デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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いつも見て頂き、誠にありがとうございます。
そして評価,感想をくださった方々にはより一層の感謝を
今回は15000字です。


Fearful Utopia

舞台は整った。

役者は揃い、観客は沈黙し、照明は今、感情の輪郭を照らす。

 

──静寂。

 

吉良吉影は、ゆっくりと足を前へ出した。

その背後で、彼のスタンドが薄闇に揺れる。

 

「……キラークイーン」

 

囁くような呼びかけに、そのスタンドはゆっくりと振り返った。

その目に宿る光は、どこまでも空虚。

――だが、確かに“応じた”。

 

 『モッとも…タたカッたとシても わたシは負けンがネ……』

 

音程が壊れた歌のような声。

キラークイーンが、何かに“うわ言”のようなものを漏らし始めていた。

声には意味も脈絡もない。だが、その深部にある“殺意”だけが、はっきりと伝わってくる。

 

その横で、マエストロが――シロとクロが――静かに舞台に立った。

 

「さあ、“ミメシス”よ。幕が上がるぞ。」

 

タキシードを纏った異形のマネキンが、両手を宙へとかざす。

その背後で、シロがぴょんと跳ね、クロが低く唸るように喉を鳴らした。

 

 

――まず、シロ

 

 

白く大きな耳を揺らすシロの頬が緩む。

にぱーっと笑みを浮かべながら、回転する“爆弾”を投げつけた。

それはまるでキャンディのような色彩の球体。だが――

 

(――来るッ!! )

「っ……!」

 

投擲された瞬間、空気が裂けた。

その球体が空を裂いて飛ぶ軌跡から、吉良の体毛が総毛立つ。

まるで殺意を浴びたような錯覚。見た目の愛らしさを塗りつぶす“本能の危機”――

 

 

【―――ドッカァーン!!―――】

 

 

爆発

寸前で、キラークイーンが拳を叩きつけてそれを弾く。

爆風がビルの窓を割り、夜の闇が眩い火花に染まった。

 

「キラークイーンッ!」

 

 吉良の手がスッと懐から抜けた。

 銀の光が宙を滑る。

 

 ──9mmパラベラム弾。

 それを、キラークイーンの元へ投げた。

 

 空気を裂く音。

 キラークイーンはそれを、音もなくパシッと掴んだ。

 右手に、冷たい弾丸が収まる。

 

 

【――第一の爆弾――】

 

 

指先がわずかに動く。

そして、触れた瞬間に弾丸が“爆弾”へと変貌した。

 

 『 シあーハーとァ…タッく二弱てンハなィ………狙っタ標テきは必ずシ…とめル………』

 

 ぽつりと零れる、意味を成さぬうわ言。

 けれど、その表情には確かに、“獲物”を狙う気配があった。

 

 

 人差し指を下に添え

 親指で弾く。まるでコイントスをするかのよーに──

 

 

(パァンッ!!)

 

 

 火花を残しながら、弾丸はシロへ向かって一直線に突き進む。

 目にも止まらぬ速さで

 

 

そして――

 

 

 キラークイーンの指が、すっと曲がった。

 

 

 【──カチリ】

 

 

 その瞬間、弾丸が白い閃光を纏う。

 爆発までの猶予は──『ゼロ』

 

 

 ――だが

 

 

 シロの表情は、一瞬も変わらない。

 

 ぴょん、と跳ねる。

 その手に握られた、大玉。

 

 

 ブン、と振るった瞬間、それはキラークイーンの弾丸とぶつかった。

 

 

 (ドガァァン!!)

 

 

 炸裂。

 相殺。

 光が重なり、破片が舞う。

 

 そして爆風だけが、押し返された。

 

 シロの大玉はわずかに焦げ、転がりながら着地する。

 そして、シロは再びにぱっと笑った。

 無邪気に見せかけたその眼差しの奥に、明確な“対応力”が宿っている。

 

 

 ──しかし、それで終わりではなかった。

 

 

続けざまに、クロの影が動く。

ぐるりと身を翻し、両翼の真っ黒な羽根を大きく広げた。

 

 

【―――突進だぁ!!!―――】

 

 

視線の合図と共に、空間が唸りを上げた。

 

 ――轟音。ティーカップが次々と現れ、ねじれた挙動で疾走した。

 クロが振るうそのステッキは、まるでオーケストラの指揮者。

 歪んだ遊園地の残滓たちは、次々と吉良の元へと向かって突進していく。

 

「……クッ……!」

 

吉良が飛び退く。

崩れた瓦礫を跳び越え、背中を見せずに間合いを保つ。

その視線の先で、キラークイーンがもう一発、突進するティーカップを粉砕した。

 

「……そなたの能力。素晴らしい。」

 

マエストロが一つ、音もなく拍手を打った。

 

 

「“遊び”でありながら“暴力”──“記憶”でありながら“侵略”──この融合は、実に見事だ。」

 

 

シロがさらにもう一つ、ロリポップキャンディ型の爆弾を口にくわえて跳ねる。

クロが羽根を広げ、狭いオフィスの中を滑るようにティーカップが現れた。

 

 「……ッ!」

 

ティーカップが舞い、メリーゴーランドの幻影が横滑りしながら突撃する。

シロの爆弾が弾け、鮮やかな破裂と共に花火のような残光を描いた。

 

 

「クソッ――キラークイーン、わたしを守れッ!」

 

 

