デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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時計仕掛けの花のパヴァーヌ編 第一章
冒険の始まり


………

 

私の声が、聞こえますか……

 

そこにいますか?この世界を救う――

 

――勇者よ。

 

 

あなたのことを、ずっと待っていました。

 

私は、女神「モモリア」。

 

私たちの世界「ミレニアムランド」は今、過去に類を見ない危機に瀕しています。

 

この危機を乗り越え、生徒会の廃部命令からゲーム開発部を……いえ、ミレニアムランドを救えるのは、あなただけです。

 

過酷な道のりになるかもしれません……それでも、どうかお願いします。

 

これから始まる、あなたの冒険の先に……どんな試練や逆境が待ち受けているか、今はまだ分かりません。

 

ですが……どうか最後まで、勇気だけは失わないでください。

 

勇者様のそばには、旅路を共にする少女たちもいるはずですから。

 

新しい世界で、あなたはその少女たちから「勇者」ではなく……もっと特別な、ふさわしい名で呼ばれることになるでしょう。

 

その名前とは――

 

 

 

 

――そこまで読み上げたところで、吉良は大きくため息をついた。

 

 

「……なんだ、これは。」

 

露骨に面倒くさそうな顔を浮かべ、手にしていた便箋をひらひらと揺らす。

シャーレのオフィス。書類の山と格闘しながらパソコンを叩く先生の向かい側、吉良は足を組んでデスクに腰かけ、手紙を眺めていた。

 

封筒にはまだ一枚、別の紙が入っている。引き抜いて目を通すと、そこにはこう書かれていた。

 

 

――

ゲーム開発部は今、存続の危機に陥っています。

生徒会からの廃部命令により破滅が目前に迫っている今、助けを求められるのはあなただけです。

勇者よ、どうか私たちを助けてください!

――

 

 

「………」

 

最後まで読み終えた吉良は、半眼で紙を見下ろした。

 

どう見ても、ただのふざけたイタズラ文にしか見えない。

一応、先生に聞いてみるか――そう一瞬考えるが、すぐにやめた。

 

(部活動の廃部云々は学校が決めることだろう。わざわざシャーレが口を出す筋合いはない。)

 

そう結論づけると、手紙を二つに折り、ためらいなくゴミ箱へと放り込んだ。

 

 

 

――翌日

 

 

 

朝のオフィス

吉良が足を踏み入れると、いつもは机に腰を落ち着けているはずの先生が、やけに落ち着きなく動き回っていた。カバンに何やら詰め込んでは閉じ、また開け、時折スケジュール帳を覗いては小さく頷いている。

 

「……いったい何をしている、先生。」

 

吉良は眉をひそめ、落ち着きのないその様子を見やった。

 

"あ、吉良さん。今日はこれから、()()()()()に行ってこようと思ってさ"

 

「……ミレニアム?」

 

"うん、ゲーム開発部の子たちからメールが届いてたんだ。『勇者よ、あなたを待っていました。』ってさ。なんでも、部活の廃部命令を何とかしたいみたい。"

 

先生はなぜか誇らしげに胸を張り、続けた。

 

"だから行かなくちゃ、ミレニアムランドを救うのは勇者の務めみたいだし。あ、メールをくれた女神モモリアさまにも、ちゃんと会わないとね。"

 

「…………」

 

吉良は片眉をわずかに吊り上げ、心中で呟く。

(わざわざ手紙を出した挙げ句、メールまで送ってくるとは……よほど切羽詰まった状況とゆーワケなのか?)

