デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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いつも見てくださり、誠にありがとうございます。
今回は13000字です。


それでも手放さなかったもの

(──まず、何から話せばいいのか。)

 

そんなことを考えながらも、悪い気のしない自分自身に、思わず鼻で笑いそうになった。

 

──喉の奥がざらつく。

まるで罪を告白するような、自嘲とも懺悔ともつかない響き。

妙に湿っぽくて、胸の奥をくすぐる。

 

「……いや、わかってる。本当はずっと前からわかってるさ。」

 

だが、それを言葉にするのが──

どうしようもなく気恥ずかしくて。

そして、少しだけ腹立たしい。

 

焼けつくような砂嵐の中、わたしたちはただ、黙々と進んでいた。太陽の暴力じみた熱も、肌を裂く風の痛みも、誰ひとりとして気にしていない。

 

ただ、前を見つめていた。

ただ、目的に向かって進んでいた。

 

 

──小鳥遊ホシノの奪還

 

 

それだけが全てだったのだろう。

……このわたしを除いては、の話だが

 

相手は、私の元雇い主であるカイザーPMC理事──

地獄の機械仕掛けの軍勢。その本拠地。

要塞とも呼ぶべき重装備の基地。正気の沙汰じゃあない。

 

「フン……無謀にも程があるだろーな。」

 

あの時、心の底からそう思った……いや、今でもそう思っていた。

 

敵は前線基地にして難攻不落の要塞。それに対してたったの6人……

いや、戦力になるのは、たった4人のアビドスの生徒。

 

 

ジョーシキ的に考えれば、勝ち目などあるはずがない。

だが──

 

 

「敵の数?そんなので、私たちの心は折れたりしないわよっ!!!」

 

黒見セリカが、息を切らせながらも笑ったあの声。

 

「私たちのアビドスを……ホシノ先輩を取り戻しますっ……!」

 

その震える手でタブレットを握りしめながら、奥空アヤネが一歩踏み出す。

 

「ホシノ先輩を……返してもらうっ!!」

 

歯を食いしばって、叫ぶ砂狼シロコの眼光。

 

「私たちは負けません……絶対に!!」

 

震える声の十六夜ノノミ。だがその震えは、恐怖ではなく──怒り。

 

そして──

 

“……ホシノを返してもらうよ。”

 

最後列に立った、”先生”。

銃を持っていない。戦う力も、ない。

けれど、その言葉には確かな"覚悟"があった。

 

“ここで引ける理由なんて、一つもないからね。”

 

風の中で、その声音が静かに響く。

 

 

 

そして、私は──逃げ場を失った。

 

 

 

正直言って、逃げたかった。

今すぐその場から踵を返して、知らぬふりで日常へ戻ってしまいたかった。

 

 

だが──それが許されないことも、痛いほどに理解していた。

 

ここで逃げれば、私はすべてを失う。

 

仮初の生活も。

偽りの役職も。

 

……なにより、自分自身の“尊厳”(プライド)を。

 

 

 

──視界の端で、PMC兵士の一人が動いた。

 

 

 

「……チッ。」

 

こちらに狙いを定めた──否、私に狙いを定めた。

 

銃口の中に走る閃光、引き金が引かれるわずかな気配。避けきれない。逃げ場もない。

このままでは、確実に“穴だらけ”になる

 

(まずい……この距離、避けきれない──)

 

脳裏に浮かぶのは、ひとつの選択肢。

“スタンド能力”を使うか……

この場を生き延びるには、それしかない。だが──

 

同時に脳裏をよぎったのは、別の懸念。

 

(──ここで見られれば、わたしの“能力”が公に知られる。下手をすれば、また厄介ごとに絡まれるかもしれない……イヤ、だとしても……)

 

私は奥歯を噛みしめた。

 

(それでも、やるしかないッ!! このマズイ状況を突破するには……アレをやるしか──ッ!!)

 

喉元に力が入る。

声帯が震える。

 

「キラーク──」

 

 

(ズダダダダダダダダッ!!!!)

 

 

突如として、紫電のような弾幕が戦場を裂いた。

前方にいたPMC兵士たちが、呻く間もなくその場に沈む。

 

衝撃と煙が押し寄せる中、私はとっさに目を細めた。

 

(何だ……!?)

