キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第11話 崩壊

 キス断三日目。その放課後。

 

「……帰るぞ」

「…………うん」

 

 放課後、終礼と共に立ち上がり、いちかの席に行って声を掛けた。

 いちかが弱々しく頷き立ち上がる。

 周りからの視線を感じながら、俺たちは連れ立ってまっすぐ教室を出た。

 

 一言も喋らす、廊下を歩き、昇降口から下駄箱へ。

 靴を履き替え外に出て、通学路を歩く。

 並んで、ではなく、俺の数歩後ろをいちかがついてくる……そんな形で。

 

 お互いこんな状況になってもなお、登下校は共にしていた。

 小中高、どちらかが風邪でも引かない限り守ってきたルール。それを破るのは、皆勤賞を意地でも守ろうとする、そんな感じに似ている。

 

 会話をしないまま、ろくに頭を回さないで歩く通学路は果てしなく長く、しかし家に着いてしまえば一瞬だった。

 俺は家の前で立ち止まり、いちかが俺を追い越す。

 

 これでいつも通り――。

 

――ガシッ。

 

 俺は、無意識にいちかの肩を掴んで止めていた。

 

「えっ」

 

 いちかが振り返る。

 感情をなくしてロボットと化していた筈なのに、そうとは思えないほどに機敏に。

 一瞬で、目に「期待」という輝きを灯らせて。

 

「……うち、来るか?」

 

 恥じる気持ちはあった。

 でも、そんなプライドとか、いちかの心情とか、そんなの全部関係なく、俺は自分勝手に、いちかに命令した。

 

「っ……うんっ!!」

 

 そして、いちかはこれ以上無く嬉しそうに、目に涙さえ浮かべながら頷いた。

 

 

 キス断三日目。放課後。我が家の玄関にて。

 

「ん……ちゅっ、ちゅっ……はぁ、んむっ、ちゅうっ……!」

 

 ドアが閉まりきる前に、俺はいちかを抱き寄せ、いちかも俺に飛びつくようにして、そうやって俺たちは唇を重ねた。

 

 キス断は三日目にして頓挫した。

 

 ああ、分かった。認める。週に二回じゃ駄目だ。毎日じゃないと駄目だ。

 確かにいちかほどじゃない。でも、それはどんぐりの背比べでしかない。

 俺にもキスは当たり前で、いちかが必要だ。

 

「いちか……っ!」

「しょーちゃん! しょーちゃんっ! しょーちゃんっ!!」

 

 口の周りが涎でべとべとになろうが、全く気にしなかった。

 むしろそれも今、いちかとキスしている証拠だと思えば嬉しく感じた。

 

「ずっと、したかった……したかったんだから……!」

「俺もだ……ごめん、いちか」

 

 別に三日キスしないなんて……まぁ、最長記録に並ぶとは思うけれど、無いわけじゃなかった。でも、それは物理的に無理な時だけ。

 いちかが側にいる。いつでもキスできる。そんな状況で我慢するのは……どうしたって割り切れない。

 

 これは呪いだ。人知を超えた何かだ。そうでなければ説明がつかない。

 

「はぁ……れる、れろ、れるぅっ」

 

 舌を絡め、互いの唾液を掻き出す。

 体温も、魂も、抜き出し、交換する。

 そうして初めて、自分の体に生気が通う。自分で生み出すものではなく、いちかの中にある生気からしかそれを得られない。

 

 もうそうなってしまっているんだ。

 恋心がどうとか、関係なく。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……しょーちゃん……」

 

 これまでを取り戻すような、獣のような激しいキスを一旦終え、俺はその隙になんとか家の鍵を閉めた。

 いちかはぐったりと玄関に寝転ぶ。胸を上下させながら、荒い息を吐いている。

 

「しょーちゃん、だっこ……」

「おう」

 

 俺はいちかが両腕を伸ばす、その間に体を入れ、正面から彼女を抱き上げる。

 彼女の尻を持って体重を支え、逆にいちかは足を俺の腰に回してがっちりホールドする。

 互いの手は相手の背中に回し、抱きしめながら……顔は、すぐ正面に向き合うように。

 

「ちゅぅ……」

 

 俺は部屋に向かい、歩き出す。

 それにも構わず、いちかは俺の唇をついばむ。

 

「ちゅっ、れろっ……あたし、さぁ……ちゅう……この間、言ったじゃん……?」

 

 目を蕩けさせながら、いちかが笑う。

 