 

記憶の片隅から、昨日触れたあの手紙の感触が蘇る。

ゴミ箱の底に落ちる音を聞いた、それだけで十分に価値を測れた代物。

 

(部活動の廃部問題だの、勇者だの……そもそも他愛もない子供の遊戯だろーに。それにミレニアム側の判断にシャーレが介入する必然など――――そもそも、どうしてこの男はそんな戯言をいちいち真に受けるのか。イヤ、どうせ理解はできないだろう……聞いたところで、わたしが納得できるよーな答えは返ってこない。)

 

思考の末に辿り着く結論は、ただ一つだった。

そんな吉良の内心もつゆ知らず、先生は屈託のない笑みを浮かべたまま――

 

"吉良さんも、今回は一緒に行――"

 

「すまないが……」

 

吉良は言葉を遮り、机の上に置かれたデスクトップPCへと指先を向けた。

青白い画面には未処理のデータが幾つも並び、カーソルが点滅している。

 

「わたしはコレを片付けなくちゃあいけないんだ。――今回も、ひとりで行ってくれたまえ。」

 

先生は目を瞬かせ、それから小さく笑った。その顔にはほんの少しの寂しさが滲んだが、やがて肩をすくめ、無理に明るい声で言う。

 

"……そっか。じゃあ、行ってくるね。"

 

軽やかにそう残して、扉が開く。そして閉まる音が静かな室内に落ちた。

吉良はしばし無言でPCの画面を見つめ、それから息を吐く。

 

(……フン、全く理解に苦しむね。あーいったトラブルに自ら飛び込むなど。このわたしなら一顧だにしないというのに。)

 

カーソルの点滅がやけに強く映り、ペンの代わりに指先がキーボードを静かに叩き始めた。

無機質なオフィスに、カタカタと規則的な音だけが響く。今日は当番の生徒もおらず、広い空間には吉良ひとり。

 

やがて、最後のファイルを閉じる音と共に、吉良は手を止めた。

 

「……フゥ~~。今日の分は終わり、か。」

 

背筋を伸ばし、軽く肩を回す。

(七神リンが現れなければ、これで本当に終わりなのだがな。)

 

そう呟きつつ、電源ボタンに指をかける。モニターが暗転し、静寂が訪れる――はずだった。

だが、次の瞬間。

 

 

(パッ――)

画面が勝手に点灯した。

 

 

「……?」

 

吉良は片眉をひそめ、再び電源を押す。

 

 

暗転。

しかし、間を置かずにまた点灯。

 

 

何度繰り返しても結果は同じ。画面は消えようとしなかった。

 

「……不調か?」

小さく零す吉良。その時だった。

 

 

――『シャーレでの生活も、なかなか板についてきたよーだなァ~~』

 

 

画面の奥から、声が響いた。

 

「……ッ!?」

 

――『えェ? どーなんだよ。』

 

嘲るような声が弾けると同時に、画面が激しくノイズを走らせる。

 

 

――『吉良吉影~~~っ』

 

 

 

次の瞬間、ディスプレイの中から“それ”は飛び出した。

 

(バチィ―――ッ!!)

 

机が揺れ、照明が一瞬ちらつく。

吉良の目の前に姿を現したのは、人型に変じた奇怪な影。丸みを帯びた頭部は、どこかパキケファロサウルスを思わせる輪郭。黄金に光り輝くその体表は、常にバチバチと稲妻を散らし眩い光を反射しており、その姿は「人」よりも「獣」に近く、しかし確かにスタンドの形を成していた。

 

【挿絵表示】

 

――『どうした? 腰が引けてるんじゃあないのかァ?』

 

挑発的な声が響く。女性の声だった。低く、艶やかで、だが芯に棘を仕込んだ声音。焦げた匂いが立ち込め、オフィスの空気がビリビリと震え、机の上の書類がふわりと浮き、緊張の静電気に揺さぶられた。

 

(スタンド使い……! 黒服の差し金か?)