 

焼け焦げた空気が、鼻腔を刺す。

 

何が起きたのか一瞬分からなかった。

いや──アビドスの生徒が引き金を引いたわけではない。では誰が……

 

 

「よかった…どうやら間に合ったみたいね。」

 

 

「……ッ!」

 

アビドスのガキどもも、隣にいた先生も、一斉にその方向へと顔を向ける。

私もまた、誘われるようにして視線を向けた。

 

爆炎と硝煙の向こう。

ゆっくりと歩いてくる白髪の少女──

 

「あれは……ゲヘナの……!?」

 

奥空アヤネが驚きの声を上げるのが聞こえた。

 

 

──ゲヘナ学園、風紀委員会 空崎ヒナ

 

 

その名を知らぬ者はこの界隈にはいない。

秩序のためなら街ひとつを焼き払うことすら厭わない、狂気の秩序。

風紀を名乗りながら破壊を司る、矛盾の権化。

 

空崎ヒナの後ろから、さらに二人の少女が姿を現す。

 

「まだ風紀委員の仕事も残ってるし。手早く片付けようか。」

 

ヒナの声は、砂と煙を貫いて静かに響いた。

 

「どうして私もここにいるんだ……」

 

不満げに呟くのは、厳しい目つきの少女──銀鏡イオリ。

 

「せっかく委員長が“反省文の代わり”にってことで来たんですから、愚痴はそこまでにしましょうね?」

 

涼やかに微笑む天雨アコが、それをたしなめるように笑った。

 

そして空崎ヒナが、一言。

 

 

「ここで全軍止める。誰一人として、先生には近づけさせない。」

 

 

その言葉は、雷鳴のように地を這い、敵陣へと響き渡った。

まるで──砦が歩いてきたかのような威圧感だった。

 

(……助かった、のか?)

 

そう思った矢先、今度は頭上から爆音が降ってきた。

 

(ババババババッ──!!)

 

回転するローター音、機体の振動──

 

 

「便利屋68、仕事の時間よ!!!」

 

 

飛び込んできたのは、砂煙の中を切り裂く輸送ヘリ。

その側面ハッチから姿を見せたのは、見慣れた顔。

 

 

 便利屋68――陸八魔アル

 

 

「ふふっ、勘だけは鈍ってないようね、アビドス対策委員会!ここは私たち便利屋68に任せて、先に行きなさい!!!」

 

「うっわー……それは惚れちゃうよ、アルちゃん……」

 

「さ、流石です!い、一生ついていきます!アル様!!」

 

「はあ……ほんともう……」

 

陸八魔アルに続いて、浅黄ムツキ、伊草ハルカ、鬼形カヨコの三人が飛び降りるように戦線に加わる。あれほど物資が足りないと嘆いていた面々とは思えぬ勢いだった。

 

 

そして──極めつけが、最後に現れたあの少女。

 

 

「あ、あう……わ、私です……」

 

「あっ!ヒフー」

 

 

「ち、違います!私はヒフミではなく、ファウストです!」

 

 

たい焼きの紙袋を被った少女(阿慈谷ヒフミ)が、榴弾砲部隊を従えて戦場に降り立つ。

 

「その、このL118はトリニティの牽引式榴弾砲ですが……と、トリニティ総合学園とは一切関係ありません!射撃を担当している皆さんにも、そう伝えておきましたので………」

 

砲撃。爆煙。鉄と火薬の匂いが辺りを満たす。

 

「……っ」

 

戦況は──

一変した。

 

紫の閃光を纏った銃弾が雨のように降り注ぎ、機械兵器がひとつ、またひとつと地面に沈む。砲撃が遮蔽物を貫き、無人機が吹き飛び、PMC兵士の無線が断末魔のような叫びを残して途絶える。

 

(……信じがたいな。)

 

ほんの数分前まで、勝てるはずがないと思っていた。

あの兵力、あの装備、そしてこの鉄壁の地形。

どう考えても“蹂躙される”のはこちらの陣営だったハズだ。

 

だというのに──

 

(……押している)

 

地を揺るがすような爆音と共に、巨大な黒き影が踏み出した。

 

カイザーPMCが誇る対人重装兵器《ゴリアテ》

その頂に、あの理事がいた。

 

『対策委員会……ずっと、お前たちが目障りだった!!』

 

スピーカー越しに響く絶叫が、まるで空気を震わせるように――

 

『どれほど金を積んだと思っている!!どれほど時間をかけて、潰す手を打ってきたと──思っている!!!』

 

ゴリアテの右腕が唸り、炸裂弾を撒き散らす。

だがそれすら──もはや届かない。

 

『あれほど懲らしめた!徹底的に苦しめた!借金まみれにして、希望すら折ったというのに……!それなのにっ!毎日、毎日楽しそうに!!!』

 

その叫びには、もはや誇りも品性も存在しない。

ただ、醜悪な焦燥と怒りだけ。

 

 

『お前たちのせいで、計画がっ!!!私の計画があああっ!!!!』

 

 

わたしは……小さく喉を鳴らして笑った。

 

(フン……ざまーみろ。)

 

あの時の記憶が、脳裏をかすめる。

 

『お前のような社畜に何ができる。黙って数字だけ並べてろ。』

『代わりならいくらでもいる。分かってるな、吉良クン?』

 

──あのとき、確かに言われた言葉だ。

 

わたしを数字と肩書きだけの歯車として扱い、真顔でコケにしていた男。

その男が、今や“ガキども”に振り回され、叫び、喚き、泡を吹いている。

 

(まったく、なんて哀れで……スカッとした気分だ。)

 

砂狼シロコの銃口から閃光が走る。

 

刹那――

轟音。金属の悲鳴。赤黒い爆煙の中、ゴリアテの巨体がバランスを崩し、ひざをついた。

そして──

 

(ドォオン!!!)

