デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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第9話の内容を分割しました。
お騒がせしてしまい、申し訳ないです。

今回、7000字です。


私の名は吉良吉影 その2

 

『だめだめダめだめダメダメだめだメ……』

 

湿った空気を震わせる、不気味な声が響いた。

声の発生源は…吉良のスタンド(キラークイーン)

 

だが、その口にあたる部分は…微動だにしていない。

――ただ音が、吉良の背後から響き続ける。

 

『……モく撃シャは……イカしテおけないヨ…』

 

その声は低く、くぐもっていて、ひたすら無機質に反復されるだけ。

 

意味のない言葉――

しかし、その響きはまるで吉良の内側から漏れ出しているかのように不気味で、ぞっとするほど異様だった。

 

サオリは銃口をキラークイーンに向けながら、眉をひそめる。

 

(……なんだ…これは…?)

 

『なンとイうか…チョッと……下品なンですガ……』

 

ただ、意味のない言葉を反復する。

まるで壊れた人形のように繰り返しているように――

 

サオリの脳裏に、警戒と驚愕が入り混じった。

 

(……スタンド……!? こいつ、スタンド使いだったのか……!?)

 

目の前の「キラークイーン」は、黒い霧のようなオーラをまといながら、吉良の背後で不気味に佇んでいる。

 

(――今だ。)

 

吉良の脳内に、その判断が閃光のように走った。

 

(今しかない……!)

 

スタンドが現れたことで、サオリの注意は一瞬逸れた。

目の前の異様な存在に驚き、警戒の意識が散漫になったのが、吉良にははっきりと感じ取れた。

 

(逃げるなら……今しかないッ!)

 

瞬時にそう考えた吉良は、息を詰め、地面を蹴った。

夜の冷えた空気が、火がついたように焼ける喉を容赦なく刺激した。

血の味が口の中に広がり、傷口がズキズキと脈打つ。

 

「クソッ!」

 

――だが、吉良が駆け出すタイミングと、サオリが我に返った瞬間は、不運にも同時であった。

 

(なッ!? …もう気づかれたのかッ!?)

 

「逃がすかッ!!」

 

鋭い怒声。

すぐさま銃口を吉良へ向ける。

吉良が回避行動を取るよりも早く、サオリのサイドアーム。その拳銃が彼に狙いを定めていた。

 

――ドクン。

 

心臓が強く跳ねる。

 

(撃たれる――!)

 

その瞬間――

 

(メシャァッ!!)

 

「なっ…!?」

 

信じがたい光景に、サオリの動きが止まる。

――吉良のスタンド(キラークイーン)が、独りでに動いていたのだ…

 

そのスタンド(キラークイーン)は無表情を変えることなく、サオリの手元のサイドアームをがっしりと握り、そのまま握力だけで、ぐにゃりと変形させたのだ。

弾倉は砕かれ、銃身は無惨にねじれ、破壊される。

 

「クソッ…これは…ッ!」

 

サオリが反射的に後ずさる。

その瞬間、キラークイーンの無機質な顔が、ゆっくりと…サオリの方へと向いた。

 

『…他ニンのツめを……キったことはナイ……?』

 

乾いた声が響く。

まるで、心が存在しないかのような、無機質な声。

感情のない音は、意味のない言葉をただ並べただけのように聞こえる。

 

しかし、その言葉はまるで、自分の頭の中に直接語りかけてくるような、不快な響きを持っていた。

 

(意味なんてない……ただの戯言だ……)

 

そう理解していたはずなのに――

目の前の“ソレ”に、サオリは無意識に恐怖を覚えずにはいられなかった。

 

『なンでも…経験だヨ……』

 

キラークイーンの無機質な声が響く。感情の欠片もない音。まるで録音されたテープを再生するように、淡々とした響き。

 

次の瞬間、髑髏のレリーフが刻まれたその拳が、稲妻のような速さでサオリの頭上へと振り下ろされた。

 

「…ッ!!」

 

本能が、叫んだ。

 

(避けなければ――マズイッ!!)

 

彼女の反射神経は、すでに極限の領域に達していた。

 

(この距離、この速度……まともに受ければ……!)

