デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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AI画像生成で遊んでたら投稿が遅くなってしまったので、初投稿です。
また、今回は15000字です。


手をすり抜けたもの

砂混じりの夜風が、廊下の隙間を吹き抜ける。

 

「…さ~てと、この話はこれでおしまい。じゃあ、また明日。先生」

 

ホシノの声はどこか軽やかで、それでいて――

 

「……さよなら。」

 

まるでそのまま消えてしまいそうな儚さを帯びていた。

 

"……ホシノ!"

 

それがたまらなくなった私は、思わず声を上げた。

 

「な、なに……?」

"……私が大人として、どうにかするっ!だから……!"

 

振り返ったホシノの表情は、驚きと戸惑いが入り混じったようなもの。

勢い任せに口を開いても、出てきたのはそんな頼りなく、情けない言葉。

 

("目の前の生徒一人を笑顔にすらできずに…なにが先生だ……")

 

喉が詰まる。息が苦しいほどに。

…ホシノを引き留めることのできない自分に……彼女にかけてあげる言葉が見つからない自分自身に……その不甲斐無さに、どうしようもなく腹が立った。

 

「……。」

 

沈黙が、闇夜の静けさと混ざり合う。

 

「…うへへ。私、そんなに元気無さそうだったかな?」

 

ホシノはぽりぽりと頬を搔くと、はにかんだ笑みを見せた。

――引きつったその頬は、心配を掛けさせまいと無理にでも作ったその証なのだろうか…

 

「……うん。ありがとう、先生。」

 

ホシノはそう言って、くるりと背を向ける。

私は、その余りにも小さな背中が闇に溶けていくのを、ただ見送ることしかできなかった。

 

("…必ず、助けてみせるから……")

 

――そんな彼の姿を……吉良吉影は廊下の曲がり角…その影から覗いていた。

 

 

血が滴る腕を押さえながら、壁の柱に体を預けるようにして、ぼんやりと虚空を見つめる。

小鳥遊ホシノと先生の会話が、耳の奥で響いていた。

 

「チッ…」

 

吉良は苦痛に顔を歪める。

 

(クソ……やっとここまで来たのに…)

 

足を踏み出そうとした瞬間、体が力を失い――

 

(意識が……)

 

──ばたり

 

倒れる音が、暗闇の静寂を破った。

 

"……?"

 

反射的に先生が振り返る。

そこにいたのは――

 

血だまりの中、壁にもたれかかるように座り込んだ吉良の姿だった。

 

"吉良さん…っ!?"

 

初めて会った、あの日と同じだった。

シャツは血に濡れ、腕や喉には痛々しい傷が刻まれ、黄ばんだ血がその体をどす黒く染めている。

 

「…ゼエ……ハア……」

 

かすれた呼吸音が、喉の奥から絞り出される。

 

"吉良さん、大丈夫っ!? いったい、何が……!?"

「先生…」

 

先生が駆け寄ると、吉良はかすかに目を開いた。その瞳には、痛みと苦しさ――それ以上に燃えていたのは…焦燥か。

 

"すぐに保健室へ……"

「違う…」

 

掠れた声が、必死に言葉を紡ぐ。

 

「君を…狙っているヤツが……」

"……え?"

 

先生の胸が冷たくなる。背筋に走る悪寒が、凍えるような不安となって張りついた。

 

"……なにが…あったの?"

 

ごくり、と喉を鳴らしながら、先生は震える声で吉良に問いかけた。

 

 

――アビドス高校・保健室

 

 

"そんなことが……"

 

先生のか細い声が、静かな保健室の空間に染み込んでいく。

薬品特有のツンとした匂いが鼻を刺す。白衣やガーゼ、消毒液が整然と並び、金属製のベッドがかすかに軋む音を立てる。砂の侵食はなく、外の荒廃した景色とは異なり、ここだけはどこか無機質で清潔な空間だった。

 

だが、そんな二人の心に平穏は……ない。

 

先生は、疲れたように小さく息を吐き、吉良の右腕に包帯を巻き続ける。二の腕をしっかりと固定しようとしているのだろうが、ぎこちない手つきだ。それでも、乱れることなく布を巻き続けるのを、吉良は無言で見つめていた。

 

「……そっちは…アビドスの砂漠に行った……かな。」

 

吉良の掠れた声が、保健室に静かに落ちる。

 

首にはすでに包帯が巻かれていた。うっすらと朱に染まった布が、傷の深さを物語っている。喉を動かすたびにズキリと痛みが走り、血を失いすぎたせいか視界の端がぼんやりと滲んでいた。

彼は、ぼんやりとした意識の中で、先生が腕に包帯を巻くのを感じる。

 

"……うん。"

 

先生の声にも、疲労が滲んでいた。

吉良の腕に巻かれた包帯を結びながら、少しだけ眉を寄せる。

 

しかし、包帯が傷口を締めつけた瞬間――

 

「ッ……!!」

 

吉良の顔が引きつる。鋭い痛みが走り、思わず息を呑んだ。

 

"だ、大丈夫……?"

