デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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ゲーム開発部へようこそ!

"よしッ! やった!勝った~~っ!!!"

 

 

 1人の大人の歓声とともに、テレビ画面に『GAME!』の文字が弾けた。

 先生はコントローラーを床に置くと、嬉しそうにモモイへどや顔を見せる。

 

"ふっふっふ……これが『大人の本気』ってやつだよ!"

 

「くやしい……くやしい~~~~~っ!!」

 

モモイはクッションに顔を埋め、もぞもぞと暴れる。

足をバタバタと上下し、敗北の悔しさが全身からあふれていた。

 

「すごい……まるでお姉ちゃんの動きを予測してたみたいです。」

 

 ミドリが呆気にとられたように呟く。

 先生は鼻を鳴らし、得意げに膝に乗っけていたタブレット――『シッテムの箱』を手に取った。

 

"ふふん。このタブレットでモモイの行動パターンを予測してもらってたんだ。"

 

「こ、行動パターン……?」

 

"そう!モモイの入力傾向、スティックの初動、攻撃のタイミング――そういう“癖”を■■■(A.R.O.N.A)がリアルタイムでデータ化してくれてね。それをフィードバックしてもらって大脳に直接……まあ、簡単に言えば未来予測できるみたいな感じ。"

 

 そう言って、先生はタブレットの画面をこちらに傾けてみせた。

 

しかし、ミドリの目に映ったのは――真っ黒に暗転した画面。

どこをどう見ても、何も表示されていない。

 

「……先生、これ……電源、入ってます?」

 

"ん?入ってるよ。見えない?"

 

「……そ、そうなんですね。」

 

 まるで信じていない声。

 ミドリはとりあえず相槌を打ち、ぽかんとしたまま続けた。

 

「……なるほど。さすが先生です。」

 

"でしょー!分かってくれたかなぁ~?まあ、ほとんど■■■(A.R.O.N.A)のおかげなんだけどね。"

 

「……いえ、全然ですけど。先生のチカラってすごいなって……」

 

 素直すぎる返答に、先生はむしろ誇らしげに胸を張った。

 

しかし、クッションに顔を押しつけていたモモイの動きが――ぴたりと止まる。

 次の瞬間、ばっ!と勢いよく顔を上げた。

 

「じゃあ先生……ズルしてるじゃん。」

 

"え、……あっ"

 

「……そのタブレットのおかげで私に勝ったってことでしょ?」

 

 "イヤ、違うんですよモモイさん。これはそ――"

 

「はいはいはーい! 言い訳タイム終了ォー!!」

 

 モモイは立ち上がり、指をびしっと突きつけた。

 

「つまりインチキしたってコトじゃん! さいっっってーだよ先生っ! ゲーム機ぶつけちゃったコト許してくれた時はカッコイイ大人だと思ってたのに……()ジで()無しな()人だよ! 

略して()()()!!」

 

"えぇ…なにその名前ぇ……"

 

 先生が困惑した顔でモモイを見た。

 その横でミドリは肩をすくめ、未だ怒り心頭のモモイをなだめる。

 

「お姉ちゃん、ちょっと声が大きいってば……部室中に響いてるよ……」

 

「だってズルしたんだもんっ! これは断じて正義の制裁なのっ!だよねマダオ!」

 

"その名前だけは勘弁してよォ……なんかその名前で呼ばれるのは大人としての尊厳を失いそうな気がするし。私に出来るならホントなんでもするからさぁ……"

 

「ん? 今、“()()()()()()”って言ったよね――」

 

「お姉ちゃんっ!」

 

 机をばんばん叩くモモイ。

 ミドリはため息をつき、先生はぐったりと項垂れていた。

 

――そんな、賑やかな光景のすぐ外。

廊下に立つ“影”がひとつ。

 

 ドアのわずかな隙間から覗く、藍色の瞳。

 

 

 吉良吉影――その人だった。

 

 


 

 

扉が半分ほど閉まりきっている隙間から、

 吉良は無言で部屋の内部を観察していた。

 

「…………」

 

 そこに広がっていたのは、彼が想像していた“惨状”とはまるで違う光景だった。

 血の跡も、戦闘の痕も、恐怖の気配もない。

 ただ、生徒たちと笑いながらゲームをする――先生の姿。

 

(どーやら、最悪の事態は()()起きていない…か。)

 

吉良は細めた目の奥で冷静に状況を整理する。

 喉の奥で、低く息を吐いた。

 

(まさかヤツの『ハッタリ』だったのか?)