 

考えるよりも早く、サオリの体は地を蹴っていた。

 

「クッ……!!」

 

体を沈めるようにして身を屈め、ギリギリのところでキラークイーンの拳が髪をかすめる。空気が唸り、地面が砕け散った。

 

(なんて威力だ……まともに受けていたら、頭が原型を留めていなかったか…!?)

 

その視線の先――

キラークイーンの瞳が赤く鈍く光った。

 

縦に細く伸びた白い瞳孔が、じっとサオリを捉えている。

 

その眼差しは、感情の欠片も感じさせない、冷たい光。まるで爬虫類が獲物を捉えるときのような、底知れぬ不気味さがあった。

 

そして――

 

『ツめ切り…じょゥずじゃあナいカ……』

 

まるで壊れたラジオのように、ただ空虚な響きが耳にまとわりついた。

 

「ッ!?」

 

言葉と同時に、キラークイーンの身体がしなやかに動いた。

筋肉が弾けるように収縮し、軸足を強く踏み込むと――

 

(ブォンッ!!)

 

空気を切り裂く音と共に、キラークイーンの回し蹴りがサオリを襲う。

膝から下がまるで鋼のムチのようにしなり、獲物を打ち砕かんとする一撃――

 

「クッ……!!」

 

「(『メタリカ』は、近距離戦(パワー型)向きではない。ならば――)」

 

(ガチィンッ!!)

 

空を切ったキラークイーンの脚。その余波が頬をかすり、鋭い痛みが走る。

キラークイーンの蹴りが空を切った余波だけで、コンクリートの壁に亀裂が走った。

 

――だが、サオリの体はまるで見えない力に押し出されるように、後方へと弾かれた。

衝撃が迫る刹那、サオリは右腕を振りかざし、自身の体を弾くように磁力を放ったのだった。

 

心臓が強く打ち鳴る。血が逆流するような感覚。

数メートル滑るようにして後退し、サオリは地面に片膝をつく。

 

『ふカ爪しナイように…気ヲつけテ……』

「……ッ……はぁ……はぁ……」

 

額に滲む汗を拭う間もなく、サオリは右手の平を見た。そこには滲む血――。

 

「……クソ。」

 

呟きと同時に、血はまるで生き物のようにうごめき、銀色の輝きを放ちながら変化していく。

指先から、無数のカッター刃が生まれ、鋭く光を弾く。

 

吉良は喉を押さえながら、その光景を見つめた。

 

(……磁力で自身を弾き飛ばして避けたか……)

 

吉良は思わず息をのんだ。

 

サオリの動きはまるで風のようだった。

キラークイーンの拳が空を切った瞬間、その衝撃の余波が頬にまで届くほどの至近距離。

普通ならば、その整った顔が粉々にシェイクされていただろう…

 

だが、目の前の女(サオリ)は違った。

 

磁力を利用し、自らの体を弾き飛ばして逃れてみせたのだ。あの土壇場でその判断を下せる反射神経。並の相手ではない…

 

「……クッ……」

 

喉の奥で血が泡立つのを感じながら、吉良は目の前の女を睨んだ。

 

(…これが、コイツのスタンドの『真価』か……)

 

呼吸は荒く、喉からは血が滴っている。傷口は完全に塞がってはいない。

だが――

 

(――勝機はある。)

 

お互いに身を低く構え、目を離さない。

張り詰めた静寂が、耳を押しつぶす。

 

次に動いた方が――"死ぬ"

 

張り詰めた空気の中、吉良は喉の奥で血を嚙み潰しながら、キラークイーンの背中を見つめた。

 

(……こいつは…何ができる?)