 吉良の声が空間を裂くように響く。

 

『…………』

 

 だが──対して"ソレ"からの応答はなかった。

 

キラークイーンは振り返らず、主の命令を無視するかのようにそのまま迫りくる爆風とティーカップの渦中へと踏み込んでいく。

 

「なっ……!?」

 

その背を見て、吉良が目を見開いた。

爆風と光、唸りを上げるティーカップ、目にも留まらぬ乱舞。

それらすべてに向かって――キラークイーンは単身、踏み込んだ。

 

「チッ――クソッ!」

 

吉良は舌打ちと共に身を沈め、 崩れた瓦礫の影へと滑り込み、爆発の余波から距離を取った。

背後で爆発音が重なり、重力さえ歪むような熱風がスーツの裾を翻す。

 

「くッ……!」

 

 

 ──ギリギリだが、間に合った。

 

 

 背後で爆裂音が二重三重に重なり、視界が白とオレンジに染まる。

 

 (クソッ……なぜわたしの命令を無視する…のだ?)

 

疑念が脳裏をよぎるも、次の瞬間、それは視界に現れた。

ティーカップが一つ、軌道を逸れて空中でバウンドし、回転しながらキラークイーンの頭部を狙う。

 

(まずい──直撃するぞッ!)

 

 

そして、ティーカップは――確かに"命中"した。

 

 

だが、キラークイーンの頭部を捉えたはずのそれは、しかしまるで“()()()()()()()()()()()()”かのように、ふっと透けて空を裂き、すり抜けた。*1

 

反応もなければ、防御もない。ただ、首が僅かに傾いたのは――彼自身の意思か、あるいは幻影を払うような無意識の動きだったのか……

 

そのまま、キラークイーンはゆっくりとその“当たらなかった物体(ティーカップ)”に手を伸ばし、触れた。

 

 

【カチリ】

 

 

乾いた“音”が、その場の空気を引き裂いた。

 

次の瞬間――

 

 

(ボガアアァァンッ!!)

 

 

光が弾け、破片ごと空間が焼き切れた。

キラークイーンを覆っていたティーカップは爆風に飲まれ、形を失い、ただの熱と煙へと変わった。燃え残った破片が静かに舞い落ちる中、赤い瞳だけが、まっすぐに前を見据えている。

 

『ソンなに出ッセしタかったノカ……気ぐローの方ガ多いの二………』

 

まるで他人事のように、あるいは自嘲するように、

ふらふらと漂う声が、爆風の残響に溶け込むように漏れた。

 

うわ言のように、祈りのように。

そして──“死”を肯定するように。

 

それは、守るという意志のかけらすらない。

ただ、破壊の只中に立ち、命令を無視し、自らの「衝動」のみに従って動く、“スタンド”の姿

 

 

 それこそが、キラークイーン(吉良吉影)という存在であるかのように

 

 

「なるほど。“統合されていない”。それがそなたの欠陥か、あるいは芸術的未完成か……」

 

マエストロの双頭がギシリと音を立てて動いた。

 

「それとも……“完全な芸術”とは、未完のまま存在するべきなのか?」

 

その言葉と共に、シロがぴょんと跳ねた。

 

 

【―――転がれ転がれー!―――】

 

 

今度は大玉をふたつ、左右から吉良に向けて転がし始める。

その軌道はまるで意思を持ったように絡み合い、交差し、逃げ道を奪っていくようで……

 

ティーカップ、メリーゴーランド、爆弾の雨――

 

混沌のサーカスが、キラークイーンの影に牙をむく。

キラークイーンは、何も命じられずとも動き出していた。

 

溶け込むようにして、カツリと爪を鳴らす。

 

『トうそーハ…キらいダ……わたシが目ザす平ォンな人せイとはあイ反シてイるカラ………』

 

その声には、吉良吉影すら知らぬ“何者か”の情念が滲んでいた。

――まるで、吉良吉影。その自分自身を笑うかのように。

 

舞台はさらに歪み、闇にきらめく幻の残滓が、輪郭を失って広がっていく。

 

「ふむ。即興性と設計性の両立。やはり見事だ……だが」

 

(ギィイ……ッ!!)

 

重く軋む音。

マエストロの二つの声が同時に、低く震えるように響く。

 

“演出”としての美学が欠けている。」

 

 

その言葉を合図にしたかのように、クロが羽根を大きく広げた。

 

 

黒羽が風を裂くと同時に、地面が震える。

彼の足元から、錆びた金属のような「骨組み」が生え始めた。

 

クロの周囲から、まるで古びた遊園地が“蘇る”ようにして構造物がせり上がる。

観覧車の歪んだ骨、折れ曲がったジェットコースターのレール、ひしゃげたティーカップ、音を失ったメリーゴーランド。

 

そのすべてが、黒羽の“影”から這い出してくるかのようだった。

 

(ここはオフィスビルの中だぞッ!? こんなバカげたことが…いやッ“何か”が現実を塗り替えようとしている……のかッ!?)

