(あー……落ち着く)
いちかとキスを交わしながら、俺は全身が良い意味で脱力していくのを感じていた。
いちかが女子だって認識はもちろんある。
たまに触れてくる胸は柔らかいし、匂いだってちゃんと女子っぽい。
体つきは華奢だし、今も結局、体重を思い切り預けられない程度には遠慮を感じている。
キスが特別な行為だというのも、この年になればさすがに理解している。
本来恋人とか結婚相手にしかやっちゃいけないことだ。海外では挨拶にキスを交わす国があるとかないとかいうけれど、こんな風に舌まで入れたりはしないだろう。
けれど、いちかに対する恋愛感情はない。まったくのゼロ。
これは向こうから俺に対してもそうだ。
異常だ。恋愛感情の無い相手にキスをする。
向こうからも恋愛感情が無いと分かっているのに、ねだられ、受け入れる。
毎日、毎日……どちらかが風邪引いたり、旅行とかで物理的に無理な時を除いて、毎日。
こんなにも繰り返すのは、この行為をすると気持ちいい以上に落ち着くからだ。
毎晩スマホを充電ケーブルに繋ぐのに似ている気がする。
いちかとキスをすると、収まるべきところに収まったというか。逆に、キスできない日が続くとたぶん、落ち着かない気分になる。
……たぶんっていうのは俺はまだその限界を迎えたことがないというか、そういうキャパはやっぱりいちかの方がずっと狭くて、俺が参るより先に彼女に押し倒されるのだけど。
「そういやさ……」
「なに?」
「杉内に告られたって言ってたろ」
キスの息継ぎついでに、話しかける。
いちかはキスを続けつつ、頷いた。
「なぁに、嫉妬したん?」
「してねーし」
「いーなー、しょーちゃんは嫉妬なんてさせてくれないもんなー」
舌を絡めるキスから、唇を撫でるようなキスに切り替えつつ、いちかは雑談に乗ってくる。
といっても、かなり攻撃的だ。俺の非モテコンプレックスを容赦なく刺してくる。精神的ダメージは計り知れない。
「んで、なんなん? 杉内くんがフラれたって話をおかずにキス楽しみたいって? 友達なのに酷いんだ~」
「俺はお前みたいに性悪じゃない」
杉内は優しいと言っていたが、こいつの本性はもっと我が儘だ。
決して性格がいいで片付けられるほど単純な中身をしていない。
「あたしは、しょーちゃんには隠し事できないって諦めてるだけ。だから告られたらついうっかり話しちゃう感じかなぁ」
「俺が悪いみたいな言い方すんなよ」
「さきに性悪って言ったのはしょーちゃんじゃん。ちゅっ、れろぉ」
唇で遊ぶのは飽きたのか、舌で舐めてきた。
「俺が言いたかったのはさぁ……なんで誰とも付き合わないんだよって話」
「えっ、しょーちゃんまさか『俺以外の物になるな』とか言いたいの? こわっ」
「言いたくねぇよ!? 俺はお前と違ってモテるんだから、もったいないと思ってんの! ほら、人生でモテ期は二回くらいしかこないって言うだろ」
「あたしのモテ期は生まれてから一度も途切れず、しょーちゃんは一度も訪れず」
「うっさい」
むかついたのでちょっと体重をかけてやると、「苦しい~」とはしゃぐみたいに手足をばたばたさせてくる。明らかに余裕だ。癖になるというのは嘘ではなかったらしい。
「向こうはあたしのこと好きでも、あたしはそーじゃないし。しょーちゃんと一緒にいられる時間も減るじゃん」
「ベタ惚れじゃねぇか」
「アハハハハ。……ちゅっ」
あからさまにあからさますぎる渇いた笑い。
それが自分でも白々しすぎたのか、わざと音を立てるキスをして誤魔化すいちか。
「まあ、しょーちゃんとはそういうのじゃないけどね。既にあたしの一部っていうか」
「言いたいことは分かる」
「キスだってさぁ、しょーちゃんとしかしたいなって思わないし。というかして当たり前って感じだし」
「枕変わると眠れなくなる、みたいなやつな」
「それそれ!」
なんて言いつつ、俺もいちかも互い以外の相手とキスした経験はない。
してみたら世界が変わるかもしれないけれど……そもそもキスなんて誰とでもするものじゃないのだ。
もちろん、それぞれ恋人ができればするんだろうけど……。
「……なんか、しょーちゃん以外とキスする自分が想像できん」
先に言われた。
「俺も同じこと思――」
「れろ、んじゅっ、じゅるるっ」
「んぁ、んじゅっ……喋らせろ!?」
「うははっ。しょーちゃんに関しては完全に杞憂なので先に塞いでやりましたっ」
人の話を舌をねじ込んで無理矢理止めるやつがいるか!?
まぁ確かに口にできたところで何が変わったってわけでもないだろうけどさ。
「まっ、その話は後にしてさ。ほら、しょーちゃんからもして?」
「……分かった。お前が意地悪なこと考えられないよう、メチャクチャにしてやるからな」
「きゃーっ、めちゃくちゃにされちゃーう♪」
なんてはしゃぐいちかの口に早速舌をねじ込み、絡める。
「んっ、あっ……はげし……ぃい……」
なんて言いながら瞳を蕩けさせて、俺の手を思い切り握ってくるいちか。
当然、俺も気持ちよくて、やっぱり落ち着いて……やっぱり、一週間に二回程度じゃ足りないだろうなと思わされて。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「あー……喉カラッカラぁ~……」
完全に外の日が沈むまで、酸欠でクラクラして立てなくなるまで、夢中になってしまうのだった。