夜の街を歩きながら、俺は手にしたおにぎりの包装をゆっくりと開けた。
フブキ「いや~、深夜のコンビニ飯って、なんでこんなに美味しく感じるんでしょうね!」
「普段より空腹だからじゃないですか?」
フブキ「それもあるかもだけど、こうやって誰かと食べるのが楽しいんですよね~!」
フブキさんは楽しそうにプリンの蓋を開け、スプーンですくいながら満足げな表情を浮かべている。俺もおにぎりを一口かじる。こうして誰かと並んで帰るのは久しぶりかもしれない。
フブキ「そういえば天津さん、明日のスケジュールってどうなってます?」
「午前は企画会議があって、その後は配信サポートですね。」
フブキ「なるほどなるほど! ……ってことは、明日も白上の配信サポートですよね?」
「ええ、担当になっています。」
フブキ「いや~、助かりますねぇ。天津さんがいると安心感が違うんですよ!」
「それは光栄です。」
フブキさんは笑いながら、プリンを口に運ぶ。そのまましばらく、軽い雑談をしながら帰路についた。
――そして、翌日。
仕事中、ふと誰かの視線を感じた。俺は手を止め、さりげなく周囲を見渡す。
すると、少し離れたところで すいせいさんが俺のほうをじっと見ていた。
すいせい「……。」
目が合うと、すいせいさんはわずかに驚いたような顔をしたあと、すぐに視線をそらした。
(……なんだ?)
別に珍しいことではない。スタッフとして働いていれば、タレントと目が合うことなど日常茶飯事だ。だが、今の視線は何か考え込んでいるような、そんな印象を受けた。
俺が気にする素振りを見せずに作業を続けていると、すいせいさんがゆっくりと近づいてきた。
すいせい「天津さん。」
「はい、どうしました?」
すいせい「……聞きたいことがあるんだけど。」
「聞きたいこと??」
すいせい「夜、帰るとき。何か変なことなかった?」
「変なこと、ですか……?」
思い返すが、特に何かあったわけではない。フブキさんとコンビニに寄って、軽く話しながら帰っただけだ。
「特に何もなかったですが……どうかしました?」
すいせい「……いや、ならいいんだけど。」
そう言って、すいせいさんは少し考え込むような仕草をしたあと、何事もなかったかのように話題を変えた。
すいせい「明日の配信、天津さんが裏方でついてくれるよね?」
「はい、サポートに入る予定です。」
すいせい「じゃあ、よろしくね。」
そう言って、すいせいさんは軽く手を振って去っていった。
俺は少しの間、その後ろ姿を見送る。
(……何か気にしていたようだったが。)
昨日の帰りに何かあったのだろうか。特に異変は感じなかったが、すいせいさんの様子を見ていると、何か違和感を覚える。
とはいえ、考えても答えが出るものではない。俺はひとまず気を取り直し、仕事に戻ることにした。
それから数日が経ち、ホロライブの仕事はいつも通りに進んでいた。配信のサポート、企画の準備、機材の調整――スタッフとしての業務は多忙だが、それでも充実した日々を送っている。
そんなある日のこと。俺は機材のチェックを終え、休憩室へ向かった。
休憩室のドアを開けると、中にはフブキさん、すいせいさん、そしてミオさんがいた。
フブキ「おっ、天津さん! ちょうどいいところに!」
ミオ「天津さん、お疲れ様~!」
すいせい「……お疲れ。」
「お疲れ様です。」
俺は軽く頭を下げてから、自販機で缶コーヒーを買う。すると、フブキさんがニヤニヤしながらこちらを見てきた。
フブキ「ねえねえ天津さん、ホロメンの中で誰と一番仲良しなんです?」
「急にどうしたんですか?」
ミオ「ちょっと気になったんだよね。普段いろんな子と仕事してるけど、天津さんってあんまりプライベートな話しないし。」
フブキ「そうそう! せっかくホロライブで働いてるんだし、仲のいい人とかいるでしょ?」
俺は少し考える。確かに、タレントとは仕事上の関わりがほとんどで、プライベートで深く交流することはあまりない。だが――
「そうですね……強いて言えば、すいせいさんとよく話しますね。」
俺がそう答えると、すいせいさんがピクッと反応した。
すいせい「……え? なんで?」
「いや、単純に仕事で関わることが多いので。」
フブキ「へぇ~! すいちゃん、天津さんとそんなに仲良かったっけ?」
すいせい「べ、別に仲がいいってわけじゃ……普通でしょ?」
ミオ「なんかすいちゃん、ちょっと動揺してない?」