 

慌てたように先生が問いかける。

 

「いいや…大丈夫……とは言えないか。」

""ごめんね…もう少し、優しく…"

 

吉良は僅かに息を吐きながら、自嘲するように呟いた。

喉の奥にはまだ血の味が残っている。

 

包帯を巻く先生の指先がわずかに震えているのを感じる。

傷ついた自分の身体よりも、この男の方が、今はずっと疲れているように見えた。

 

――そして、ふと、脳裏に戦闘の後の道のりが蘇る。

 

(時間はここまで…6分で着いたな…。)

 

視界は歪み、喉を引き裂かれるような痛みと出血による目眩の中、何度も足を止めかけた。

――たったの6分の道のりが、永遠のように長く感じられた。

 

(……これは、少し考えなければな。)

 

吉良は、無意識のうちに苦笑した。

 

「……今度、ミレニアムサイエンススクールの方でスポーツジムの体験会があるそうなんだが……」

 

"えっ?"

「真剣に『会員』になることを考えたよ…『体力』をつけなくちゃあな……」

 

先生は一瞬ぽかんとした後、くすっと笑った。

 

"ふふっ…吉良さん、運動とかしないの?"

「……いや、そこまでだな。そもそも、あーゆートコの『会員』ってのはどーなんだろうな?一週間も風呂に入ってないヤツがチンポいじった手で同じダンベル持ち上げたりプールに入ったりするのかな?」*1

 

"えぇ……"

 

「…だが、今日のことで悟ったよ。こういう時に動けるかどうかで……生死が決まるようだ。」

 

吉良の目が、天井の蛍光灯を捉えながら淡々と呟く。

まるで自分自身に言い聞かせるような、低く静かな声だった。

 

先生は少し口を開きかけたが、結局何も言わず、再び包帯の端を結んだ。

 

――静寂が訪れる。

 

保健室の時計の秒針が、規則正しく時を刻む音だけが響く。

外では、風が吹いているのだろう。

窓ガラスがわずかにカタカタと震え、薄いカーテンがふわりと揺れた。

 

静かだった。

 

まるで時間そのものが停滞したかのように、何も動かず、何も変わらない。

一瞬のようで、永遠にも感じる沈黙。

あるいは、ほんの10秒ほどしか経っていなかったのかもしれないが――

 

その静けさを破るように、先生は息を吸い込み、口を開いた。

 

"でも……まさか、あんなものがあるなんて。"

「あんなもの……?」

 

その声は、夜の冷えた空気の中で、小さく、それでもはっきりと響いた。

彼の言葉に、吉良が眉をひそめる。

 

"……カイザーPMCの基地だよ。"

 

先生の言葉に、保健室の静寂が再び重くのしかかる。

吉良はゆっくりと目を閉じた。

 

先生の話によれば、わたしと電話が繋がらなかったあの後、アビドスのガキども(対策委員会)と共に、捨てられた砂漠へ向かったのだという。そこで、いつの間にか建設されていた巨大な施設――カイザーPMCの基地を発見したらしい。

 

(……カイザーコーポレーションが…このタイミングでアビドスにまで手を伸ばしていた、というわけか。)

 

そして、対策委員会の連中の前に現れたのは、カイザーコーポレーションの理事――あの男。

吉良をカイザーローンから追い出した張本人だった。

 

『アビドスの借金の相手は、私だ。』

 

そう告げたという。

 

吉良は思わず鼻で笑いそうになった。

 

(なるほどな……つまり、ヤツがすべてを仕組んでいたというわけだ。)

 

借金取りのボスが、わざわざ最前線にまで顔を出すことは普通ありえない。

だが、ヤツはそこにいた。

それはつまり――

 

(……アビドスを完全に支配下に置くつもりでいる、ということか。)

 

さらに、理事はこうも言ったらしい。

 

『アビドスの土地を買収したのは、どこかに埋まっている"宝物"を探すためだ』

 

(宝物……?)

 

馬鹿げている。

アビドスの砂漠には何も残っていない。

資源も、金も、過去の遺産すらも……すべてが枯れ果てたはずだと聞いている。

 

(……だが、もし"何か"があるとしたら……?)

 

吉良は無意識のうちに拳を握った。

 

「…3億円だとか……言ってたな。」

 

基地を襲撃した報復として、アビドスの借金は突如として急激に吊り上げられたという。

 

"うん…あの子たちもすぐに抗議をしてたけど……"

 

先生は静かに息をつきながら、少しだけ目を伏せた。

その仕草を見ながら、吉良は廊下の柱の影からぼんやりと聞いていた2人の会話を思い出す。

 

(「さよなら。」)

 

あのときの小鳥遊ホシノの声は、まるで今にも消えてしまいそうなほどに儚かった。

まるで、すべてを諦めているかのような…そんな声音だった。

 

("私が大人として、どうにかするっ!だから……!")

 

(……小鳥遊ホシノ。)

 

(あの生徒は、何を考えているんだ……。)

 

吉良は、思考の中で彼女の姿を反芻する。

いつも気だるげで、どこか掴みどころのない雰囲気をまとっている生徒。

けれど、その奥底には、誰よりも深くアビドスを背負う覚悟があるようにも見えた。

 

(「さよなら。」)

 

それが、あの言葉に繋がったのだろうか――

 

"黒服……"

 

先生の口からぽつりとこぼれたその言葉

唐突に聞こえたその単語に、吉良の眉がぴくりと動いた。

 

「――黒服だと?」

 

低く、鋭い声が保健室に響いた。吉良は包帯を巻かれた喉を押さえながら、じっと先生を見据える。

 

「先生、君は…黒服のことを何か知っているのか?」

 

その問いに、先生は一瞬迷うような表情を見せたが、やがてゆっくりと頷いた。

 

"…さっき、ホシノから聞いた話なんだけど……"

 

そう言って、先生は語り始めた。

 

2年前から――

小鳥遊ホシノは「黒服」を名乗る男から、何度も取引を持ち掛けられていたという。

 

その内容は――小鳥遊ホシノがアビドス高校を退学し、PMCに所属すれば、借金の半分近くをカイザーが負担するというものだった。

 

しかし、小鳥遊ホシノはその申し出をすべて断った、と。

どんなに借金が膨れ上がろうとも、"アビドス高校を見捨てる"という選択肢を選べなかった――

—―と

 

"…そう、言ってくれたんだ。"

 

話を聞き終えた吉良は、険しい表情で視線を落とした。

 

(――あの男…何を企んでいる……?)