 

吉良の瞳が細められる。その表情はいつもの冷静さを崩していないが、こめかみには一筋の冷や汗がにじんでいた。胸の奥でざわつく警戒心を必死に抑え込み、平然を装う。

 

「……キラークイーン」

 

静かに名を呼ぶと同時に、吉良の背後に影が立ち上がった。無機質な仮面のような顔と、肉感を帯びた白い肢体。無言で現れた“キラークイーン”は、指先をわずかに開き、いつでも爆弾を仕掛けるよう構えを取っていた。その存在感が、わずかに吉良の背を押す。

 

――『キラークイーン、触れたものを爆弾に変える能力……射程距離はせいぜい一、二メートルってとこかな。』

 

黄金に光り輝くそのスタンドは腕を組み、余裕を滲ませながらキラークイーンを値踏みするように見下ろした。

 

――『厄介っちゃァ厄介な能力と言えるだろう。

しかし我がスタンド、()()()()()()()()()()()()()()()*1の敵じゃあないなァ。』

 

吉良の眉間に皺が寄る。眼前に突如として現れたそのスタンドを見据えながら、身体は微動だにせず、ただ鋭い視線だけを相手に突き刺した。

 

「……なんだ、貴様は一体。何が目的なのだ?」

 

――『ハッ!』

 

低く放たれたその問いに、眼前のスタンド(レッド・ホット・チリ・ペッパー)は肩を揺らして嗤った。

稲光が空中を走り、バチリと壁に焦げ跡を刻む。

 

――『今さら聞くなよ。以前からシャーレにはちょくちょく“お邪魔”してたんだぜェ~~』

 

「……なんだと?」

(いつからだ……? コイツ、ずっと前からわたしを“視て”いたというのか?)

 

額に汗がにじむのを自覚しながらも、表情だけは崩さない。だが、胸の奥で脈打つ心臓の速さは、嫌でも自身にだけ伝わっていた。スタンド――レッド・ホット・チリ・ペッパーは、周囲に稲妻を散らしながら挑発めいた笑みを浮かべる。

 

――『クククッ……アビドス自治区でオマエがやり合った“錠前サオリ”のことも、よォく知ってるしよォ。ついこのあいだ、シャーレの先生が百鬼夜行連合学院に出向いてたのも見ていたぜ。そんで……これからその先生がミレニアムのゲーム開発部に行くってことも、ちゃ~んと把握してるワケだ。』

 

「……質問に答えていないぞ、マヌケ。わたしはオマエの“目的”を聞いているのだ。まさか――黒服の命令か?」

 

挑発じみた言葉を返す。冷静さを装ってはいるが、声の奥底に、わずかな緊張の硬さが混じるのを感じた。対してチリペッパーの口元が、にやりとさらに吊り上がる。

 

――『黒服ゥ? ハッ! 違うなァ、吉良吉影ェ』

 

稲妻が一際強く弾け、オフィスの照明がチカリと明滅した。

 

――『ウチは“ババア”の命令でココに来てやったのさ。』

 

「……ババア?」

 

――『そっ!全身が真っ赤な"ババア"だ。ショージキなトコ、アイツの命令なんざ、聞きたかねーんだけどな。』

 

チリペッパーは「フッフッフッ」と喉を鳴らし、わざとらしく肩を揺らした。

 

――『だがなァ、ヤツの“スタンド”はウチにとって脅威だ……!それにヤツの“親衛隊”と、錠前サオリの《メタリカ》……アレは特にヤベェ。』

 

 

――『で、だ――

 

 

電流を纏った指が、じりじりと吉良を差す。

 

――『ヤツらをブッ殺せるぐらい、ウチの《レッド・ホット・チリ・ペッパー》が強ェのかどうか……ちょいと“スタンドの腕試し”がしたくなったのよォ~~』

 

――『ババアどもを殺す前に、吉良吉影――オマエを“比較”に選んだってワケさ……!』

 

ビリビリと空気が震え、机の上の書類が一斉に宙を舞った。

 

「……まさかとは思うが――わたしを“始末”しに来た、ということか?」

 

吉良の声は低く、冷えた刃のように鋭い。

だがその額には、冷や汗が一筋、静かに伝っていた。

 

――『“始末”? んなカワイソーなことはしねぇなァ~~』

 

チリペッパーは肩を揺らし、楽しげに笑う。黄金の瞳がぎらりと光り、そして口元が不気味に吊り上がった。

 

