四日間かけて行われる期末テスト。
日にちをかける分、一日辺りのテスト数は僅か四科目。
すべて午前中に終わり、早く帰宅して次の日の試験勉強に備えることができるというは、ある意味温情と言えるのかもしれない。
本当の温情は、テスト自体しないことなんだけどな……いや、後の大学受験とかを考えたら、やっぱりテストは必要なのかもしれないけれど。
そんな学生を苦しめつつ、実は救ってくれているかもしれないダークヒーロー的存在、期末テストも始まってしまえばあっという間に過ぎていく。
喉元過ぎれば熱さを忘れる的なアレか、始まってしまえば余計なことを考える時間もないというか……あっという間に全科目を終えた。
後には灰も残らない、激動の四日間だった。まぁ、試験勉強を頑張ったおかげで手応えもそれなりだったけど。
「省吾っ」
そんなこんなで帰りのホームルームが終わった直後、早速寬司が声を掛けてくる。
「テストも終わったしさ、打ち上げに四人で飯でもいかね?」
「打ち上げって言うほどのもんか?」
「そりゃあそうだろ。高校入って初めてのテスト――は中間があったか。いや、初めての期末テストを乗り越えたわけだしさ」
寬司、昨日まで凄い顔してたからな……今は解放されて晴れ晴れとしているけれど、おそらく結果は……うん、一緒に遊んで多少発散させてやるのも悪くないかもしれない。
「そうだな。行くか」
「よっしゃ。それじゃあ早速リネ達にも――」
「阪内さんっ!」
そんな会話をしていると、突然、廊下の方から嬉しそうにいちかを呼ぶ男の声がした。
反射的に視線を向けると、長身の、爽やかそうなイケメンが教室を覗いていた。
次いで視線がいちかに集まる……と。
「ちょ、せ、先輩!?」
そこには顔を赤くして動揺するいちかの姿があった。
「お、おい。何だよ、あれ」
寬司が震えながら俺の肩を叩いてくる。
けれど……聞かれても、俺も知らない。
そんなやりとりをしている間にも、いちかは慌てて鞄に筆記用具類を詰めて帰りの準備を終わらす。
「げ、下駄箱で待っててくださいって言ったのに!」
「楽しみで、待ちきれなくてさ……ごめんね?」
その先輩とやらはいちかの抗議を受け、にこにこと人の良さそうな笑顔を浮かべたまま平謝りする。
そんなやりとりを見て、クラスメート達がざわつく。
いちかがこんな風に俺以外の男子と、おそらく一対一で遊びに行く約束をしている姿は見たことがない。クラスメート達にとっても、そうだろう。
そんな注目を集めるいちかは、大慌てでその先輩の元に向かい――。
「もうっ、注目されちゃってるじゃないですか!? い、行きますよっ!」
先輩の背中を押し、そそくさと去って行った。
嵐の後の静けさ、というべきか。誰もが二人が去って行った扉の方を見たまま、固まる。
けれど次第に一人、また一人と意識を取り戻し……。
「ど、どういうことだよ、省吾!?」
その一人、寬司に俺は激詰めされるのだった。
◇
「あの人、朝日将喜っていうんだって」
理音さんの情報網によって丸裸にされた先輩の笑顔を思い出しつつ、俺は「あさひまさき……妙に韻の分だ名前だなぁ」と、そんな感想を抱いた。
当然知らない顔だし、知らない名前だ。
なんでもテニス部に所属する二年生で、部内の信頼も多く集めている優男だという。当然ファンも多く、しかし女性の気配を感じさせない爽やかボーイ。
テニス一筋で界隈じゃ有名なプレーヤーだという彼だったが、約一ヶ月ほど前から、いちかにアプローチする姿が見られるようになったらしい。
いちかはいちからしく、何度も告白される度にしっかり断っていたようだけれど……先週の待つ頃から、先輩がやけにご機嫌そうになったという。
そして、今日のあの感じ……寬司が飯に誘ってくれたのと同様、テストで溜まった疲れと鬱憤を払うために、いちかと先輩はデートに出かけたのではないか、と言われている。
