キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第36話 小芝居

 ソファに座り、いちかを抱っこする。いわゆるバックハグの形だ。

 俺の胸にいちかの背中を押しつけるようなそんな体勢は、いちかのおっぱいに合法的に触れないけれど、逆にいちかとの設置面積が増えて、彼女の体温をよく感じる。

 いちかは割とこの体勢が好きらしい。

 

「ああ、しょーちゃんを感じるぅ」

 

 なんて、今みたいな感想をよく口にしていた。

 

「ねえ、あなた」

「なんだ、いちか」

「……それじゃあいつも通りじゃん。なんかお嫁さんに向ける良い感じの呼び方ないわけ?」

「そう言われてもな……奥さん、とか」

「それはちょっと不倫っぽい」

「確かに」

 

 言われてみると難しい。

 少し昔のドラマとかだと、「お前」とかになるんだろうか。でも少し乱暴で嫌だな。

 

「うーん……マイワイフとか?」

「海外ドラマかい!」

「海外ドラマでも言うか?」

「分かんない。あたし、見ても吹き替えにしちゃうし」

「俺も」

 

 いちかも俺も、字幕で映画を見ると字幕を追うのに必死になってしまうタイプなので、案外吹き替えを選びがちだったりする。たまにとんでもないのに当たることもあるので、それは注意だけど。

 

「家内……とかは、他人に向けた呼び方だよな」

「うちの旦那が、みたいな感じだね」

「海外ドラマで言ったら、ダーリンとかハニーとかも使うよな」

「ぷっ! しょーちゃんからそんな呼び方されちゃったら、真面目な空気でも絶対に笑っちゃう!」

「ひでぇ」

 

 でも言った本人である俺も笑う自信がある。

 そう改めて考えてみれば、夫側からの呼び名ってそれらしいのが無い気がする。

 大体は名前か……うちの親の場合、俺の前じゃ「お母さん」って呼んだりするな。外の人に向けて「妻が」って言うのと同じ感じだろうか。

 

「普通に、いちかでいいんじゃないか」

「えー……うーん…………じゃあ、愛情はたっぷり込めて」

「愛情ねぇ」

「まあ、それも難しいか。あたしたちだもんね」

 

 はあ、と溜め息を吐き脱力するいちか。

 愛情を込めて互いを呼ぶ……その最も大事な資質に欠けていることはお互いよく自覚している。

 

「よく考えたらさ、普通の夫婦って何するものなんだろ」

「……さあ?」

 

 お互い、良い両親に恵まれた。

 なので最高の見本はすぐ側にある。

 でも……夫婦らしさがなんなのかは分からない。

 具体的に何をしたら夫婦になるのか……キスの、その先とか?

 でも、それは夫婦じゃなくてもやるよな。

 

「こうやって、くっついてだらだらするのは夫婦かな?」

「うーん……今までと変わらない気がするけど。それに親がこんな風にしてるの見たことないし」

「だねぇ」

 

 ぐてーっと脱力するいちか。そして俺も、ぐてーっとソファに身を預ける。

 いちかの体温が暖かいので、正直今なら気持ち良く眠れそうだ。肝心のこのお布団様がそれを許さないだろうけど。

 

「じゃあ夫婦ではなく……お嬢様とその使用人にしようっ」

「……はい?」

「使用人としようが掛かってる、なんてことは、今はどうでもいーんだけど、とにかく、お嬢様と使用人なら、それなりにコテコテなイメージがあるじゃん?」

「まあ、夫婦よりは多少は分かりやすいかもな」

「そうでしょうそうでしょう」

 

 得意げに胸を張るいちか。

 けれど、いちかはお嬢様というよりは町娘っぽいというか……高貴さより親しみやすさにパラメーターを振った女だ。

 むしろ逆に俺が…………いや、高貴さって意味じゃ俺の方が適正はないか。

 

「というわけで……省吾!」

「お、おう」

「言葉遣いっ」

「あー……はい、お嬢様」

 

 とりあえず付き合うか。

 お互いラフなTシャツ姿。主だろうが従だろうが、大仰すぎるガワだと思うけれど。

 

「わたくし、お腹が減りました」

「暴飲暴食は太りますよ、お嬢様」

「のっけから無礼すぎない!?」

「いえ、全てはお嬢様のことを思ってのことです」

「執事版しょーちゃん、ただの口うるさいオカン説……!」

 

 執事ってそういうもんじゃないの? 目の上のたんこぶ的な……知らんけど。

 

「とにかくっ、わたくしはお腹が減ったの! だから、キスしなさいっ!」

「……?」

「ちょ、微妙な反応やめてっ。無理があるのはあたしも分かってるから」

「…………それは、ただキスがしたいという意味ですかお嬢様」

「うぅむ……そうである」

「急に偉そうに」

「だって分かんないし……! キスしてほしいけど、素直に言えない感じとか!」

「だったら最初から素直に言えばいいんじゃねーの」

 

 俺は後ろから彼女を抱いたまま、顎に指をかけ、こちらに振り向かせる。

 そして、そのまま――唇を奪った。

 

「ん……っ!」

「求められれば応えるよ。テスト前みたいな縛りもないし……でございます。お嬢様」

「っ……! かっこつけんな、ばか!」

 

 俺の膝の上に乗ったまま、いちかはさっきと同じ体勢でキスを返してくる。俺は宣言通り、それを受け入れた。

 

「ん、ちゅう……」

「必死にキスして、可愛いですよ、お嬢様」

「それ、やめ……ろぉ……!」

「可愛いな、キスに夢中な、その姿」

「五・七・五!?」

「夢中とキス、チューが掛かってるんですね」

「うざい解説!!」

 

 仮初めの主従関係に楽しさを覚え始めつつも、軽口を叩き合う俺たちは、やっぱり上辺だけをなぞったって、とてもそんなキラキラした存在にはなれそうになかった。

 

「ばか言ってないれぇ……ちゅう、もっろしろぉ……」

「わぁってる、よ……!」

 

 お互い火がついてしまえばもういつも通りだ。

 どうしたって俺も、いちかも、やっぱりこれには抗えないのだから。

 

 

 

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