マリン?「さーて、それじゃあ出発しますか!」
マリンさんの家を出て、俺たちは霧の図書館へと向かうことになった。道は街の外れに続いており、やがて森の入り口が見えてきた。
「この森の奥にあるんですか?」
マリン?「そうよ。街から少し離れてるけど、そこまで遠くはないわ。ただね……」
シオン「ただ?」
マリン?「霧の図書館って呼ばれてるだけあって、森の奥は常に霧が立ち込めてるの。迷ったら最後、戻ってこれないって話もあるのよね。」
「それは……嫌ですね。」
シオン「まぁ、シオンがいるから大丈夫でしょ!」
マリン?「頼りにしてるわよ、シオンたん?」
そんな軽口を叩きながら、俺たちは森の奥へと足を踏み入れた。
「そういえば、この次元の俺とシオンさんって何をしてるんですか?」
マリン?「んー?さぁ?マリンはあんまり関わってないけど……」
シオン「知らないんだ?」
マリン?「でも、噂くらいは聞いたことあるわよ?」
「どんな噂です?」
マリン?「天津さんは、この街じゃなくて別の街に住んでるみたいなんだけど……どうやらそこで彼女を作ったらしいよ」
「……は?」
シオン「へぇー?」
マリン?「なんでも、その子とは結構仲が良くて、もうずっと一緒にいるらしいよ?」
「いやいや……」
シオン「なるほどねぇ~。別次元の天津さんは恋愛してるんだぁ?」
「……ちょっと待ってくださいよ。」
マリン?「どうしたの?そんなに驚くこと?」
「いや、なんか……変な感じがするというか。」
シオン「まぁ、別次元の自分が自分とは限らないしねぇ?」
マリン?「で、どうする?会いに行く?」
「いや、今はそれどころじゃないので……。」
シオン「ちょっと興味あったけど、まぁいいや。」
俺たちは妙な気持ちを抱えつつも、霧の図書館へと進むのだった。
マリン?「さて、マリンはここでお別れね。」
霧の図書館の前に立つと、マリンさんは立ち止まり、くるりと振り返った。
「ありがとうございます。」
マリン?「ここから先は2人で頑張ってね。」
そう言って、マリンさんは軽く手を振りながら霧の中へと消えていった。
「……行きますか。」
シオン「うん、でもちょっと怖いね。」
重厚な扉を押すと、静かに開き、中には果てしなく続く本棚が並んでいた。
「すごい……こんなに本があるなんて。」
館内は想像以上に広かった。天井が見えないほどの高さまで本棚がそびえ立ち、まるで迷宮のようだ。照明はなく、壁に取り付けられたランプがほのかに空間を照らしている。
シオン「うわっ! 見て見て! こんな本見たことない!」
シオンさんはすでに興奮気味で、奇妙な装丁の本を次々と手に取っていた。中には、触れると表紙が光るものや、ページが勝手にめくれるものもある。
「シオンさん、そんなに持ち帰れませんよ。」
シオン「えぇ〜! こんなチャンス滅多にないのに!」
「そもそも、禁書を探しに来たんですからね?」
シオン「……わかってるよぉ。でもちょっとくらいなら……ね?」
そう言いつつ、シオンさんはすでに何冊かを抱え込んでいた。
本棚を巡っていると、ふと視線の先に何かを見つけた。
「……あれ?」
図書館の奥の薄暗がりに、大きな扉がぽつんと佇んでいる。
シオン「何? どうしたの?」
「あそこに……扉があります。」
シオン「こんな図書館の奥に? 怪しすぎない?」
「禁書があるとしたら、ああいう場所に隠されているんじゃないですか?」
シオンさんと目を合わせると、彼女は少し考えたあと、静かに頷いた。
シオン「……行ってみる?」
「もちろん。」
2人はゆっくりと扉へと近づいていった。
扉に手をかけると、意外にも軽く開いた。中は真っ暗で、奥へと続く階段が伸びている。
「……地下?」
シオン「こういう時って大体ヤバいものがあるよね。」
「禁書を探しに来たんですから、当然ですよ。」
シオン「まぁ、そうだけど……気をつけてね。」
階段を一歩ずつ降りていくと、やがて広い空間へと出た。そこは巨大な地下ホールのようで、壁に取り付けられた青白い灯りがぼんやりと空間を照らしている。
奥の方には厳重に封印された本が数冊、台座の上に並んでいた。
「……あれか。」
シオン「結構ガチガチに守られてる感じするけど……どうやって持ち出そう?」
慎重に近づこうとしたその時だった。
シオン?「おっと、そこまでだよ」
不意に声が響き、2人は反射的に立ち止まる。
台座の前に、いつの間にか誰かが立っていた。
シオン「え……?」
「シオンさん?」
そこにいたのは、シオンさんそっくりの人物だった。ただ、こちらのシオンさんよりも落ち着いた雰囲気がある。
シオン?「ようこそ、霧の図書館へ。」
その人物――この次元のシオンさんは、静かに微笑んでいた。
「……やっぱり、この次元にもシオンさんがいるんですね。」
シオン?「そりゃあね。ここは私の庭みたいなものだから。」
彼女は淡々と言いながら、ゆっくりと台座の前に立つ。
シオン「もしかして、その本を守ってるの?」
シオン?「そういうこと。これはただの本じゃない。知識は力になるけど、同時に危険にもなる。だからここに封じられてるのさ。」
「……俺たちは、その中の一冊が必要なんです。」
シオン?「へぇ、どれを狙ってるの?」