 

『ぐおおおおおおおおおおおおおおッ!!!???』

 

背部の装甲が砕け、火花を散らしながら、戦場のど真ん中に倒れ伏した。

 

燃える瓦礫の上で、黒い巨影はもはや動かない。

まるで全てが終わったかのような静寂の中で、それだけが、唯一動かずにいた。

 

 

……正直言って、不愉快だった。

 

 

自分が見誤ったことも、驚いていることを悟られるのも──何より。

 

(ここまでの支援がなければ、わたしは──こんな砂漠のど真ん中でむざむざくたばっていたかもしれない。)

 

スタンド能力だって万能じゃあない。あれだけのPMC兵士の数を裁き切るのは、私一人じゃあおそらく無理だったろう……

 

だからこそ――悔しい。この吉良吉影のプライドがコケにされたようでムカッ腹が立つ。

……だが、一応感謝はしている。

 

あの“たい焼き紙袋”の少女(阿慈谷ヒフミ)、ゲヘナ風紀委員会、そして物資が足りないと文句ばかり言っていた便利屋ども。

 

彼女たちがいなければ……あるいは──

 

 

(足を向けて眠れそうにない、か……)

 

 

この吉良吉影がそんな言葉を思い浮かべる日が来るとはな……

 

"吉良さん、行くよ!"

 

先生の声に、ハッと我に返る。

 

既に戦線は崩壊していた。

PMCの拠点は、風穴だらけの廃墟と化している。

 

対策委員会の生徒たちは、前方へ進み始めていた。

向かうは──中央区画、第51地区。

 

わたしは再び、ネクタイを締め直し、ひとつ息を吐いた。

 

……行こう。もう、引き返す理由など存在しない。

 

次の扉の向こうに、何が待っていようとも──わたし、あの“借り”を返すために進む。

 

――――

 

 

* 

 

 

 

巨大な格納施設の裏手──

 

冷たく無機質な金属の扉が、彼女たちの前に立ちはだかっていた。防爆加工が施された二重扉は、まるでこの先の真実を拒むように、重く、冷たく、そして、確かに閉ざされている。

 

扉の中央には、赤いセキュリティランプが警告のように脈打ち、静寂の中で低く唸っていた。

 

「ホシノ先輩は、すぐそこにいるはずです!!」

 

ノノミの叫びが、格納庫内の空気を震わせる。言葉には焦燥と願いが混ざっていた。

 

「ロックが……強すぎる……っ、もう一回……!」

 

シロコが制御盤にしがみつくようにして手を伸ばす。しかし、返ってくるのは冷たく短いエラー音だけ。いくら叩こうと、扉はびくともしない。

 

「先生……どうしましょう……!」

 

“手動では……無理そうだね……”

 

その場に、重苦しい沈黙が落ちかけた瞬間だった。

 

「……仕方ないな。」

 

吉良吉影が静かに一歩、前に出る。

誰にともなく呟きながら、彼はゆっくりとネクタイを正し、まるで埃を払うかのような自然な動作で、扉の下部に手を添えた。

 

わずかに指先が触れた瞬間――

 

 

《キラークイーン 第一の爆弾──》

 

 

何の変哲もない鉄の留め具が、その場で“爆弾”へと変わる。誰もそれに気づかない。気づけるはずがない。

 

その直後──

 

「よし、私に任せて!」

 

勢いよく踏み出したのは、セリカだった。

 

「ちょっとだけ、下がっててっ!」

 

鋭い声と共に彼女は駆け出し、扉目がけて跳躍した。重心を乗せた回し蹴りが、鋼鉄の扉へと叩き込まれる。

 

──そして、同時に

 

ポケットの中で、吉良の指が静かに、確実に“スイッチ”を押した。

 

 

「こんのぉおお―――ッ!!」

 

 

(カチリ)

 

 

その刹那―-

 

 

 

(ドグォォォォンッ──!!)

 

 

 

爆風が炸裂し、閃光が弾ける。分厚い扉は内側から破壊され、歪みながら吹き飛んだ。火花が舞い、金属が唸りを上げてねじ切れる。鋼鉄が裂ける音と共に、扉の残骸が床に激突した。

 

「えええええええっ!? と、扉が爆発したっ!?!?!?」

 

「セリカちゃんのキック……すごすぎです……っ!」

 

「えっ、え?わ、私!? 私なのっ!? 今の私っ!?!?」

 

セリカは顔を真っ赤にして、混乱と驚きで目を白黒させる。手をバタバタと振り回し、何かを否定しようとしていた。

 

そして――

一同は扉の先の空間へ足を踏み入れる。

 