 

喉を貫いた鋏の感触。

体の内側からこじ開けられ、引き裂かれる生理的な嫌悪感と恐怖――

あの異常な能力を振るった あの女。

 

(――ヤツ(黒服)の差し金だ……間違いない。)

 

じわりと喉の奥に込み上げてくる鉄の味を舌で確かめる。

あの時、自分は確かに「殺されかけた」のだ。

 

――黒服

ヤツの目的は何なのか?スタンドの矢とは何だったのか?

そして…なぜ小鳥遊ホシノにまで接触していたのか――

 

考えれば考えるほど、吉良の中で 怒りが沸々と煮えたぎる。

 

(……黒服も…あの女も……)

 

吉良はゆっくりと指を組み合わせる。

その手のひらが小さく震えているのは、痛みによるものか、それとも――

 

(次に会った時は…その時こそ――)

「必ず爆死させる…」

 

爪が皮膚に食い込み、血が滲むほどに強く拳を握りしめた。

吉良は低く呟きながら、喉を押さえ、ゆっくりと視線を先生へ向けた。

 

「先生……このままでは、アビドスだけではなく、あなたも巻き込まれるぞ。」

 

その言葉に、先生は静かに唇を引き結ぶ。

…そして、ぎゅっと拳を握りしめた。

 

"それでも…あの子たちを助けたいんだ。"

 

静かに、しかし迷いのない声だった。

 

(……まあ、そう言うと思ったがな。)

 

吉良は薄く笑う。冷めた笑みだったが、それは嘲笑ではない。

無駄だ、と—― やめとけやめとけ、と—―

…そう言うのは簡単だ。

 

だが――

 

ただ、目を伏せる。そして、喉の奥で小さく笑った。

 

――まるで青空のような、透き通る心。

そんなものが、この世界にまだ存在していたとはな…

 

(まったく、聖人にでもなったつもりか…?)

 

それが滑稽なのか、それとも羨ましいのか――

自分でも分からなかった。

 

"吉良さん……?"

 

先生の声が、意識を引き戻す。

 

「……いや、なんでもない。」

 

吉良は首を横に振ったが、それすらも痛みを伴う。

そして、気づけば、先生もまた肩を落とし、ひどく疲れた顔をしていた。

 

「……お互い、ひどい一日だったな。」

"うん…疲れたね。"

 

吉良は軽く息を吐き、視線を天井へ向けた。

窓の外、夜の帳が深く落ちている。

 

「……カイザーの理事が…借金の元凶だった……。」

 

呟くように吉良が言うと、先生は黙って頷いた。

 

(あの男……ヤツが、私をカイザーローンから追い出し、そして今度はアビドスを締め上げている……。)

 

吉良はゆっくりと目を閉じた。

 

(すべての糸を引いているのは、ヤツか……。)

 

カイザー理事。

あの傲慢で冷徹な男が、すべての元凶なのか…?

…本当に、"それだけ" なのか?

 

――黒服。

 

あの得体の知れない男の存在が、吉良の頭から離れなかった。

一体、何を企んでいる?

"カイザー理事"と、"黒服"は全くの無関係なのか……?

 

吉良の喉に鋭い痛みが走る。

それはまるで「思い出せ」と言わんばかりに、焼きついた傷痕を痛めつけているかのようだった。

 

この夜が明けたら、すべてが変わるのだろうか。

 

……それとも――

 

何もかもが、さらに深く闇へと沈んでいくのか。

 

 

――翌日の早朝

 

朝日がゆっくりと砂漠の地平線から昇るころ、アビドス廃校対策委員会の部室には、まだ誰の姿もなかった。静寂に包まれた部屋には、昨夜の喧騒の痕跡すらなく、ただ冷え切った空気だけが漂っている。

 

そんな中、部室の机の上に、一枚の紙が寂しげに置かれていた。

――それは、小鳥遊ホシノが残した退部・退会届。

 

ピンク色の封筒に包まれた、対策委員会の全員へ宛てた手紙も、その横に添えられていた。

誰の手にも触れられないまま、静かに、そこに "置かれている" というだけの存在。

 

まるで、最後の言葉を誰かに読んでもらうのを待っているかのように――

 

机の上に落ちた陽の光が、淡くピンク色の封筒を照らす。

しかし、その光があまりにも優しいからこそ、余計にそれが "別れの色" に見えた。

 

"またね" ではなく、"さよなら" を伝えるために、そこにあるもの。

 

まるで、ほんの少し触れただけで、すべてが消えてしまいそうな儚さを湛えて――

 

 

アビドス対策委員会のみんなへ

 

