キスはするのに恋愛感情は無い幼馴染み同士の話   作:としぞう

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第8話 それでも恋愛感情はない

「うわぁ~、もう真っ暗だね」

「だな……しまった……」

 

 学校を出る頃には、最終下校時間とまではいかないものの、すっかり日が落ちてしまっていた。

 夏目前という季節感的には日が落ちれば多少は涼しくなるので悪いことばかりじゃないけれど……とりあえず親には「図書館で本読んでた」とそれらしい言い訳を送っておく。

 

 下駄箱を見れば、既に逆瀬川・野上夫妻の靴はなく、つまり彼らが帰る際、俺たちの靴がまだ残っているのを見られたことを意味する。

 彼らが長く教室に残っていたら、その分俺たちに対する疑念も強くなり……後日「あの後何してたんだ!?」と追及を受けることは必至。

 

 いい言い訳を、また、いちかと共謀して考えておかなければ。

できればつかなくていい嘘なんてつきたくないけれど、素直に言うわけにもいかないし……。

 

「あ、晩ご飯食べたらウチくる? ゲームしよーよ」

 

 しかし、相変わらず俺の幼馴染みはのんきだ。

 俺が浮かべたようなネガティブは、まるで考えていないらしい。

 

「さすがに遅いだろ」

「えー、いいじゃんたまには」

 

 さすがにこの年になれば互いの家を行き来しづらくなってきた。

 以前はお泊まりなんてのもよくしていたけれど、今はもうさすがに性別の壁がどうしたって立ち塞がる。

 できるのはせいぜい、お互いの両親が奇跡的に揃って不在にしている日くらいだろう。

 

 そう説明すると、いちかはあからさまにデカいため息を吐きつつも、それ以上食い下がってはこなかった。

 お互い、無言のまましばらく歩く。横に並んではいるものの、当然、手を繋いだりはしない。

 

 物心がついたときから今日まで、この距離は全く変わらない。

 

「……ねえ、しょーちゃん」

「ん」

「大学生になったらさ……一緒に住もうよ」

「は?」

 

 いきなり何を言い出すんだ、こいつは。

 

「そうすれば人目も気にしないで、いつでもできるじゃん」

 

 できるというのはキスのことだろう。

 こいつは本当に、そればっかりだ。

 

「人目ははばかるだろ」

「ご近所さんに見られたら、新婚なんです~って言っちゃえばいいし」

「嘘じゃん」

「嘘だけど。でも言うだけタダだし」

 

 こいつ、本当に欲望に貪欲だ。彼女に憧れる男子連中、いや憧れていないクラスメート達でも、見れば目を疑うだろうな。

 

「別に結婚だってしてもいいよ。最近は増えてるみたいじゃん。恋愛関係にないけれど、実益のために結婚する人って」

「それは色々経験した末にだろ。仮に結婚したとして、本当に好きな相手ができたらどうすんだよ」

「確かにそう言われると困るかも。無駄にバツついちゃうし」

 

 結婚もそうだし、なんなら一緒に住む――同棲もそうだ。

 もしも大学に行って、好きな相手ができて……でも別のやつと同棲しているなんてなれば警戒もされるだろう。

 そもそも、大学を待たずとも高校でそういう相手ができるかもしれない。

 

 ……なんて、小中とそんな兆しは一切無かったけれど。

 

「うーん、名案だと思ったんだけどなー」

「お前は欲望に素直すぎる」

「でも、しょーちゃんは耐えられるの? もしも一緒に住まなくても、別々の大学に行くことになったら……例えばどちらかが県外の大学とかに行ったらさ、今みたいに会えなくなっちゃうし」

「耐えるというか、いつかは必ずそうなるだろ。ずっと一緒にいるとか――」

「いればいいじゃん。ずっと」

 

 俺の言葉を遮り、いちかはあっさり答えを出した。

 けれど、あっさりの割にその目は、真剣に真っ直ぐ俺を見つめていた。

 