扉の向こうに広がっていたのは、異様な静けさに包まれた空間だった。

無機質な金属の床と天井、冷たく光る構造体。その中心に──彼女はいた。

 

 

小鳥遊ホシノ

 

 

黒々と沈む足場の上、その中央に、彼女は静かに膝をついていた。制服は乱れもなく、髪も丁寧に整えられている。ただ、顔は伏せられ、表情は読めない。

 

彼女の両手と両足には、赤い“線”が伸びていた。

 

空間の各所から照射されたレーザーのような光線。それが、まるで見えない枷のように四肢を絡め取り、ホシノの身体を微動だにさせない。

 

拘束具はない。だが動けない。まるで“意志”を持った檻に囚われているかのようだった。

 

「……ホシノ先輩!」

 

シロコの声が空間に響く。

 

「ホシノ先輩っ!返事をしてください!」

 

ノノミが叫び、真っ先に駆け出す。

 

アヤネも、セリカも、先生も──続くようにホシノの元へ走り寄る。

 

ホシノの肩が、ぴくりと震えた。

 

まるで遠くで聞こえる雨音に気づいたかのように。

伏せていた顔が、ゆっくりと持ち上がる。

 

彼女の瞳が、光を捉えた。

 

「んぅ……シロコちゃん?」

 

そのかすかな声が、空気の静寂を揺らした。

 

ホシノの四肢を縛っていた赤いレーザーが、彼女の目覚めと同時にスッと消える。動きを取り戻したホシノは、戸惑いながら上体を起こし、辺りを見回す。

 

「ここ……あれ? どうやって……だって私は……」

 

目をしばたたかせ、目の前に立つ仲間たちの顔を見つける。夢か現か。現実を飲み込めず、ただ驚きと困惑の入り混じった表情で、彼女はその場に座り込んでいた。

 

シロコがそっと前に出て、一言だけ答えた。

 

「みんなのおかげ。」

 

「……そっか。みんなが……先生が……」

 

それだけで十分だった。ホシノは瞬時にすべてを悟る。

視線が後方へ向かう。その先に立っていたのは、先生──そして、その肩越しに無言で佇む男の姿。

――吉良吉影

 

 

(大人が……)

 

 

ホシノの頬に、淡い色が滲んだ。

 

その後、先生の一声で、一同はホシノの身体を支えながら部屋の外へと移動を開始する。

 

第51地区、地下の監禁施設。

 

重く閉ざされたその空間から、長い通路を抜け、厚いシャッターをくぐり抜けた先──

 

 

やがて目に飛び込んできたのは、燃えるような夕焼け空だった。

 

 

真紅と橙が入り混じる空が、砂一色のこの場所を鮮やかに染め上げていた。

吹き抜ける風が熱を孕みながらも、どこか懐かしい匂いを運んでくる。

 

その光景は、まるで“帰る場所”を照らしているかのように――

 

地平の彼方には、沈みゆく太陽が金色に輝いていた。

 

 

"まったく……みんながどれだけ心配したと思ってるんだ。"

 

夕陽を背にした先生が、呆れたような、そしてどこか安堵の混じった声でホシノに言った。

 

「うへへ……ごめんよぉ……」

 

ホシノが目を細めてぺろりと舌を出し、おどけると──

 

その空気を切るように、セリカが小さく前に出た。

 

 

「お……おっ、おかえりっ!! ホシノ先輩っ!」

 

 

いきなりの直球。

 

不意打ちのような一言に、場がぱっと華やぐ。

 

「わっ、ずるいですセリカちゃん! 恥ずかしいから言わないって言ってたのに〜!」

 

「うっ、うるさいわねっ!! べ、別にいいでしょっ!!」

 

他のメンバーもわらわらと加わり、場が賑わう。

 

それらのやり取りを一歩後ろで見ていた吉良は、さりげなく後ずさり──巻き込まれないように距離を取った。

 

"……ホシノ"

 

軽口の応酬が響く中、先生が歩み寄る。

柔らかな笑みを浮かべて、真っ直ぐに──

 

 

"おかえり。"

 

 

アヤネが瞳を潤ませながら続く。

 

「ホシノ先輩、おかえりなさいっ!」

 

ノノミもにこやかに言った。

 

おかえりなさい、ですっ♪」

 

そして、シロコが一歩前に進み、そっと手を差し伸べた。

 

「……おかえり、ホシノ先輩。」

 

「……へへ。」

 

その手を取りながら、ホシノの頬にまた微笑みが戻る。

 

(……そういえば、こんなにあったかい言葉だったね。ユメ先輩――)

 

ふと、ノノミが何かを思い出したように声を上げる。

 

「あっ、そういえば──」

 

「吉良さんからのおかえり、まだ聞けてませんよ〜?」

 

その言葉に全員が一斉に吉良の方を見る。

 

「そうそう、私たちはちゃんと言ったんだからアンタも言いなさいよっ!」

 

