「そういうわけでさ……心配かけてごめんねっ?」
翌日、金曜日。
いちかは寬司と理音さんにそう頭を下げた。
朝一に、二人から心配という名の特別取材を受けたいちかは、「朝日先輩とはただ遊びに行っただけ」「付き合ってないし、特別なことも特になかった」と、微量の嘘を隠しつつ、端的に説明した。
それもわざわざ、周りに漏れ聞こえる程度の声量で――さすがはいちか。メディア対応に慣れている。
さらにさすがなのは、その話の内容や話し方で、先輩に落ち度は全く無いと伝えきっているところだ。おそらくこのいちかの話した真実は問題無く校舎中を駆け巡り、悪い誤解を解いていくだろう。
それはそれとして、一切フォローしてもらえない傷心を疑われた俺はというと……。
(ああ、ねむ……)
そんな俺は会話には加わらず、少し離れた自席であくびをかみ殺してた。
テストは昨日までに終わった。さすがにテスト期間は夜遅くまで勉強し、朝も早めに起きてしっかり脳を働かせる準備をする必要があったけれど……今日はその必要がなかった。
四日間しっかり貯めた疲れとストレスを、登校ギリギリまで寝て癒やせると思っていたのに……!
――グッモォニィ~~~~ン、しょーちゅわゎゎわぁん!
午前五時、爆音と共に俺の快眠を奪ったモーニングコールのおかげで、俺の素敵な計画が台無しになってしまった。いちかは昨日俺の部屋を訪れたときに、こっそりスマホの着信音をマックスに設定していたのだ。
そして、今朝、登校時間より少し早く学校にやってきた……登下校は基本一緒にという昨日は破った原則を守るために。
いちかが早く学校に来たのは、例の朝日先輩に告白の返事をするためだった。
テスト期間が終わり、部活動が解禁され、テニス部の朝練で学校に早くから来る朝日将喜先輩。その朝練前に会うためには、都合、六時半に学校に着く必要があった。ひええ。
いちかは朝日先輩とちゃんと話ができて満足していたが、付き合わされた俺は完全に罰ゲームだ。
二人が話している場面を覗くわけにも行かないので、先に教室に来て寝ていたのだけど……すぐにやってきたいちかに叩き起こされ、そこからは雑談三昧だ。
正直テストの準備に明け暮れていた時より疲れた。朝日先輩の告白に断るために変に気合いを入れ、そして全て上手く話せたと妙なテンションを上げたいちかに付き合わされたのだ。
ようやく別の贄がやってきた今、それでも彼女と一緒に雑談に興じようなどとは思わない。寝たい。つらい。しんどい。
「それじゃあ、告白は断ったんだ」
「うん。先輩も納得してくれたよ~」
そんないちかと理音さんの会話を遠くに聞きながら、俺はようやく微睡みの中に――。
――バシンッ!
「良かったなぁ、省吾!」
「いっでぇ……!?」
落ちることは許されず、寬司に叩き起こされるのだった。
◇
テスト期間が終わって早速、今日からテスト結果が返され始めた。
まあ、初日の科目からは四日も経っているんだし、早すぎることもないんだけれど……もう少し猶予をくれてもよかったのにと思わなくもない。
幸い、今日帰ってきた科目の点数に関しては中々良くてホッとできた。けれど、解答用紙が返却される直前の妙な緊張感には慣れられる気配はないし、来週もこれがあると思うとこれはこれで中々しんどい休日になりそうだ。
……とはいえ、そんな陰鬱な感情は寝不足のせいなのだろうか。クラスメート達を見ていると、みんな表情は晴れやかで、テスト明け初めての休日をどう凄そうか楽しげに話し合っていた。
中にはちらちらといちかに視線を送る男子もいて……おそらく、朝日先輩と特に理由も無く二人きりで遊びに行ったという前例を得て、自分達もそうなれるのではないかと期待しているんだろう。
それを非難するつもりはないし、前例ができてしまった分、いちかも断りづらくなるだろうけど……俺的には嫌かな。昨日みたいにデートの度に泣かれたら精神が持たない。
俺はいちかが上手くいなしてくれるのを期待しつつ、最悪上手く慰められるよう気の利いたセリフを考え始めた……。
「ショーゴっ」
と、そんな思考はすぐさま遮られた。
男子の誰が声を掛けるよりも先に、迅速に駆け寄ってきたいちかによって。
「……?」
気になったのは、声量。周りによく聞こえるよう、わざと大きめな声を出しているように思えた。声色もどこか楽しげ……イタズラを思いついた子どものような無邪気さがあった。
「週末、暇?」
「ひ、暇だけど」
「じゃーさ……デートしよっ♪」
「はぁ!?」
教室内がざわめいた。
俺も驚き、思わず悲鳴のような声を上げてしまうが、いちかは全く気にせず笑顔を崩さない。
クラスメート達の反応、そして俺の反応……すべて、彼女の予想通りだったらしい。
「明日と……あさっても。両方空けといてね? もしかしたら、お・と・ま・り……するかもしれないから」
「はあああっ!?」
俺と、クラスの男子何人かの悲鳴がリンクする。
対象に何人かの女子はどこか浮き足だった、黄色い悲鳴と呼ばれるそれを上げていた。
「あの二人ってただの幼馴染みって言ってなかったか!?」
「やっぱり、そういう関係だったのね!」
「いちかちゃんと別府くんかぁ……そりゃあお似合いだもんねぇ」
クラスメート達が好き勝手、人を食材にして雑談に興じる。
(こいつ……)
朝日先輩とのこと、浮き足立つ男子連中への牽制のために俺を利用したな……!?
「しょーちゃんと遊びに行きたいのは本当だよ」
視線から俺の感情を読み取ったのか、いちかは今度は周りに聞こえない程度の声量に抑えつつ、そんな補足を加えてきた。
俺が聞きたいのはそんな言葉ではなく、注目に巻き込んだ謝罪なのだけれど……そもそも睡眠時間を奪ってきたことへの謝罪もないし。
「じゃあ、帰ろ。ふふっ、楽しみだな~、しょーちゃんとのデェト♪」
抗議する隙も与えないまま、いちかは俺の腕を掴んだ。
おかげでクラスメート達に弁明する機会さえなく、俺は慌てて鞄を担むのだった。