 

吉良の視線が左右へと鋭く走る。

 

観覧車の骨が再びせり上がり、ジェットコースターのレールが宙に浮く。

それらが組み合わさり、まるで“檻”のように吉良を包囲した。

 

幻想と現実の境界が溶け出し、空間そのものが観客席となる――

 

「美しい……この乱雑、錯乱、混濁、破壊こそが演出であり、演出こそが芸術の再構成だ。」

 

「芸術は混沌し、死は秩序へと回帰する──」

 

マエストロの声が、愉悦に染まる。

 

「どう言おーとわたしの知ったことではないが…まァいいさ。コイツらを始末し終わったら…次はキミを殺す。……だがなァ、そもそもだよ――—」

 

 

 「……マエストロ。キミには、わたしのスタンドは()()()()()()ンだろォ?」

 

 スタンド──精神の具現。

 本来、それを“視認”できるのは、同じくスタンド使いのみ。

 

 「わたしのキラークイーンの動きも、爆発の発端も、何もかも……キミには“理解できない”ままじゃあないか?芸術家だがなんだが知らないが……そこんトコはどうなんだね、ン~?」

 

吉良が挑発するように吐き捨てる。

 

 事実として、マエストロは一切の回避も、迎撃も、戦闘指示も、していない。キラークイーンの像を()()()()()()()。シロとクロに戦いを任せて、爆発の残像を――ビリビリと震える室内の空気を――ただ、観察しているに過ぎなかった。

 

だが、その言葉に対し、マエストロの両の頭が【カクン】と同時に反応した。

 

 「ふふ……ふははははは!!」

 

 笑う。両の顔が、ねじれるように笑みを刻む。

 軋む音が空間に木霊し、彼の姿はまるで歪んだピエロのようだった。

 

「見えていないか、だと? ふむ、たしかに──“直接”は見えていないな……」

 

「――だがな、吉良吉影よ……」

 

彼は天を仰ぐようにして両手を広げる。

その声は舞台の朗読のように、ひときわ響き、仰々しかった。

 

 「“姿”が見えぬというだけで、“存在”が不確かだとでも? いいや、むしろ逆だな。」

 

 「触れずとも伝わる熱があり、掴めずとも理解できる“形”がある。たとえるならばそれは、詩の余白。音楽の沈黙。絵画の中の“空白”……」

 

 両の首がくるりと、同時に吉良の方へ向く。

 

 「“見えていない”……だが、それ以外が“全て見えている”のであれば――最早それは、“見えている”と“同義”なのだよ。」

 

 マエストロの声が、全体に響き渡る。

 

 「この私の視界は常に構築されている。【色彩】、【振動】、【空気の裂け目】、そしてそなたのスタンドが撒き散らす【爆発】、見えざる演出の軌跡……!」

 

 「見える者にしか語れぬ真実など、私は信じることなどできまい………」

 

 それは狂気の詩であり、逆説の論理であり、芸術の“言い逃れ”だった。

 だが、その“言い逃れ”こそが、マエストロの本質――すなわち、世界のすべてを解釈しようとする“意志”だった。

 

 

ふたつの視線が交錯する。

シロの笑い声、クロの羽音、キラークイーンの足音が、まるで交響曲のイントロのように重なっていく。そして――

 

 

(パリンッ!)

 

 

ティーカップが宙を割った。

同時に、シロが――

 

(ボンッ!)

 

自分の身の丈よりも遥かに大きな“爆弾玉”に乗り、そのまま転がりながら宙を跳ねた。

 

 

―――【転がれ転がれー!】―――

 

 

視線の先、床をうねるように走る“ニコちゃんマーク付きの大玉爆弾”が、瓦礫を蹴散らしながら迫ってくる。キラークイーンがそれに応じて蹴り返す──が、シロはそれすら読んでいたかのように大玉を操り、バウンドして宙へ跳ね返した。

 

その一方で、クロが上空に飛び上がり、嘴を開く。

 

(ギィ……ギギギギギ……)

 

そこから吐き出されたのは、群れを成した“黒いカラスたち”

 

 

―――【アパシー・シンドローム】―――

 

 

羽ばたきと共に、視界を覆うようにして急降下を始めた。

 

「くッ……!」

 

吉良が瓦礫の陰に飛び込む。

だが、クロの口から吐き出された“カラスの群れ”は、ただの鳥ではなかった。

それは空間そのものを削り取りながら、嵐のように降り注いでくる。

鋭利な羽ばたきが空気を切り裂き、群れ全体が一つの意志を持って迫るその様は、もはや猛禽ではなく“災厄”そのもの――

 

(……来るッ!)

 

吉良の目がわずかに細められる。

その刹那――

 

『コのクそヤロぅガァァァァァァァてメ――――ラあァ――ッ』

 

キラークイーンが吠えた。

声にならぬ“うわ言”の中に、確かな“意思”が込められていた。

 

次の瞬間、紫の残像が宙を裂く。

 

キラークイーンの両腕が閃光のように伸び、弾けた。

 

 

WRYYYYYYYEEEEA(ウリィィィィィィィィィィア)ッ!!』

 

 

ラッシュ――それも圧倒的な数と密度。

拳の奔流は、カラスの群れを空中で次々に粉砕していく。

羽根が千切れ、影が裂け、旋回する音と衝突音が入り混じった。

 

まるで狂った機械のように、キラークイーンは止まらない。

――一羽残らず、空の残滓ごと殲滅していく。

 

『ふゥうぅぅゥ……コれデ落ちつク………』

 

羽音がやんだ。

視界を覆っていた黒が、ひとつずつ“死骸”として地へ降り注ぎ、コンクリートの上に落ちる音が、静かに戦場を満たしていく。

 

 

――静寂。

 

 

その空白を割るように、クロの足元に“それ”が現れた。

きしむ金属の音――

メリーゴーランドの、歪んだ馬たちが、影の中から引きずり出されてくる。

 