 

吉良は目の前に立つ、自らのスタンドの姿を見据えた。

 

淡く漂う黒い霧の隙間から覗く、鋼のように引き締まった背筋。肩の節々に埋め込まれた髑髏の装飾が、不気味に鈍く光る。

 

そして――

 

“何か”ができる……)

 

吉良の脳内に、その感覚が湧き上がる。

 

キラークイーンが持つ『能力』――それが何なのか、言葉では説明できない。

 

だが、確信があった。

 

「…爆弾……」

 

――キラークイーンはどんな物質だろーと“爆弾”に変えられる。

 

本能が、そう訴えていた。

 

(……あの女に接近して、触れさえすれば……)

 

吉良の目が、不気味に細められた。

唇が微かに震え、そこから漏れた言葉は――

 

「始末できる……」

 

吉良は、ゆっくりとキラークイーンへと手を伸ばした。

 

「キラークイーン――」

 

その呼びかけに応えるかのように、キラークイーンの赤い瞳がギラリと光った。

 

「……第一の爆弾だ。」

 

吉良の言葉に応じ、キラークイーンの無機質な声が続いた。

 

『たトエ…ひゃくエン玉ダろーと…ネ。フフフ……』

 

感情のない言葉が、静寂の中に溶けていく。

吉良の血に濡れた手が、キラークイーンの肩に触れた。

 

次の瞬間――

 

(┣"┣"┣"┣"┣"┣"・・・)

 

空気が震え、目に見えない衝撃が波紋のように広がった。

 

「爆弾…? いや、まさかッ!?」

 

サオリの表情が険しくなる。

 

(爆弾で攻撃してくる……いや、私を爆弾に変えるつもりか!?)

 

サオリが本能的に危険を察し、身を固くする。

彼女の思考が閃いた瞬間、キラークイーンがサオリ目がけて踏み込んだ。

 

「くそっ……!!」

 

サオリはとっさに後方へ飛び退る。

 

(危ないな、距離を取らないと……!)

 

だが――

 

キラークイーンは追撃しない。

 

(……?)

 

吉良のスタンドの動きに、一瞬違和感を覚えた。

 

「……何のつもりだ……?」

 

だが、サオリは自らの迷いを振り払う。

 

(何の能力かは知らないが…能力を使わせなければいいだけの話だ。)

「頭を吹き飛ばすッ!! くらえッ、メタ――」

 

指先から銀色の鉄片が浮かび、キラークイーンを包み込もうとする。

サオリは両手を突き出し、自身のスタンド『メタリカ』の能力を発動しようと

――した。

 

 

――しかし、その瞬間だった。

 

(スッ…)

 

その無機質な目が彼女の"白い上着"を捉えていた。

そして、キラークイーンの指先が、サオリの上着へと、"確かに触れた"

 

『『ボタンの着イたうわギは…』オイて来たヨ…』

(服に触れた…?いや、まさか……!)

「……まずいッ!」

 

指先が服に触れた、まさにその瞬間。サオリは血の気が引くのを感じた。

 

「キラークイーン、スイッチを押せ。」

 

吉良の声が響く。

キラークイーンが静かに、しかし確実に親指を下ろすしぐさをした。

 

(カチリ)

 

――小さな音が、サオリの背筋を凍らせる。

 

「ッ……!!」

 

――爆発する!!

 

考えるよりも早く、サオリは己の上着を脱ぎ捨てた。

 

直後――

 

(ドグォォォォンッ!!)

 

凄まじい爆炎が、サオリのすぐ脇で膨れ上がった。

 

「ぐっ……!!」

 

吹き飛ばされ、転がるように地面を滑る。耳鳴りが鳴り響き、全身に痛みが走る。

 

(今のは…紙一重だった……ッ)

 

血まみれの顔で息を切らし、荒く呼吸を整えるサオリ。

しかし、その眼前には――

 

『しカしスがスガしい……なンてスガスガしイ…きぶンなんダ……』

「……惜しかったな」

 

吉良が、忌々しげに唇を噛んで立っていた。

 

「おまえを始末して……」

 

吉良の目が細められる。唇の端がわずかに歪み、声には冷たさとは違う、どこか抑え込んだ安堵が混じっていた。

 

(いや、もういい…これで終わりにしよう。今日は"熟睡"出来ないかもしれないが…これさえ終われば、ひとまず"平穏"に暮らせるのだからな……)

 

喉の痛みが焼けつくように残っていた。体の節々は悲鳴を上げ、意識は今にも途切れそうだ…

――だが、そんなことはどうでもよかった。

 

