キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第35話 休日に二人きり

――ピンポーン。

 

 遠くから、チャイムの音がする。

 

――ピンポンピンポンピンポーン。

 

「……うぅ」

 

 うるさい。こっちは気持ち良く寝ていたというのに。

 

――ピンポンピンポンピーン………………。

 

「……?」

 

――ポーン。

 

「無駄にリズミカルに……ああもう、分かったよ……」

 

 宅配便か何かだろうか。

 行ってくれる気配もないので、俺は仕方なく体を起こした。

 何度も何度もチャイムが鳴らされる音を聞きつつ、のっそりと階段を降り、パジャマ姿、寝癖も気にせず、ドアを開けた。

 

「どちらさま……」

「遅~い!」

「……いちか?」

「そうですけど。つーか、もしかして寝起き?」

「ん、うん……」

「ふぅん……とりあえずお邪魔します」

 

 訪問客はいちかだった。昨日とは違い、Tシャツとハーフパンツというラフで涼しげな格好をしている。

 でもなんで…………なんでじゃない!?

 そうだ、今日来るって行ってた! そもそも親の不在を伝えたのは俺だ!

 あまりにしっかり寝過ぎて、予定が頭から飛んでた……!

 

「ご、ごめん! お前が来るの忘れて――んっ!?」

 内心焦りながら謝ると――返事より先に、というか言葉の途中で、いきなりキスされた!?

 ぎゅうっと強く唇を押しつけ……十数秒味わってから、ようやく離れた。

 

「……んふっ。おはようのチューってやつ?」

「お前……寝起きの口は汚いからキスはしない方が良いって前に言ってなかったか」

「いったかも。でもしょーちゃんならいいよ」

 

 にひっ、といちかは子どもっぽく笑う。

 その笑顔を向けられると……俺も文句が言えなくなってしまった。

 

「あっ、そうだ。しょーちゃん、その感じだとまだご飯食べてないでしょ」

「あー、うん」

「朝も昼も夜も」

「……うん」

 

 夜はお前も食べてないだろ。

 

「じゃあ、あたしが作ってあげる! 食材勝手に借りちゃうけど!」

「まあ、俺が使ったってことにすれば問題ないとは思うけど……」

「んふふ。あたしの手料理が食べられるなんて家族かしょーちゃんくらいだよ? まあしょーちゃんは家族みたいなもんだけど……そうだ!」

 

 いちかが突然正面から抱きついてきた。

 またキス……と思ったけれど、拳一個分離れたくらいのところで止まり、じいっと俺の目を見つめてきた。

 

「しょーちゃん、今日はあたしのこと、お嫁さんだと思っていいよ♪」

「はぁ!?」

「あたしもしょーちゃんのこと、旦那様だと思うから。さっ、あ・な・た♪ 早く着替えて歯磨いてきて! あたしはその間にちゃちゃっと用意しちゃうからっ」

 

 また変なことを言い出した。

 でも、まあ……それも家族の形だからな。そう遠い存在でもないかもしれない・

 ……なんて、やっぱり寝起きの俺には、まともに判断なんかつかなかった。

 

 

「はぁい、おまちどおさま」

 

 いちかが用意してくれたのはナポリタンだった。

 トマトケチャップの焼けた香りが実に食欲をそそる……若干焦げた感じもするけれど、それが手作りっぽくて良い。

 

「いただきます」

「ゆっくり味わってね。あ・な・た」

「……近くない?」

「夫婦ですから」

 

 いちかは俺の隣に座り、ぴったりと身を寄せてくる。

 しかも利き手の右側から……おかげでフォークを動かしづらい。

 

「食べさせてあげよっか」

「いや、大丈夫」

「口移しでもいーよ?」

「…………それは食べ物を粗末にしてる感じもするから」

「変な間があったけど」

 

 そりゃあ、心引かれないわけじゃない。

 口移しで食事するとか……汚い気もしつつ、それ以上に、なんかエロいし。

 

「ていうか、なんで夫婦ぶる必要があるんだよ」

「んっふっふ。あたし思ったの。しょーちゃんのことそういう風に好きになれないならさ……いっそ、もっと踏み込んでみてもいいんじゃないかって」

 

 いちかは得意げに胸を張る。

 ていうか……さっき抱きつかれたときに、眠気混じりにぼんやり気がついたけれど、今日もこいつ、付けてない。

 

「それって、チキンレースみたいな感じか」

「そうそう。好きになったらアウトーみたいな?」

「そこまで踏み込んでる時点で、色々苦しいけどな……」

 

 夫婦のフリをしても好きになれないって、余計に欠陥を浮き彫りにする気もするし。

 まあ、俺とこいつの距離感じゃそれもやっぱり今更か。

 

「それに、しょーちゃんとだったら、そういうロールプレイも嫌じゃないし。しょーちゃんはどお?」

「俺は……俺も、別に嫌じゃないけど」

「じゃあいいじゃん。遊びだよ、遊び。おままごとみたいなものでしょ」

「……うん、そうだな」

 

 これ以上拒否するのはなんかいちかを変に意識してる感じが出て負けた気分になる。

 そもそも夫婦らしいことって何かなんか分からないし……とりあえず、流れに身を任せてみよう。

 そう思いつつ、とりあえず冷める前にナポリタンを食べてしまうことにした。

 

「ん、美味い」

 

 結構濃い味付けだが、俺好みだ。

 素直に口を出た感想に、いちかも満足げに鼻を鳴らす。

 

「腕上げたなぁ」

「えへへ、でしょー」

「これならどこに嫁に出しても恥ずかしくないぞ」

「夫婦っぽくない褒め方はNGですぅ。それに言い方も考え方も古くさいし」

 

 現代は男女平等。どちらかがどちらかに尽くすなんて考えは古くさい。

 そうテレビでもよく耳にする……でも、高校生の俺たちにとってはまだあまり分からん世界の話だ。

 なんて考えている内に、あっという間に一皿平らげてしまった。俺にとっては朝飯でもあって、最初は少し朝飯にしては重たいかもと思ったけれど、全然そんなことなかった。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様でしたっ。あ、しょーちゃん……じゃなくて、あなた。口にケチャップついちゃってるよ」

「一々言い直さんでも……ん、取れた?」

 

 手の甲で口を拭うと、確かにケチャップの跡がついた。まあこれは避けられない。そういう料理だからな、ナポリタンって。

 

「んー、ちょっと待って」

 

 いちかはそう言って俺の顔を覗き込み――

 

「れろぉ……」

 

 俺の口周りに舌を這わせた。

 

「れろ、れろ、れろっ」

 

 丹念に、丁寧に、俺の口周り、そして唇を舐めてくるいちか。

 その献身的な様は……確かに奥さんにやられたらぐっと来るかもしれない。

 いちか相手だと、愛犬ってほうがしっくりきそうだけど。

 

「んふふ……甘じょっぱい」

 

 俺から顔を離し、ペロッと挑発するように舌なめずりするいちか。

 その目に輝く、怪しげな光に……俺は一瞬目を奪われた。

 

「ねえ、あなた……ナポリタンだけじゃなく、あなたの可愛いお嫁さんも、しっかり味わってほしいナァ……?」

 

 妖しげに笑いながら、そんな挑発をしてくるいちか。

 完全にスイッチが入ってる。

 

「とりあえず、ソファ行こ?」

 

 そんな誘惑に、俺如きが抗えるはずなど当然なかった。

 

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