「クソッタレがァ…まったく、キリがないぞ………ッ」

 

吉良が呟いた。

 

「……キラークイーン」

 

吉良の呼びかけに応じるように、キラークイーンがふらりと首を傾けた。

その眼差しは虚ろで、どこか遠くを見据えている。

焦点が合っていないようで、しかし確実に“何か”を捉えている――そんな“死者”の眼。

 

 

 そして、ゆっくりと一歩、踏み出した。

 

 

 足元に転がる黒い死骸――さきほど拳で砕き散らしたカラスの屍へと手を伸ばしかけたその瞬間だった。

 

 キラークイーンは唐突に、腕を真っ直ぐ前へ突き出した。

 白く滑らかなその腕が、空気を割るように伸び、人差し指が上へと立てられる。

 

『イきたくもナイ…サまーキャンぷで……こゥヤッテキョりを測ッタっケなァ………』

 

うわ言のような独白。

静かに、人差し指を動かす。

焦点を合わせるように、目線をクロと自らの指先の間に通し、“距離”を読むような、異様な仕草。

 

そして、人差し指をゆっくりと下ろすと、何事もなかったかのようにカラスの死骸を拾い上げた。

 ねじれた羽根、砕けた嘴、血に濡れた眼窩。それを軽く持ち上げる。

 風を読むわけでもなく、構えを調整することもなく。

 それを、まるでパパとママからおもちゃを貰った赤ん坊のよーに、軽く揺らし――

 そして静かに、構える。

 

 キラークイーンが、屍を握る手をわずかに後方へ引いた。

 無感情な顔に浮かぶのは、まるで決められた手順をなぞるだけの、“機械のような確実さ”――

 

 

その様子を目にしたクロの目が見開かれる。

 

 

――違和感

 

 

 

「――今だ。」

 

 

『こッチヲ見ロォ――ッ!!』

 

キラークイーンが振りかぶった。

 

 

(ブウォンッ!!!)

 

 

残骸と化したカラスが、弧を描いてクロへと向かっていく。

クロは、軽くいなすように脚を振るった。

軽く、鋭く。それは、いとも簡単に弾かれるはずだった。

 

 

――だが、“それ”は違った。

 

 

キラークイーンは、“スイッチ”に指をかける素振りを見せていなかった。

 

 

(ボゴゴゴゴォオオオオオオンッ!!!)

 

 

空気を裂く音が遅れて響く。刹那、紫と黒の閃光が空間を裂いた。

クロの身体が、原型を留めぬまま四散する。翼も、脚も、くちばしの付いた顔も──すべてが音を残すことなく、圧力の渦に飲まれて消えた。

断末魔さえ存在しない。何が起きたかを理解する暇もない。

ただ、存在そのものが跡形もなく“消された”

 

瞬く間に引き裂かれ、吹き飛ばされ、残されたのは舞い落ちる羽根がひとつ――

 

 

揺れて、舞って、着地することなく、塵のように分解され……地面に触れることすら叶わなかった。“生”に形を与えていた外殻だけが、文字通り塵となった。

 

ただ一撃

ただ一手

 

“爆弾”と化していたカラスが、スイッチを介さぬ“接触式”だったと気づいた時には

……もう既に遅すぎた。

 

マエストロの双頭が揃ってカクンと揺れる。

まるで同時に動くオルゴールの人形のように、無表情のまま傾いた。

 

「……ほう、なるほど()()()()()()。“爆弾”は――」

「“接触式”と、“点火式”の――二重構造……」

 

その声は驚きではなかった。むしろ、愉悦に近い熱が微かに滲んでいた。

 

"思い込む"という事は──何よりも恐ろしいことだ。」

 

 乾いた声が瓦礫の静寂を切り裂く。

 踏みしめる足音が、ひとつ、またひとつ、崩れた地面に深く染み込んでいく。

 鉄と灰の匂いが鼻腔を満たし、漂うのは死の余韻。

 

「特に……自分の能力や才能を優れたものと“過信”している時は――」

 

「……さらに、始末が悪い。」

 

 爆発によって塵の付着した白スーツの袖を、彼は淡々と整える。

 まるで出勤前にパリっと身だしなみを整える社会人のよーに。

 その所作に、死の重さも、哀れみも、贖罪もなかった。

 

 そしてその背後には、未だ佇むキラークイーンの影。

 赤く滲むその瞳が、煙る空気の中で微かに明滅する。

 地に散ったカラスの残骸がなお、焦げた羽根の端で、ピクリと震えていた。

 

 

『……手をきル時期カ…テを切ル……クくクク………』

 

 

 スタンドの奥深くに巣食う“何か”が、死の残骸に囁きかけるように

 表情に変化はなくとも、声色だけは、笑っていた。

――それは吉良の声ではない。キラークイーンの中に潜む、“殺意”そのものの囁き

 

 吉良は、構わず言葉を重ねた。

 

“スタンド能力”が強力だからといって、それが全てだと信じて疑わない……」

 

「自分の中で勝手に決めたルールに酔い、敵の戦術を“理解したつもり”になる……」

 

「そういった油断が――ダメなんだよ。」

 

吉良はスーツの襟をひとつ整え、目を伏せたまま呟いた。

背後でキラークイーンがすっと佇む。

 

そして――

 

