「しょーちゃんと先輩を比べたらさ、きっと先輩の方がずっと簡単に恋愛的な意味で好きになれるって思った。というか、そういう意味なら、もう既に先輩の方がちょっと好きだったかもってくらい」
「……そっか」
いちかの正直な言葉に頷く。
ショックでもない。分かっていることだ。
「でもね……一緒にいたいって思うのは、しょーちゃんだけ」
いちかはそう言って、手を重ねてきた。
「何をしてても、そう思っちゃうの。ご飯を一緒に食べても、映画を見てても、感想を言い合っても、一緒に歩いてても……しょーちゃんとだったらもっと楽しかったんだろうなって、無意識に比べちゃう。隣にいるのがしょーちゃんだったら良かったのにって……」
「いちか……」
「だから、先輩にあたし、きっと上手く笑えなかった。改めて告白してくれた先輩の、好きって気持ちを、裏切っちゃったんだって……そう思ったら……」
収まっていた涙が、また零れ出す。
きっと、ここにいるのがその先輩だったら、彼女を気遣って涙を拭ってやったんだろう。
でも俺は、どうしていいか分からず、固まるしかなかった。
「だから、俺のせい……か」
「うん。しょーちゃんが悪いんだよ。しょーちゃんがあたしの中にいるから。しょーちゃんが……好きにならせてくれないから」
いちかの手の力が強くなる。
憤りを全部ぶつけるように……強く、握り絞めてくる。
――しょーちゃん、チューしよっ!
――しょーちゃんからしてほしいなぁ。
――キスするとき、好きって言って。
思えば、あの時のワガママも、お願いも、いちかの気持ちを確かめるものだったんだろう。
もしもそれで、俺のことを恋愛的な意味で好きになれたなら……ほんの少しでも隠れた恋心に気づけたなら、先輩とのデートにも行かなかったかもしれない。
俺といちかの関係は、どうしたって別府省吾と阪内いちかのままだ。
正直、それが恋愛的な好きとどう違うのか……初恋もしていない俺に、はっきりと言葉にすることはできない。
ただ、何度考えたって、違うとしか思えない。
それはいちかが言ったの同じだ。きっとこの世には、いちかよりもずっと簡単に、恋愛的に好きになれる相手が沢山いるんだと思う。
けれど……それが現れていない今、一番一緒にいたいと思う相手はいちかだ。
いちかが側にいてくれるなら、一生恋なんかしなくたっていいとそう思えてしまうくらいに。
「損だよな、俺たち」
「そうだね……」
血も繋がらないのに、法的にも倫理的にも、そういう関係になっても誰も責めないのに。
きっとお互いの両親だって納得してくれる。「ようやく収まるところに収まった」と呆れるかもしれない。
寬司と理音さんも祝福してくれて、一緒にダブルデート行こうと鼻息を荒くするだろう。
でも、俺といちかが、そんな関係を拒否してしまう。
形だけそうなったとしても、心は騙せない。
神様が何かのイタズラで、俺たちの中からお互いを好きになる機能を奪ってしまったみたいな話だ。
その機能を持たない俺じゃ……いちかを幸せにできない。
「今日ずっと、しょーちゃんと会いたかった……だから来ちゃった。先輩とデートしたその足でさ。でも余計最悪なのは……しょーちゃんの顔が見れて、こうやって一緒にいられて……それが嬉しいって、来て良かったって本気で思っちゃうことなんだよね」
「…………」
「しょーちゃんは? こう思うの、あたしだけかな……」
「嬉しいよ。嬉しいに決まってる。……そりゃあデートに行ったんなら上手くいってほしいって思ってたけどさ。泣いてるお前見たら、あの野郎絶対ぶん殴ってやるって思ったし」
「ふふっ、先輩は悪くないよ。悪いのは――」
「俺、だろ」
「あと、あたしも。ほんと、サイテーな女だなぁ、あたしって!」
開き直るように明るい声を出し、ベッドに倒れるいちか。
けれど、涙はまだ涸れていなくて……。
――そういう意味なら、もう既に先輩の方がちょっと好きだったかもってくらい。
もしかしたら今日、彼女は、まだほんの小さな、それでも確かに芽生えつつあった恋心を失ってしまったのかもしれない。
その失恋の痛みを味合わせてしまったのが俺の存在のせいならば……それを俺はどう受け止めるべきなんだろう。
俺の方が、泣きたくなってきた。
「しょーちゃん……」
「ん」
「頭、撫でて」
「それで、いいのか?」
「うん。今日は、それでいいや」
弱々しく微笑むいちかに、俺もなんとか笑みを返し――寝転んだままの彼女の頭を優しく撫でる。
癖のついた髪だけれど、手触りはいい。
むしろくせっ毛がほどよく絡んできて、それが妙に癖になる。
「えへへ……気持ちいい」
「そーかい」
「うん……そー、だい……」
全て話してすっきりしたのか、いちかはうとうとと目を閉じて……そのまま眠ってしまった。
気持ちよさげに寝息を立てるいちか。
手を放すと、無防備に身をよじっていたけれど……でも、起きる感じはなかった。
できれば少し、彼女の寝顔を見守っていたいところではあるけれど、いちかを心配していたのは俺だけじゃない。
俺はできるだけ音を立てないように立ち上がり、いちかを残して部屋を出る。
そして、やきもきしながら待っているであろう両親に報告をしに一階へと下りた。
やはり……と言うべきか、リビングにはうちの親の他に、いちかの両親もやってきていて、いちかに何かあったんじゃないかと心配していた。
当然、親相手であっても全てを話せるわけじゃない。だからこそ、いちかは吐き出す先として俺を選んだんだ。
そんな彼らに囲まれつつ、俺はただいちかは大丈夫で、心配することはないと伝えた。
ちゃんと説明しろと言われるかもとも思ったけれど……いちかの両親は安心したように胸を撫で下ろし、納得してくれた。
それはきっと、俺のことを信頼してくれているからだ。
だから俺も、その信頼を裏切らないようにしなくちゃいけない。
今回はその先輩が「いい人」だったから大事には至らなかったけれど……いや、だからといっていちかの交友に常に目を光らせて、あれこれ口出しするのは違うと思うし……。
(難しいな、本当に)
いちかも俺みたいに異性からモテないやつだったら良かったのに。なんとも厄介で、自慢しがいのある幼馴染みだ。