 まずは、こうやって手紙でお別れの挨拶をすることになったこと、許してほしい。おじさんにはこういう、古いやり方が性に合っててさ。

 みんなには、ずっと話してなかったことがあって。

 実は私、昔からずっとスカウトを受けてたんだ。

 カイザーPMCの傭兵として働く、その代わりにアビドスが背負っている借金の大半を肩代わりする、そういう話でね。

 …うへ、中々良い条件だと思わない? おじさんこう見えて、実は結構能力を買われててさ~。

 借金のことは、私がどうにかする。すぐに全部を解決はできないけど、まずはこれでそれなりに負担が減ると思う。

 

 対策委員会も、少しは楽になるはず。

 アビドス高校からも、キヴォトスからも離れることになったけど、私のことは気にしないで。

 

 勝手なことをしてごめんね。

 

 でもこれは全部、私が責任を取るべきこと。

 私は、アビドスの最後の生徒会だから。

 だから、ここでお別れ。

 

 じゃあね。

 

 

先生へ

 

 実は私、大人が嫌いだった。あんまり信じてなかった。

 シロコちゃんが先生をおんぶして来たあの時だって、「なんかダメな大人が来たな」って思ったくらいだし?それに、なんか怪しい金髪の大人とも知り合いだったみたいだし。

でも、先生みたいな大人と最後に出会えて、私は……いや、照れ臭い言葉はもういいよね。

 

 先生。

 

 最後に我がままを言って悪いんだけど、お願い。シロコちゃんは良い子だけど、横で誰かが支え  てないと、どうなっちゃうか分からない子で。

 悪い道に逸れちゃったりしないように、支えてあげてほしい。

 先生なら、きっと大丈夫だと思うから。

 

 

 シロコちゃん、ノノミちゃん、セリカちゃん、アヤネちゃん。

 最後にお願い、私たちの学校を守ってほしい。

 

 砂だらけのこんな場所だけど……私に残された、唯一意味のある場所だから。

 それから、もしこの先どこかで万が一、敵として相対することになったら。

 

 その時は、私のヘイローを「壊して」。

 

 よろしくね。

 

 

――しんと静まり返る部室。

まるで時間そのものが止まってしまったかのような空気

 

そして――最初にその沈黙を破ったのは、セリカだった。

 

「何なのっ!? あれだけ偉そうに話しておいて!切羽詰まったら何でもしちゃうって、自分で分かってたくせにっ! こんなの、受け入れられるわけないじゃない!」

 

その声は、怒りと悲しみに震えていた。

彼女の拳が勢いよく机にぶつかり、乾いた音が室内に響く。

 

ノノミもまた、拳をぎゅっと握りしめながら、俯いていた。

 

吉良は、そんな彼女たちの様子をただ黙って見つめていた。

そして、ゆっくりと視線を落とし、机の上の手紙を再び見た。

 

――「さよなら」――

 

(……小鳥遊ホシノ。)

 

なぜ、こんなことをしたのだろうか?

なぜ、一人で決めたのだろうか?

…そして、なぜ、"敵として相対したら自分のヘイローを壊せ" などと書いたのだろうか?

 

吉良には、彼女の決断を憐れむ気持ちはなかった。

ましてや、先生のような反吐が出るほどの博愛主義者でもない。

 

だが、それでも――

 

(そんなに簡単に見切りをつけられるものなのか……?)

 

対策委員会の生徒たちを、アビドス高校という自分の平穏な居場所を、そこまで簡単に――

 

吉良の指先が、無意識に喉元へ触れる。

包帯越しに、昨日の傷の痛みを感じる。

 

「……助けないと。私が行く。対策委員会に迷惑がかかるし、私一人で──」

「落ち着いてください。今はまず足並みをそろえないと……」

 

アヤネが冷静に呼びかける。だが、その言葉に被せるように――

 

「待って、アヤネちゃん。」

 

ピシッと鋭く響く声。

 

黒見セリカだった。

 

彼女は、目を細めながら、じっとある人物を睨みつける。

 

「そもそもさ――」

 

じり、と一歩。

そして、まっすぐに指を突きつける。

 

「なんで…アンタがまだココにいるのよ……」

 

視線の先には、吉良がいた。

 

「……」

 

吉良は何も言わず、軽く肩をすくめるだけだった。

 

答えられるわけがない。

「会社をクビになって行くアテもないからここにいるだけだ。」――

なんて、口が裂けても言いたくない。

 

……それこそ、この吉良吉影のプライドが許さない。

 

そんな沈黙の中、先生が口を開く。

 

"吉良さんは――"

 

しかし、その言葉を遮るように、セリカは強く言い放つ。

 

「だいたい、最初っから怪しかったのよコイツっ!!」

 

バンッ、と机を叩く。

 

「昨日も先生の電話に出なかったし……」

 

怒りに任せた言葉が続く。

 

「カイザーローンの社員って……」

 

鋭い睨み。

 

他のメンバー――シロコ、アヤネ、ノノミも、言葉こそ発しないが、どこか警戒するような視線を吉良に向けていた。

 

この状況下で信用はできない。

 

"セリカ、ひとまず落ち着いて……"

 

先生が静かに声をかける。

だが、その声はセリカに届かない。

 

ツカ ツカ ツカ ッ――

 

彼女はそのまま、吉良の目の前まで歩き詰め寄ると、

 

「ホシノ先輩だって……どうせこの大人のせいでッ!!」

 

勢いのまま、吉良の胸倉を掴もうとした――その瞬間。

 

 

(ドカァァァァァンッ!!)