「なっ……」

 

明らかに面倒くさそうな表情で肩をすくめ、吉良は視線を逸らした。

 

「……わたしは絶対に言わないからな。」

 

「えぇぇぇぇっ!? ひどいですっ!!」

 

「ん、吉良さんもおかえりって言うべき。」

 

「あはは……」

 

ノノミが抗議の声を上げ、セリカやシロコもジロリと吉良を見つめるが、吉良は無言でそっぽを向いたまま。シャツの裾を直すふりをして、会話から抜け出そうとする。

 

その様子に、ホシノが肩を揺らして笑った。

 

「うへ……なんだかみんな、期待に満ちた表情だけど……求められてるのは、あの言葉かなぁ?」

 

「もーっ、分かってるなら焦らさないでよ~~!」

 

「そうですよ! それをホシノ先輩の口から聞くためにここまで来たんですから!」

 

ノノミとセリカがじりじりと詰め寄り、ホシノは苦笑しながら、胸に手を当てた。

 

「まったく……かわいい後輩たちのお願いだし、しかたないなぁ……」

 

そして、ゆっくりと──

 

 

 

「──ただいま。」

 

 

 

その言葉が落ちた瞬間、場の空気が一気に華やいだ。

 

「「「ホシノ先輩っ!!!」」」

 

ノノミ、アヤネ、セリカがホシノに駆け寄り、抱きつくようにして彼女を包み込む。

 

「うわっ!? あははっ! ちょ、ちょっとくすぐったいってば〜!」

 

ホシノは笑いながら、強く、その腕でみんなを抱き返した。

 

まるで、その温もりを二度と手放さないように。

全身で笑いながら、それでもホシノの目尻には涙が光っていた。

 

 

そんな熱と笑顔が場を満たしていくその様子を──吉良は黙って見ていた。

笑わず、感情を見せることもなく。ただ、風に吹かれながら静かに。

 

彼の眼差しに、何か微かなものが揺れていたかもしれない。

 

 

──そして

 

 

「それじゃあ……帰ろうかっ。」

 

 

ホシノがふわりと笑みを浮かべ、そう言った。

 

「…うん。」

 

それに応えるように、シロコがまっすぐ前へ出て。

穏やかで、それでも強い目で、言った。

 

 

 

 

 

「──私たちの学校に。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■──瓦礫と煙に包まれたカイザーPMC基地であった跡地。

 

 

爆散したゴリアテの残骸の中、ひとつの影がもがくようにして這い出てきた。

 

半壊した義肢。軋むフレーム。スーツの上着は裂け、ネクタイは煤で真っ黒。

それでも、彼はなお生きていた。いや──生き延びてしまったと言うべきか。

 

 

『クソッ!! アビドス対策委員会……あの忌まわしい連中め……ッ』

 

 

カイザーPMC理事──

その男は、呪詛のようにそう吐き捨てた。焦土のような戦場跡に、彼の怒声だけがか細く響く。

 

『この私に……理事であるこの私に……こんなッ、“恥”をかかせやがりおって……!』

 

呻くように、軋む金属の腕で地を這う。

だがどれだけ敗北しようが、どれだけ屈辱を受けようが──逃げ切ればいい。時間さえ稼げれば、またやり直せる。力も、資金も、兵も、全て──

 

『……ッッ! こんなところで私の人生設計が終わってたまるか……!』

 

緊急脱出用の車両は北端格納庫の地下通路だ。自動操縦に乗れば、まだ間に合う。そう信じ、膝をついた──その瞬間だった。

 

 

(──コツ)

 

 

乾いた、妙に耳に残る音がすぐ目の前で鳴った。

 

『……?』

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

そこにあったのは、よく磨かれた革靴の爪先。

 

――その男は、立っていた。

 

白いスーツ。紫のシャツ。黒地に髑髏柄のネクタイ。

煤一つ付いていないその姿は、まるでこの地獄の風景から切り離されたような静謐さを纏っていた。

 

『……吉良?』

 

その名を呟いた瞬間、理事の顔が引きつる。

 

目の前に立っていたのは──吉良吉影

 

冷ややかな眼差しで、何も語らず、ただ静かに立っていた。

 

「カイザーPMC理事……イヤ、“元”理事。」

 

吉良の声は、穏やかだった。

それが、逆に恐怖を際立たせる。

 

『まさか……吉良クン。キミがわたしを追ってくるとはね……』

 

体を起こしながら、理事は芝居がかった口調で言葉を続けた。

 

『どうだね…キミがこの場を見逃してくれるのなら──またカイザーローンで雇ってやってもいいんだぞ?』

 

その声音には、明確な“嘲り”が滲んでいた。

 

『何、悪い話じゃないだろう。もともと、数字だけは使える男だったしなぁ?』

 

吉良は答えない。

ただ、その表情から感情は読み取れなかった。

 

その沈黙が、不気味で、理事は不安を拭えない。

 

