キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第34話 微熱

 帰り道のことは覚えていない。

 お互い、「これ以上続けたらヤバイ」という思いだけはかろうじてあったんだろう。

 

 結局土曜日のデートはあの観覧車を最後に解散になった。

 とはいえデートは家に着くまでがデートだ。

 帰りの電車、駅から家までの道……俺たちはずっと手を繋いで、キスの衝動に襲われて……それでもその熱はなんとか押さえ込んだのは確かだった。

 だって仮に、その熱に流されキスをしていたら……まさに人目もはばからず、行くところまで行ってしまっていたかもしれないから。

 

「省吾、体調大丈夫?」

「……うん」

 

 部屋のドアを開け、母さんが覗き込んでくる。

 家に帰った俺を、母さんは心配そうに見て来た。顔も真っ赤で、呼吸も荒くて、いかにも熱が出ているって感じだったから。

 体温計は微熱を指して、解熱剤を飲むほどではないにしろ、風邪の初期段階と睨んだ母さんによって現在軟禁状態にある。

 

 体感、この程度なら市販の風邪薬を飲めば一晩で治るだろう。この軟禁は余計なことして悪化させないようにという配慮なので文句は無いけれど、騒ぐほどじゃない。

 

「そういえばこんな時に悪いけど、明日ちょっとお父さんと一日出ることになって。ほら、前に話したでしょ、親戚の……」

「うん、大丈夫」

「ごめんね。晩ご飯は買ってくるけど、もし外で食べるとか、自分でなんとかする時は連絡して。お金はテーブルに置いていくけど、足りなかったら後で払うから」

「分かった……ありがとう」

 

 気だるさを覚えつつ、なんとか応答を終える。

 母さんには悪いけれど、そんなこと考えている余裕はなかった。

 風邪によるものじゃなくて……ただ、少しでも気を抜けば脳裏にいちかの姿が浮かんでしまう。

 熱と一緒に、何か奇妙なものに侵された気分だ。

 次、いちかとどんな顔をして会えばいいのか分からない。

 そんな気まずさを覚えつつ、けれどそれ以上に、やっぱりいちかに会いたい気持ちもあって……ん?

 

「明日、一日出かける……?」

 

 さっき言っていた予定を思い出す。

 平日は仕事漬けな分、休日に外に出ることはあまりない両親。せいぜい買い物とかそれくらいで、二人揃っていないというのはたまの温泉旅行程度だ。俺がついていくことも少なくないし。

 なので、今回はそこそこレアケース。一日この家を好き勝手使える……ということになるのだけど。

 

「……どうしよ」

 

 これをいちかに連絡すべきか、どうか。

 仮に思考をそのまま伝達してしまう連絡ツールが存在したとすれば、もう既にこの状況を報告してしまっていただろう。それか、普段から連絡の殆どを電話でやっているとか。

 けれど、現代の主な連絡手段はメールやチャットツールを用いた、文字を介したものだ。

 一々文字を打ち込み、添削が効く。

 思考をそのままダイレクトに乗せるには……冷静さや照れが邪魔をしてくる。

 言葉を選ばなければただ「会いたい」と、そんな気持ちを伝えるのには些か抵抗――恥じらいがあった。こんな俺にもだ。

 

 普段のいちかであれば、こんな状況を後から知ったら間違いなく文句を言ってくるだろう。どうして声を掛けてくれなかったのか、と休日が来る度にネチネチ突かれるに決まっている。

 ただ、今のいちかはどうなのか……全く読めなかった。

 今日あんな最後の時間を迎えた後で、その舌が渇かない内に誰もいない家に誘うのはがっついてると思われるんじゃないだろうか。

 

「うーん……」

 

 僅かな期待。それより遙かに大きな不安。

 文字を打ち込み、消す。何度もそんな無駄な時間を繰り返す。

 

「明日考えるか……いや、でも、その時にはもう予定が入ってるかもしれないし……」

 

 普段なら「それならそれでいい」と思うことさえ気になってしまう。

 我ながら、実に情けない悩みだなぁ……とか思っていると、不意にいちかの声が聞こえた気がした。

 

「ん……?」

 

 周りを見渡すが、当然いちかの姿はない。

 隣同士の幼馴染みとはいえ、お互いの部屋の窓が隣接していてそこから行き来できるみたいな漫画っぽいシステムは無いし……気のせいか。

 

『しょーちゃんっ!!』

「わっ!?」

 

 気のせいじゃなかった! 今度ははっきり聞こえた!

 と、ふとスマホを見ると……通話が繋がってる!?

 

「なんで!?」

『なんでって……しょーちゃんがかけてきたんじゃん』

「……うそ」

『ホント』

 

 どうやら悩みに悩んでいる内に、無意識に通話ボタンを押してしまっていたらしい。

 どうしてチャット画面に、そのまま通話できるボタンが無防備に置かれているんですかね……!?

 

「わ、悪い。操作ミスったっぽい」

『そーなんだ。ま、別に良いけど。じゃあ特に用事も無い感じ?』

「あー……あるっちゃあるんだけど……」

『ん、なに?』

 

 電話の向こうのいちかはいつも通りだった。いや、若干素っ気なさを感じさせる、かも。気のせいで済むレベルではありつつ。

 とはいえ、こうして電話が繋がってしまったのはある意味結果オーライかもしれない。

 少なくとも、電話までかけて、それでも親の不在を知らせなかったとなれば、後から来る報復も余計に膨れ上がるからだ。

 だから、仕方ない。これは仕方がないのである。

 

 ……と、心の中でしっかり言い訳しつつ、俺は用事を打ち明けた。

 

「実は明日、うちの親が二人とも一日出かけるみたいでさ――」

『いく』

「……え?」

『何時くらいに出るの?』

「あー……分かんない。午前中だと思うけど」

『じゃあお昼ご飯食べたら行く。用事、それだけ?』

「えっと、ハイ」

『りょーかい。じゃ、また明日ね』

「おう……また、明日……」

 

 電話が切れた。

 短い、一分にも満たないやりとりだったが、随分と話がトントン進んだような。

 ていうか、返事かなり食い気味だったし……いや、うーん、気のせいか?

 

「まあ、いいや」

 脱力してベッドに寝転びつつ、溜め息を吐く。

 そういえば寝不足だった。観覧車の一件のおかげで完全に目が覚めてしまったけれど。

 このまま目を閉じて、数度深呼吸したらすぐに眠れそうだ。

 

(いや、でもそうしたら昨日の二の舞に……まあ、いっか。明日は昼までは寝られるわけだし……)

 

 軽く寝て、晩ご飯と風呂を済ませて……昨日(今日)は朝から用事があったから変に寝付けなかったけれど、昼過ぎからと分かっていれば気持ちもいくらか楽だ。

 そうと決まれば、もう俺を妨げるものは何もない。

 

 いちかとのデートは眠気を吹き飛ばすほど強烈で、色々悩みもしたけれど……でも、明日のことをいちかに伝えるという直近のミッションを達成した俺は、これ以上深く考えることなく、気持ち良く眠りに落ちれたのだった。

 

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