(おまえを始末して……私の平穏な生活を取り戻してみせるさ……)

 

その思いが、吉良吉影の心に静かに灯る唯一の火だった。

 

――しかし

 

…その時、ふいに耳に届く音があった。

どこか近くから話し声がする。足音も複数…… 誰かがこちらへ近づいてくる。

 

「もう、一体何なのよっ!」

「カイザーコーポレーションはあそこで何をしているのでしょうか……『宝物を探している』と言っていましたが……」

「……あの砂漠には何も無いはずです。すでに地下資源が残っていないという調査結果が出ていますし……」

「だとすると、どうして……」

「いやいや、今はそれよりも借金のほうでしょ! 3000%とか言ってなかった!?」

「保証金も要求してきましたし……あと一週間で、3億円だなんて……」

 

声の主は、アビドス高等学校の生徒たち――十六夜ノノミ、奥空アヤネ、黒見セリカだった。

 

彼女たちは話をしながら歩いているようで、向こうはこちらに気づいていない。

だが、その声にはどこか沈痛な雰囲気が漂っていた。

 

(……何かが起きたのか?)

 

吉良はその声を聞きながら眉をひそめる。

 

(カイザーコーポレーション……? 宝物? ……それに、3億円だと?)

 

自分がいない間に、何か異変が起きていたのか。

 

 

――(「アビドスの捨てられた砂漠…あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる。」)――

 

(…まさか……)

 

あの時の空崎ヒナの言葉が、今になって嫌に胸に引っかかる。

 

(アレを……確かめに行ったのか?)

 

もしそうだとすれば、カイザーコーポレーションが「何か」を掴んだ可能性は高い。

吉良は喉の奥がかすかにひりつくのを感じながら、額に手をやった。

 

(今は…それどころじゃあないがな……)

 

意識を引き戻され、吉良は再び視線を目の前に向ける。

依然、目の前の小娘(サオリ)が、なおも鋭い目つきで吉良を睨みつけていた。

 

サオリの歯ぎしりをする音が、かすかに吉良の耳に届いた。

このまま戦闘を続ければ、確実に彼女たちに見つかる。

…最悪の場合、あの三人を含めた四人全員を相手にしなければならないかもしれない。

 

――それは、サオリにとって最も避けるべき状況だった。

 

(……クソッ、ここで騒ぎを起こせば……)

 

視線を落とせば、血が滴る自らの手が見える。今の自分は、決して万全ではない。

 

(今…誰かに私の姿を見られるのはマズイな……)

「……チッ。」

 

彼女は歯を噛みしめ、奥歯を強く噛んだ。

 

(今は……退くしかない。)

 

その判断は、一瞬のうちに下された。

――サオリの輪郭が、ゆらりと揺らぎ始める。

 

「な……ッ!?」

 

吉良の目の前で、サオリの体が 徐々に透けていく。

まるで陽炎のように輪郭が揺れ、次第に背景と溶け合っていく。

空気が震え、サオリの姿が淡く滲む。

 

彼女のシルエットが完全に消えるまで、ほんの数秒だった。

 

「な…ッ!?」

(…消えた……!?)

 

吉良が目を凝らしても、もはや彼女の気配すら感じ取れない。

 

(――まるで、初めから存在しなかったかのように。)

 

「『メタリカ』の能力は…鉄を操作するだけじゃない。自身の体に微細な鉄片をまとわせ、光を屈折させて景色に溶け込むことも出来る――カメレオンのようにな……」

 

サオリのそんな声も、薄暗い夜の街へと掻き消える――

吉良は己の喉元を押さえながら、周囲を見渡した。

 

(どこだ……? どこに隠れている……?)