 その一部始終を見ていたシロの顔から、笑顔がすうっと消えた。

 大きな耳が微かに震え、丸い瞳が揺れる。

 口元がわずかに開き、歯がカタカタと音を立てそうなほど震えていた。

 それは、無垢な夢に取り憑いていた“恐怖”の自覚。

 

 ――それは、明確な"怯え"だった。

 

 

『アノ目は……肥エダめで溺レかけてルネずミみたィにゼつぼゥしテイるゾ………』

 

 耳鳴りのように低く響くうわ言。

 キラークイーンの赤い目が、シロを“観察する”ように眺めている。

 まるで、既にそれを“爆弾”に変えようとしているかのように。

 

「キミの相棒…クロだったかな? 彼女はわたしの意図どーり、爆弾に触れてくれたよ。」

 

「キラークイーンがスイッチを押すと爆発する…そう、“思い込んでくれた”からなァ……ン?」

 

 吉良の声に、凍りつくような温度が宿る。

 その舌先には勝利の甘美など微塵もない。ただ“処理”という名の冷酷さだけ。

 

 その瞬間、マエストロの双頭が、ギギ……と軋んだ音を響かせながら首を回した。

 その口から、陶酔に濡れた呟きが漏れる。

 

「ああ……なんと、恐ろしい……」

 

 爆風の余韻を静かに吸い込むように、まるで一枚の絵画に変換するような視線で、マエストロは吉良を見た。震えるような、しかし凛とした声で語る。

 

「“思考の誘導”……“情報の制御”……そして、静かに仕組まれた“虚構”。」

「……なるほど、“爆弾”とは破壊の象徴ではなかったのだな。“ソレ”はただの結末に過ぎない。」

 

 左右の首がくるりと吉良を向き、関節の不快な音が空気を裂いた。

 言葉のひとつひとつが、まるで一筆ずつ墨で綴られた詩のように重く、静かに響く。

 

「重要なのは……そこへ至るまでの“静けさ”なのだ。」

「ここには“意志”も、“衝動”も、“情動”すらない。ただ構造として組まれた“死”……まるで、抽象画における空白のように……“意図が剥き出しであるがゆえに、意味から逃れる”美しさがある。」

 

 マエストロの双頭が、同時にゆっくりと首を傾けた。

 その仕草はまるで、天啓を得た哲学者。

 

「なるほど…なるほど……吉良吉影。わたしは今、ひとつの“解”を得た気がするぞ。」

 

 噛み締めるように、そして陶酔と畏怖がない交ぜになった声。

 そこにあったのは、“真の芸術”に触れた者の戦慄。

 

「“殺意”に構造を与えた者は、それを“芸術”と呼ぶことを許される。」

 

 そして──静かに、両手を開く。

 

「そなたの“能力”は、やはり……わたしの創作意欲を駆り立ててやまない。」

 

 背後のシロが、怯えのあまり身を縮める。

 その肩に、マエストロの木材でできた冷たい掌がそっと添えられた。

 

「さあ、“破壊の詩篇”はまだ終わらぬ。」

「残された“演者”に、そなたの続きを見せていただこうか――」

 

 まるで、“恐怖”という素材を最後まで燃やし尽くすために。

 

 シロの丸い瞳が揺れる。顔が歪み、口がぷるぷると震えていた。

 焦って、足を交差させて後ずさり、耳が垂れ、全身が小刻みに震えている。

 

 それは、舞台に残された最後の“哀れな道化”だった。

 

 

 

(ボゥン……)

 

 

 

 音が消え、色が剥がれ、舞台がいったん“終わり”を迎える。

 瓦礫も、煙も、死の残り香も、すべてが沈黙へと沈む。

 ただ、ひとつだけ。

 

 歪んだ時間の中を、ぐつぐつと煮えたぎるように響く声があった。

 

 

 『こレでこん夜も…クつろイで熟すイでキるナァ……』

 

 

 おぞましいほどに濁った声。

 それはキラークイーンのうわ言であり、断末魔であり、あるいは祈りのようにも聞こえた。

 生かされたのか、殺されたのか。自分が何者かすらわからぬまま、それでも“終わり”を見届けようとする何か。構えもせず、拳を握ることもなく。

 ただ、虚ろな目で“見ていた"

 

 

 ―“塵”となったシロの存在を

 

 

 光も熱も、炸裂音もない。

 ただ、存在がその場から“消えた”。

 肉体の崩壊ではなく、“記録”の削除。

 始めから何もなかったかのように、遊園地の影法師のような存在は跡形もなく、現実から消滅した。

 

 最後に残ったのは、小さなリボンの切れ端。

 それすらも、ふわりと空気に舞って、やがて──消えた。

 

 

 ……

 

 

 ……沈黙。そして――

 

 

(パチパチパチパチパチパチ―――)

 

 

 崩壊しかけているオフィスに、ただひとつ、拍手の音が鳴った。

 それは、乾いた拍手。

 

 ギチ…ギチ…と軋みながら、マエストロの両手が打ち鳴らされていた。

 

 「──見事だった。実に、見事だった……!」

 

――声が震えていた。

 

 感嘆というより、陶酔に近い。

 双頭の木偶人形が、同時に深く頭を垂れる。

 表情のない顔面が、それでも“最大限の敬意”を表していると、直感でわかるほどの動きだった。

 

 「……心より感謝を申し上げよう、吉良吉影。」

 

