「まあ、戦いっていうものは大抵、終わった後が一番疲れるものです。」
そう思いながら、目の前に置かれたメニューをぼんやりと眺めていた。向かいのすいせいはというと、さっきの化け物騒ぎなんてなかったかのように、楽しげに品定めをしている。
すいせい「天津さん、何にする?」
彼女がメニューの端から覗き込んでくる。俺? いや、何でもいい。腹が満たされればそれで十分だ。
「おすすめを教えていただければ、それで構いません。」
そう答えると、すいせいは目を輝かせて笑った。
すいせい「それじゃあ、これとこれと…あとこれも頼もう!」
やけに楽しそうに指を動かすその様子に、こっちまでつられて口元が緩む。戦闘の後でも、こんなに無邪気でいられるのは、すいせいの才能なんだろう。
料理が運ばれてくるまでの間、俺たちは軽い世間話をしていた。というより、ほとんどすいせいが話していて、俺は相槌を打つだけだった。ホロライブのタレントとしての日々のこと、面白いファンのエピソード――どれも俺には新鮮だった。
すいせい「それにしても、天津さんって影が薄いよね。」
唐突にそんなことを言い出す。
「影が薄い、ですか?」
思わず聞き返した。
すいせい「なんていうか、いるのかいないのか分からない感じ? さっきも化け物倒してくれたのに、まるで何事もなかったみたいだし。」
彼女は手を顎に当てて首を傾げる。その仕草がやけに子供っぽく見える。
「それが自分の特徴みたいなものです。騒がれない方が良いでしょう。」
すいせい「うーん、そうかもしれないけどね。でも、ちょっと変わってるよ。」
変わってる、か。確かに俺は普通じゃない。それは俺自身が一番よく分かっている。影を操る力。江戸の頃から変わらず、俺にまとわりついているものだ。
運ばれてきた料理にすいせいが夢中になる間、俺はふと彼女の言葉を思い返していた。
「変わってる」…彼女はその一言で済ませたが、あの戦いを見た者なら普通はもっと警戒するはずだ。俺の力が普通じゃないことくらい、誰だって気づくだろう。
だが、彼女はそんなことを深く追及しない。ただ純粋に、目の前の食事に楽しさを見出している。そういう人間の在り方が、俺には少しだけ眩しく見えた。
すいせい「天津さん、これ美味しいよ!」
満面の笑みで差し出された一口に、俺はつい笑みを返してしまう。
(まあ、今はこの平穏を楽しむとしよう。)
そう内心呟きながら、彼女のすすめる料理に箸を伸ばした。
1週間後の今日昼間、穏やかな空気が突如として壊れる。
昼休憩の中、目を覚ました直後、街の外からかすかな揺れを感じた。最初は風のせいかと思ったが、その揺れは次第に強くなり、遠くで何か大きな物体が崩れる音が響いてきた。
すいせい「天津さん、何か変じゃない?」
すいせいさんが俺に声をかけてきた。窓から外を眺めてみると、通りには人々が集まり、何やら騒がしい様子だ。
「ちょっと、様子を見に行きましょう。」
そう言うと、すいせいさんと共に店を出て、異変の起こっている場所へ向かう。
道を歩いている最中、胸の中で何かが引っかかっていた。直感が言う。何か、良くないことが起きている。
通りに出ると、異様な雰囲気に包まれていた。人々は不安そうに集まっており、警察が周囲を警戒している。しかし、誰も何が起きたのかを詳しく語る者はいなかった。
すいせい「どうしたんだろう、天津さん?」
すいせいが不安げに俺に尋ねる。
「少し待ってください。」
俺はそのまま、警察が立ち入り禁止にしているエリアに目を向けた。そこから、何かが足元からグラグラと揺れているのが見える。
その瞬間、地面が激しく揺れ、震動が周囲に広がった。
すいせい「えっ、何これ!?」
彼女の声が震えている。僕も同じように心の中で何かを感じ取っていた。それは、単なる地震ではない――何かが地下から迫っている。
突然、地面が裂け、その隙間から漆黒の触手のような物体が次々と現れた。触手は数メートルの長さがあり、辺りをかき回しながら、物を壊し、倒す。
すいせい「きゃっ!」
すいせいが驚きのあまり、思わず後退する。
「すいせいさん、下がって!」
俺はすいせいさんを引き寄せ、後ろに避けさせる。
その時、触手の先端が振りかぶられ、近くにあった車をひとたまりもなく引き裂いた。
(これは、ただの生物じゃない…力がある。)
その触手から放たれる圧力に、僕はただならぬ気配を感じる。見た目はまるで巨大な触手の怪物だが、その動きは非常に精密で、まるで意識を持っているかのようだった。
すいせい「天津さん、あれ、何なの?」
すいせいは震えながら俺に尋ねてくるが、僕はもう答えている暇もなかった。
「すいせいさん、今すぐここから離れてください。これは自分一人で対処します。」
その言葉と共に、俺は影を操る準備を始める。だが、影を使うまでもなく、この怪物には別の方法で対処しなければならない。
触手が振り下ろされた瞬間、俺はその力強い攻撃を見切り、右足で大きく一歩を踏み出す。すでに俺の影は動き、足元に広がっている。
「影踏み。」
その言葉と共に、俺は一瞬でその場から消え、数メートル先に移動していた。次の瞬間、触手が僕の姿を捉えようと振りかぶるが、すでにその位置には俺の姿はない。
「動きは鈍い。」
そう呟き、俺は相手の隙をついてその触手に攻撃を仕掛ける。
俺が放った一撃は、黒い影のように鋭く、触手の先端を切り裂く。しかし、その触手はすぐに修復し、また攻撃を繰り出してくる。
(このままでは無限に続くな。)
そう感じた俺は、戦況を変える必要がある。
「影縛り。」
その言葉と共に、俺は地面に浮かぶ影を動かす。影は触手の先端に絡みつき、さらにその動きを封じ込めていく。
だが、それでもまだ終わらない。触手は一度は動きを止めたかに見えたが、次第にその力を増し、より凶暴になってきた。
その時、突然、怪物の体内から光のようなものが漏れ出した。まるでその存在が暴走しているかのような、異常な力が沸き立っていた。
(このままではまずい。)
俺は急いですいせいさんに目配せをして、もっと離れるように指示する。しかし、すいせいはんはどうしても離れようとしない。彼女の目には何かを決意したような光が宿っていた。
だが、まだ時間がない。もし、あの光が完全に広がってしまえば、周囲の人々すら巻き込まれてしまう。
この新たな事件は、ただの異常事態に留まらない。何かが変わろうとしている。