――『おめーと!そんであのシャーレの先生を――まとめて楽に"殺してやり"に来たのさァ!!』

 

爆ぜるような声が響き渡り、電流が壁を這って走る。照明がバチンと音を立てて切れた。

 

――『命令は果たす、腕試しもする。一石二鳥ってヤツだなァ~~! ウチはメチャンコ天才だぜェ~~ッ!!』

 

嘲笑と共に響く高笑い。その声が反響し、狭いオフィスの壁を震わせた。

そして、稲妻を纏った指が挑発するようにクイクイと動く。

 

――『さァ……もっとそばまで近づいてこい……オマエのキラークイーンの“射程距離”内に入れるくらいになァ、吉良吉影……もっと!』

 

レッド・ホット・チリ・ペッパーは、宙を滑るようにじわりじわりと距離を詰めてきた。稲妻が弾けるたび、壁紙に黒い焦げ跡が走り、机上の書類がふわりと舞い上がる。空気は焼け付くように歪み、鋭いオゾンの匂いが鼻を刺した。

 

――『もっと! ほら! そんなに遠くじゃ、パンチも爆弾も当たらないだろゥ~~?』

 

あからさまにコケにした声音に、吉良の眉間がピクリと動いた。

冷静さを崩すまいと努めながらも、胸の奥で苛立ちがじわりと滲んでいく。

 

「何を考えているのかは知らないが……あまり調子に乗るんじゃあないぞ。」

 

――『チョーシになんざ乗ってねェよ、吉良吉影。オマエの実力なんざ、とっくに見切ってんだ……!』

 

そう言うと、自らの頬を指先で軽く叩いた。指先が頬を示し、その瞬間も稲妻がぱちりと走って照らし出す。

 

――『さァ……もっと近くまで寄れ。最高におもいっきりの、スルドイ一撃を頼むぜェ! ここだ! ここを狙えッ!』

 

ひたすらに挑発する声が、オフィスの空気を震わせる。

そして、さらに一歩、宙を滑り寄る。

 

――『もっとそばまで寄れよ! ほら、そこじゃあまだ遠いんだよッ!』

 

 

瞬間。

 

 

『しばっ!!』

 

 

キラークイーンの右拳が鋭く振り抜かれた。

ドクロのレリーフが刻まれたその拳は、空気を裂き、チリペッパーの頬を捉えんと迫る。

 

しかし――

 

 

(ズバァッ!)

 

 

拳が切り裂いたのは、()()だった。

 

(――いないッ!?)

 

考えるよりも早く、鋭い殺気が下から突き上げてくる。

視界の端で、チリペッパーの影が身を低く構えたのが見えた。

 

次の瞬間

 

 

ドズン――ッ!!

 

 

「はぐッ……!?」

 

雷鳴のごとき衝撃が腹部を直撃した。

拳に宿る凄まじい推進力が、吉良の身体を宙へと弾き飛ばす。

 

 

(ゴシャァッ!!!)

「……ぃッ!!」

 

壁に叩きつけられた瞬間、骨がミシリと悲鳴を上げた。

肺から強制的に息が吐き出され、吉良の顔が苦痛に歪む。

 

(は、早いッ!! こ……こいつッ! 何だ……今の……!?)

 

「まるで……ジェットエンジンの推進力のような……! この『スタンドパワー』は……!」

 

呻き声に重なるように、チリペッパーが嗤いながら前へ進み出る。全身を包む稲妻が、獲物を嬲る蛇のようにバチバチと音を立てて弾けた。

 

――『動きがすっとろいぜェ、キラークイーン!平穏な人生を目指してたんでよォ……ちっとばかしハングリーさに欠けてるみてーだなァ~~!』

 

稲妻の奔流に照らされながら、挑発的な声が響き渡る。

 

――『オマエのスタンド、どうやら“一対一”の戦いには向いてねェようだぜェ~~?』

 

稲妻をまとい、獲物を仕留める蛇のように迫り来るレッド・ホット・チリ・ペッパー。吉良のこめかみを一筋の汗が伝い落ちる。

 