『まさかとは思うが……この私を“倒そう”とでも考えているのか?』

 

『ロクに銃も使えない。生身の人間風情が──キヴォトスの“外”から来た存在が、だぞ?笑わせるなよ。』

 

吉良は一歩も動かず、何も言わない。

理事は不安を隠すように、左手首の腕時計に視線を落とした。

 

──その瞬間

 

 

「フン……なかなかいい腕時計をしているじゃあないか。」

 

 

低く、濁った声。

まるで“冷気”が喉奥から這い出してくるような、それでいてよく通る声。

 

理事が顔を上げたとき、吉良は既に一歩、距離を詰めていた。

 

「だが──もう“時間”が見れないよーに、叩っ壊してやろう。」

 

 

一拍、置かれる。

 

 

 

「……………キサマの【顔面】の方をな。」

 

 

 

『────ッッ!』

 

瞬間、理事が目を見開く。

 

 

『ガハハハハハハ!!』

 

 

突如として響いたのは、乾いた笑い声。

理事は上半身を仰け反らせて、豪快に笑い出した。

 

『いやぁ、なかなか面白いジョーダンを言うなァ、吉良クン。ああ、気に入ったよ。イヤ、これは本当に』

 

乾いた笑いの裏に、明確な警戒と──焦りがある。

 

『……だが、私もそろそろここを立ち去らねばならん。』

 

言いながら、理事はジャケットの内ポケットに手を差し入れる。

 

『不服だが、アビドスにはこれ以上付き合う気はない。無駄話をしている暇など──』

 

 

 

(──カチャ)

 

 

『──ないのだよッ!!』

 

 

言葉の終わりと共に、抜き放った拳銃の銃口が吉良に向けられ──

 

 

 

 

『しばッ!!!!』

 

 

 

 

(──メキャアッ!!!)

 

その瞬間、鉄を叩くような衝撃音が響いた。

理事の視界が、白く弾け飛ぶ。

 

(─―─ッ!?)

 

キラークイーンの拳が、真正面から理事の顔面にめり込んだ。

義装甲が砕け、破片が飛び散る。内部のメカがバチバチと火花を散らして崩壊する。

 

 

――痛みも反応も、すべてがワンテンポ遅れていた。

 

 

(な……何が起きたッ!?何を喰らったのだッ?)

 

反応する暇もなく、倒れかけたその腕を──

 

 

吉良が、掴んだ。

 

 

「フン……よく見たら──なんとも趣味の悪い時計だったな……」

 

ぐい、と理事を引き寄せる。

 

「だが──そんなことはもう、気にする必要はないか……もっと趣味が悪くなるんだからな。」

 

顔を寄せ、低く囁くように。

 

 

 

「…………【顔面の形】の方が。」

 

 

 

冷たく、ねっとりと、突き刺すようなその一言。

 

その直後──

 

 

 

『しばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばッ!!!!!!』

 

 

 

視えない“何か”が、空間を裂くように襲い掛かった。

 

理事の視界がブレる。

殴られたのか? 風か? 衝撃か? 振動か?

 

違う。──“すべて”だ。

 

 

 

WRYYYYYYYYYEEEEEEEEAッ!!!!(ウリイイイイイィィィィアッ!!!)

 

 

 

空気を断ち、空間を引き裂くような咆哮が轟く。

理事の全身が、無数の打撃で連続的に弾け飛ぶように揺さぶられた。

 

 

(な、なんだッ!? これは……ッ!)

 

(見えないッ! 何も見えないッ!!)

 

(見えない“拳”で……殴られている――のかッ!?)

 

 

鉄の体が振動し、視界が上下左右に揺れ、地面が遠のく。怒涛の連打が正確無比に、全身の急所を叩き砕きーー

 

悲鳴を上げる間もなく──

 

 

 

『しばッ!!!!』

 

 

 

渾身の一撃が、右頬へ

 

 

(──メシャアッ!!!)

 

 

鉄と機械の砕ける音が重なり、理事の頭部が極端にのけ反った。

 

 

 

『ぶげあぁぁぁぁぁッ!!!!』

 

 

 

断末魔の悲鳴と共に、その巨体は一直線に吹き飛び──彼は砕けたゴリアテの残骸へと叩きつけられた。

 

 

(ドガァァァン!!!!)

