キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第39話 マイブーム

 気がつけば、もうすっかり夕方を迎えていた。

 結果だけを箇条書きにしたら、実に完結に片がつくだろう。

 

――幼馴染みと、ほぼ文字通り乳繰り合ってました。以上。

 

 ……まあ、何本もある一線の、おそらく半分は超えずに済んだことをほっとするべきか。

 我が倅は強靱なるサポーターの下で「我も、我も」と叫んではいたが、なんとか、ギリ、活躍させずに済んだ。

 

――しょーちゃん、カチカチぃ?

 

 と、テンションをバグらせたいちかに、ズボンの上から撫でられたときは「あ、終わった」と思ったけれど、直後いちかが正気に戻り――いや、かろうじて理性を取り戻し、

 

――や、ややややっ、やっぱ今のナシっ!!

 

 そう引いてくれたから良かった。

 あのままエスカレートしていたらきっと……俺たちはまさに、愛無き愛の営みをしてしまうところだった。その未来は……まあ、どうなっていたかは予想もつかないけれど。

 

「しょーちゃん、おシャワー終わりましたぁ」

「あいよ」

 

 フェイスタオルで頭を拭きながら、いちかがリビングに帰ってきた。

 もちろん、服はちゃんと着ている。

 これは俗に言う前哨戦、「さっさとシャワー浴びてこいよ」のそれではない。

 

 むしろ事後処理……涎でベタベタになった彼女をそのまま家に帰すわけにはいかないという、俺なりの正義感に基づくものだ。

 元々彼女が着てきた服もしわしわになって、ところどころ涎が垂れてしまっていたので、着替えは俺のを貸した。

 もちろんサイズ的には大きいが、いちかはオーバーサイズが好きとのことで問題ない。

 

「えへへ、どお? 彼シャツ~」

「彼じゃないだろ」

 

 むしろ楽しそうなので、貸しに思う必要はないだろう。

 ちなみに俺の方の事後処理は患部をウェットティッシュで拭き、着替えるだけで済ませた。

 こういうところ、男は女子より身だしなみに気を遣う必要がなくて助かる。

 

「いやぁ、ハッスルしちゃったねぇ~」

「だな……本当に、ギリギリ理性を取り戻せて良かった……」

 

 それがどんなきっかけだったか、定かじゃない。

 ふと夏の暑さが気になった、その程度の僅かな不快感が、俺たちの手を止めてくれた。

 俺はともかく、こんな勢いでいちかを傷物にしたとなっては、いちかはもちろん、いちかの両親にも申し訳が立たない。

 

「しょーちゃんは相変わらず真面目だ」

 

 いちかはフェイスタオルを首に提げつつ、俺が座るソファ(消臭剤塗布済み)の隣に座った。

 肩がギリギリ触れない程度の距離……あんなことがあってもいつも通りだ。俺は若干気まずいのに。

 

「真面目なのは基本お前もだろ」

「そうかなぁ」

「そうかなあって」

「あたしさ……しょーちゃんが思ってるほど、良い子じゃないよ」

 

 にやぁっと、いちかが悪そうな笑みを浮かべた。

 

「最近わたくし、令嬢物のお絵巻にいたく心を奪われていますの」

「なんだその言葉遊び……令嬢物って、なんかアニメとかもやってるやつ?」

「ですわの」

 

 なるほど、だから夫婦の次は主従プレイだったわけね。

 

「お近頃は……こほん。最近は、なんか婚約破棄された貴族令嬢が幸せを掴むって感じの話が多くて、面白いわけですよ」

「いちかも女の子っぽいもの読むんだな」

「別に女子だけじゃなくて、男の人も読むらしいよ。今度しょーちゃんにも貸してあげる」

「お、おう」

 

 軽く布教されてしまった。

 ただ、いちかがはまるのであれば、俺にもきっと素質はあるんだろう。

 

「そんでさ……よくあるわけ。貴族の世界だから政略結婚とか」

「うん」

「主人公は王子様の婚約者。大人達が決めた結婚で、けれど未来の王妃になるために勉強も頑張って……そこに愛はないかもしれないけれど、家のため国のため、必死に頑張るわけ」

「ふーん」

 

 貴族とかって馴染みはないけれど、この地球の歴史では確かに存在したものらしい。ゲームとかにもたまにあるよな。そういう設定。

 

「でもね、その努力むなしく、ぽっと出のよく分かんない女に王子様を奪われて、婚約破棄されちゃうわけ!」

「なんと」

「しかも、その女をいじめてたみたいなでっち上げの罪を突きつけられて、処刑、はたまた国外追放されちゃうわけ!」

 

 ひえー、怖い話だなあ。

 婚約破棄を向こうから言い渡されたあげく罰も受けるとか理不尽すぎないか? まあ、だからこそ、いちかがさっき言っていた「幸せを掴む」に繋がるんだろうけど。

 

「んで、処刑の直前に助けられたり、追放された先で出会いがあったりして、なんやかんやで幸せになるって感じ」

「ざっくりしてんなぁ」

「全部が全部、そういうわけでもないけど……でも、面白いよっ」

 

 それは伝わってくる。

 なんたっていちかの鼻息が随分と荒かったからな。

 

「まあ、この話は完全に前置きなんだけど」

 

 どうやらただ布教したかっただけじゃなかったらしい。むしろここから本題っぽい雰囲気だ。

 背筋を伸ばす彼女を見て、俺も軽く姿勢を正す。

 

「あたし……すごく幸せな悩みだと思うんだよね。しょーちゃんとのこと」

「ん?」

「異性として好きになれない。それがしょーちゃんと、そういう関係になれないって思う理由。しょーちゃんもだよね?」

「んー……」

 

 一気に踏み込んできた。

 喉元に刃を突きつけられ、俺は一瞬で身動きを取れなくなってしまった……そんな感じに口を挟みづらい。

 

「でもさ……言い換えたらそれだけじゃない? 異性としてはそうじゃなくても、人間としては、あたしはしょーちゃんが大好き。趣味も味覚も、話も合うし、一緒にいて落ち着く。おばさんになっても、おばあさんになっても、しょーちゃんとはいつまでも仲良くできそうだなって思うくらい。それって……すごく贅沢なことだと思うんだよね」

「贅沢、か」

「だってそうでしょ。漫画とかだとよくある話だよ。足りないものがいくつもある……けれど妥協して、折り合い付けて、相手を受け入れようとする。まぁ、その肝心の愛がなくて駄目になっちゃうのが令嬢物なんだけど」

 

 いちかはそう苦笑する。上手いこと言いたくて、けれど失敗してしまった。そんな感じに。

 

「あたしはさ……この先きっと、誰と出会ってもしょーちゃんと比べちゃう。生まれたときからずっと一緒にいる、ずっと誰にも言えない秘密を共有している幼馴染み……そんな誰も絶対に超えられない存在と、誰も彼もを比べていって、『しょーちゃんだったらな』って理不尽な失望を抱き続けるんだって思ってさ」

「……うん」

「だから……きっと、しょーちゃんとそういう関係になるのが正解なんだって思うの」

 

 ぎゅっといちかが俺の手を握る。

 不安そうな、今にも泣き出してしまいそうな目で、俺を見つめてくる。

 

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