現代の影   作:ただの片栗粉

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風真家と突かれる核心

昼下がりのホロライブ事務所。俺は昼休憩の合間を使って、デスクで書類整理をしていた。そんな時、控えめなノック音が聞こえる。

 

いろは「天津殿、ちょっといいでござるか?」

 

いろはさんだった。

 

「どうかしましたか?」

 

いろは「その...ちょっと相談があるでござる。」

 

珍しく真剣な顔をしている。俺が手を止めると、いろはさんは小さな紙袋を抱えたまま席に座った。

 

いろは「風真家のことで相談したいことがあって...」

 

「風真家?」

 

いろは「実は、先日実家からこれを預かったでござる。」

 

そう言って、いろはは紙袋から一冊の古びた書物を取り出した。時代を感じさせる和綴じの本。表紙にはかすれた文字で『風真家記録』と書かれている。

 

いろは「ご先祖様の記録が書かれてるらしいでござる。でも、古い書物で字も崩れてて読めなくて…それで天津殿なら何かわかるんじゃないかと思ったでござる。」

 

確かに、風真家は古くから続く家柄だ。そして俺は知っている。かつて江戸時代、俺――高田影道と共に戦った男。風真源十郎の名を。

 

俺は静かに本を受け取り、表紙をなぞる。懐かしさとともに、胸の奥がざわめいた。

 

「少し見てもいいですか?」

 

いろは「もちろんでござる!」

 

本を開くと、手書きの文字が並んでいた。崩し字の部分も多いが、読み取れなくはない。そして俺の目がある名前に引き寄せられた。

 

"風真源十郎、主君に殉じ影と共に散る"

 

その一文を読んだ瞬間、記憶がフラッシュバックする。

黒煙が立ち上る戦場。刃を交える異形の者たち。その中心で、源十郎は最後まで剣を振るい続けていた。

そうか、俺が先に死んでも尚ずっと戦い続けてきたのか。

 

いろは「天津殿?」

 

「……いや、大丈夫です。」

 

いろはは不安げにこちらを見ていた。俺は軽く咳払いし、何事もないように本を閉じた。

 

「これはかなり貴重なものですね。おそらく、江戸時代の記録も書かれているでしょう。」

 

いろは「読めるでござるか!?すごい!」

 

「まぁ、少し馴染みがあるもので。」

 

いろは「じゃあ、ちょっとずつでも教えて欲しいでござる!」

 

いろはさんは目を輝かせて言った。風真家の歴史を知りたいのは当然のことなのかもしれない。だが、俺にとっては単なる歴史ではない。

 

俺の過去そのものなのだから。

 

「……わかりました。できる限り協力しますよ。」

 

いろは「ありがとうでござる!」

 

いろはさんは嬉しそうに微笑んだ。

 

こうして、俺といろはさんは風真家の歴史を辿ることになった――。

 

「というか、なんで自分に頼んだんですか?」

 

いろは「やっぱり信頼もあるでごさるし、もしかしたらって……」

 

「もしかしたら?」

 

いろはさんは少し口ごもりながら、俺が開いている書物のページを指さした。そこには、かつて風真家の先祖が戦った記録が残されていた。

 

いろは「風真家のご先祖様と共に戦った『影の男』——その人、なんだか天津殿に似てる気がするでござる。」

 

「俺に?」

 

いろは「うん。影を操る戦い方や、不意を突く動き、そういうのが天津さんとそっくりでござるよ。」

 

いろはさんの言葉に、一瞬、心臓が跳ねた。

 

俺は慌てて書物に目を落とす。そこには確かに、影を使う武士の記述があった。しかし、その名はどこにも残されていない。ただ"影の男"とだけ書かれている。

 

「そう言われると……確かに、少し気になりますね。」

 

いろは「でしょ? しかも、この『影の男』が風真家と共にいたのは、江戸の頃……」

 

いろはは真剣な表情で書物を見つめながら、続けた。

 

いろは「でも、不思議でござるよね。風真家はずっと剣術の家系でござるのに、影を使う技術は何も伝わっていない。なのに、この人は確かに風真家と共に戦っていた。」

 

「……確かに。」

 

俺は無意識に拳を握りしめた。

 

もし、影の男——つまり、かつての俺がこの時代に名を残していたら? いろははその痕跡を無意識に感じ取っているのかもしれない。

 

いろは「天津殿。」

 

いろはが俺の顔をじっと見つめる。

 

いろは「もしかして、天津殿って……風真家と何か関係があるでござるか?」

 

「……。」

 

このまま適当に誤魔化すこともできる。けれど、いろはさんの瞳は真剣だった。俺の影の技をどこかで見たことがあるような気がすると言った時の、あの不思議な表情が脳裏に焼き付いている。

 

「それは……どうでしょうね。」

 

俺は薄く笑いながら答えた。

 

いろはさんは少しだけ考え込んだ後、小さく息をついて笑った。

 

いろは「まぁ、どっちにしろ、もう少し調べてみるでござるよ。この『影の男』と風真家のこと。」

 

「……そうですね。」

 

いろはの勘の鋭さに驚きながらも、俺はそっと書物を閉じた。

 

いろはさんが"影の男"が俺ということに気づくのは、きっと時間の問題なのだろう。

いろはさんは、もう一度書物をめくりながら、じっと考え込んでいた。

 

いろは「天津殿、この影の男の戦い方……やっぱり天津殿に似てる気がするでござるよ。」

 

「そうですか?」

 

いろは「うん、たとえばこれ!」

 

いろはさんが指さしたのは、風真家の記録の中にある一節だった。

 

——影の男、敵陣に潜り込み、影を踏むことで音を消し、寸前まで気づかれずに接近。

 