 

どこかで、あの女がこちらを狙っているかもしれない。

 

「くそッ……どこへ行った……ッ!?」

 

その時――

 

「……今回は撤退する。」

 

どこからともなく、サオリの声が響いた。

街灯の僅かな明かりだけが支配する暗闇の中、彼女の姿は見えない。

 

だが、確かに吉良の耳元で囁くように、その声は届いた。

 

「……お前の能力は、危険だ。いずれまた――必ず、お前を殺しに来るだろう。」

「…フン。」

 

吉良は喉の傷から滴る血を拭いながら、皮肉げに冷笑を浮かべる。

 

「…次にキサマに会う時は、木っ端みじんに消し飛ばしてやる……ッ!!」

「……すべては『虚しい』……そのわずかな余生を…せいぜい、楽しみにしておけばいい。」

 

その言葉を最後に、サオリの気配は完全に消えた。

吉良はしばらく静かに耳を澄ませる。

 

だが、もう彼女が潜んでいる気配すら感じられない。

血の匂いが、夜の静寂に滲んでいた。

 

「……。」

 

(……この姿を、あのアビドスの生徒たちに見せるわけにはいかない……)

 

喉の裂傷が焼けるように疼き、剃刀に抉られた腕の傷からは血が滲み続けている。鉄分を奪われたせいか、頭はズキズキと割れるように痛み、視界の端は黒く滲み始めている。

 

――そして、その血は、異様に黄色く濁っていた。

 

(……血が……こんな色に……)

 

視界がぐにゃりと歪む。

 

――その瞬間、吉良は全身を襲う"鈍い痛み"をはっきりと感じ取った。

 

(……ッ!?)

 

あの女(サオリ)との戦闘中、アドレナリンの興奮に突き動かされ、痛みはまるで遠くの出来事のように感じていた。…だが今、吉良はその興奮が急速に引いていくのを自覚していく。

 

「クソッ……」

 

かすれた声が漏れる。

 

(…鉄分が……抜かれた……のか……)

 

改めて、自身の負った傷の深さを理解する。呼吸をするたび、肺が焼けるように痛んだ。

喉は焼けるように熱く、指先まで震えている。

 

(……このままじゃ……まずい……)

 

…今すぐにでもその場に崩れ落ちてしまいそうだが……ここで倒れるわけにはいかない。

 

「…くッ……」

 

足を踏み出せば、地面にぽたぽたと血が落ち、粘ついた痕を残していく…

まるで関節のひとつひとつが錆びついたかのように、全身が鉛のように……重い。

 

「ゼエ……ハア…ッ…グ……」

 

息は途切れ、まともに思考すらできない。

 

(…あの女……あのスタンドは……)

 

頭に浮かぶイメージが、血のように滲み、はっきりしない。

 

「ゼエ……ハア……何が……起きて……」

 

よろめきながら壁に背を預ける。

 

――その時だった。

 

――(『こレでこん夜も…クつろイで熟すイでキるナァ……』)

 

(ドクン……)

 

(……!?)

 

心臓の奥に響く、鈍い鼓動。

それは、自らの中に巣食う"異形の存在"が確かにそこにいると告げる音。

 

(――キラークイーン)

 

咄嗟に視線を巡らせるが、いつの間にかその姿は消えていた。

――だが、わかる。

 

肉体の奥底に、未だ"あの存在"の鼓動が刻まれている。

 

(…呼び出せる……キラークイーンは……まだ……)

 

吉良はぐっと拳を握りしめる。

しかし、力が入らず、指先はわなわなと震えた。

 

「ゼエ……ハア……」

 

――思考を整理しろ……いや、整理しなければならない。

 

(……鉄分が奪われた……血が黄色く濁っているのはそのせいか……)

「…クソッ……」

 

喉の奥が焼けつくように痛む。まともに声すら出せない。

 

(…あの女が……アイツが言ってた……)

 

――「おまえを殺したら……次はシャーレの先生……あの大人だ。」

 

(…先生に…な、なにかが……)

 

視界の端で、アビドスの生徒たちの姿がちらつく。

 

「今は……」

 

ぐらつく足を踏みしめ、吉良は体を引きずるようにして壁伝いに歩き出した。

…血痕が、黄色く濁った軌跡を描いていく。

 

(……アイツが…次に狙うのは……)

「……ゼエ……ハア……ッ……」

 

喉の痛みと、体を巡る鉄分の欠乏が意識をかき乱していく。

――だが、それでも吉良は足を止めなかった。

 

目指すは、アビドス高校。

 

"一体、何が起こっているのか……"

 

――それを確かめるために。

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