「すごいな、理音さんのネットワーク……」
「感心してる場合じゃないんじゃないのショーゴくん」
「そうだぜ、省吾! どうすんだよ!」
「どうするって……」
相手は有名人。いちかも交友が広い有名っちゃ有名な部類。
既に、俺たちのクラスと先輩の周りを中心に、二人が付き合っているのではないかと噂が広がっている。先輩はしっかり仲のいい友達に「映画を見に行く」と話していたようだし。
正直なところ、動揺はした。
いちかが俺以外の誰かと遊びに行く。可能性としては十分あり得ることだと思っていたし、受け入れる準備もしていた……と、思っていた。
けれど、その姿を目の当たりにしたとき、言葉にできない不安を、確かに俺は感じさせられた。言葉にできないから、それがどういうものなのか、自分でも分からないけれど。
理音さんの情報網から得た話が本当であれば、その先輩はいい人だ。何も無いからとりあえず使う、そんな「いい人」とは違う、本物の「いい人」なんだろう。
そうであってほしい。もしも本当にいちかと付き合うなら、そういう誠実な人であってほしい。
ただ……それによっていちかと疎遠になるのが、嫌だとも思ってしまう。
これがどうしようもなく独りよがりなワガママだと分かっているのに。
だって俺は、いちかとそういう風にはなれないのだから。
「大丈夫か」
寬司が肩を叩いてくる。
それほど暗い顔をしてしまっていたんだろうか。
「お前はあまり表情に出さないからな。心配だよ」
と、先に答え合わせをしてくれる。顔には出ていなかったらしい。よかった。
ただそれはうっかり顔に出してしまう程度の執着も抱けていないっていう意味かもしれなくて……複雑だ。
「いちかが決めることだからな。別に俺はあいつと付き合ってるわけじゃないんだし、いつかそういう相手ができてるってのは分かってたし」
けれど、安心ついでに口に出した言葉はまずかった。自分でも、なんとも言い訳らしいと思ってしまう。そんな白々しさがあった。
寬司と理音さんの表情が曇るのを見て、今度はしっかり伝わってしまったと察した。
「飯、行こうぜ」
誤魔化すように笑ってみせるが、二人の曇りは晴れず……明らかに気を遣わせていると分かる固い笑顔を浮かべられてしまった。
「そう、だな。行くか。リネはどうする?」
「アタシも行く。傷心のショーゴくん、放っておけないし」
「別に傷ついてるとかじゃないんだけどなぁ」
「いいから、こういうときは甘えとけ!」
さすが、「幼馴染みは結ばれるべき」という信念を持ち、それを体現している二人は違う。
彼らから見れば、今の俺は正しく失恋状態なんだろう。
けれど、それだけは否定しなくちゃいけない。
こういう状況……下世話な言葉を使うなら、寝取られとか、僕が先に好きだったのにとか、そういう風にも見られるんだろうか。
俺の大事な幼馴染みであるいちか。それが別の男に取られるかも、もしかしたら既に取られているかもしれない。
その寂しさはある。
けれど……だからといって、それを自覚することはない。
失恋と、恋を失ったと、この状況になってもなお、そんな空しさを感じたりはしない。
幼馴染みに一歩先に行かれた……今の俺の感情にラベルを貼るならば、きっとそんなところだろう。
その幼馴染みが俺にとってとにかくデカい存在であるのは確かだけれど。
だからもちろん、「上手くいってほしい」という気持ちはある。
(もしも俺がそういう意味でいちかのことを好きになれてたら……もっと簡単だったろうにな)
本当はとっくに好きなのに恋心を自覚できていなかったとか、幼馴染みであり続けるために本心を隠し続けてきていたとか、そういうの。
もしもそれで、本気で悔しがれたら……それはそれで辛いんだろうけれど、でも、少なくとも今は。
俺の手を引く友達と、背中を押して支えてくれるそいつの彼女に、申し訳なさなど感じることなく素直に感謝しつつ、慰められていられただろうにな。