「チィ……!」

 

苛立ちと焦燥がないまぜになった舌打ちと共に、その手を腰へと伸ばす。指先が冷たい金属(南部十四年式拳銃)を捉えた――

 

「クソッ!!」

(ガチャッ)

 

硬質な感触が掌に食い込み、重量がずしりと腕にのしかかる。

吉良は迷いなく銃口を正面に突きつけた。

その瞬間、黄金のスタンドが鼻で嗤う。

 

――『ハァ? スタンドにはスタンドでしか攻撃できねェってのに……とうとうビビって気が狂ったかァ?』

 

油断と嘲笑を滲ませる声。だが吉良は答えない。鋭い視線の奥で冷え切った決意だけを燃やす。

 

「………ッ」

 

引き金を、引いた。

 

(パァン! パァン! パァン! パァン!)

 

乾いた銃声が立て続けにオフィスを震わせる。

火薬の硝煙が漂い、放たれた弾丸が一直線にチリペッパーへ飛び込む。

 

だが――チリペッパーは肩を揺らすことすらなく、稲妻の膜をまとったまま立ち尽くした。

弾丸は空を裂き、雷鳴の揺らめきの中でその体をすり抜けて――

 

 

 

 

(ズブリ)

 

 

 

一発が、確かにその体へと食い込んだ。

 

 

――『……はァ?』

 

虚を突かれたかのように、挑発的だった声が途切れる。

驚愕に染まった視線が、自身の胸元にめり込んだ弾丸へと向けられた。

 

「……キラークイーン」

 

低く落とした声に呼応するように、背後に立つそのスタンド(キラークイーン)が、紅く無機質な瞳でチリペッパーを見据え、ゆっくりと人差し指を立てる。

 

 

「――第一の爆弾」

 

スイッチを押すように、指先が下りた。

 

 

「木っ端みじんに……消し飛ばしてやる。」

 

 

ぞっとするほど冷ややかな宣告。チリペッパーの口元が、はじめて狼狽に歪む。

 

 

――『ま、まさか――ッ!?』

 

(カチリ)

 

声が弾けた刹那。

 

 

(ドゴォォォンッ!!)

 

 

腹の奥底から響くような爆裂音が、室内を切り裂いた。

チリペッパーに食い込んだ弾丸が炸裂し、稲妻が四散する。

 

 

――『トォばッ――!!』

 

 

耳を裂く轟音と共に、その身体は後方へ弾き飛ばされた。焦げた電流の匂いが鼻を刺し、散乱した書類が衝撃波に舞い上がる。吉良はゆっくりと立ち上がり、スーツの埃を丁寧に払い落とした。

 

「フゥ~~……少し焦ったが……吹っ飛ばしてしまえば問題ないな。」

 

右手に握られた拳銃へと視線を落とす。黒い鉄の重みが掌に残り、煙の匂いがわずかに漂っていた。

 

「咄嗟の考えではあったが……正確に《命中》した。……ふむ、わたしもなかなか銃の扱いに慣れてきた、というコトかな。」

 

独り言のように呟きながら、床を踏みしめ一歩ずつ歩を進める。散乱した書類を踏み越え、焦げ跡の残る床の向こう――倒れ伏したそのスタンド(チリペッパー)へと近づいていった。

 

「電気を“パワー”にしているスタンド……というワケか。確かにパワーもスピードも、我が《キラークイーン》より上のよーだ。だが………それだけだ。」

 

 

「タネさえ分かってしまえば――このキラークイーンに防げない敵ではない……」

 

 

言い切る吉良の視線は、氷のように冷たい光を宿していた。

しかし――

 

「……フフッ」

 

床に転がったままのチリペッパーが、口端を吊り上げた。

途切れ途切れの声が、それでも挑発めいた響きを持って空気を震わせる。

 

――『イヤァ……反省したぜ。チト、イイ気になりすぎて見くびっていたよ……吉良吉影。確かに今の我が《レッド・ホット・チリ・ペッパー》ではオマエは倒せない。』

 