 

 脳裏をよぎるのは、あのスタンド――レッド・ホット・チリ・ペッパー

 

今思えばあれだけのパワーとスピード、おそらく我がキラークイーンと同じ《近距離パワー型》

射程距離はせいぜい一、二メートル。

と、なれば…あの“脅し文句”はわたしの動揺を誘うためだけの虚言――

 

(……そうだ。ヤツは最初から、このわたしを攪乱し、

               自分が逃げる時間を作るための“ウソ”をついたのだ。)

 

 そう結論づけた瞬間、

 吉良は静かに扉から身を離した。

 

(くだらない時間を使ったものだ……まったく。

      平穏を愛するこの吉良吉影が、こんなつまらないことに気を使ってしまうとは……)

 

 踵を返し、廊下へと足を向ける。

 

 

 ――そのときだった。

 

 

「き、吉良さん……な、何をしているんですか……?」

 

 声がした。

 

廊下の先、角を曲がったあたりから現れたのは、

息を整えながらこちらを見つめる――早瀬ユウカ。その目は驚きと困惑に満ちていた。

 

窓から差し込む陽光に照らされて、吉良の影が床に長く伸びる。

 

 

その姿は――まるで“プール終わりの女子更衣室を覗き見るド変態”のよーに、

扉の隙間の前で、不自然なほど静止していたのだから。

 

 

 吉良はわずかに眉を動かし、無言で視線を向けた。

 

(なんてことだ……まずいところを、見られたな。)

 

 吉良は小さく息を吸い、何事もなかったかのように姿勢を正した。

 

「……何をしている、とは?」

吉良はわずかに片眉を上げた。

 

「別に、怪しいことをしていたわけじゃあないさ。」

 

「じ、じゃあ……何を? 一体、何をしていたんですか……?」

 

ユウカの声には、困惑と警戒が入り混じっていた。細い眉がわずかに寄り、視線が鋭くなる。

その様子を受けても、吉良は表情ひとつ変えない。

指先で前髪を軽く弄り、考え込むようにわずかに息を置いた。

 

「――ミレニアムに来たついでに、ゲーム開発部に行った先生に挨拶でもしようと思ったのだよ。

 ……まあ、ゲームの邪魔をしてしまっては悪いと思ってね。少し、様子を見ていただけさ。」

 

「……挨拶、ですか?」

 

ユウカはわずかに目を細めた。確かに筋は通っている。けれど――何かがおかしい。

淡々と語られるその声音は、いつものように穏やかな印象を受ける。だが同時に、今さっき考えた言い訳のよーなわざとらしさが混じっているのを少し感じた。それが“嘘”なのか、それともただそう感じただけの話なのか――ユウカには、その胸の奥にひっかかるような違和感だけが残った。

 

「そう、単なる“顔見せ”というやつだよ。と言っても、まだ見せてないのだがね。」

 

そう言って微笑んだ吉良の横顔は、まるで“嘘”だとは思えないような気品があった。

その不自然なまでの穏やかさに、ユウカは小さく息をのむ。

 

「……なるほど、そういうことですか。」

 

 会話が途切れる。

 ふたりの間に一瞬の沈黙が落ちた――その時。

 

「この声は……出たなッ!! 生徒会“四天王”の一人! “冷酷な算術使い”ユウカ!!」

 

中から元気な声がした。ユウカははっとして扉の方へ振り返る。

同時に、ユウカが返答するよりも早く、ドアが音を立てて開いた。

 

「……えっ?」

 

 部室の中から顔を出したのは、

 ついさっきまでゲームに花を咲かせていた先生、モモイ、ミドリの三人だった。

 

"あれ、ユウカに……吉良さん?"

 

 目を見開く先生の声。

 モモイとミドリは吉良を見ると顔を見合わせ、同時に呟いた。

 

「わ、わわっ!? だ、誰この人!?」

「しっ!お姉ちゃん聞こえちゃうよ……」

 

モモイとミドリが、顔を寄せ合ってひそひそと話していた。

 だが、その声は想定以上に響いており――吉良の耳にもしっかり届いていた。

 

「ねぇ、あの人、先生の知り合い……だよね?」

「なんか…エリートっぽい気品ただよう顔みたいな……!」

 

"吉良さんが……どうしてここに?"