喜びではない。もはやそれは、魂が震えるほどの“感動”だった。

まるでレオナルドダヴィンチのモナ・リザを初めて見たときのよーな、感極まってうっかり失禁しちまったときのよーな震える声でそう語った。

 

 「これほどの“即興”を、これほどの“破壊美”を……わたしに見せてくれたこと」

 「そなたは“演者”であり、そして“観測者”であるわたしの限界をも、超えてしまったのだ。」

 

 マエストロの両腕が、ゆっくりと左右へ開かれる。

 その動作はまるで舞台の“終幕”を告げる所作。

 

「そなたは“この世の法”では裁けぬ者だ。ならばこそ……わたしはそなたに、“感謝”を捧げる。」

 

「“殺人鬼”よ。その名を美と共に刻もう。わたしの中に、永遠に──」

 

 その双頭が、静かに揃って深く、再び頭を下げた。

 それは“勝者”への賛辞でも、“敗者”への敬礼でもない。

 

 マエストロの深い礼が終わるよりも前に、吉良は無言で一歩、前へと踏み出した。

 瓦礫を踏みしめる音。そして、微かに首を傾げるしぐさ。

 その目は、すでにマエストロを捉えていた。

 

 

「ン?…キミが何を勘違いしているのかはサッパリ分かんないんだがねェ。」

 

「わたしの平穏な暮らしの邪魔をする"敵"なんだよ。キミたち2人はさァ……」

 

 

 低く、凍てついた声が空気を切る。

 

 

 「ここで"キッチリ""サッパリ"と始末させてもらおう。まさか、生きて帰れるとでも思っていたのか?」

 

 

 背後にぴたりと張り付くように立つキラークイーンが、じわりと手を上げる。

 その指先から、淡い紫の光がじわりと漏れ出した。

 

――だが

 

マエストロの片方の顔が、くるりと再び吉良を見やった。

 

 「ふむ──だが、それよりも“重要なこと”を、忘れていないかね?」

 

 その言葉に、吉良の足が止まる。

 

 「……何?」

 

「無論、先生のことだ。」

 

 眉間にしわを寄せたその瞬間──

 吉良の意識が、一瞬にして“空白”をなぞる。

 

 

 (ああ、そうだった……すっかり忘れていたな。“先生”を回収しなくては……)

 

 

ココで彼が消えてしまうのは色々とまずい……まだあの男にはやってもらいたいことが―――

そんなことを考えながら、後ろを振り向く。

 

 

 だが──

 

 

 そこに存在していたはずの、気を失っていたはずの先生の姿は……"なかった"

 

 

 「な――ッ!?」

 

 

 わずかに肩が震える。

 だが、吉良が言葉を紡ぐよりも先に──声が届いた。

 

 

 「ご安心を、吉良吉影さん。」

 

 

 焼け焦げた柱の陰、崩れた壁のそば。

 マエストロの腕に支えられながら、黒服が姿を現す。

 右目からなおも黒い“もや”を立ち昇らせながらも、声は相変わらず整然としていた。

 

 「彼は、このオフィスから北に数ブロック先の公園へお連れしました。」

 「ああ、勿論。危害を加えてなどございません。むしろ──」

 

 ゆっくりと、仮面のような口が歪む。

 その動きだけで、どこか冷笑を感じさせた。

 

 「彼は……重要な“ファクター”であり、ゆくゆくは我々にとっての“フィクサー”にもなって頂くべき存在ですからね……ククッ!!」

 

「……チッ」

 

気色の悪い笑い声が、焼け落ちた空間にじわりと滲む。 吉良は苦々しい顔で舌打ちを漏らした。

だが――その時だった。

 

 

 「……ああ、そうでした。」 

 

 ふと、黒服が思い出したように口を開く。

 その声音には芝居がかった余裕と、どこか故意めいた“間”があった。

 

 「あなたが今、ここにこうしているのは……“偶然”ではありませんよ。」 

 

 吉良の眉がわずかに動く。

 

 「……何が言いたい?」

 

 「“観測”と“干渉”は、時に地続きのものになります。とりわけ……あなたのような例外的存在においては、特に」

 

 黒服の唇が、不気味に歪んだ。

 それは、静かな挑発にも似た微笑だった。

 

 「…………」

 

 「彼女たちも、そして我々も、ただ、“矢のパワー”に導かれたにすぎません。」

 

 

その言葉に、吉良の背筋がぴくりと震える。

記憶の奥底から、黄金に輝く“破片”のようなイメージが掠めた。

あの、禍々しくも神聖な雰囲気を感じた……金色に輝く、"鏃の記憶"

まるで思考の奥底から、誰かが“差し込んだ”かのように――

 

「スタンドを身につけるのに必要な鍵――“矢”*2については貴方と同様、あの記録によって知りました。ええ、非常に興味深いものでしたよ。観測に値する、と判断したまでです。」

 

 (矢――スタンドを生む“鍵”。わたしの記録……いや、詳しいことはよくわからないが…)

 

「……結局のトコロ、あのスタンド使いども(錠前サオリ、浅黄ムツキ)をわたしの元へ送り込んだのは、キサマだったというワケで…間違いなさそーだな。」

 

大方そうだろーなと思っていたよと、吉良が目を細める。

 

 「我々はあくまで、“観測”の立場におります。」

 

 黒服はひとつ、肩をすくめてみせた。

 

「そんな我々としましては、あくまで鏃の……いえ、()()()()()()b()()()()()()()/()b()()()()()()()()()()()なのですが……まあ、結果はご存知の通り。」*3

