夏の終わり、空には朱が滲み、影が長く伸びる時間。
源十郎「影道、手合わせしようぜ。」
「やだね、面倒くせぇ。」
源十郎「おいおい、お前がそんなこと言うなんて珍しいな。」
「今日は暑すぎんだよ。どうせ手合わせしたって、汗かいて不快になるだけだろ。」
源十郎「お前、ほんとに戦い以外はぐうたらだな。」
源十郎は笑いながら腰を下ろす。俺は軒先に座り込み、うちわで風を送る。
「ぐうたらってのは言いすぎだ。俺は省エネなだけだ。」
源十郎「省エネな奴が影を自在に操るなんて、皮肉なもんだな。」
「影は便利だからな。動かすのも楽だし、戦いだって無駄な動きをしなくて済む。」
源十郎「ははっ、だったらもっと戦いに積極的になれよ。」
「やだね。俺は戦うより、こうやってのんびりしてる方がいい。」
源十郎は肩をすくめ、空を見上げる。
源十郎「お前さ、将来どうすんだ?」
「どうするって……生きてくだけだろ。」
源十郎「いや、そうじゃなくて。何か夢とかねぇのか?」
「夢?」
考えたこともなかった。生きることに精一杯で、未来を夢見るなんて贅沢なことだと思っていた。
「……ねぇな。」
源十郎「だろうな。」
源十郎は笑いながら、手にしていた団子を口に放り込む。
源十郎「お前、食うか?」
「……もらっとく。」
渡された団子を口に入れる。甘さが口の中に広がり、なんとなく懐かしい気分になった。
源十郎「影道、お前が戦うのは好きじゃないってのはわかる。けどさ、俺はお前ともっと色んなことしたかったぜ。」
「……たとえば?」
源十郎「たとえば、どこか遠くへ行くとか。」
「無茶言うな。」
源十郎「たとえば、くだらねぇことで笑うとか。」
「くだらねぇな。」
源十郎「……たとえば、もっと長く生きるとか。」
源十郎は、夕暮れの光を背にして笑った。
源十郎「長く生きるってのは、お前にとって難しいことか?」
「さぁな……。」
俺は、ただ団子を噛み締めた。
源十郎「おい、影道。団子もう一本くれよ。」
「は?さっき食っただろ。」
源十郎「もう一本くらいいいだろ、ケチくせぇなぁ。」
「俺のじゃねぇよ、これ。婆さんから“絶対に自分で食え”って言われてんだ。」
源十郎「へぇ?ならなおさら俺が食っても問題ねぇだろ。」
「……理屈おかしくねぇか?」
源十郎「いいじゃねぇか、戦友なんだからよ。」
「戦友だからって、なんでも許されると思うなよ。」
俺は源十郎の手を払いながら、団子を自分の口に放り込んだ。
源十郎「ちっ、ガードが固ぇな。」
「お前が雑なんだよ。」
源十郎「……まぁいいさ。」
源十郎は大きく伸びをし、瓦屋根の上に寝転がった。
源十郎「それにしても、こうやってのんびりしてる時間も悪くねぇな。」
「普段は血気盛んなくせに、珍しいこと言うな。」
源十郎「そりゃ、戦いが嫌いってわけじゃねぇけどよ。でも、こうやってくだらねぇことで笑ってる時間も、案外悪くねぇんじゃねぇかって思うんだよ。」
源十郎は雲一つない空をぼんやりと見つめていた。
源十郎「影道、お前さ……もし俺たちが戦わなくてもいい時代が来たら、どうする?」
「……さぁな。」
源十郎「さぁな、じゃねぇよ。ほら、たとえばさ、俺たちがただの町人として生まれてたら?」
「想像できねぇな。」
源十郎「だよなぁ。」
俺たちは、戦うために生まれた。そんな生き方しか知らない。
源十郎「もしも……」
源十郎が少しだけ声を落とした。
源十郎「もしもだぞ?お前が生まれ変わったら、どんな人生を生きたい?」
「……。」
考えたこともなかった。
戦うことが当たり前のこの時代で、ただ生き延びることしか頭になかった。
「お前は?」
俺が聞き返すと、源十郎は少し考え込んで——
源十郎「うーん、そうだなぁ……。酒場でも開いて、のんびり生きてみてぇな。」
「お前が?」
源十郎「あぁ。強い奴も弱い奴も、関係なく酒を飲みに来る場所。くだらねぇ話をして、みんなで笑って、そんな場所を作ってみてぇな。」
「……お前がそんな柄かよ。」
源十郎「うるせぇよ。でも、そういうのも悪くねぇだろ?」
源十郎は笑った。
「もし俺が生まれ変わったら、そんな人生を送ってみてぇな。」
源十郎「……そりゃ、案外似合うかもな。」
俺は空を見上げた。
長く生きる未来があるなら——。
俺たちは、もっと違う生き方をしていたのかもしれない。
けれど、それは叶わない夢だ。
「……。」
俺は手元の団子をじっと見つめる。
この時間が、永遠に続けばいいのに。
そう思ったのは、きっとこの時が最初で最後だった。
「……。」
手にしていた団子を見つめる。
俺は生きている。転生して、別の名を持ち、別の時代で生きている。
けれど——。
いろは「天津さん?収録終わったでござるよ?」
いろはさんの声に、俺は顔を上げた。
「あっ、もう終わったんですね。」
源十郎、お前は——。
俺が今こうして生きていることを、どう思うだろうな?
生まれ変わったら目の前には風真家の娘が居て、源十郎が仕向けたのかと思うくらいの偶然だ。