フブキ「天津さん! 今いいですか?」
デスクに向かい作業をしていた俺に、フブキさんの明るい声が飛んできた。振り向くと、彼女はすでに俺の前まで来ていて、満面の笑みを浮かべていた。
「フブキさん、どうかしましたか?」
フブキ「いや〜、実はある企画を考えててさ、天津さんに聞いてほしいなって!」
そう言いながら、フブキさんは手元に持っていた資料を俺のデスクに置いた。ちらりと目を通すと、表紙にはこう書かれていた。
"噂のスタッフを呼んでみた!"
「……これって、もしかして自分のことですか?」
フブキ「正解!」
フブキさんは満足そうに頷く。
「この間、何人かでご飯食べに行ったときに思いついた企画なんです! リスナーさんたちも天津さんに興味津々で、『あのスタッフさん誰?』ってめっちゃ話題になってるんですよ!」
「……それはよく聞きますねですね。」
言われてみれば、確かにホロメンと行動を共にすることは多い。しかし、俺はあくまで裏方の立場だ。できる限り目立たないように振る舞っていたつもりだったのだが……やはり逆効果だったか。
「天津さんってさ、ホロメンとめっちゃ仲いいじゃないですか? でも、リスナーからしたら完全に"謎の存在"なわけですよ。」
「まぁ、それは……」
俺は口ごもる。
フブキ「だから、天津さんをゲストに迎えて、いろんな質問に答えてもらったり、ホロメンとちょっとしたゲーム企画をやってみたりするのって面白くないですか?」
フブキさんの提案は、一見すると悪くないものだった。企画自体も単純で、俺に関する謎を明かしつつ、ホロメンとの交流を深める場にもなる。
……しかし。
「フブキさん、正直に言いますね。」
俺は資料をデスクに戻し、少し真剣な表情を作った。
「この企画、自分が出るのは問題になるかもしれません。」
フブキさんの耳がピクリと動く。
フブキ「どうして?」
「まず、自分はあくまで裏方です。タレントではありません。そんな俺がホロメンの輪に飛び込んでしまうと、リスナーの方々に違和感を持たせる可能性があります。」
フブキ「うーん……でも、他のスタッフさんがたまに顔出しすることもありますし、天津さんの場合はリスナーの間で話題になってるから、むしろ歓迎されるんじゃないですか?」
「そうだとしても、もうひとつ大きな問題があります。」
俺は少し声を落とした。
「他の運営陣が何と言うか分かりません。」
フブキさんの表情が固まる。
フブキ「……たしかに、運営さんが何て言うかは気になるかも。」
「自分が表に出ることで、他のスタッフとの線引きが曖昧になる可能性があります。そうなると、"なぜ天津だけが特別扱いされているのか"という話にもなりかねません。」
フブキさんは腕を組み、少し考え込んだ。
フブキ「でもさ、逆に言えば、それだけ天津さんがホロメンと関わってきたってことじゃないですか?」
「それは……まぁ、そうですが。」
フブキ「だったら、一度運営さんに相談してみてもいいんじゃないですか? もしダメって言われたら諦めるとして、OKが出たら考える……って感じで!」
確かに、それなら俺一人で決めるよりも筋が通る。
「……なるほど、では一度相談してみます。ただ、結果によってはこの話は白紙になる可能性もありますよ?」
フブキ「それでもいいです! まずはやってみなきゃ分かんないですからね!」
フブキさんは元気よく頷いた。
翌日、俺は運営チームの会議に出席し、企画の話を切り出した。
「結論から言うと……『前例がないので難しい』、というのが大方の意見でした。」
会議室を出た俺は、そのままフブキさんに報告しに向かった。
フブキ「やっぱり厳しいかぁ……」
フブキさんは少し残念そうにため息をついた。
「ですが、条件付きでなら検討の余地があるそうです。」
フブキ「えっ?」
「一つは、あくまで"ゲスト"としての立ち位置を明確にすること。つまり、これを機に自分が"表に出る"方向にはしないことが条件です。」
フブキ「ふむふむ……」
「もう一つは、タレントと絡む内容を調整すること。"スタッフ"として適切な範囲で関わる形にすることで、運営としても許可が出しやすいとのことです。」
フブキ「……なるほど、じゃあ、天津さんが"タレントっぽく"ならないようにすればいいわけですね!」
フブキさんはすぐに納得したようだった。
「そういうことです。なので、質問コーナーや軽いゲーム企画はOKですが、タレントと同じ立場で並ぶような内容は避けるべきかと。」
フブキ「よし、それなら問題なし!」
フブキさんは元気よく頷いた。
フブキ「天津さん、じゃあ本格的に企画を進めていきますよ!」
「……分かりました。ですが、あまり派手にならないようにしてくださいね?」
フブキ「うんうん、分かってますって!」
果たして本当に大丈夫なのだろうか……?
こうして、「噂のスタッフを呼んでみた」企画は正式に動き出した。
その日の夜、たまたますいせいさんと帰る時間が被ったので、ついでで一緒に帰ることになった。
すいせい「なーんだ、私を呼んだら直接抗議しに行くのに。」
「まぁ、すいせいさんはよく抗議してますもんね。」
すいせい「言い方が失礼だなぁ...私は正当な意見を言ってるだけだよ!」
すいせいさんは頬を膨らませながら言うが、俺は苦笑いしつつ歩を進める。夜のオフィス街は静かで、ビルの明かりが淡く路面を照らしていた。
すいせい「でも、本当にいいの? そんなに渋ってるなら、やっぱりやめたほうがいいんじゃない?」
「……いや、そこまで拒絶してるわけではないんです。ただ、自分が表に出ることによる影響がどれほどのものか、まだ計りきれていないんです。」
すいせい「天津さんは慎重派だねぇ。でも、逆に言えば、それだけ考えられる人だからこそ、みんな安心して頼れるんだよ。」
すいせいさんは前を向いたまま、少し優しい口調で言った。
すいせい「それにね、リスナーもホロメンも、天津さんのことをただの"運営の人"だとは思ってないと思うよ?」
「……どういう意味ですか?」
すいせい「私たちの仕事って、普通の会社員みたいに決まった人とだけ関わるものじゃないでしょ? 配信に出る私たちだけじゃなくて、支えてくれるスタッフさんも含めて、"ホロライブ"っていう空間を作ってるわけじゃん?」
「……まぁ、そうですね。」
すいあい「だから、天津さんもその一員なわけ。リスナーが天津さんを知りたがるのは、"裏方"としてじゃなくて、"ホロライブに関わる人"として興味を持ってるんだと思うな。」
「……。」
俺はすいせいさんの言葉を噛み締める。彼女は普段クールな印象が強いが、こうして話していると、驚くほど周りをよく見ていることが分かる。
すいせい「とはいえ、無理に出ろとは言わないよ。ただ、天津さんがどんな人か、私たちはもう知ってるし、リスナーにも伝わるならそれはそれでいいんじゃない?」
「……そうですね。」
すいせい「よし、じゃあ天津さんが出る方向で決まりだね!」
「まぁ出るとは決めましたけど...まだ迷ってます。」
すいせい「えー、でも天津さんって流されやすいし、結局出るでしょ?」
「そんなに流されませんよ……。」
すいせい「ほんとぉ?」
すいせいさんは笑いながら俺の顔を覗き込んできた。俺はため息をつきながら、夜の道を歩き続けた。