 

 

突如として響き渡った爆発音が、部室の窓ガラスを震わせた。

 

「なっ…!?」

「うわあっ!?」

「爆発……!?」

 

一瞬で教室内が騒然となる。

同時に、セリカの手が止まった。

 

「近いです、場所は……っ!? ……そ、そんな、市内……!?」

 

アビドスの市街地が──蹂躙されている――

 

耳をつんざくような破裂音、立ち上る黒煙、そして、響き渡る民間人の悲鳴。

一瞬にして、室内の空気が凍り付いた。

 

先生は咄嗟に端末を操作し、自治区内の監視カメラの映像を確認する。

そこに映し出されたのは、無数の兵士たちが市街地へと進軍する光景だった。

 

カイザーPMCの兵士たちが、今まさにアビドスの最後の土地へと侵攻している――

 

『行け、行け!』

『進め!』

 

『うわあぁぁぁっ!?』

『早くっ、早く逃げろっ!!』

 

『目標確認――制圧する』

 

(ダダダダダッ!!)

 

無慈悲な銃撃が、逃げ惑う人々の進路を断つ。

地面が弾け、壁に無数の弾痕が穿たれる。

 

PMCの兵士たちは、まるで"生存者"を排除することを任務としているかのように、

機械的に、そして確実に街を制圧していく。

 

住民たちの悲鳴が響く。

数人が倒れ、地に伏せながら呻いた。

土地や建物、そしてそこに住まう人々すら、無差別に、容赦なく蹂躙されている。

 

「……これは、もう……」

「待ってください! カメラに……!」

 

映っていたのは、見慣れた黒いローブに赤いマフラーを纏った男――

カイザーローン…そして、カイザーPMCの理事だった。

 

黒いローブを纏い、そのオートマタは肩を揺らして笑う。

彼の背後には、完全武装の兵士(オートマタ)たちが整然と並び、まるで"企業の権力"を体現するかのように陣を敷いていた。

 

『……この自治区にはもう、退去命令が下った。』

 

カメラ越しに、理事の不遜な声が響く。

無機質で武骨なオートマタでありながらも、そこから感じさせる声色(人口音声)はさながらに

――醜悪そのものだった。

 

『ふふふっ、ふふふふふふふ…………ッ!!』

 

耳障りなほど長く、ぞっとするほど不快な笑い声。

 

『ついに、条件は全てクリアした。最後の生徒会がアビドスを退学……これで実質的に、アビドス高等学校は消えた!』

 

部室の空気が、凍りつくように静まった。

そして――

 

『あとは我らカイザーコーポレーションが、アビドスを吸収合併するのみ!さあ、アビドス高等学校を占拠せよ!』

 

理事は両手を広げ、まるで勝利を確信したかのように高笑いを上げる。

そして、それを合図に、PMCの兵士たちが一斉に動き出した。

 

『前進――!』

 

部室のモニターには、襲撃される街の映像が映し出されていた。

 

市民が逃げ惑い、銃撃音が鳴り響く。

高層ビルのガラスが砕け、火の手が上がる。

装甲車のキャタピラが軋みながら砂地を踏みつける。

PMCの部隊が、市街地を越え、アビドス高等学校へと進軍を開始する。

 

――そして、その進行を阻む者は、もう誰もいない。

 

その光景を、吉良は冷めた目で見ていた。

 

(……勝ちに来た、ということか。)

 

そして、視線を横へ向ける。

先生の横顔が見えた。

 

無言だった。

だが――

 

その拳は、強く握り締められていた。

 

手元のタブレットを握る指が、白くなるほどに力がこもっている。

そして、こめかみにはうっすらと青筋が浮かび、微かに震えていた。

 

(……先生?)

 

声をかけることすら躊躇うほどの、静かな怒りがそこにあった。

 

("カイザーPMC理事……ッ!")

 

聞こえはしないが、そう叫んでいるのだろう…

ギリ…と奥歯を噛み締める音が、かすかに聞こえる。

 

吉良はそんな先生を一瞥しながら、ふと口元を歪めた。

 

「ずいぶんと、手際がいいようだな……」

 

吉良が呟く。

苦い皮肉だった。

 

しかし、その言葉に先生は反応することなく、ただモニターを睨み続ける。

 

――そして、次の瞬間、映像の中でPMCの兵士が、市民へ銃を向けた。

 

(バンッ!!)

 

画面の中で、誰かが倒れた。

 

それと同時に――先生の握った拳が、さらに強く握り締められたような気がした。

 

「こちらに向かって数百近いPMCの兵力が進行中! 同時に、市街地へ無差別攻撃をしています!」

 

アヤネの緊迫した声が部室内に響く。

 

「カイザーPMCッ!? なんでこのタイミングで……!?」

「お、応戦しないとです! 何はともあれ、アビドスが攻撃されているのを見過ごすわけには……!」

「考えてる時間が惜しい、すぐに行こう!」

 

各々が即座に武器を手にし、部屋を飛び出そうとする。だが――

 

「で、ですが、私たちで撃退するにはあまりにも数が……いえ、とにかくまずは、市民の皆さんを避難させましょう! こんな大規模な攻撃……一体どうして、急に……」

 

全員が焦燥感を抱きながらも、次に取るべき行動を模索する。

その時――

 

『対策委員会を発見! こっちに──ぐあっ!?』

 

室内へ踏み込んできたPMC兵士が、突如銃声とともに昏倒した。

 

「斥候が、もうこんなところにまで……」

「ん…考えてる時間はない。」

 