 

 「くだらなそーな言い訳だな。結局のところ、“干渉”したのはキミたちじゃあないか。観測者なんて大層な肩書きで、何でもかんでも誤魔化せるワケないだろゥ?ふざけたジョーダンはよせ。」

 

吉良の目が冷えた光を帯びる。

それに対して黒服はひとつ肩をすくめた。だがその仕草に悪びれた様子は微塵もない。

 

 「……クックック……では、お詫びに“矢”について、一つだけ教えて差し上げましょう。」

 

「イチイチ回りくどいのだよ、キミたちの話はさァ…ほら、とっとと話すんだよッ。ソラッ! 早く言えッ!」

 

「すぐに答えを欲しがるのは探偵の悪い癖ですよ。もっともあなたは殺人鬼ですがね…ククッ!」

 

「…キラークイ――」

 

 「まあまあ落ち着いて、そう睨まないでください。私もお教えしたいのは山々なのですが……少々、身体が……この通り。」

 

「チッ――」

 

黒服はそんな吉良の視線を受け、再び肩をすくめるようにして――口元だけで笑った。

傷ついた身体をマエストロに預けながら、芝居がかった動作で咳をひとつ。

 

「まあ、ひとつだけ申し上げるとするならば――」

 

 

 「あの鏃は──既にマダムへ提供致しました。」

 

 

「マダム?…なんだソレは?」

 

吉良の眉が、わずかに動いた。

 

 「彼女もまた、ゲマトリアにおける重要な観測者の一人。“鏃”の力がどのように作用するか、今後とも非常に興味深い実験になるでしょう。」*4

 

「それは――」

 

 だが、黒服はそれを無視するように、ふっと微笑んで頭を垂れた。

 

「それよりも………早く先生の元へ向かった方が良いでしょう。今の貴方にとって、それこそ…“最も優先すべきこと”なのでは?」

 

「……」

 

「ですので、吉良吉影さん。今回ばかりは何卒、その拳を降ろして下さると幸いです。こちらとしてもお互い良い関係を維持したいと考えておりますし……なにも難しいことではないでしょう? ほんのチョッピリ我慢してくれれば良いだけなので…ねっ?」

 

黒服はそれ以上の情報を語ろうとはしない。

両手を合わせ、僅かに申し訳なさそうに平謝りをしている。

こんな状況でもなお口元だけは笑みを浮かべているという事実が、吉良とっては鼻についていた。

 

 

吉良はわずかに目を伏せる。そして、ふっと一息――

 

 

 

 「ダメだね。」

 

 

 

当然の返答ともいえる『NO』

その声は平坦で、温度がなかった。

 

「キミたちは死ななくてはならないんだ。キミが教えてくれたそれが事実だとしてもな──もし今、オマエらを見逃せば、また次の“スタンド使い”をわたしに仕向けてくるだろゥ?」

 

冷ややかな言葉と共に、彼の右手がゆっくりと上がる。

 

「だめだめだめだめだめ!! キミたちはわたしの平穏を脅かすトラブルなんだ。確証が持てない以上、不安の種はサッサと刈り取るべきだね。その"マダム"というヤツが何なのかはサッパリよく知らないが……まあ、いいさ。その時にでも爆死させてやる。」

 

そして静かに、一つの言葉を紡いだ。

 

 

 「キラークイーン──コイツらを爆破しろ。」

 

 

  命ずる声と共に、スタンドが姿を現す。まるで主の心を映す鏡のように、爆破の意志を孕んだ静けさを纏って。

 だが、その時だった。

 

 

 『あ…なタダけダわたシの正たィを知ル……者はアナただケになル………ッ!!』

 

 

キラークイーンが背後で叫んだ。

 

 引き絞られた声──いや、“うわ言”

 だがそれは、明確な“殺意”と“混濁”を孕んでいた。

 

 「おい……キラークイーン──?」

 

 

『ォイ………?』

 

 

 吉良が振り返る前に、それは走り出していた。

 拳を振りかぶり、地を蹴って加速する。

 その眼は、マエストロと黒服の二人をまっすぐに捉えていた。

 

 

『 買ッテやっタオ……ブれイの腕どケイはどゥ…シた………?』

 

 

あの忌々しい、“異質のもの”(ゲマトリア)を消し去ろうと。

絶叫にも似た呻き。意思を逸脱した動き。吉良が命じた訳ではない。それでも──スタンドは暴走するように、黒服とマエストロのもとへ、爆発を纏いながら疾駆し──

 

 

「潮時か……では吉良吉影。そなたにまた会える時を、心待ちにしている。」

 

 

 だが──その拳が振り下ろされる刹那。

 マエストロが片手を軽く掲げた。

 

「先生には、よろしく――と、お伝えください。」

 

 直後、2人の背後に“暗闇”が広がる。

 

 どこにも繋がらない、何も存在しない、真の“虚無”

 そこへ──マエストロと黒服の身体が、すう……っと吸い込まれるようにして姿を消した。

 

 

「また――夢の中で。」

 

 

 

(バシュンッ)

 

 

  キラークイーンの拳は、虚空を切り裂いた。

 

 

 爆音のような衝撃波が走るも、そこにはもう誰の姿もなかった。

 

何もない。

誰もいない。

 

 ただ、空間の歪みと残響だけが、冷たく、空気を震わせていた。

 

 

 