フブキ「これは……天津さん、もしかしてすいちゃんのこと狙ってる!?」
すいせい「はぁ!? 何言ってんの!?」
「そんな訳ないですよ。ましてや会社のスタッフとタレントがそんな事になるなんて。」
フブキさんとミオさんが楽しそうに騒ぐ中、すいせいさんは顔を少し赤くして目を逸らした。
俺は軽く苦笑しながら、缶コーヒーを一口飲む。
(……こういう日常も悪くないな。)
休憩室での時間が過ぎ、すいせいさんが何となく静かになった。普段、あれだけ明るくて話好きな彼女が突然黙り込むことなんて、珍しいことだ。俺はその様子が気になり、ふと顔を向けてみた。
すいせい「……あのさ、天津さん。」
「ん? どうしました?」
すいせいさんは少し躊躇いながら、ゆっくりと目を合わせてきた。その視線には、なんとなく普段の彼女とは違う雰囲気があった。
すいせい「なんかさ、前に言ってたこと、ちょっと気になっちゃって。」
「前に言ったこと? なんでしたっけ。」
すいせいは少し笑いながら、しばらく言葉を探すようにしていた。彼女がそんな風に考え込んでいると、こっちも少し気になってきた。
すいせい「その……天津さん、なんか、他の人とはちょっと違う感じがするんだよね。」
「違う、と?」
すいせいさんは少し照れくさそうに、でもどこか真剣な顔で続けた。
すいせい「うーん、なんかね、すごく冷静で、いつも落ち着いてるっていうか……その、すごく大人っぽい感じがするの。でも、時々、なんだか遠くを見てるみたいな、そんな風に感じることがあって。」
俺はその言葉に少し驚いた。確かに、冷静に過ごすことが多いけれど、まさかそんなふうに思われているとは思わなかった。普段、あまり感情を表に出さない自分に気づいていなかったわけではないが、すいせいさんがそのことを気にかけているとは。
「それって、気になることなんですか?」
すいせい「うん、なんか、気になるんだよね。普段はみんなに優しいし、頼りになるけど、ちょっとだけ、なんだろうな……自分のことを言わないようにしてるっていうか。」
すいせいさんはちょっと顔をそらしながら、少し小さな声で続けた。
すいせい「でもね、そういうところがかっこいいなって思ったりするんだよね。」
俺はその言葉に驚きと同時に、少し照れてしまった。すいせいさんが俺のことを、そんなふうに思ってくれているとは思わなかったからだ。
「かっこいい、か……」
すいせいは少し真面目な顔で頷いてから、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
すいせい「うん、なんかね、頼りになるっていうか。でも、時々、もっと天津さんのことを知りたくなるんだよね。」
「もっと、知りたい?」
すいせい「うん。普段はあまり自分のことを話さないけど、天津さんが何を考えているのか、ちょっと気になる。自分がどんな風に見えてるのか、知りたいなって。」
その言葉に、俺は少し胸が高鳴るのを感じた。すいせいさんが俺に興味を持っているのか、それとも単に気になるだけなのか、正直なところ分からなかったけれど、なんだか少し嬉しい気持ちになった。
「すいせいさん、そう思ってくれてるんですね。」
すいせいは小さく頷き、でも少し恥ずかしそうに笑った。
すいせい「うん、でも無理に言わなくてもいいよ。ただ、ちょっとだけ気になっただけだから。」
その言葉に、俺は少し安心したような気持ちになった。すいせいさんが無理に踏み込まないように気を使ってくれていることが、少し嬉しかった。
「ありがとうございます、すいせいさん。」
すいせい「ううん、こっちこそ。気にかけてくれて、ありがとうね。」
その笑顔に、俺は少し胸が温かくなるのを感じた。すいせいさんとのこうしたやり取りは、何気ないけれど、少し心に残るものがあった。
すいせい「でもさ、天津さんって本当に不思議だよね。なんでそんなに冷静でいられるんだろうって、ずっと思ってた。」
「冷静って言われても、そんなに大したことないですろ。」
すいせい「うーん、それでもすごいなって思うよ。私も少しだけ、そうなりたいなぁ。」
その言葉に、俺は少し驚きつつも、少し笑みをこぼした。
「すいせいさんは十分すごいと思いますよ。」
すいせい「えー、ほんと? でも、ちょっとだけでも、天津さんみたいに落ち着いていられるようになりたいな。」
その笑顔に、俺も思わず頷いてしまった。ほんの少しだけ、彼女のことを気にかける自分がいた。