自身の愛銃(WHITE FANG 465)を構えたまま、シロコは目を細める。

部室の外へ目を向けると、すでに学校の敷地内へと数多のPMCの兵士たちが進行してきていた。

 

「とりあえず、学校に侵入したやつからやっつけよう!」

「アヤネちゃん、先生、お願い!」

「はい! 先生の安全を確保しつつ、学校に侵入した敵を撃退します!」

 

対策委員会のメンバーが、一斉に動き出す。

それぞれの役割が決まり、戦うべき相手もはっきりした。

すると――

 

「あ~~もうっ!!」

 

その場の緊張感を一瞬だけ断ち切るように、セリカが大きく息を吐いて叫ぶ。

 

「これが終わったあとにッ!! 絶対ッ!色々説明してもらうんだからっ!!」

 

「絶対だからねっ!!」そう言いながら、ピシッと吉良を指差す。

怒りをぶつけるようでいて、でも――先ほどまでのように感情を剥き出しにはしていなかった。

 

彼女は、知っているのだ。

この状況で、わたしに問い詰めても仕方がないことを。

今は、目の前の敵を倒さなければならないことを。

 

それでも、不信感や疑念をなかったことにはできない。

だから――「後で」と言うしかなかった。

 

吉良は、セリカのそんな態度に、少しだけ目を細める。

何も言わず、ただ、肩を軽くすくめてみせた。

 

すると――

 

"ふふっ"

 

先生が、ふっと微笑んでいた。

 

「せ、先生……?」

 

黒見セリカが怪訝そうに先生を見ると、先生はただ穏やかな笑みを浮かべたまま、何も言わない。

けれども、その視線はどこか優しげで――"微笑ましいね"とでも言いたいのだろうか。

 

「……な、何よ!」

 

バツが悪そうに、セリカはそっぽを向く。

 

「ほらっ! さっさとカイザーの連中を倒しに行くわよ!!」

 

そう言いながら銃を構え直し、走り出した。

 

 

対策委員会は、ひたすらに駆けた。

 

学校内に侵入したカイザーPMCの兵士たちを排除しつつ、弾幕をかいくぐりながら前へ、前へと進む。

 

「こんにゃろっ!!」

 

銃声が響き渡る中、シロコが的確にPMCの兵士を撃ち抜き、ノノミがガトリングで弾幕を張り、」アヤネが援護をしながら突き進む。セリカは苛立つように銃を乱射し、それでも冷静に状況を見極め、進むべき道を開いた。

 

その中心で、先生は走りながらも全員の動きを見守り、的確な指示を出し続ける。

 

戦場と化した学校の敷地を抜け、市街地へと続く砂混じりの道路を駆ける。

銃撃音、爆発音、逃げ惑う市民たちの悲鳴――その全てが、彼らを急かすようだった。

 

「あと少しで市街だよ……!」

 

誰がそう言ったのかも分からない。だが、それを聞いた全員が、より一層、足に力を込める。

 

そして――

 

ようやく市街へと辿り着いた、その瞬間。

彼らを迎えたのは、幾重にも整列したカイザーPMCの兵士たち。

 

建物の影、瓦礫の間、装甲車の上――無数の銃口が、一斉に対策委員会へと向けられる。

その中心に、黒いローブに赤いマフラーを翻す男がいた。

 

――カイザーPMC理事。

 

 

『……ふむ。学校まで出向こうと思ったのだが、お出迎えとは感心だ。』

 

カイザーPMC理事の無機質な人口音声が、周囲に冷たく響く。

その後、己の眼前に突っ立っている相手へとゆっくりと視線をめぐらせた。

 

 ――シャーレの先生。そしてその傍らには対策委員会の生徒たち。そして、その後方──静かに立っていた一人の男の姿に、彼の橙色のカメラアイがわずかに動きを見せた。

 

 ──吉良吉影。

 

 その鉄でできた表情が変わることは無かったが、理事の内部処理にはわずかなノイズが走る。

 

 (まさか、本当に現れるとは……)

 

だが、口に出すことはない。

あくまで無関心を装い、彼がそこにいることすら知らぬように振る舞う。

 

吉良と視線が交わることもなく、理事は一歩前に進んだ。

 

 そして──

当の吉良は、カイザー理事のその姿を見るや、わずかに顔をしかめた。

苦虫を噛み潰したような表情。喉の奥で何かがつかえるような、抑え込んだ苛立ちがその瞳に宿る。

 

 ──あの日、何の前触れもなく突きつけられた"クビ"の宣告。

 

 吉良にとって、あの男は“己の人生を壊した張本人”だった。

だが――

 

(あの男も…黒服共々……わたしのキラークイーンで必ず爆死させてやる。)

 

そんな彼の本性を知る者は…今、この場には誰一人として存在しない。

吉良はただ、一歩も動かず、静かにその場に立っていた。

 

「……これは何の真似ですか? 企業が街を攻撃するなんて……いくらあなたたちが土地の所有者だったとしても、そんな権利は無いはずです!」

『それに、学校はまだ私たちアビドスのものです! 進攻は明白な不法行為! 連邦生徒会に通報しますよ!』

「スカウトなんて、最初から嘘だったってこと? ……いや、それよりもホシノ先輩はどこ?」

「この悪党め……ホシノ先輩を返して!」

 

怒りを抑えた声が、静かながらも強い抗議の意志を込めて響く。

立て続けに浴びせられる詰問と怒声にも、カイザー理事はどこ吹く風だった。

沈黙の後、低く、喉の奥から笑いを漏らす。

 