いろは「この戦い方って、天津殿が前に使ってた技とそっくりでござる。」

 

「……偶然じゃないですか?」

 

いろは「うーん……偶然にしては出来すぎてる気がするでござるよ。」

 

いろはさんは腕を組みながら、しばらく黙った。そして、ふと何かを思い出したように顔を上げる。

 

いろは「天津殿は、影を自由に操るでござるよね?」

 

「……はい。」

 

いろは「影を操る術をどこで習ったか、聞いてもいいでござるか?」

 

その質問に、俺は一瞬返答に詰まった。

 

「……昔から、自然とできていたようなものですよ。」

 

いろは「ふむ……」

 

いろはさんはさらに書物をめくり、別の記述を見つけた。

 

——影の男、風真家と共に幾度も戦場に立つも、その素性を明かすことはなかった。ある者は彼を"影の鬼"と呼び、ある者は"異界の者"と恐れた。

 

いろはさんの指先が、その"影の鬼"という文字をなぞる。

 

いろは「天津殿、今までホロライブの裏で怪異と戦ってきたけど、その力を誰かに教わったことはないんでござるよね?」

 

「……そうですね。」

 

いろはさんは真剣な顔で俺を見つめる。そして、ふと口を開いた。

 

いろは「天津殿……もしかして……この"影の男"って、天津殿自身なんじゃないでござるか?」

 

俺の心臓が一瞬止まりかけた。

 

いろはさんは探るように、だが確信を持っているようにも見える目で、俺をじっと見つめている。

 

「そんなはずないでしょう。」

 

俺はなるべく冷静に答えた。だが、いろはさんは微かに目を細める。

 

いろは「でも、天津殿は昔のことを話さないし、自分の力の由来もはっきりしない。風真家の記録には、天津殿と同じ力を持った人物が書かれている……。」

 

いろはさんは小さく息をついて、さらに言葉を続けた。

 

いろは「天津殿……まさか、本当に……?」

 

俺は笑って誤魔化すしかなかった。

 

「まさか。そんな昔の話ですよ?生きてる訳が...」

 

いろはさんは、しばらくじっと俺の顔を見つめていた。

その目にはまだ迷いがあるが、確かに"気づいてしまった"者の目だ。

 

いろは「……そうでござるか。」

 

いろはさんはそれ以上追及しなかった。ただ、一度視線を落とし、風真家の記録をそっと閉じた。

 

いろは「でも……天津殿は、この影の男に似すぎてるでござるよ。」

 

「偶然でしょう。」

 

いろは「それにしては、天津殿の動きも、力の使い方も、あまりにも……。」

 

いろはさんは少し考えたあと、小さく笑った。

 

いろは「まぁ、天津殿が何かを隠しているとしても、それを無理に聞き出すのは風真の流儀じゃないでござる。」

 

「……助かります。」

 

いろは「でも!」

 

いろはさんはピシッと俺を指さした。

 

いろは「もし天津殿が本当に"影の男"だったとしたら……それはそれで、風真にも考えがあるでござる!」

 

「……考え?」

 

いろは「うん! だって、もしそうだったら、天津殿は風真家の"恩人"かもしれないでござるよ?」

 

俺は心臓を打たれるような感覚を覚えた。

 

「恩人……?」

 

いろは「そう! 風真家の記録には、影の男は何度も風真家を助けたって書かれてるでござる。主君を守り、戦場で共に戦い、風真家が危機の時はいつもどこからか現れたって。」

 

いろはさんは少しだけ遠くを見るような目をした。

 

いろは「風真、ずっと憧れてたんでござるよ。その影の男に。」

 

「……。」

 

いろは「だから……天津殿がもしその人だったとしたら、私にとってはすごく嬉しい話でござるよ!」

 

そう言って、いろはさんは無邪気に笑った。

 

俺はその笑顔を見ながら、胸の奥がざわつくのを感じた。

 

"影の男"は、確かに俺だ。

かつての俺は、風真源十郎と共に戦い、風真家のためにも力を振るった。

だが、それは数百年前の話だ。

 

"天津隆良"として生きる今、俺はもう"影の男"ではない。

 

「……もし俺がその影の男だったら、どうします?」

 

俺は思わず問いかけていた。

 

いろはさんは少しだけ考え、それから、真剣な目で俺を見た。

 

いろは「もしそうだったら……風真は天津殿に、もっと風真家のことを知ってほしいでござる。」

 

「風真家のことを?」

 

いろは「うん。だって、天津殿が過去に風真家を助けた人なら、今の風真家を見てもらいたいし、風真がどんな風に生きてるかも知ってほしいでござるから。」

 

俺は息を飲んだ。

 

いろはさんはもう、確信しかけている。

だが、俺を責めるでもなく、驚くでもなく、ただ"知ってほしい"と言った。

 

「……変わってませんね、風真家は。」

 

思わずそう呟いた俺に、いろはさんは首を傾げた。

 

いろは「え?」

 

「いや、なんでも。」

 

俺は苦笑しながら、立ち上がった。

 

「とりあえず、今日はこのあたりで。俺も仕事がありますので。」

 

いろは「むむ、逃げるでござるな?」

 

「逃げませんよ。ただ、また話しましょう。」

 

いろは「……わかったでござる。」

 

いろはさんは納得したように頷いたが、最後に一言だけ付け加えた。

 

いろは「でも、天津殿のこと……もっと知りたいでござる...」

 

俺はそれに答えず、ただ静かに部屋を後にした。

 

彼女はきっと、近いうちに全てを知ることになるだろう。

俺の正体も、影の男の真実も——。




結構文字数が多くなりました。
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