 

 驚きと戸惑いが混じった声。

 吉良は立ち止まり、視線をわずかに伏せた。

 

あのスタンド――《レッド・ホット・チリ・ペッパー》のことを話すわけにはいかない。

 それを口にすれば、必然的に“スタンド”という概念を説明する必要があり、

 結果として我が《キラークイーン》の存在にも踏み込まれることになる。

 

(それは、平穏な人生を望むこの吉良吉影にとって、余計なリスクでしかない。避けるべきだ。)

 

 唇を閉ざしたまま、吉良は思考を巡らせる。

では――なぜ自分がここに来たのか。どんな理由ならば無難か。沈黙の中、ふと脳裏をよぎったのは、つい先ほどまで耳に焼き付いていた『ヤツの声』だった。

 

――『動きがすっとろいぜェ、キラークイーン!』

 

 こめかみの奥がひくりと疼く。

 机の上に散乱した菓子袋と、だらしなく積まれた雑誌、部室に満ちたゆるい空気を眺めながら、吉良は短く息を吐いた。そして、静かに表情を整え、口を開く。

 

「……ミレニアムの《トレーニング部》に、少し用があってね。」

 

「トレーニング部……ですか?」

 

ユウカが首を傾げる。その声音には、探るような響きが混じっていた。

吉良はわずかに視線を泳がせながらも、すぐに平然とした調子で言葉を継いだ。

 

「最近、体力の衰えを実感したんだ。少しは鍛えなおさなくちゃあな、とね。

 なんでも、ミレニアムのトレーニング部なら最新の設備が使えると言うじゃあないか。

 トレーニング部に行く“ついで”に、先生の様子を見に来ただけさ。」

 

淡々と語る声は落ち着いていたが、ほんのわずかに間が長い。

その一拍の“遅れ”を、ユウカの聡明な耳が聞き逃すはずもなかった。

だが彼女が口を開くより先に、柔らかな声が間に割り込む。

 

"ふふ……そっか、そうなんだね。わざわざ来てくれたんだ。"

 

先生が微笑みながら肩をすくめた。

その表情には、疑いの色など一切ない。

ただ純粋に――“来てくれたこと”を喜ぶ笑顔だった。

 

"ありがとう、吉良さん。"

 

「…………」

 

何の疑いもなく信じきったその言葉に、吉良はほんのわずかに目を伏せた。

その視線の奥で、わずかな苛立ちと、説明のつかないざらついた感情が交錯していた。

 

「え、えーと……つまり吉良さんって、先生の知り合い……? てことは……」

 

 モモイが手をひらひらさせながら、にやりと笑う。

 その隣でミドリが「お姉ちゃん、やめなよ……」と袖を引くも、遅かった。

 

「もしかして、先生の“お友達”とか!? ねっ、そうなんでしょ!? ねっ!」

 

唐突すぎるそのひと言に、部室の空気がぴたりと止まった。吉良の口角が、ぴくりと引きつる。

 

「…………」

 

その無言の圧に、室内の温度が数度下がった気がした。

 

「モ〜モ〜イ〜!」

 

「ひぃっ……!」

 

その視線に射すくめられ、モモイの肩が小さく跳ねる。

 

「ユ、ユウカの目……! 養豚場のブタさんを見るみたいに冷たい目だよ……!

 『かわいそうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先にならぶ運命なのね』ってかんじの!」

 

「お姉ちゃん、声が大きいってば……!」

 

ミドリが慌ててモモイの袖を引く。

ユウカは小さくため息をつくと、腕を組み直し、再びモモイを見据えた。

 

「軽率な発言は慎みなさい! 先生も吉良さんも困ってるじゃない!」

 

ユウカの声が鋭く響く。その一言に、モモイはびくりと肩をすくめた。

すぐに頬を掻きながら、気まずそうに笑う。

 

「えぇ~、そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ……」

 

軽く舌を出すようなその笑みも、ユウカの視線に射抜かれては長く続かない。

場の空気がわずかに重く沈みかけた、そのとき――

 

先生が、ふっと微笑んだ。

 

 

“私は吉良さんのこと。知り合いというより、

              少し歳の離れた友達みたいに思ってたんだけどなぁ。”

 

 

"……あ、ちょっと失礼なこと言っちゃったかな。"と、先生は頬をかきながら、照れくさそうに笑う。まるで、何の打算もなく“そう思っていた”かのように。

 

「…………」

 

眉がかすかに動き、視線が逸れる。

表情は変わらないのに、胸の奥で何かが小さく波を立てた。

 

(……友達、か。)

 

その言葉を、心の中でゆっくりと反芻する。だがそこに浮かんだ感情が、温かさなのか――

あるいは、もっと別の何かなのか。吉良自身にも、それをうまく言葉にできなかった。

 

そんな微妙な沈黙を破るように、モモイが手を打った。

 

 

「よしっ! それじゃ――予定どおり、『廃墟』に行くとしよっか!」

 

 

"……え?"

 

唐突すぎるその提案に、先生は思わず首を傾げる。

吉良も、眉をひそめたまま目だけを動かしてモモイを見やった。

 

“『廃墟』って……どういうことかな?"