『……くくくっ、何を言ってるのやら。』

 

その様子はとぼけたふりをしているのではない。まるで、対策委員会の言葉が滑稽すぎて、自然と笑ってしまったかのような態度だった。

当然のように対策委員会の抗議を無視し、演劇の幕を開けるかのように、両手を大仰に広げて言い放った。

 

『連邦生徒会に通報だと? 面白いことを言うじゃないか、今すぐにでもやってみたらどうだ?』

 

 まるで、自分が何をされようと傷一つ負うはずがないと言わんばかりに、無防備な姿で。

 

『だが、君たちはこの状況について、今まで何度も連邦生徒会に嘆願してきたのだろう? それで、一度でも動いてくれたことがあったか?』

「…………」

 

 誰も答えない。いや、答えられなかった。その沈黙に満足したように、理事は一つ頷く。

 

『無かったはずだ。何せ連邦生徒会は今、動けないからな。連邦生徒会でなくても良い。今までどこか他の学園が、君たちのことを助けてくれたことはあったか?』

 

 ──無かった。

 

それは事実だ。誰も救いの手を差し伸べず、誰も見向きもしなかった。

アビドスは、すでに見捨てられていたのだ。

自治区の生徒たちでさえ、目を背け、遠ざけた。

 

『……そろそろ分かっただろう? 誰一人、君たちに手を差し伸べる者はいない。そして、アビドスの最後の生徒会メンバー、小鳥遊ホシノが退学した。アビドスの生徒会は、もう存在しないも同然。君たちはもう、何者でもない。』

「…………!」

 

 心に重くのしかかるその言葉に、誰もが言い返せず、ただ拳を握りしめるしかなかった。

 

『公的な部活も、委員会も、生徒会も、自治区すらも無いアビドスは、学園都市の学校として自立・存続が不可能だと判断……仕方ないな、この自治区の主人である我がカイザーコーポレーションが、あの学校を引き受けるとしよう。そうだな、新しい学校の名前は『カイザー職業訓練学校』にでもしようか。』

「!!」

 

 まるで、全てが予定通りだったかのように、愉快げにカイザーは捲し立てた。

 

感情の読めない無機質なフェイスの奥に、ただ一つ明確に伝わるのは──この状況に陶酔しきった人口音声の調子だった。

…その橙色のカメラアイは、目の前の生徒たちを──見てもいない。

 

「え……? な、何を言ってるの……!? 生徒会が無くても、アビドスには対策委員会がある! 私たちがまだいるのに、そんな言い分が通じるはずないでしょ!」

 

 セリカの声が張り詰めた空気を裂いた。必死だった。怒りと、焦燥と、わずかな希望が混じった叫び。

 

 だが、それに応じる声は、あまりにも静かで、痛々しかった。

 

『……それは』

 

 言葉を濁すように、アヤネが口を開く。その顔は、先ほどまでとは打って変わって、まるで魂が抜けたかのように力を失っていた。

 

「……アヤネちゃん?」

 

 心配するセリカの声に、アヤネはかすかに顔を上げたが、その目は虚ろだった。

 

『対策委員会は、公式に許可を受けている委員会じゃない…』

「………えっ?」

『対策委員会が出来た時には、もうアビドスには生徒会が無かったから……』

「え、えっ……!?」

 

 セリカが混乱する中、カイザー理事の言葉が鋭く割って入る。

 

『そうだ。所詮非公認の委員会、正式な書類の承認も下りていない。つまり、君たちの存在を示すものは何も無い。』

 

誰にも認められていない、誰にも管理されていない、空白の存在。

それが、今の対策委員会の実態だった。

 

『だが喜べ。アビドス高等学校が無くなれば、君たちはもうあの借金地獄からは解放されるのだからな。』

 

皮肉とも慰めともつかぬ言葉に、場の空気がまた冷え込む。

確かに、国が消えれば、負債も消える。論理的には正しい。

 

「そんな、そんなことになったら、今までの私たちの努力が……」

『…………ほう、まさか本気だったのか? 本気で何百年もかけて、借金を返済するつもりだったと?』

 

 カイザー理事の嘲笑が、容赦なく傷口に塩を塗る。

 

『これは驚きだ。てっきり、最後に諦める時『でも頑張ったから』と自分を慰める言い訳をするために、ほどほどに頑張っているのだと思っていたが……いったい君たちは、どうしてあんなに努力していたんだ? 何のために?』

「──っ! あんた、それ以上言ったら……!」

 

 セリカの怒鳴り声が響き、手が自身の愛銃(シンシアリティ)に伸びる。

 

「撃つよ。」

「で、ですが……」

 

 だが、その隣でアヤネがふらりと一歩、足を引いた。

 

『──今ここで戦って、何かが変わるんでしょうか?』

「アヤネちゃん!?」

『今も、すごい数の兵力がこちらに向かって来ています……。たとえ、戦って勝てたとしても……その後はどうすれば……? 学校が無くなったら、もう戦う意味がありません。学校をどうにか取り戻せたとしても、私たちにはまだ、大きな借金が残ったまま……』

 

 その声は、搾り出すようで、今にも泣き出しそうだった。

 

『取引された土地だって戻ってきません。何より、ホシノ先輩もいない、生徒会も無い、こんな状態で……私たちみたいな非公認の委員会なんかに、これ以上、一体何が…』

 

奥空アヤネの声は、震えていた。

絶望に縋るように、あるいは誰かに答えを求めるように。

彼女の手は小刻みに震えており、その目は涙で滲んでいる。

 

『…どうして、どうして私たちだけ、こんな……ホシノ先輩……私たち、どうすれば──』

 

──だが、吉良は動かない。

 

その様子を見て、心のどこかが冷たく疼くのを感じながらも、手を伸ばすことはなかった。

気の毒だ、とは思う。

 

 だが、それだけだった。

 

どれほど不条理でも、不公平でも、わたしがそれに介入する理由は無いし、必要性も…ない。

それは、この生徒たちの物語であり──助ける役目は、()に任されている。

 

"それは――"

 

 彼の横に立つ“先生”が、何かを言いかけた、その瞬間だった。

 

 

(──ズガァァァァン!!)

