「そ、そういうのは冗談でも……」
「しょーちゃん、あたしのこと好きでしょ」
「でも、そういう好きじゃない」
「うん。それでもいいの」
「俺の好きは……たぶん、キスしちゃいけない類いの好きだと思うんだけどな」
「うん……それでも」
いちかは譲らない。
「あたしも、しょーちゃんのこと好きって言うから」
「言うからって……」
「試してみたいんだ。言霊ってあるでしょ?」
試す……何のために?
そんな疑問は思いついても口にしなかった。
完全な勘だけれど、それはいちかが待ってほしいと言った、いちかの抱えた何かに触れるような気がしたから。
「分かったよ」
こうなっては頷くしかない。
いちかがホッと安堵して息を吐く。
「だいじょぶ。深く考えなくてもさ。ちっちゃい頃やったおままごとみたいなものだから!」
「俺がお父さんで、お前がお母さんみたいな?」
「そうそう。お芝居お芝居」
できるだけ軽い雰囲気で、言い訳っぽく俺たちは言葉を交わす。
けれど……いちかが不意に俺の手を触り、握った。
その瞬間、俺たちは同時に言葉を失い……気まずさが沈黙と共に部屋を満たした。
……こういうのは、たとえお芝居、おままごとでも、男から言うべきなんだろうな。
「いちか」
彼女の指を優しくほどき、立ち上がって、ベッドへと押し倒す。
そして……喉が粘つくのを感じながら、その言葉を口にした。
「…………好きだ」
ほんの少し喉に引っかかる感じ。ちくりとつっつくような罪悪感の痛み。
それらを伴いつつも、それは仄かな質量を持ちつつ、俺が思っていたよりすんなり出てきた。
「……っ!」
いちかが目を見開く。
そして……目を細め、頬をほころばせた。
「あたしも、しょーちゃんが好き」
俺はその言葉を受け止め、いちかに口づけをした。
「好き……。しょーちゃん、好き。好きっ」
「いちか、好きだっ」
――くちゅ、くちゅ。
俺たちはいつものキスを交わし合う。ただし、いつもはない言葉をぶつけながら。
いちかの両親が帰ってくる、ドアを開けるその音を決して聞き逃してはならない。
しかし、いちかが「好き」と言うたびに、そちらに意識を取られる。
「ちゅ……好き、しょーちゃん……れろっ、れろぉ……すきぃ……」
「好きだ、いちか……好きだ……」
変に止めればそれが意味深なものになってしまう気がして、呼吸をするように好きと言い続ける。
不思議なもので、好きと言いながら交わすキスは、普段のものとは全く別の味がした。
なんというか……うまく言葉にできないけれど、知らない味だ。
「ん、むぅ……んちゅぅ……」
俺の体にしがみつき、必死に唇をぶつけてくるいちか。
体をもじもじと捻りながら、足も絡ませてくる。
俺たちはどちらが上とかじゃなく、ベッドに並んで寝転び、添い寝する形でキスを続けた。
「……んふっ」
不意に、いちかが笑う。どこか勝ち誇ったように。
「おっきくなったね」
「……うっさい」
この状況じゃ隠しようがない。
相棒のサポーターが無い状況だし、なにより、好きと言いながらするキスはあまりに新鮮で、それはそれでやっぱり気持ちがいいものだったから。
「えへへ……なんかいいね。どんなキスがしょーちゃんに効くのか、これならよく分かるから」
「そういう見方すんなよ。緊張して怖じ気づくだろうが」
「えー、そーなの? 元気そうなのに……ふふっ、照れてるしょーちゃんも『好き』だよ」
ちゅう、といちかが吸い付いてくる。
ちゅ、ちゅ、ちゅ、と吸っては離し、吸っては離しを繰り返す。
「ほら、しょーちゃんも言って」
「好きだ、いちか」
「あたしも好きだよ。好き、好き、好き……」
いちかは、俺の下腹部の変化も気にせず思い切り抱きついてくる。
だから俺も、いちかの胸部の変化は気にしないことにした。
「ねえ、あたしのどんなところが好き?」
「………………顔?」
「ぶーっ、減点!」
「ぐ……だっていきなり聞いてくるから。ていうか別に良いだろ、顔でも」
「それって顔以外魅力無いって言われてる感じがして気持ち良くありませーん。まず内面から褒めてほしいでーす」
「でも、それじゃあ内面褒めたって、じゃあ顔は好みじゃないのかよってならないか」
「まあそんな気もするけど…………よくわかんない!」
自分から指摘してきたのに、先に匙を投げやがった。
「でも、しょーちゃんに顔が良いって言われるのはちょっと嬉しい」
ちょっとだけね、とわざわざ強調しつつ、胸に顔を埋めてくる。
「もっと褒めて」
「おっぱいがデカいとこ」