 

 

爆風に巻き上げられた砂煙の中、鉄の瓦礫に埋もれるようにして、カイザー理事の身体が痙攣する。

そんな震えを嘲笑うかのように、乾いた足音が、瓦礫の上に静かに鳴り響く。

 

 

(コツ、コツ、コツ──)

 

 

崩れた装甲の隙間を抜けるようにして、吉良はゆっくりと歩みを進める。そして一歩、理事の前へと立ち止まると、壊れた義肢に手をついてもがくその姿をしばらく無言で見下ろしていた。

 

「……敬意を表するよ、カイザー理事。」

 

ぽつりと落ちたその言葉に、理事は一瞬、目を見開く。

 

「……この巨大な要塞の築き方、そして先生にも匹敵するほどの指揮。アビドスの生徒どもが戦っているのを見て思ったのだよ。」

 

「他学園の――彼女たちの“支援”がなければ……正直言って、わたしたちは負けていただろーなと……間違いなく、ね。」

 

微笑みさえ浮かべる吉良。しかし、その奥にあるのは氷のような硬さだった。

 

「それに……たったの1週間だけとはいえ、カイザーローンで仕事をしていて分かったよ。あれほど部下に“数字”をたたき込める人間は、そうそういない。」

 

 

「まったく……大した奴だよ、キミは。」

 

 

理事はその言葉の意味を測りかねていたが、吉良は気にせず言葉を続けた。

 

 

「ところで──『ポケットティッシュ』持ってるかね? 『ハンカチ』でもいいが……」

 

 

顔面をゆがめたまま、理事は思考する。

 

(……なにを言っている?)

 

「ん? わたしはキミに敬意を表したんだ。会話くらい、してくれてもいいだろゥ?」

 

理事は呻きながら、小さく答えた。

 

『キサマのそんな戯言に付き合うわけが………』

 

「ふーん、そうか。じゃあ──わたしのを使いたまえ。」

 

吉良はそう言うと、胸ポケットから取り出したティッシュを理事の前にポトリと落とした。

 

ふわりと理事の前に落ちたポケットティッシュ──

 

 

 

 

 

 

(バゴォッ!!!)

 

 

 

 

 

 

『がぶぅっッ!!』

 

吉良の拳が、理事の顔にめり込んだ。

金属でできた彼の顔面が――

 

「鼻血がいっぱい出るだろゥ?ソレを拭くためになァ……イヤ、オートマタのアンタの場合は【オイル】なのかな?」

 

『う、ぐっ……ァァァ……!』

 

理事の視界に、ノイズが走る。

オートバランスを失った緋色のカメラアイが狂ったようにカタカタと震えていた。

 

「……これからキミを殴り殺すからな……アビドスのガキどもと先生が来るまで、あと──1分とちょっと。」

 

『ま、待て……! 吉良クン……ッ!!何もここまでやることは……ッ』

 

呻きながら、理事は這うように首を持ち上げる。

 

『す、すまなかった……アビドスの件は、認めよう……わたしが、やりすぎたんだ……ッ 小鳥遊ホシノの誘拐も……すべてわたしの責任だ……!』

 

『だが、だからといって……キミがやることじゃないだろう!? キミは……部外者だ! 生徒じゃない! シャーレの先生でもない!……だから、頼む、許してくれ……!』

 

吉良は、ふっと眉をひそめた。

 

「……ン? 許す?」

 

静かに、肩で笑う。

 

「ちょっと待ってくれ。わたしは別に──“ソレ”に関して怒っているわけではないよ?」

 

『な……に?』

 

「……小鳥遊ホシノが攫われた? アビドスがどうなった?」

 

吉良はそっと膝を折り、理事の顔の前にしゃがみ込んだ。

その顔を、理事の顔のすぐそばまで寄せて――

 

声を──潜める。

 

「そんな話、ショージキ言ってこのわたしには──()()()()()()()()。」

 

『…………』

 

「『ウサバラシ』なんだよ。」

 

吉良の声が、低く、静かに、染み込むように地を這う。

 

「理不尽な叱責、深夜残業、無茶な納期――全部まとめて、今ここで清算するために来たんだ……ホントそれだけさ。」

 

「小鳥遊ホシノを助けるだの、連れ戻すだのどうこうなんて、この吉良吉影の知ったコトじゃあないんだ。ついでなのだよ()()()。」

 

『…っお、お前……!』

 

理事の瞳に浮かんだのは、恐怖でも憎悪でもない。理解不能という“絶望”の色だった。

吉良はその顔を真正面から覗き込み、静かに、低く言った。

 

「……じゃなきゃ、職場の面前で……赤っ恥のコキッ恥をかかされた、この気分が収まらん。」

 

 

(メシィッ!!!)

 

 

続けて理事の手を思いきり踏みつける。

鉄の軋む音が鳴り、装甲の表面が凹む。

 

『ぐおァァァァッ!?』

 

呻きながら顔を上げたその瞬間──

 

(ズガッ!!)

 

吉良は、理事の顔を靴底で踏みつけた。

 

「オイオイ、妙な叫び声を上げるんじゃあないぞ?わたしは今まで、アンタに“同じ苦痛”を与えられてきたが、叫び声なんてあげなかったぞ?」

 

顔をゆがめ、吉良はゆっくりと笑う。

 

()()()なんだろゥ、ン?」

 

そう言いながら、踏みつけていた頭を蹴り上げ──

 

 

 

「私を、見習いたまえッ!!!」

 

 

 

(メシッ!)