「ベロ……しょーちゃんも動かしてくれなきゃ、あたしは気持ちよくないって……」

「ああ」

「でも、さぁ……れろっ、全然、そんなことない……ちゅうぅっ……んはぁ……あたしから、ベロを絡めるだけでも、しょーちゃんを感じて……すごく、気持ちいい……!」

 

 歩く俺に対して、いちかは一切口撃を緩めず、そんな心情を吐露する。

 それは、散々我慢してからのキスだからそう感じるのか、それとも元々思っていたことを照れが邪魔して言えなかったのか……分からないけれど、俺はただ、「そうか」と頷くしかなかった。

 

 余計なことを考えてたら、腰を抜かして、階段に倒れてしまいそうだったから。

 俺はいちかを抱き上げ、バランスを崩さないように一段一段しっかり上る。

 

 いちかはそんな俺を妨害するように、抱き上げられながらキスを続ける。まるでこのまま一緒に転落して、仲良くあの世に行ってもいいと言わんばかりに、激しく。

 ……でも、これを許したのは俺だ。抱っこなんて言われた時点で、それに従えばこうなるのは分かっていた。

 

 それでも受け入れたのは……俺だって、一秒でも長く、ずっと、いちかとキスしていたかったからだ。

 我慢のせいか、それともいちかとのキスが自分に必要不可欠だと自覚したからか、キスがしたくてしたくてたまらない。いくらしたって満足できないんだ。

 

 なんとか、階段を上りきり、部屋に入る。

 すぐさま互いの鞄を床に投げ捨て、いちかもベッドに投げ倒す。

 

 いちかが夏服の、ブラウスを脱いで投げ捨てた。

 露わになるキャミソール。その下に薄ら、ブラジャーの色と形が透けて浮かんでいる。

 

「しょーちゃん……」

 

 誘われるまま、俺もワイシャツを投げ捨て、アンダーウェアだけになった。

 お互い汗を掻いている。制服を着たままじゃ、汚れを気にしてキスに集中できない。

 

 汚れを気にするなんて今更な気もするけれど、都合のいい理性に従えば、こうするのが合理的だ。

 断じて、よりいちかの存在を感じたいわけじゃない。断じて。

 

「きて、しょーちゃん」

「いちか……!」

 

 甘い誘惑に、それを放つ唇に、俺は抗えずに飛び込んだ。

 

「ん、はぁ……! れろっ、れろっ、れろぉっ!」

「いちか……いちかっ!」

 

 そこに愛はない。

 ただ、自分のために俺はいちかを貪り尽くす。

 それはいちかも同じ。どちらも自分のため。利害は一致している。

 だからこれは……おそらく自慰と変わらない。

 

 けれど、明らかに違うのは――キスは、一人じゃできないってことだ。

 

 必ず相手がいる。自分の意をくみ、自分を深く知り、尽くしてくれる、そんな相手が。

 それは片方では駄目だ。独りよがりでは、自分は良くても相手が匙を投げる。

 お互いがお互いを、自分にとって必要だと思っていなければ……満たされない。

 

「しょーちゃん……っ!」

 

 いちかが俺の名前を呼び、抱き締めてくる。

 彼女に覆い被さる俺に、腰を浮かせて縋り付いてくる。

 その、一心不乱に俺を求める姿が…………たまらない。

 唇を重ね、離れればすぐに吸い寄せ、吸い寄せられ……、熱を、想いを共有する。

 そこに愛はない。

 

 そこに、愛はない。

 でも。

 

「いちか……、…………」

 

 俺は、自分の言った言葉が聞こえなかった。

 自分で自分が何を言ったのか分からなかった。

 それは脳を通らず、脊髄から出てきたような言葉で、きっと意味なんてなくて。

 

 なのに、ガチリと、俺の中の歯車が音を立て、今までとは違う方向へ回った――そんな感じがした。

 

「あ…………」

 

 そんな俺の言葉に、いちかは僅かに目を見開き驚きを露わにしていた。

 キスを止め、口を半開きにしたまま俺を見つめる。

 

 俺といちかの間、唇と唇に繋がった透明な糸がぷつりと切れ、彼女の顎に落ちる。

 それと同時に――いちかは目を細めた。

 

 優しく、温かく……これまで見せたことのない表情。

 

「しょーちゃん、あたしも…………」

 

 その言葉は、聞こえなかった。

 いや……聞こえた。確かに聞こえたけれど……でもすぐに、溶けて消えてしまった。

 

 直後交わした、これまで何百、何千、何万と交わしてきたキス……そのどれよりも熱く激しいそれによって、かき消されてしまった。

 

 

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