本番直前――舞台裏
「――はぁ。」
俺はスタジオの隅で深いため息をついた。
スタジオの奥では、ホロライブのタレントたちが和気あいあいと話している。リハーサルが終わり、もうすぐ本番だ。
だが、俺の心は全く落ち着かない。
(本当にこれ、大丈夫なのか?)
改めて企画書を確認する。
『噂のスタッフを呼んでみた』
シンプルなタイトルだが、内容はなかなかに際どい。リスナーの質問に答えたり、ホロメンたちとゲームをしたり、俺のことをより知ってもらうための企画になっている。
だが、俺のような裏方の人間が前に出ることが本当に許されるのか?
「……今からでも辞退、できませんか?」
フブキ「ダメです!」
スタジオの中心で準備を進めていたフブキさんが、即答する。
フブキ「天津さんがいないと成立しない企画ですからね!」
スバル「てか、天津さんそんな緊張するタイプっすか?」
「緊張というか……ぽっと出のスタッフが前に出るのは、色々問題があるかもしれませんし……」
いろは「確かに、運営陣がなんというかは気になるでごさるな。」
マリン「いやいや、大丈夫っしょ! フブキが企画通してるし、何かあったら私たちが守るよ!」
「いや、マリンさんが守る側に回るのは違和感が……」
マリン「なんで!? こう見えても先輩だよ!?」
スバル「まぁまぁ、天津さんなら大丈夫っすよ!」
フブキ「そうそう! それに、もう時間だよ!」
そう言われて、俺は時計を見る。
(……あと三分で本番か。)
逃げ道は、もうない。
本番開始
スタッフのカウントが始まる。
「3……2……1……」
カメラが回る。
フブキ「はい!みなさんこんばんはー!ホロライブの白上フブキです!」
スバル「ちわーっす!ホロライブ二期生の大空スバルです!」
いろは「HoloXの用心棒風真いろはでごさる!」
マリン「ホロライブ三期生、宝鐘マリンです〜!」
フブキ「そして今回は、噂のスタッフさんをお呼びしました~!」
「……どうも。よろしくお願いします。」
コメント欄が一気に流れる。
『本当に出たwww』
『本物さん!?』
『影の人じゃん』
『流石に声だけ出演かぁ』
予想以上に俺のことを知っているリスナーが多い。
(なんでこんなに知名度あるんだ……?)
フブキ「じゃあ早速質問に答えていきましょう!」
スバル「えーっと、これ!『ホロメンといて大変なことは?』」
「そうですね……タレントさんが自由すぎることですかね。」
マリン「えぇ~!? 私たちってそんな自由?」
「スケジュール管理側からすると、結構ハラハラしてますよ。」
いろは「天津殿、苦労してるでごさるなぁ……」
フブキ「じゃあ次!『好きなホロメンは?』」
「答えにくいですね……。」
スバル「まぁ、立場的に推し聞かれるのはキツいよな。」
マリン「じゃあ、好きなタイプは?」
「...しっかりしている人ですかね。」
いろは「じゃあ、すいせい先輩?」
「ノーコメントで。」
コメント欄がざわつく。
『スタッフさん、すいちゃん好きなん!?』
『やっぱすいちゃんってすごいんだな』
フブキ「お、これは本人が後で見たら何か言われるやつだね!」
「いや、やめてください。」
スバル 「じゃあ次はこれ!『趣味は?』」
「趣味は、本を読んだり外を歩いたりしてますよ。後は音楽を聴くくらいですね。」
マリン「天津さん音楽とか聴くんだ〜?」
「ここに入るまではあんまりでしたけど、アイドルグループとなると自然と耳に入るというか。」
いろは「じゃあホロメンの曲は何が好きでござるか?」
「そうですね...最近入ってきたFLOW GLOWのFG ROADSTERですかね。」
フブキ「結構かっこいい曲が好きな感じなの?」
「かもしれないですね。」
『すいちゃんもラップしたら聴いて貰えるんじゃね?』
『HIPHOPヘッズとは...これは話が合いそうだな...』
フブキ「ほらほら!リスナー達よ、今日しか質問出来ない可能性あるからドンドン質問しなさーい!」
いろは「これにするでござる!『好きな食べ物は?』」
「好きなのは和菓子とかですかね、あの甘さが好きです。」
いろは「いいでござるよね!話が合いそうでござる!」
マリン「じゃあこれは?『影の能力はどうやって手に入れたの?』」
「……っ。」
マリンさんの問いに、俺は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
(どうやって……か。)
俺が影の能力を得た理由。それは、俺が転生者だからだ。江戸の時代から現代へと渡り、記憶と能力を持ち続けている――そんな話を、今ここでできるはずもない。
「……まぁ、生まれつきですね。」
フブキ「おお! かっこいいね!」
スバル「影の能力って、例えばどんなことできるんすか?」
「そうですね……移動したり、拘束したり、ちょっとした便利スキルですね。」
いろは「天津殿、具体的に見せて欲しいでごさる!」
マリン「確かに! 実演してくれたらリスナーもわかりやすいんじゃない?」
コメント欄が一気に盛り上がる。
『実演希望!!』
『見せて見せて!!』
『どういう原理なんだろう?』
(やばいな……。)
ここで派手に能力を見せるのは避けたいが、何もしないのも逆に不自然だ。
「……じゃあ、簡単なやつを。」
俺は床に伸びる自分の影に意識を集中させる。
「影縛り。」
影が細く伸び、スッとマリンさんの足元の影から、ふわっと軽く足を止めるように影絡みつかせた。
マリン「うおっ!? な、なんか動けない!?」
スバル「すげぇ! でも、マーちゃんガチガチじゃないっすか?」
「力加減はしてますから、動こうと思えば動けると思いますよ。」
マリンさんが少し足に力を込めると、影はすぐにほどけた。
マリン「うわー! これ、すごいね!」
フブキ「いやいや、すごすぎるでしょ!? 本当に魔法みたいじゃん!」
いろは「確かに、普通の人間にはできないでごさる……。」
いろはさんが少し真剣な顔をして俺の影をじっと見つめる。
(……あまり詮索されないといいけどな。)
そんな俺の心配をよそに、配信はさらに盛り上がっていくのだった。
配信後
俺はスタジオの片隅でぐったりと座り込んでいた。
「……こんなに疲れるとは。」
マリン「天津さん、お疲れ~!」
いろは「天津殿、良い感じだったでごさるよ!」
フブキ「ねぇねぇ、また出る?」
「いや、もう十分です。」
スバル「でも、意外とノリ良かったっすね!」
「……そうですか?」
俺はため息をついた。
こうして、俺の初配信(?)は幕を閉じたのだった。
ちなみにHIPHOP好きなのは中の人もそうなので噛ませてみました。