「また外見!?」
「天丼という高等お笑いテクニックだぞ」
「高等でもなんでもないし! ふざけてんじゃん! お笑いって言っちゃってるし!」
多少のおふざけは許してほしい。だって俺だって照れるもの。人間だもの。
「あたしはしょーちゃんの好きなとこ、たくさん言えるのにな」
「ほう? それはいい。申してみよ」
「………………………………」
「まさかのゼロ!?」
「…………優しいところ?」
「それ誰にでも言えるヤツ!!」
優しいところを褒めるのは、他に何も無いからとどこかで聞いたことがあります。
つらいなぁ……もう冗談でも嘘って言えなそう。
「えー、いいじゃん。優しいって」
「そうだね……優しくないって言われるよりは、いいかもね……」
「顔とおっぱいだけしか褒められてないあたしもいじけたいんですけどぉ」
……なんて、言葉だけ取れば、いかにもな痴話げんかっぽい会話をしてしまう俺たち。
でも、実際にはじめじめした空気なんて全く無い。そもそも「好き」という言葉から、全部お芝居なのだ。このくだりだって、そう。きっとそう。
「マジでしょーちゃんの好きなところ、言っていい?」
「えぇ……」
マジなんてわざわざ前置きされると身構えちゃうじゃん……。
「だからしょーちゃんもあたしの好きなところ、本当のやつ言って。一個だけでいいから」
「……じゃあ、先に言う」
「だめ。あたしから言う」
ぱっと浮かんだ、マジのやつ。それは後出しでは絶対駄目なやつだった。
なぜなら、仮にいちかと被ったら最悪だから。
そして、めちゃくちゃ被りそうだから!
「あたしがマジでしょーちゃんの好きなところはぁ……」
「待て待てっ! 俺から言うから!」
「言い出しっぺのあたしから言うのが自然な流れなんじゃない?」
「いや、お前が先に条件出したんだから先攻権くらいこちらに渡して然るべきだろ。それこそがフェアプレーの精神ってもんだ」
「……じゃあ同時! 同時に言おっ」
逃げた。
そんなに後手に回るのが嫌だったのか。こりゃあ何を言うのか、想像がつきますねぇ。
そしてきっといちかも想像できているはず。ならば、やっぱりやめたと引いてくれるのがベストだった気もするけれど……でも、マジのやつだもんな。
「じゃあ、せーのでいくよ」
「マジのやつだからな。マジのやつ」
「もちろん」
俺たちは寝転んだまま真っ直ぐ目を合わせ、呼吸を合わせる。
「あたしが、マジでしょーちゃんの好きなところは……」
「俺が、マジでいちかの好きなところは……」
同時に「せーの」と続け、同時に息を吸い――吐き出す。
「マジにしょーちゃんなところっ!」
「マジにいちかなところ」
「「…………」」
ああ、やっぱり被った。というか、それ以外にない。
俺が、いちかのことを好きだと思うのは、いちかがいちかだからだ。
顔がどうとか、おっぱいがどうとか、優しいとか……そういう表面上の部分は好きとか嫌いとか判断する材料じゃない。
全部ひっくるめていちかはいちか。
だから、こいつと一緒にいたいと思うんだ。
「……まあ、しょーちゃんならそう言うよね」
「そりゃあな。そっくりそのまま、同じ言葉をお前に返すけど」
二人揃って吹き出す。
一緒に育ったおかげで、俺たちは似たもの同士だ。
けれど、同族嫌悪じゃなくて、お互い家族のような信頼で結ばれている。
それが……なんか大げさに言うと、世界にひとりぼっちじゃないって感じがする。
本物の家族以上に俺のことを分かってるやつがいるんだから。
(だから……俺もいちかの抱えてるもん、知りたいんだけどな)
なんとなく、手を伸ばし彼女の頬に触れる。
少し驚いたいちかだけれど、すぐに気持ちよさげに目を細め、自ら頬を俺の手のひらに擦り付けてきた。
「ありがと、しょーちゃん。ワガママ、聞いてくれて」
「お願い、じゃなかったか?」
「そーだったそーだった。えへへ、まあどっちだっていーんだけど」
「どっちでもいいのかよ」
いちかは気の抜けた笑みを浮かべ、そしてずいっとこちらに詰め寄ってくる。
鼻先が触れる、吐息が交わる距離。
「ん~……」
そして、唇をつんっと突き出してきた。
俺は苦笑をかみ殺し、それに答える。
「んっ……れろ……」
俺のキスを迎えると、いちかはすぐに舌を出し、絡めてくる。
当然そうなると予感していたので、俺も応戦する。
そうして俺たちは明日の分まで、キスを交わした。
俺は……やっぱりいちかの抱える秘密が気になっていたけれど、こうしてキスができる内は多分大丈夫だと、そう蓋をするのだった。