地下に広がる薄暗い空間。人工の明かりが天井からぼんやりと照らし、無数の呪符が宙に浮かぶように張り巡らされている。その中心に立つのは、一人の男──天川正。
彼の前には数名の術者がひざまずいていた。彼らは息を詰め、天川正の次の言葉を待っている。
正「……封印の札の配置は済んだな?」
術者A「はい。指定された場所に設置完了しました。すでに結界は発動済みです。」
天川正は満足げに頷きながら、手に持った黒い札を指先で弾いた。その瞬間、札が静かに燃え、空間に小さな波紋が広がる。
正「これで、準備の八割は終わった。後は……やつがどう動くかだな。」
天川正の目が妖しく光る。彼が「やつ」と言ったのが誰なのか、術者たちは理解していた。
──天津隆良。
モンスタースタンピードが単なる偶然の暴走ではないことは、彼らの中ではもはや常識だった。封印された影の力、天津隆良の動きを封じるための呪言、そして、この都市に仕掛けられた無数の術式。それらはすべて、ひとつの目的のために用意されたものだ。
術者B「天津隆良の封印は依然として有効ですが……長くは持たないかと。」
正「問題ない。やつが完全に力を取り戻す前に、全てを終わらせる。」
天川正はふっと笑う。
正「天津隆良がいようがいまいが、モンスタースタンピードはすでに動き出している。人々は恐怖し、混乱し、俺たちの存在を知ることになる。我々が、この世界の支配者であることをな。」
術者たちは一斉に頭を下げた。
術者C「計画通りに進めます。天川様の指示通りに。」
天川正は満足そうに頷き、広げられた地図を見つめる。その目には狂気とも取れるほどの確信があった。
正「天津隆良……お前は、何もできないまま、ただ見ているしかない。」
術者A「次の魔獣の解放準備、完了しました。」
正「よし、予定通りだな。すぐに次の段階へ進め。」
術者たちはそれぞれの持ち場へと向かう。
天川正は地図を確認しながら、次の標的となるエリアを指さす。
正「この地点で暴動を起こせば、封鎖が間に合わず混乱が広がる。天津隆良がどう動くか……。」
術者B「天津隆良の行動ですが、現在はホロライブ関係者と接触を続けています。まだ封印の影響下にありますが、警戒は必要かと。」
正「油断はしない。だが、モンスタースタンピードはすでに動き始めた。やつが何をしようと止めることはできない。」
正は呪符を数枚取り出す。
正「"追加"も用意しておけ。万が一に備えてな。」
術者たちは頷き、それぞれ準備に取り掛かる。
正「天津隆良、お前の運命は決まっている。」
部屋の中に呪気が広がっていった。
シオン「天津さん、今のままだと正直厳しいでしょ?」
「まぁ、影が使えないと色々と……不便ですね。」
シオン「だから、禁書を使うしかないんだよね今のところ。」
「禁書?」
シオン「ドリームウォーク。別の次元にいる“天津さん自身”に意識を飛ばして、その体を操る秘術。」
「つまり、影の力を持ってる俺がいる次元に意識を飛ばせば、その力を使えるってことですか?」
シオン「理論上はね。でも、ドリームウォークは禁書の中でもかなりヤバいやつ。発動すると“悪魔”が出てきて、発動者の意識の先を襲う。」
「……悪魔?」
シオン「禁書が“禁じられてる”のには理由があるのよ。その力を止めるために現れる存在。発動者した後、意識を乗り移った方に行って狙って襲いかかるの。」
「……もしやられたら?」
シオン「本体はもう――死んでるかもしれない。」
「……なるほど。」
シオン「だから正直、試すのはやめたほうがいいと思うよ。でも、他にも方法はある。」
「他の方法?」
シオン「スターロード。別の次元に繋げる秘術。」
「……それを使えば?」
シオン「スターロードはただ別の次元と繋げるだけ。天津さんの意識が向こうに飛んでる状態じゃないと、ただのどこでもドア。」
「つまり、スターロード単体では意味がない、と。」
シオン「そう。でも、ドリームウォークと組み合わせれば、別の次元の天津さんを呼び寄せることもできる。」
「……最終決戦で、戦うときに使うってことですね。」
シオン「そう。今試すのはリスクが大きすぎる。だけど、決戦のときなら――」
「……確かに、それなら選択肢の一つとしてアリかもしれませんね。」
シオン「でしょ?だから、今はとにかく別の手段でどうにかするしかないわ。」
「了解です。……助かります、シオンさん。」
シオン「準備はしっかりしておくよ。」
俺は小さく息を吐いた。影を取り戻すための手段は、まだ残されていると思うと少し安心した。
シオン「それでも問題なのは...そのドリームウォークの本がシオンは持ってないって言うこと。」
「どこにあるんですか?」
シオン「...」