「ドリームウォーク。」
言った瞬間、シオン?の表情がわずかに変わった。
シオン?「……なるほどね。禁書の中でも、特に厄介なやつを求めてるんだ。」
シオン「なら、話が早いんじゃない?」
シオン?「いや、そう簡単にはいかない。」
彼女は一歩、こちらに歩み寄る。
シオン?「この本を持ち出すなら、それなりの覚悟がいる。悪用されたら世界が崩れるかもしれないし、そもそも使うだけでリスクがある。」
「それでも、俺たちには必要なんです。」
シオン?はじっとこちらを見つめる。
シオン?「……じゃあ、試してみる?」
「試す?」
シオン?「ここで試験をする。君たちが本を手にするにふさわしいかどうか……それを決めるのは、私。」
シオン「なんか面倒なことになったね。」
シオン?「そう思うなら帰れば? でも、禁書が欲しいなら、私を納得させなきゃいけない。」
「……やるしかないですね。」
シオン?はクスリと笑い、手をかざす。
シオン?「じゃあ、始めようか。」
すると、周囲の空間がゆっくりと揺らぎ始めた。
霧が立ち込めるように、空間が揺らぎ始める。足元が不安定になったかと思うと、次の瞬間、俺たちは別の場所に立っていた。
「……っ、ここは?」
シオン「さっきまでの図書館じゃない……?」
見渡すと、そこは本棚に囲まれた薄暗い部屋だった。だが、普通の図書館とは違う。壁一面に古びた本が積み上げられ、天井は高く、どこまでも続いているように見える。
シオン?「ここは試験の場。私が作り出した領域だよ。」
俺たちの前に立つシオン?が、ゆっくりと手を掲げる。
シオン?「ここで私の問いに答えてもらうよ。」
シオン「問い?」
シオン?「そう。ドリームウォークはただの禁書じゃない。それを手にする覚悟があるか、試させてもらうから。」
「……どういう試験ですか?」
シオン?「簡単さ。」
彼女は指を鳴らす。すると、本棚の間から黒い霧が湧き上がり、そこから何者かの影が現れた。
シオン?「さあ、戦ってみせて。」
影は徐々に形を成し、俺たちの前に立ちはだかる。
「……っ!」
シオン「ちょっと、マジで戦うの!?」
シオン?「大丈夫、大怪我はしないようにしてるから。」
そう言いながらも、彼女の目は本気だった。
「……やるしかないですね。」
シオン「はぁ、面倒だなぁ……でも、ここで負けるわけにはいかないか。」
影たちはゆっくりとこちらに向かってくる。
「行きますよ、シオンさん!」
試験が、始まった。
影が蠢き、足元から黒い靄が広がる。しかし、いつもと感覚が違う。
「……っ、これは?」
俺が影を操ろうとした瞬間、力が意図しない方向へと流れた。
シオン「天津さん!? 何かおかしくない?」
「……影が、勝手に……!」
影の縛りを作ろうとしたが、逆に自分の足元から勢いよく影が噴き出し、周囲を包み込んでいく。まるで意思を持って暴走しているようだった。
シオン「ちょっ……何!? これ、ヤバくない?」
シオン?「なるほどね。この世界の流れに、天津さんの力が適応できてないんだね。」
シオン?は腕を組みながら興味深そうに見ていた。
「くっ……動かせない……っ!」
影が絡みつき、俺の身体を締め付ける。思うように動けない。
シオン「天津さん、大丈夫!?」
「は……分からない……力が……っ!」
影は俺自身の意思を無視して広がっていき、試験の場を飲み込もうとしていた。
シオン?「……このままじゃ試験どころじゃないね。少し手をを貸してあげる。」
そう言いながら、彼女は指を鳴らした。すると、影の暴走が少しずつ弱まり始める。
「……っ!?」
シオン「な、何をしたの?」
シオン?「ここの世界に合わせて、天津さんの力を少しだけ抑えただけだよ。」
俺は荒い息をつきながら、自分の影を見下ろした。まだ違和感はあるが、さっきまでの暴走は収まりつつある。
シオン?「さて、これで試験を再開できるね。」
目の前の影たちはまだ消えていない。俺は深く息を吸い込み、もう一度構え直した。
「……やるしかないか。」
シオン「もう暴走しないでよ?」
「まだ多少蠢いてはいますが、何とかしてみせますよ。」
影の暴走を抑えたとはいえ、未だに力の流れが不安定なのがわかる。このままではまともに戦えない。
「……なら、いっそ。」
俺は深く息を吸い込み、影を自分自身へと取り込むことにした。
黒い靄が渦を巻き、俺の身体を包み込んでいく。影が染み込むように身体へ吸収され、肌の感覚が変わっていくのがわかる。そして――
シオン「えっ……!? 天津さん!?」
気づけば俺の身体は昔のものに変わっていた。
「……この姿で戦うのは久しぶりだな。」
長い黒髪が揺れ、袖の広い和服の感触が懐かしく感じる。かつての俺――高田影道の姿だ。
シオン?「へぇ……これは興味深い。」
俺は軽く拳を握り、身体の感覚を確かめる。影の流れも、さっきよりは安定している。
「……行くぞ。」
影を足元に馴染ませ、一瞬で距離を詰める。
シオン?が軽く指を動かすと、黒い影の塊が飛んできた。それを影踏みで回避し、間合いを詰める。
シオン「す、すご……! さっきまでとは動きが違うし、何あのおじいちゃんの姿......!」
影の力を完全に掌握した俺は、シオン?へと斬りかかる――。