 

次の瞬間には、理事の頭部を片手で掴んで引き起こし、思い切り地面へと叩きつけた。

 

『ア゛ァ゛ァ゛ァッ! や、やめろォ……うごぉっ!!!』

 

絶叫をあげる理事に聞く耳を持つことなく、吉良は足元に落ちていた砂まみれのティッシュを拾い上げ──

 

「ほーら、ティッシュが必要だろゥ? 拭いてやるよ。」

 

ざらざらとしたティッシュで、理事の血とオイルにまみれた顔面をグイグイと拭き始める。

 

「鼻が詰まると脳の働きが鈍るそうだ……ま、オートマタには関係のない話かもな。だがなァ――」

 

吉良は立ち上がり、再びネクタイを直した。

 

「わたしもオマエのよーに、地面に這いつくばるよーな気分を味わったんだ。あと1分したら、キラークイーンで木っ端みじんに吹き飛ばしてやる。」

 

顔面を蹴り飛ばされた理事が、血のように赤黒いオイルを吐きながら呻く。

 

「それまで、わたしを見習って──同じ痛みに耐えろ。」

 

 

 

 

 

「わたしを見習うんだよォーーーーーッ!!

 ああーーーーーっ!!!」

 

 

 

 

 

再び──理事の頭を、地面に、何度も何度も叩きつけた。

 

(ドグォン! ガギッ! メキィッ!)

 

『……ッ!!!??…………ッ!!!!……………。』

 

やがて理事の身体がぐったりと沈黙した頃、吉良は満足げに立ち上がった。

 

「──フゥ……さてと、それじゃあ木っ端微塵に消し飛ばしてやる。」

 

パチッと指を鳴らすと、背後にキラークイーンが静かに姿を現した。

 

「キラークイーン……ッ!!」

 

機械のように無表情なそのスタンドが、静かに手を差し出す。

 

「この指先は……どんな物質でも爆弾に変えられる。」

 

吉良は理事の胸元の、まだ揺れている赤いストールを見下ろした。

 

「カイザー理事……オマエの場合は、その大層ご立派な赤いストールを“爆弾”に変えてやろうか──」

 

そう言って、キラークイーンの手をすっと、伸ばす。

 

 

「……第一の爆弾──」

 

 

指先が、そっと、布に触れようとした。

 

その刹那──

 

 

「ページの上に。放送電波の中に。“殺人鬼”として……」

 

 

 

突如、脳裏に響いた声に、吉良の眉が微かに動いた。

 

 

「ここにいるのはッ! 死んだ【殺人鬼】のドス黒い、ただの『魂』だけっていう証明なのよッ!」

 

 

――ぐらり、と視界が歪む。

 

空気が揺れ、色彩が褪せ、重ねてくる“言葉”の数々。

 

 

「記録でも記憶でもない。創作物という名の――“虚構”の中に。」

 

 

「気づかせてあげるわッ! すでに自分が【死んでしまっている】という事を!!」

 

 

「“そういう存在”として、貴方はかつて【物語】の中に存在していました。」

 

 

空間が閉じるように、音が遠のいていく。

 

 

「……や、めろ……やめろ……」

 

 

吉良の手が、スッと震えた。

キラークイーンの指先が、わずかに理事に触れる寸前で──その輪郭が滲み、霧散する。

 

 

「……あなたの存在は、このキヴォトスにとって【病原菌】です。」

 

 

「……ほう。さすがは【殺人鬼】だな。」

 

 

「裁いてもらうがいいわッ! 【吉良吉影】……!」

 

 

 

「クソッ……やめろッ……! わたしは……ッ!」

 

 

吉良の手が、自らの頭を覆うように掴む。

髪を乱しながら、膝を折り、呻くように声を吐いた。

 

 

「…わたしは……【殺人鬼】などでは……ッ……ないぞ……ッ!!!!」

 

 

燃え尽きた戦場に、一人──己の存在を否定する絶叫が響く。

 

その声に呼応するかのように、崩れた瓦礫の中で、ズザリ……と音がした。

 

見ると、ストールを焼かれ、身体の半分を砕かれたカイザー理事が、意識を取り戻し──よろよろと身を起こしていた。

 

 

『………吉……良ッ!!』

 

 

その"目"(カメラアイ)だけは()()()()()。痛みに満ち、恐怖と混乱を滲ませた、醜悪なまでにしぶとい男だった。

 

 

「…………」

 

 

吉良は、その姿を見下ろす。

髪を乱し、片手で頭を押さえながら──

 

その眼差しに、もはや怒りも、嘲りも……失せていた。

 

 

――ただ、静かに呟いた。

 

 

 

「……目障りだ。消えろ。」

 

 

 

その一言だけを残し、吉良は背を向けた。

引きずるように片足を引きずりながら、戦場の外へと消えていく。

 

残された理事の機械音だけが、虚ろに響いていた。




今回でアビドス編が終わると言ったな? あれは嘘だ。

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