シオン「……あるにはあるけど、問題なのは場所なんだよね。」
「どこにあるんですか?」
シオン「“封印の書庫”」
「封印の書庫……?」
シオン「そう、普通の魔術図書館とかとは違って、禁書の中でも特にヤバいやつを封じておく場所。入るだけで命の保証はないわ。」
「そんな場所に……。」
シオン「ドリームウォークは禁書の中でも厳重に管理されてる部類。だから、そこに封印されてる。」
「……簡単には手に入らない、ってことですね。」
シオン「うん。それに、禁書を封印してるだけじゃなくて、侵入者を排除するための結界や番人もいるんだよね。」
「番人?」
シオン「書庫を守るために作られた魔法生物とか、罠とか、そういうのが山ほどね。適当に突っ込めば、まず生きては帰れないわ。」
「……それでも、手に入れるしかないんですよね。」
シオン「でも、今すぐ向かうのは危険すぎる。まずは準備が必要だね。」
「準備?」
シオン「結界を無力化する方法、番人を突破する手段、そして何より――確実にドリームウォークを持ち帰る方法。それを考えないと。」
「なるほど……。」
シオン「それに、これはあくまで最終手段だから。禁書を使うってことは、それ相応のリスクがあるってことを忘れないでね。」
「わかってます。」
シオン「……本当にわかってる?」
シオンが真剣な目で俺を見つめる。
「……俺の影を取り戻すために、必要ならどんな手でも使います。」
シオン「……ふぅ、まったく。天津さんって本当に無茶するね。」
シオンさんは呆れたようにため息をついたが、それ以上反対することはなかった。
「待ってください...スターロードはどうなんですか?」
シオン「スターロードはシオンが使えるよ?」
「それならスターロードを使って別の次元に行って、そこでドリームウォークの禁書を取るのは...?」
シオン「あー...確かにその方が良いかも...?いや、シオンでもどこに繋がるのかが分からないから行く場所によっては危険だしどこにあるのかも...」
「よくあるじゃないですか、異世界に行った時は誰かに聞くのが1番と。」
シオン「うーん...でも1番怖いのは自分と出会うことかな。」
「?」
シオン「だって、今の天津さんは影の力が使えないし、別の次元の天津さんが敵側になってる可能性も捨てきれない。」
「……確かに、それは怖いですね。」
シオン「でしょ?スターロードは別次元に繋ぐだけで、行った先がどんな世界かは完全に運任せ。だから、天津さん自身が危険にさらされる可能性もあるし。」
「でも、それを言ったら封印の書庫に行くのも同じですよね?」
シオン「うっ……まぁ、そうだけど……。」
「だったら、どっちにしても危険なら、確実に禁書がある可能性が高い方法を選ぶべきじゃないですか?」
シオン「それは……まぁ、そうだけど……。」
シオンは腕を組み、考え込むように視線を落とした。
シオン「……問題は、どの次元に繋がるかね。もし天津さんの言う通り、ドリームウォークが存在する次元に繋がるなら確かに効率はいい。でも、そううまくいくかはわからないのよね。」
「それでも試す価値はあるんじゃないですか?」
シオン「……それはそうなんだけどねぇ……。」
「?」
シオン「いや、やっぱり天津さんはちょっと楽観的すぎるのよ。別の次元に行くっていうのは、つまりそこにいる“自分”と向き合うってことなのよ。」
「向き合う……?」
シオン「たとえば、もし別の次元の天津さんが敵側だったら?それどころか、天川正と組んでる世界だったら?」
「……それは、考えたくないですね。」
シオン「まぁシオンもそっち行って扉開けば戻れるけどさぁ...」
「……つまり、シオンさんが一緒なら戻ってこれるってことですか?」
シオン「まぁね!シオンが直接天津さんと一緒に行けば、スターロードで扉を開いて元の次元に戻ることもできるよ。ただし、向こうで何かトラブルが起こったら話は別だけど。」
「トラブルって?」
シオン「例えば、行った次元で天津さんが捕まったり、敵側の天津さんと戦うことになったり……まぁ、色々考えられるわけ。」
「……そんな可能性もあるんですね。」
シオン「そうなの。だから慎重に動く必要があるのよ。」
「でも、それなら一応安全策にはなるんじゃないですか?」
シオン「うーん、そうだけど……やっぱりリスクは大きいのよね。向こうの天津さんが協力してくれるとは限らないし、そもそも天津さんがいる世界とは限らない。」
「たしかに……。」
シオン「天津さんはどうしたい?」
「……個人的には別次元の方がいいと思います。」
シオン「まぁそう言うと思ったよ、じゃあ準備しよっか。」
こうして別の次元に向かうための準備を始めた。