ビリ、と火花が散り、黄金の体がゆっくりと起き上がる。

挑発的な声音が、再び空気を震わせた。

 

――『だから……オマエを殺すのは、後にしてやる。』

 

「……なに?」

 

――『まず先に、“シャーレの先生”。あの大人を殺すことに決めたぜェ。』

 

「………なにを……言っている――」

 

吉良の目がかすかに見開かれる。心臓を握られるような悪寒が、背筋を走った。

 

――『何を、だと? カンタンなことだ。シャーレの先生は、オマエやウチみてェに“スタンド”を持っちゃいねェ。ましてやキヴォトスの外から来た、所詮()()()()()だ。ショージキ、先生を先に殺すべきだったよ。』

 

そう言いながら、チリペッパーはふらりと――壁際のコンセントに手を伸ばした。

 

「ッ!キラークイーン、ヤツを―――」

 

――『フッフッフッ……じゃあな、吉良吉影。』

 

腕が電源口に触れた瞬間、稲妻がはじけ、体が電流へと溶けていく。

 

――『今使った電気代は……ぜんぶ、シャーレのメーターにつけといてやるよ。ハハハハハッ!』

 

皮肉げな高笑いを残し、その姿は光の奔流に呑まれ、完全に消え去った。

 

 

静寂。

 

 

残されたのは、焦げた匂いと、机の上で小刻みに揺れる照明の明滅だけだった。

吉良はその場に立ち尽くし、無意識に額へ手を当てる。冷や汗が掌を濡らした。

 

……チッ

(最悪の展開だ。ヤツは……()()を狙っている。)

 

放っておけば――確実に面倒なことになる。

 

先生が死ねばシャーレは混乱し、この吉良吉影も否応なく騒動に巻き込まれるだろう。

平穏から最も遠い場所へ、引きずり込まれることは目に見えていた。

 

(……あのスタンド、必要以上に“多く”を知っていた。もし先生に何かを漏らすようなことがあれば……イヤ、それ以前に、ヤツを野放しにしておけば、必ず――またわたしの前に現れる。)

 

理屈は単純だ。ここで追わなければ、結局は()()()()()()()

ならば行くしか――ない。

 

 

 

だが胸の奥の、もっと奥深い場所で。

それとは別の、説明のつかない衝動がざわりと動いた。

 

(どーしてだか……“あの男”が死んでしまうかもしれないことを、こんなにも煩わしく感じているわたしがいる……何だ…この気持ちは……)

 

吉良は小さく息を吐き、わずかな苛立ちを押し殺す。椅子を押しのけるように立ち上がると、外套を手に取り、歩を進める。靴音が固い床に響き、オフィスの出口へ向かった。

 

 

行き先はただひとつ。ミレニアム・サイエンススクール。

先生が向かった場所――そして、チリペッパーの“次の標的”が待つ場所へ。

 

扉が閉じる音を最後に、シャーレのオフィスは再び静寂に沈んだ。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

青白い稲光が、真昼の電柱を繋ぐ黒い電線を駆け抜ける。黄金ような残光を纏ったシルエットが、線の中を泳ぐように疾走していた。都市のざわめきに紛れ、誰にも気づかれることはない。

 

――『フフッ……着いたぜ、ミレニアム。』

 

科学都市を象徴するガラス張りの高層校舎。

その入り口付近を歩く一人の人影――シャーレの先生。

 

シャツとズボンの間に無造作に挟み込まれた、薄い長方形。いつも先生が持ち歩いているタブレットが、微かに陽光を反射する。レッドホットチリペッパーの口元がいやらしく歪んだ。

 

――『見つけたぜェ……』

 

稲妻が奔り、黄金の腕が液晶の表面へと溶け込む。内部へ潜り込もうとした、その瞬間。

 

 

『――認証不可。不明な人物からのアクセスを拒否しました。』

 

――『はッ――!!?』

 