 『っっっがアァァァァァァァァアアァァァァアアァアアアアアッッッ!!!』

 

 

 

 絶叫。

 否、嘆き。

 

 

 あるいは、もっと根源的な“飢え”のような響き。

 

 

 キラークイーンの怒声が天井を突き抜け、ひび割れた壁を震わせる。

 吉良は──その声を、ただ一瞥だけした。

 

 

 「………帰るぞ、キラークイーン。」

 

 

 抑え込んだ苛立ちを、奥歯で噛み殺すように。

 吉良吉影は、くるりと踵を返し、静かに歩き出した。

 足元の瓦礫が乾いた音を立てる。

 

──そして

 

キラークイーンのシルエットが崩れ始めた。

輪赤い双眸がふっと滲むように光を失い、郭がひずみ、黒い粒子が空間に滲み出る。

足元から解けていくように、静かに、ゆっくりと。

スタンドの存在が、意志の残滓だけを残し、塵となって空中に舞い散っていく。

 

その姿はまるで、夜の闇に溶ける“影法師”。

 

『イッたィ……ナンでまたハななんカ…なくシちマッたんダ………?』

 

言葉にならない囁きが、音にもならず空気へと溶けた。

焦げた空間、死の残り香、吹き飛んだ残骸のすべてを背にして。

 

 

 目指す先は──そう、公園。

 

 先生がいるはずの、静けさが残る場所へ。

 

吉良吉影は──振り返らない。

ただ歩き続ける。

それが“いつも通り”であるかのように。

 

 

 

 

夜の公園は静まり返っていた。街灯がオレンジ色の光をぽつりぽつりと落とし、その淡い輝きがベンチの端を照らしている。冷たい風が木々の葉を鳴らし、遠くで何かがカサリと音を立てた。

 

 吉良吉影は、その中に佇んでいた。ベンチに横たわる“先生”を、じっと見下ろしている。

 

 「……いたか。」

 

 声は静かで、まるで独り言のようだった。

 この男が気絶していたことは、吉良吉影自身の手によるものだった。だが、罪悪感などという感情とは無縁の吉良吉影にも、ほんの少し――ほんの、ほんのチョッピリだけ――胸の内に違和が湧いていた。

 

 

 「少し……やりすぎたかもな。」

 

 

――喉が乾いた。

ふとした欲求に従い、視線を公園の端にある自販機へ向けると、迷いなく歩き出す。

 

 

 『カシャン』と、硬貨の音。

 

 缶コーヒーを一本。自分用に。そしてもう一本――透明なペットボトルの水を、先生のために。

 

 「なんでも…意識を失った後は脱水症状を起こしやすいからなぁ……」

 

 誰に向けるでもない声が、夜風にかき消された。

 

 再びベンチに戻る。先生はまだ眠っている。

吉良はその横に腰を下ろし、缶コーヒーのプルタブを静かに開けた。

 

 (……さて、起きるまでは少しかかりそうかな。)

 

 そう思った矢先だった。

 

 

 「……ン?」

 

 

 視線が、先生の足元へ落ちる。

 片方の靴が脱げている。……まあ、それはいい。問題は――

 

 「クソ……さっきから気になってしょうがない。この男…『くつ下』を裏返しに履いてやがる……自分で気にならんのかな?生徒を導く大人だろうに………」

 

思わず眉がひくつく。

いや、冷静である。至ってフツーに、冷静である。

 

――しかし目だけは、その裏返った靴下に釘付けだった。

 

 

 「……ええいっ!やはり気になるッ!!」

 

 

 ばっとしゃがみ込み、躊躇なく先生の靴下を脱がす。

裏返しを直し、きちんと表にして――再度履かせた。

 

 「ちゃんと履き直せ……」

 

ぶつぶつ言いながら、脱げていた靴もきっちり履かせ、靴紐を結ぶ。

蝶々結び。うん、整った、完璧な形。

 

 それから自身の髪に手をやり、乱れを整えた。

 

 「フゥ~…これで落ち着く。」

 

 ようやく得られた静謐。安堵と共に息を吐いたその時――

 

"…ん、う……?"

 

 先生がわずかに身じろぎし、眉を寄せて呻き声を上げる。

 吉良はふぅ、と深い溜息をついた。

 

 ――やれやれだ。

 

 この平穏が、どれほど脆く崩れるものか……彼自身が、一番知っているというのに。

 

 

「気がついたか、先生。」

 

 

→13話冒頭へつづく

*1
スタンドはパワーを持った像であり、スタンドに接触出来るのはスタンドだけ。転じて、スタンドはスタンドでしか倒せないともしばしば言われる。

*2
『スタンドの矢』宇宙から飛来した隕石からもたらされたウィルスに染まった岩石から作られた矢。矢じりで体に傷をつけられ、死亡しなかった者にはスタンドが発現しスタンド使いになれる。素養がなければ傷の大小に関わらず死亡したり、発現したスタンドを制御しきれずに死亡してしまう。

*3
ソレは先生の真似事か?殺すぞ

*4
黒服は矢を手に入れた後、マダムと協力してアリウス生徒を使ったスタンドガチャをしています。スタンドの発現した生徒はある程度優遇され、発現しなかった生徒はヘイローが壊れて速攻、廃棄処分です。なおスタンド持ちが現れる確率はガチャの☆3排出率と同じぐらいですね(絶望)




今回のイラストは公園でぐっすり熟睡している先生です。

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