街灯の薄明かりの下、俺は怪物を正面に見据えて立っていた。目の前の異形は巨大な体躯を揺らし、地を這うような唸り声を上げている。
「さて、遊び相手としては手応えがありそうだな。」
静かに笑いながら、一歩前に出る。その影が、彼の意志に応えるようにゆらりと揺れた。
「影踏み。」
足元から影が滲み出し、俺の身体を包むように広がる。その瞬間、気配が完全に消えた。足音も、存在感も、まるでそこにいないかのような静けさ。
怪物は唸り声を上げながら、視界の中で隆良を探そうとする。しかし、俺はすでにその背後に立っていた。
「影縛り──捉えた。」
俺は怪物の足元に視線を向ける。地面に映るその影が、まるで生き物のように揺れ動いているのを確認すると、軽く手をかざした。
「お前の影を借りる。」
その言葉と共に、怪物の影から黒い触手のような細長い影が伸び始める。それはまるで蛇のようにうねり、瞬く間に怪物の腕と脚を絡め取り、動きを封じ込めた。
怪物は力任せに拘束を引きちぎろうとするが、影の束縛は鋼のように強固だった。
「どうだ、動けないだろう?」
俺は静かに言葉を投げかけるが、その瞳は冷たく怪物を見つめている。
しかし、怪物は凄まじい力で影縛りを振り解くと、巨大な爪を振り上げて俺に向かって突進してきた。
「やるな…だが、これ以上は無理だ。」
俺は一歩引き、両手を広げた。
「影刃──全てを切り裂け。」
その言葉と共に、彼の足元から無数の黒い刃が湧き上がり、空間を埋め尽くすように現れる。それらの刃は、一斉に怪物へと襲いかかり、その巨体を切り刻むように動き出した。
怪物の怒りの咆哮が夜空に響く。だが、隆良は冷静だった。その刃が怪物の弱点を突くたび、徐々にその動きが鈍くなっていくのを感じ取る。
「これで終わりだ。」
俺は右手を掲げ、全ての影を一点に集中させた。それは鋭く尖った槍の形を成し、漆黒の輝きを放つ。
「影槍──突き穿て!」
俺が力強く言葉を発すると、巨大な影槍が怪物の胸部を正確に貫いた。怪物は最後の叫び声を上げ、その体が黒い煙となって崩れ落ちる。
「ふん、江戸の頃と何も変わらないな。どんな時代でも、化け物はしぶとい。」
影を引き戻し、俺は静かに息を吐いた。
「すいせいさんは大丈夫かな。」
すいせい「天津さん…あの力、普通の能力じゃないよね?」
すいせいさんは慎重に言葉を選びながら尋ねた。その表情には好奇心と警戒心が入り混じっている。
「どうだろうな。」
あえて曖昧に答えた。その声はどこか乾いた響きを持っていた。
すいせい「でも、普通じゃない気がするんだ。私も、他の能力者がどんな力を持っているかくらいは知ってるけど…あんなの、見たことない。」
すいせいの言葉に、俺は短く息を吐く。
「特別に見えたのなら、それは気のせいです。俺にとっては、ただの…道具です。」
すいせい「道具、ね。」
納得しきれない様子のすいせいさんだったが、これ以上突っ込むべきではないと感じたのか、それ以上は追及しなかった。
すいせい「まあいいや。とにかく助けてくれてありがとう、天津さん。」
すいせいさんは明るく笑って話題を変えた。
すいせい「ところで、ご飯食べに行くんでしょ?こんなことがあった後だし、美味しいもの食べて気分変えたい!」
「そうです。」
俺は少し驚いた表情を見せたが、すぐに小さく頷いた。
すいせいさんは軽快な足取りで先を歩き始めた。しかし、その背中を見送りながら、俺は心の中で呟く。
(違和感を抱くのも無理はない。俺の力は…この時代では異質すぎる。)
そんな俺の心境に気づくことなく、すいせいさんは振り返って声をかけた。
すいせい「早く行こうよ、天津さん!お腹すいた!」
「分かった。」
俺はわざと軽い調子で返事をし、彼女の後を追った。
二人の影が夜の街路に並んで伸びる。その影の一部が、俺の意志に応えるように微かに揺れていたのは、誰も気づかなかった。