから」

「そうなんだ。おじさん、おばさん、最近忙しそうだもんね」

「共働きだからなぁ。本当に頭が下がる」

「それを言ったらウチもだけど」

「なんでも、俺が高校に上がるのを待って昇進の話に乗ったらしいから……って、この話、前もしなかったか?」

「うーん、したかも。まっ、こんなに毎日一緒にいたら、話題だって被っちゃうけどね」

「それもそうだ」

 

 何をいちかと話して、何を話していないか……そんなの一々覚えていられるほど、これは特別な時間じゃない。

 平日は毎日繰り返す、片道二十分の登下校。ここでする会話に特別中身を求めちゃいないし、時にはお互い無言のまま歩ききることだってある。今更沈黙なんて気にする間柄じゃない。

 

 ただ……ひとつだけ。

 今の会話にはひとつだけ、特別な情報が潜んでいた。

 

「直接、行くから」

「……おう」

 

 微妙な間。

 これを生み出させた感情を、世間一般ではどう呼ぶのか、俺はまだ知らない。

 

 ただ、何度も繰り返すようだが、俺たちの間には周りが訝しむような甘酸っぱい感情はない。

 これはむしろ、緊張とか不安とか、そういうマイナスな感情に似た物だ。

 具体的なセリフに起こすのであれば、「このままでいいんだろうか」的な。

 

 ……なんて考えている内に、家に着いた。

 俺が生まれるタイミングに両親がローンを組んで買ったという一軒家。

 そして隣、後数歩先に歩けば、同じく彼女が生まれるタイミングに両親がローンを組んで買ったといういちかの家がある。

 

 けれど、いちかは俺の後ろで足を止めた。

 

「早く」

 

 少しねちっとした口調。

 さっさと鍵を開けろとせっついてくる。

 

「急かすなよ……っと」

 

 言ってる間に鞄から鍵を出し、開けた。

 そして玄関に上がると同時に、背後でいちかがドアを閉じた。もちろん内側から。

 

 ――ガチャッ。

 

 丁寧に鍵も閉めてくれる……その音を聞きつつ、俺はローファーを脱ぎ――。

 

「しょーちゃん」

 

 ほんの僅か、けれど隠そうともしない苛立ちが滲んだ声。

 俺はため息をぐっと飲み込み、振り返る。

 

「おい。まさか、ここで――んむっ!?」

 

 どん、と音がしそうな勢いで、いちかが俺の体にぶつかってきた。

 そして、その勢いのまま――俺の唇に、強引にキスをした。

 

「ん、むちゅ……」

 

 俺の唇を、自分の唇でつまみ、撫でる。

 丁寧に目を閉じ、腕を背中に回し――俺が式台に尻餅をつくのにもしっかり追従し、放そうとしない。

 こうなったら……仕方ない。

 

「ちゅ、ぅ……」

 

 俺も彼女に従い、その華奢な背中に手を回し、しっかり胸で彼女の体重と制服越しに形を変える胸の柔らかさと感じながら、唇を撫で返す。

 

「ん、ぁ……べろ、出して……」

 

 いちかの指示に従い口を開くと、俺が舌を出すより先に彼女のそれが唇の隙間から滑り込んできた。

 

「じゅる、ちゅば……」

 

 俺の舌をいちかの舌が撫で、叩く。水の跳ねる音を立てながら、口の端からもうどちらのものとも分からない唾液が垂れてくる。

 互いの鼻からは熱い息が溢れ出て、同時に……否定のしようがない、痺れるような快感が首筋を通って全身に駆けていく。

 

「んぐ……いちか……」

「ちゅ、じゅる……しょーちゃん……」

 

 互いの名前を呼ぶ行為に意味はない。

 ただ、無言でこんな行為をするのには、こんな状況になってもまだお互い気恥ずかしさみたいなものが残っていて。

 

 だからって天気の話とか、内容のない世間話をするほどの気楽さもなく。

 お互い制服の背中に皺をつけながら、互いの唇を、舌を、唾液をぶつけ合った。

 

 別府省吾。

 阪内いちか。

 物心ついたときからの幼馴染み。

 家は隣同士で、家族同然に育ってきた。

 兄妹、または姉弟のような関係。

 そこに恋愛感情はない。一切ない。

 

 けれど、俺たちはキスをしている。

 昨日も、今日も、きっと明日も。

 

 当たり前にキスをする。

 

 それが、きっと『普通の幼馴染み』の形じゃないと知りながら。

 

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