「……マジか、お前?」
「まじ。だってこんなんで引き下がれないもん」
いちかは真面目な顔で頷いた。
まさか男子トイレに普通に入るなんて……提案した俺が引きつつも罪悪感を覚えてしまうくらいのキスに対する執念だ。
比較的人気の無い場所にあるトイレとはいえ、清掃員さんの掃除の手が行き届いた綺麗な場所だ。異臭もせず、ほのかに洗剤か芳香剤の、化学的な香りがするのみ。
いちかは小便器には当然目もくれず、一番奥の個室に俺を引っ張り込んだ。
そして器用に俺と立ち位置を入れ替えると、鍵を閉め、俺を便座に座らせた。
「入るのは良くても、便座に座るのはさすがに抵抗あるから」
そう言い訳し、俺の膝の上に片膝を乗せ……、
「ん、ちゅ……」
待ってましたと言わんばかりに、キスをしてきた。
「んちゅ……ぴちゃ、れろ……」
唇で唇を撫で、舌で舐める。
そしてさらに、俺の口に舌を侵入させ、歯を撫で開け、その奥の舌へと触れる。
俺がほんの少し舌で押し返すと、嬉しそうに鼻息を荒くした後、さらに強く押してきた。
粘土だったらとっくに一つにくっついているだろう、そんな押し合いをしばらく続ける。
「……しょーちゃんもノリノリじゃん」
ちゅぽっと音を立てて舌を抜き、いちかが嬉しそうに笑う。
「そりゃあ……な」
やってはいけない、は同時になんとも言いがたい興奮をもたらす。
家のトイレ、親同士が喋っているリビングのすぐ外の廊下。
バレるんじゃないかという緊張が、同時に強い達成感を与えてくれる。
学校の片隅、男子トイレ、その個室。
罪悪感も何もかも、とっくに消えた。
こんなの、興奮しない筈がない。
「しょーちゃん、ドキドキしてる」
いちかが俺の左胸に手を置き、呟く。確かに心臓は普段より大きく跳ねているだろう。
「あたしに恋しちゃったぁ?」
「お前ってより、男子トイレにかな」
「ひどっ」
人の心臓の鼓動を勝手に確かめておいて、酷いのはどっちだ。
「あ、しょーちゃんは触っちゃ駄目だよ。おっぱい。そういうのは彼女さんとね」
「承知しております」
「まあ、どうしても触りたかったらぁ……考えてあげないこともないけど」
「えっ、まじ?」
反射的に食いつてしまっていた。
しまった、と自分の行動を省みたのは、いちかの表情がにたーっと悪戯に歪んだのを見た後だった。
「なぁに、しょーちゃん。幼馴染みのおっぱいに興奮してるわけぇ?」
「……お前にじゃない。おっぱいにだ」
「言い訳になってないよね」
うん、なってない……。
でも男の子は、相手が誰だろうとおっぱいというワードに反応してしまうものなのだ。
いや、まあ、母親にはそういう感じにならないか……。そうなると、幼馴染みのおっぱいに反応するのは駄目なのかもしれない。
…………いやいや、俺は別に普段からこいつのおっぱいに注目しているわけじゃない。
こうしてキスしていれば自然と服越しにおっぱいに触れることはある。小学校を卒業するまではたまに一緒に風呂も入っていたが、こいつのおっぱいに目を奪われたりなんかしなかった。
言うなれば……そうだ。こいつが「揉む?」って聞いてきたのが悪い。そんなの頷くに決まってる。それがもしも母親に言われたとして、状況によっては頷くかもしれない。
それは普段から揉みたいと思っているわけじゃない。揉むか、揉まないか。選択肢をつきつけられたから頷いただけ。肯定の方が否定より省エネだ。それだけだ、それだけ。
「しょーちゃん、黙られるとマジっぽいんだけど」
「そのマジっぽさを払拭するために真剣に考えてたんだ」
「それで、答えは出た?」
「ああ。揉ませてくれるって言うなら揉む。言わないなら揉まない」
「なんじゃそりゃ。……ていうかあたし、揉みたいならじゃなくて、触りたいならって言ったよね?」
「…………」
若干墓穴を掘った気がする。いや、そりゃあ男子高校生語で「おっぱい触る?」は「おっぱい揉む?」だから……。
「そっか~、しょーちゃんはあたしのおっぱいが揉みたいんだ~」
「ぐう……」
ぐうの音しか出ないとはこのことか。自分が情けない。
「でも、駄目~~~。だってそんなのエッチじゃん。エッチなのは駄目ですぅ~。だから、キスで我慢しな~?」
ニヤニヤとバカにしたように笑いながら、キスを再開するいちか。
それを俺も黙って受け入れる。この口が余計なことを言わないよう、しっかり塞がれていた方が安心するし……。
「ん、れろ、れろ、れぇろ……」
先ほどよりも激しく、舌を絡めることに集中したキス。
いわゆるディープキスという、アレだ。
「んぁ、もっろぉ、しょー、ちゃん……」
「わぁ、って、る……!」
じゅぱ、ぴちゃ、じゅば、と唾液が跳ねる音が個室に響く。
当然完全に塞がれているわけじゃないから、個室の外にも音は漏れているだろう。誰かがうっかり入ってきたら、完全にアウトだ。
でも、いちかはもちろん、俺もスイッチが入ってしまった。
先ほど掻いた恥を拭うため、というかいちかの頭の中からすっぽり忘れさせるには、もっと溺れさせるしかない。
それは照れ隠しでもあり、してやられたのを取り戻そうという意地でもある。男の子は負けず嫌いなのだ。
「おっ、ぱい、さぁ……」
「んぁ……?」
「べつ、にぃ……れろっ、さわ、ても……いいっ、よぉ?」
キスをしながら、息継ぎついでに、いちかはそんな誘惑を向けてくる。
当然、揺れない筈もない。本来キスとは世間一般に、そういう行為をするための前段なのだから。
けれど……キスの快楽に浮かされ、いつもどおりの行為によってどこか冷静さを取り戻した俺は、両腕を彼女の腰に回す形で答えた。
「えへっ……ちゅばっ、れろっ」
いちかはそんな俺の答えに微笑みつつ、彼女の方からも手を首の後ろに回してくる。
乗っけていた片膝を両腿に変え、俺を椅子代わりに、背もたれの無い背後に落ちないよう、がっしり腕に力を込めてくる。
「んっ、あ、はぁ……」
吐息を荒くし、口の周りを唾液でべちゃべちゃにしながら、一層激しさを増す。
唇が溶けて、なくなってしまいそうだ。
それほどに、俺は煩悩を消し飛ばすために意識をキスにぶつけ、いちかはそれに張り合ってくる。
俺たちは鼻呼吸ではとても間に合わなくなるくらい、息に限界が来るまで、互いの意地をぶつけあった。