「しょーちゃんと別々に生活するとか考えたことないし。あたしのいない生活、しょーちゃんは考えられる?」

「そりゃあ……イメージ湧かないけど」

「でしょ? だったら、離れなければいいんだよ。好きな人とか、結婚とか、そういう面倒なものが一緒に居るのを許さないっていうなら…………あたしは、一生恋なんかしなくていい」

 

 酷い極論だ。

 血の繋がった家族でさえ、ずっと一緒に居られるとは限らない。

 なのにいちかは、血の繋がらない家族と一生寄り添うと言っている。

 未来に何が待っているか、誰にも分からないのに。

 

「……とかいって、あっさり相手を作りそうだけどな、お前は」

「はぁ!? あたしをなんだと思ってんのさ!」

「お前には選択肢が多いからなぁ。一緒に住んで、お前はあっさり出て行って、残されたのは二人分の広い部屋と家賃だけ……なんて、簡単になりそうだ」

「まあ、それを言われると否定できないかも。しょーちゃんよりモテるのは確かだし」

 

 認められるとそれはそれでムカつく。

 ずっと一緒に生きてきたのに、どうしてこんなに幼馴染み間格差があるんだろう。

 

「……でもさ、あたしはいいと思うんだよね。一緒に住むの」

「…………まあ、今の時点では俺も否定しない」

 

 いちかに言われて、もしも別々の大学に行くことになったらと想像して、ほんの少し、不安になった。

 ふとした衝動でこいつに会いに行って、そのまま離れられなくなって……二人とも墜ちてしまうような、そんな不安。

 

 俺とこいつの間に恋心はない。けれど、ずっと一緒に居たという関係性が、執着がある。

 側にいたいという欲望がある。

 いて当たり前だという、傲りがある。

 

 それは例えば、こいつと恋人関係になれば果たせるものなんだろうか。

 

 ふと、そんなことを考え、横を歩くいちかを見ると、同じタイミングでこちらを見てきた彼女と目が合った。

 

「…………」

「…………」

 

 お互い無言で、けれど目を逸らさず、同時に立ち止まった。

 いちかの大きな瞳。長いまつげ。すっと伸びた鼻。形の整った人中。

 そして、艶やかで柔らかな唇。

 

 上から下に下りていって、そこで目が止まる。

 そして再び彼女の目を見ると……彼女の目は先ほどより僅かに潤んでいて、おそらく、俺も同じ目をしているのだと、同じ感情を抱いているのだと思った。

 

「キス、したい」

 

 一瞬、それが自分の口から出たものだと錯覚した。

 コンマ一秒、ほんの少しだけ早く、俺の感情がいちかの口から漏れ出た。

 セリフを奪われた俺は、かわりに声の乗らない息を吐く。

 

 しばらく立ち止まっていた。

 同時に時も止まったような、そんな時間。

 少しだけ、そんな間があって。

 

「我慢しよう」

 

 俺は、そう口にした。同時に、いちかが言葉を無くした吐息を吐き出す。

 俺の言葉はいちかの言葉だった。それが分かった。

 

「……だね」

 

 いちかが苦笑し、歩き出す。俺もすぐにそれに従い、隣に並んで歩く。

 歩きながら不意に、右手にいちかの左手が触れた。でもそれが彼女からなのか、俺からなのかは分からなかった。

 指先同士が触れ、撫でる。それはやがて絡まり、手のひらが重なる。

 

 これは手慰みだ。キスの代わり。

 唇を手のひらにして、指を舌にして……互いの存在を確かめ合っている。

 ただ、それだけ。

 

 それからお互いの家に着くまでの間、俺たちは何も言葉を交わさなかった。

 ただ、お互いの手を重ね、指を絡め合う、その行為だけは止めなかった。

 もしも誰かに見られれば、そういう関係だと疑われ、苦しい言い訳をしなければならなくなったかもしれない。

 

 でも、俺も、いちかも。

 そんな言い訳の準備なんて、一切しちゃいなかった。

 

 

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