 

 

 雷鳴のような爆音が空を裂く。

 

 地面が揺れ、視界を覆う土煙と閃光。周囲が何が起きたのか把握できないまま、次々と報告が飛び交う。

 

『なっ!? き、北の方で大きな爆発を確認!』 『合流予定のブラボー小隊が巻き込まれて──!』 『何!?』 『東の方でも確認! 合流予定だったマイク小隊も、大量のC4の爆発で……!』

 

『誰の仕業だッ!? アビドスの生徒たちは全員ここにいるはず──』

 

混乱の中、乾いたヒールの音が、煙の向こうから近づいてくる。

 

 こつ、こつ、こつ──

 

 そのシルエットが徐々に現れた時、場の空気が変わった。

 

悠然と、そして確信に満ちた歩みで姿を現したのは、かつてないほど堂々とした──陸八魔アルの姿だった。

 

 「目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く……それが、あなたたち覆面水着団のモットーじゃなかったの?」

 

強く、鋭く、そしてどこか切実な言葉。

彼女の叱咤が、アヤネを、対策委員会の生徒たちを──現実へと引き戻す。

 

吉良吉影は、それを少し離れた場所から見ていた。

 

煙の切れ間から聞こえる怒号、そして笑い声。今ここに立っている者たちは、誰もが己の信じたもののために戦おうとしている。

 

 そして──

 

「さあ、今こそ協業の時よ!そこの腑抜けたちに、今こそ真のハードボイルドの力を見せつけてやるわ!合わせられるわよね、先生。」

 

"…よし、やろう!"

 

 アルの叫びに、先生が頷く。

 

――立ち上がる者たちの中に、自分の姿はない。

その熱気の中、吉良吉影はただ静かにその場に立ち尽くしていた。

 

 

 首に巻かれた包帯が、右腕を包んでいるガーゼが、じんわりと熱くなるのを感じた。

 

昨夜、あの女との戦闘で浴びたスタンド攻撃。

体内の鉄分を操作し、内側から鋏やカミソリの刃を生成して体を引き裂くスタンド能力……

――“メタリカ”

 

喉の中には、時折ズキリと走る焼けつくような疼痛。

あの時に喉を裂いて出てきた鋏の感触が、未だに喉の奥に残っている気がする。

 

咳き込むたび、血の味が口の中に広がる。

 

包帯を押さえる指先が微かに震える。

皮膚の奥、筋肉の内側、血管の中にまで入り込んだあの異物感。

 

 (……チッ、また開いたか)

 

吉良は呻きそうになるのをこらえ、手でそっと包帯を押さえた。

血が滲む。止まらない。

 

 それでも、戦場へ駆け出していく者たちに、自分が追いつけないのは──痛みのせいだけではなかった。

 

 

 “闘争”──

 

 

 それは、この吉良吉影にとって最も嫌悪すべきものだ。

 

争いは、わたしが目指す平穏な人生とは相反している。

一つの戦いに勝ったところで、次の戦いが訪れるだけだ。

 

 仲間のため? 理想のため?そんなもののために自ら血を流すなど──キリがなくムナしい行為だろうに。

 

勝利は決して終着点ではない。

それは常に、次なる争いの扉を開ける鍵でしかない。

ストレスが蓄積し、神経が擦り減る。

誰かを倒せば、その報復を警戒しなければならない。

 

 それがどれほど無意味で、虚しい行為か――

 

争いはキリがない。

他人とぶつかり続ける限り、人は安らげない。

 

能力の存在を明かすリスク──それもあった。

未だに蝕む焼けつくような疼痛――それも理由としては大きいだろう。

 

だが、それよりも……

 

(――『…他ニンのツめを……キったことはナイ……?』――)

 

たとえ、このわたしに“特別な力”(スタンド)が宿っていようと。

たとえ、いまここで、自分の能力を使えば一矢報いることができたとしても。

 

 ──使わない。

   いや、使いたくない。

 

 ただそんなチンケな理由で、吉良はその場から一歩も動かなかった。

 

目の前でオートマタの兵士たちが散り、味方が駆け、先生と便利屋68が共に戦う。

その光景は、どこか勧善懲悪な物語のワンシーンさながらのようで――

 

 

 ──観客であることを選んだ男は、今日も表舞台に上がることはなかった。

 

*1
???「ウェイトトレーニングは科学です。ミレニアムの最先端の理論が、輝きを放つ領域なんです。」




タイトル名がちょっとブルアカ二次創作としては流石に分かりにくすぎたような気がしたので変更させて頂きました。 旧:デッドマンズMX  → 新:デッドマンズ アーカイブ
表紙用イラストも作成したのでよかったら見てくださると嬉しいです。

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