キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

10 / 40
第10話 二日目と三日目

 キス断二日目(問題提起した昨日を一日目と換算)。

 

「おはよ」

「……はよぉ」

 

 朝、登校のために家の前で合流すると、いちかは既に若干やつれて見えた。

 昨日は結局話の後すぐに帰り、キスをしていない。

 最後にキスしたのは一昨日の夕方頃……既に丸一日は開き、普段のいちかの限界に到達している。

 

「むー…………」

(こいつ、ガン見じゃねーか)

 

 会ってすぐ、恨めしげに俺――というか、俺の唇を見つめてくるいちか。

 言葉にせずとも全身から、「キスしたいキスしたいキスしたい」と怨嗟の声が聞こえてくる、気がする。

 ……しかし、ここで折れてちゃ意味がない。

 

「ほら、行くぞ」

「あ……うぅ」

 

 俺はいちかの無言のアピールを無視し、歩き出す。

 実のところ、俺だって落ち着かない感じはある。けれど、まだキス断ちをすると決めた次の日だ。まだ火曜日だ。

 こんなところで立ち止まっちゃいけない。そう、強く自分に言い聞かせた。

 

 

 キス断三日目。水曜日。

 

「なあ、この問題の解き方さぁ」

「んー……」

「……省吾」

「んー……」

「ちゃんと聞けぃ!」

 

――バシンッ。

 

「痛っ!?」

 

 寬司に叩かれた。丸めた教科書で。

 

「お前、今日どうしたよ。ずっと上の空だぞ」

「ああ、悪い。何の話だったっけ」

「ここの問題の解き方……いや、そんなのはもうどうでもいい」

 

 数学の問題集を丸め、再び、けれど先ほどより弱く、頭を叩いてくる寬司。

 そこで初めて、さっきの武器が数学の教科書だと知った。

 そして、いつの間にか四限の数学が終わり、昼休みに突入していたことも……初めて気付いた。

 

「やば……ノート」

 

 授業の記憶が全然無い。ずっと別のことを考えてた。この時期には最悪だ。

 すぐに慌てて……といっても慌てる元気もないので、ゆっくりノートを開いてみる。

 そこには確かに俺の字で、けれど、明らかに普段より力の無い、汚い字で板書を写した跡が刻まれていた。

 

(全然記憶に無い……)

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないかもな」

 

 寬司の心配する声に、俺はため息ついでに答える。

 これについては四限からじゃない。今日ずっと……こんな調子だ。

 原因は分かってる。この口寂しさ。自分の中の歯車が何カ所も欠けてしまったような違和感。

 気を抜けば、まったく、それ以外のことを考えられなくなる。なってしまう。

 

「おつ~……いやぁ、数学難解すぎ~」

 

 弁当を持って理音さんがやってくる。

 昼休みはダブルデートではまったくないが、四人で食べるのが通例だ。

 そう、四人。寬司、理音さん、俺……そして。

 

「お疲れ、リネ。後で一緒に復習しようぜ。ああ、いちかちゃんもお疲れ」

「うぁ…………」

「あー、駄目。この子、今朝からロボットになっちゃってるから」

 

 理音さんが苦笑しながら、軽くいちかの頭をはたく。

 感情を失った、何も写さない瞳を浮かべたいちかはまったく反応せず、ぼーっと虚空を見つめている。

 明らかに重症だ。

 

「おいおい、いちかちゃんも? お前ら揃ってどうしたんだよ」

「揃ってって、ショーゴくんもかよっ!」

「あー……流行病、みたいなもんかもな」

 

 そう言いながら、俺はいちかから目を逸らす。

 まともに見てはいけない。いちかを見れば、自然と彼女の唇を追ってしまう。

 他の誰よりも、光り輝いて見える、ひときわ目を引く艶やかで柔らかそうで……魅力的な、それを。

 

「……あたし、お昼いいや」

 

 いちかがぽつりと呟いた。

 

「ちょ、いいって!?」

「お腹減ってない。それに……お昼ご飯より……」

 

 感情の起伏の殆ど無い声。

 普段元気といえば阪内いちかとの呼び声高い彼女のそんな姿に、理音さんや寬司だけでなく、他のクラスメート達までざわついていた。

 しかし、いちかは全く気にもとめない。外面を取り繕いもせず、とぼとぼと自席に戻り……ぐったりと机に突っ伏した。

 

「いや、マジでどーしちゃったんだよ!?」

「……さぁ」

 

 そう肩をすくめてみるけれど、言うまでも無くその原因を俺は理解している。

 誰よりもずっと、いちか本人と同じくらい理解している。

 そして……解決法も、はっきりと。

 

「なにか悪いものでも食べたのかしら」

「いちかちゃんに比べたら、コイツの方がまだマシだな」

 

 二人の声がどこか遠くに感じる。

 ああ、駄目だ。よくない。

 今朝からずっと思っていたこと……その疑念を浮かべてしまう。

 

(もしかしたら、これ、逆効果なんじゃないか……?)

 

 水は低い方へ流れる。人の心が楽な方に流れやすいのをそう揶揄する言葉がある。

 人の心が妥協に、怠惰な方に流れやすいのをそう揶揄することがある。

 

 決心が揺らぐ。簡単に。

 

 水が地面に落ち、染みこんで消えていくように……俺の決意もまた、ドロドロに崩れ落ちようとしていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。