キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第30話 揺れる

 いちかプレゼンツ、休日デート。

 その第三章は……映画鑑賞だった。

 道中、もしかしてという疑念はあったけれど、それがよりはっきり形になった気がする。

 

「あっ、心配しないで。先輩と観たのは別のやつだから」

 

 そして、答え合わせをするようにいちかは勝手に答えを言った。

 こいつは……本当に性格が悪い。

 

「……時代劇? 趣味じゃないだろ」

「だって一番気になるのはもう観ちゃったもん」

 

 先輩と、な。

 とはいえもっと、他に選択肢があった気がする。

 いちかが好きな映画はベタに恋愛系か、感動的な雰囲気のヤツ。あとはゴリゴリのガンアクションとか。

 

 逆に苦手なのはこういう時代劇みたいな……悪く言うと地味そうなやつだ。

 物語は劇的でなくてはならない! と、大仰に言うほどでなくても、どうせならインパクトのあるものが好ましい……と、俺も思う。

 

「はい、チケット」

 

 しっかり予約していたようで、いちかは慣れた手つきで二枚、チケットを発券機から取り出し、渡してきた。

 

「これ端っこじゃん」

「うん。それも一番後ろ」

 

 席番は並びでAとB。数字もずいぶん老けていると思ったけれど最後列だったらしい。

 ロビーにいる人をざっと観察した感じでも、あまり客入りがいい雰囲気じゃないみたいだし……どうしてわざわざこんな場所を取るのか分からなかった。

 いちかの好みは劇場の中央付近。とにかく見やすい場所を好む。ここは後方でスクリーンの全貌は視界に収めやすいものの、微妙に斜め方向から眺める形になるため、見やすいとは言えないだろう。

 

「あたしさ、先輩ともここに来たの」

「ああ」

「で、それが一昨日。んで今日、別の男の子と一緒に遊んでるなんて思われたら、あたしの社会的ヒョーカが血に落ちちゃうでしょ?」

「いや誰が見てんだよ……って、それならさっきまで普通にはしゃいでたのはなんなんだよ」

「それは……素、ですケド」

 

 いちかは少し気恥ずかしげに目を逸らした。

 

「ま、いーじゃん! ほら、ポップコーン買お!」

 

 いちかは誤魔化すように、俺の手を握って売店に歩き出した。

 

 

 

――いざ、討ち入りじゃあっ!

 

(おお……)

 

 改めて、時代劇みたいな、地味そうな印象のある映画は苦手だ。それはいちかもそうだし、大体同じものを見て育ってきた俺にも当てはまる。

 けれど、あらためてこうしてちゃんと見せられると、それは純粋な苦手ではなく、殆ど勝手な印象による食わず嫌いだったと分かった。

 泥臭さを感じさせる時代感だからこそ、心理描写がよく伝わってくるし、合戦シーンなどの作り込みも中々。

 特に、国のため、己が矜持のために命を賭けるその姿には、不思議と胸を震わされるものがあった。

 

 正直、映画が始まったら寝てしまうんじゃないかと、まあそれはそれでいいかなとか思っていたけれど、もっと良い意味で裏切られた気分だ。

 ただ――。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 我が幼馴染み、この映画を選び、俺の腕を引っ張ってきた張本人は、俺の隣で気持ちよさげに寝息を立てていた。

 あいにく他に客は殆どいない。寝息程度は映画の音にかき消され、迷惑をかけることもないだろうけど……ちょっと納得いかない。

 映画が始まるなり俺の手を握り、ポップコーンを食べきると、腕に抱きつきまでしてきた。

 

 そんなカップル割もないのにカップルらしい仕草をするいちかには驚かされたけれど……この感じを見ると、ただ眠くて、枕代わりに俺の腕を選んだというだったのかもな。

 

(……まあ、いっか)

 

 正直なところ、ガラガラの劇場、殆ど誰の目にもつかない、後方端っこの席に二人きり……という状況から、少しよこしまな想像を抱いたことは否めない。

 しょうがないだろう。だって男の子だもの。

 もちろん、そんなこと迷惑行為以外の何者でもないし、もしも現場に遭遇したら間違いなく引き、後日、それこそいちかとか寬司とかに雑談程度に共有しただろう。

 

 そう分かっていて、それでも……もしかしたらと思ってしまうのは……。

 

「すぅ……すぅ……」

「…………」

 

 何かと騒がしいいちからしからぬ、脱力しきった無防備な寝息。

 それを吐き出す、唇。

 今日何度か、リップクリームを塗り直していた。おかげで、映画館の暗闇の中でも、スクリーンの光を浴びて、艶やかさを失ってはいなかった。

 実に瑞々しく、柔らかそうで……俺はつい生唾を飲み込む。

 

(……って、駄目だ駄目だ!)

 

 心臓がバクバクと音を立てた。

 それは映画館という空間がかき立てたものか、ただの禁断症状か、分からない。

 ただ一つ分かるのは……俺は今、たとえいちかの意思がそうでなかったとしても、無理矢理唇に触れてしまいたい、そんな欲望にかき立てられているということだ。

 

 キスとまでいかなくてもいい、この指で、わずかに表面を撫でるだけでも、幾分かこの欲求は満たされるはず。

 映画を見ながら、けれど脳みその殆どをいちかに向けながら、俺は頭を回す。寝不足もあって、自分でも「何考えてるんだ」と思いつつ、それを止められない。

 

(もしも触ったって……いちかはきっと怒らない。少しからかわれるだろうけど、ただそれだけだ)

 

 指先が震える。

 左腕はがっちりホールドされてしまっているが、右手なら……。

 

――親方様―っ!!

 

「っ!?」

「ん、うぅ……?」

 

 スクリーンから響いた悲鳴。

 それに驚き肩を跳ねさせて――うっかりいちかを揺り起こしてしまう。

 

「あれ、あたし……?」

「っ……!」

 

 いちかは今が映画上映中だということも忘れて普通に喋りそうになっていたので、慌てて手のひらを押しつけ口を塞ぐ。

 結果的に唇に触れはしたが……いや、完全に結果だけだ。感触なんて殆どないし、何より心臓に悪い。

 幸い一瞬だったし、他の観客とは席も離れていて、気付かれた様子はないけれど……。

 

 いちかが目で、ごめんと謝ってきたのを確認し、手を放す。

 恥ずかしげに苦笑する彼女を直視しているわけにもいかず、映画がクライマックスということもあり、俺はそちらへ意識を向けた。

これまた幸い、アクションシーンが続いていたおかげで話の流れは大して変わっておらず、置いて行かれることはなかった。

 

 当然居眠りし倒したいちかには物語を追うすべはないだろうけど……まあそれは彼女の責任なので、俺がどうこう言う話でも無いだろう。

 

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