午後の勉強会。
これまで平日頑張ってきた成果もそこそこに、俺たちは二人いる利点を活かし、問題を出し合うフェーズにまで到達していた。
「えっへへ、正解率はあたしの方が上だね~」
「ちくせう……」
問題を出し合えば、自ずと正答率という数字が出てくる。
そして二人しかいない分、その優劣も如実に明らかとなってしまう。
基本同じくらいの学力、よく知る相手であるからこそ、負ければその悔しさもかなりのものだ。
「英語だったから負けたんだ! 公民だったら、いちかなんかにっ!」
「ほお、言ったね? ならばルールは変わらず!」
「テスト範囲から、順番に、それぞれ合計十問出題する!」
「よろしいっ! それでは、いざ尋常に……」
「勝負だ!」
……そんな、子どもみたいな小っ恥ずかしい芝居を挟みつつ、問題をぶつけあっていく。
こうなるとそれぞれ教科書やノートにかじりついていた時よりも不思議と数倍楽しい。
それこそ、ポモドーロタイマーを必要としないくらいに。
先ほどのおねだりがあったとはいえ、やはり今日のいちかはあまりキスへの執着を持っていないようだった。
ここまで世話になったポモドーロタイマーを忘れ、つまりは決まった休憩も挟まず、日が暮れるまで互いに問題をぶつけ合った。
「……って、もうこんな時間か」
「あー、そろそろ親帰ってくるかも」
終わってみると、完全に時間を忘れてしまっていた。
いや、しまったなんて言う必要はないんだろう。だって、これが学生の本分なんだから。
とはいえ、おじさんとおばさんが帰ってきそうとなっては、もう今日は終わりだ。俺はピザの空き箱をいちかと共に片付け、帰り支度を済ませる。
「いちか、明日はどうする?」
「明日は……いいや。一人でやってみる」
「……そっか。じゃあそうしよう」
苦笑するいちかの言葉に、俺は疑問を浮かべつつも頷いた。
なんだか遠慮されている気がする。
何か隠しているんだろうか。気になるけれど――。
――ちゃんとしょーちゃんには話せることだよ。でも……今は無理。少し待って欲しいかな。
いちかは待って欲しいと言った。
なら俺も、待つしかない。無理に口を割らせたって、その行為自体がいちかを追い詰めたら意味がない。
(……大丈夫だ。俺の幼馴染みはそう柔じゃない)
そう言い訳のように考えている内に玄関についた。
俺は靴を履き替えようと――。
「……いちか?」
しゃがんだところで、いちかが服の端をつまんできた。
まるで、「行ってほしくない」と控えめに主張するみたいに。
「あ、えと……」
けれど、いちかはそれを言葉にはしない。
普段ならもっとストレートに口にしただろう。裏表が無いことが、彼女の特徴の一つであり、美徳でもあるから。
「しょーちゃん、その、さ……」
せわしなく視線を彷徨わせ、必死に言葉を選ぶ。
けれど……待っても待っても、彼女の言葉は形にならなくて。
「……やっぱいいや。ごめん」
力なく、泣きそうな笑顔で彼女は誤魔化した。
とても見ていられない、そんな表情に……俺は靴を履くのをやめる。
「いちか」
「……なに?」
「お前の部屋、行っていいか?」
彼女がどうしたいのか、なんとなく分かっても完璧に心が読めるわけじゃない。
けれど、冷静に考えれば……まあ、あまり気持ちの良い話じゃないけれど。
俺にはいちいちどうしようと悩めるほど、元々いちかにできることなんて、そう多くないんだ。
「……うんっ」
いちかは俺の提案に、嬉しさを滲ませつつ頷いた。
◇
もうすぐ両親が帰ってくる。
そんなスリルを楽しんで、キスに誘ってくるのはやはりいつもいちかだった。
けれど、今日は俺から誘った。だっていちかが誘ってこないから。
「…………」
二人並んでいちかのベッドに座る。
いちかはやけにもじもじして、けれど時折物欲しそうに俺の口を見てきていた。
「明日、できないからその分……な」
「うん……」
いちかの空気に当てられ、俺も変にどぎまぎしてしまう。
けれど意を決し、そう声を掛け、いちかに顔を近づける。
普段は目を閉じるいちかだけれど、今ばかりは目を開いたまま、ぎゅっと、昼前にしたよりも固く唇を閉じて、それを受け入れた。
――ちゅ。
軽く触れただけ。それでも彼女の唇の柔らかさは伝わってくる。
今度は先ほどのように無理にこじ開けにはいかず、それだけで顔を離した。
ほのかにいちかの固さが取れたように感じる。
目力が弱まったというんだろうか……少しホッとした。
「しょーちゃん、お願いがあるの」
「またお願いか」
「さっきのはワガママだもん。今度のはお願い。全然違うよ」
「そうかなぁ……でも、なんだ?」
今日のいちかはズルい。
放っておけない弱々しさを見せて、俺に断れない状況を作っている。
けれど、嘘で明るくできても、嘘で暗くはなれないタイプの人間だ。そんなズルさも無意識なんだろうと思えば、文句を言う気にもなれない。
だから、どんなお願いでもきっと受け入れてしまう――。
「好き、って言って」
「………………へ?」
「キスするとき、好きって言って」
なんか…………それは全く思ってもなかったお願いだった。