無機質な声が、タブレットの奥から響いた。

次の瞬間、烈風のような力が爆ぜる。

 

 

『――目標を識別。対象を確認。対応レベルを最大に設定します。』

 

 

想像を絶する衝撃が弾け、チリペッパーの身体が逆流するように吹き飛ばされた。電気を纏うそのシルエットは稲妻ごと電線に叩き戻され、火花を散らして転げ回る。

 

――『な、何だッ!? このパワーはッ!?』

 

狼狽を隠せない声が漏れる。瞳に浮かぶのは信じがたい動揺。

 

――『シャーレの先生は……スタンド使いじゃあ、なかったハズだろォ!?』

 

怒鳴り散らすように叫ぶが、抗う間もなく押し出されていく。タブレットの奥から放たれたのは、圧倒的な「拒絶」。それは、あたかもそこに別の()()()()が眠っているかのようだった。

 

――『クソッ……もう少し待とう。今のウチじゃあ、アレはまだ勝てねェ。』

 

レッド・ホット・チリ・ペッパーは歯ぎしりし、電流の奔流の中へと退く。

 

――『もっと力をつけなきゃァ……吉良吉影も、シャーレの先生も、倒せない……か。』

 

稲妻の残光が昼の青空に溶けて消える。

ただ電線に残された小さな火花だけが、その不気味な存在の余韻を示していた。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

"……アレ、A.R.O.N.A。どうかしたの?"

 

先生はシャツとズボンの間に無造作に挟んでいたタブレットを取り出す。その問いかけに応じるように、液晶の画面が淡い光を帯び、そこに一人の少女が映し出された。

 

白い髪に無表情めいた顔立ち。頭上には赤い輪のような光が浮かび、長い黒のコートを纏っている。その少女――A.R.O.N.Aは、機械的で抑揚の薄い声で返答を始めた。

 

『肯定。先ほど、何者かが不正アクセスを試――』

 

 

(ガシャァァンッ!!)

 

 

突然、頭上でガラスが弾け飛ぶ轟音。先生が顔を上げる間もなく、銀色の塊が勢いよく落下してきた。

 

"うわっ何が(ゴッ!!)――――"

 

鈍い衝撃。机を叩き割るかのような重さが直撃し、先生の身体がふらついた次の瞬間――視界が暗転する。同時に床に転がったのは一台のゲーム機本体。側面には「プライステーション」と刻まれたロゴが鈍く光っていた。

 

割れた窓の向こう側から、慌ただしい声が響いてくる。

 

「も、もしかして……先生に当たっちゃった!?」

 

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん! プライステーションは……プライステーションは無事!?」

 

カーテンが風に煽られ、窓ガラスの破片とともに室内ではためいていた。

*1
スタンド:レッド・ホット・チリ・ペッパー

「電気を操り、電気と同化する」、電気を媒介に出現できるスタンドである。

詳しくはpixiv百科事典を参照 https://x.gd/IkIGA




お久しぶりでございます、地下ピです。

皆様はもうオラトリオ編をご覧になられましたか?
実は当初、パヴァーヌ一章は原作をほとんどなぞる形で進めるつもりだったのですが……それだとどうしても吉良がミレニアムに足を運ぶ理由が作れず悩んでまして、そんな折にオラトリオ編の予告を見て、「アリウスの新キャラスタンド使いを登場させればいいじゃあないか」と閃き、今回の展開に繋がっています。アビドス編は自分としてはちょっと消化不良な終わり方になってしまった感があり、パヴァーヌ一章ではなるべくバトルシーンに力を入れていきたいですね。

そして、毎度恒例のあとがきAIイラストですが、今回は先生の「設定資料風イラスト」を載せています。最近話題の nanobanana を使ってみたのですが……いやぁ、すごいですね。想像以上にそれっぽい仕上がりになって、自分でも見直してはニヤニヤしています。こういう楽しみ方ができるのもまたAIの醍醐味だなぁと実感してます。

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ではでは、更新は今後も不定期になるかと思いますが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。
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