先生の声は、困惑半分、興味半分だった。

 

「えっとね、話を最初からすると…私たちゲーム開発部は、今までずっと平和に16ビットのゲームとか作ってたんだよ。でも一昨日、ユウカから“最後通牒”を突きつけられちゃって……!」

 

"最後通牒……?"

 

「それに関しては、私から直接ご説明します。」

 

先生が眉をひそめ、問い返す。すると、ユウカが小さく息を吐き、わずかに目を細めてモモイへと視線を向けた。声は冷静だったが、その顔には微かに苛立ちが滲んでいた。

 

「モモイ、わざわざ先生まで巻き込んで部の廃止を止めようだなんて……本当に諦めが悪いのね。

 廃墟に行って何が変わるのかは分からないけど、そんなことしても無意味よ。ゲーム開発部の廃部はもう決まったことなの。これは誰にも覆せない。」

 

「そ、そんなことはない!」

モモイは食い下がるように一歩前へ出た。

 

「部員が規定人数に達するか、ミレニアムの部活として見合う成果を出せれば……!」

 

「それができれば良し。もしできなかったら廃部、部費も部室も没収。

 私はそこまでちゃんと言ったはずよね?」

 

「うっ……」

 

「あなたたちは部員数も足りない、成果を証明できるものも無い……もう何か月も経っているんだから。廃部になっても何も異議はないはず。」

 

「い、異議あり! すごくあり! 私たちだって全力で部活動をしてる! だからあの……なんだっけ……“上場閣僚”? とかいうのがあっても良いはず!」

 

「……“情状酌量”のことね。」

 

ユウカは額に手を当て、小さく首を振った。

 

「それより、今なんて言ったかしら? “()()()()()()()()”……?」

 

ユウカの視線が冷たく光った。

 

「校内に変な建物を建てて、まるでカジノみたいに装飾してギャンブル大会を始めるし、

 レトロゲームを探すとか言って古代史研究会を襲撃するし……これのどこが“部活動”よ。

 ただの迷惑行為じゃない! これだけ各所に迷惑をかけておきながら、よく毎度のように部費を請求できるものね!言い訳くらいまともにしてみなさい!」

 

「そ、それは……!」

 

モモイが言葉を詰まらせる。

その緊迫したやり取りに、部室の空気が軋むような張り詰め方を見せた。

 

一方、先生はその光景をおろおろと見ていた。

右を見れば、頬を紅潮させて拳を握るモモイ。

左を見れば、眉間に皺を寄せ、冷静に諭すユウカ。

 

("ど、どうしてこんな状況に……")

 

助け舟を出すこともできず、ただ成り行きを見守るしかない。

“先生”という肩書を持ちながらも、この空気の中で下手に口を挟めば、

火に油を注ぐことくらいは、さすがに察していた。

 

――その一方で。

 

壁際に凭れかかった吉良は、まるで別世界の出来事のようにその応酬を聞き流していた。

視線は、机の上に無造作に放置されたポテトチップスの空袋に向けられている。

油の染みた指で触ったのか、コントローラーの表面にはうっすらと汚れが残っていた。

床には食べかす。飲みかけのペットボトルが転がり、カーペットに輪染みが浮いている。

 

(まったく……汚ない部屋だ。こんな環境でよく過ごせるものだな……)

 

今すぐにでも掃除してしまいたい欲求をグッと抑え、吉良は小さく鼻を鳴らす。

ユウカとモモイの言い合いは耳に入っていたが、どちらの言い分も彼にはどうでもよかった。

ただ――頃合いを見つけて一刻も早く、この空間を離れたいという思いだけが強くなっていく。

 

それでも当人たちはお構いなしに、言葉の応酬を続けていた。

 

「どうせなら、お互い楽な形で済ませましょう?

   今すぐ部室を空けて、この辺のガラクタも捨て――」

 

「が、ガラクタとか言わないで……っ!」

 

モモイが思わず声を張り上げた。

その反射的な叫びに、ユウカの睫毛が一瞬だけ揺れる。

 

「……じゃあ、何なの?」

「そ、それは……」

 

詰まった言葉が喉に引っかかり、モモイは唇をきゅっと噛んだ。

わずかな沈黙のあと、握りしめた拳を小刻みに震わせながら、まっすぐユウカを見返す。

 

「……っ! 分かった。全部、結果で示す!」

「……へぇ?」

 

ユウカの眉がわずかに動く。

 

「そのための準備だって、もう出来てるんだから!」

 

「えっ……そうなの!?」

「なんでミドリが驚くのさ!? ……ま、まあいいけどっ!」

 

モモイは胸を張り、力強く宣言した。

その表情には、子どもじみた勢いと、本気の決意が混ざっていた。

 

「私たちには切り札がある。その切り札を使って――今回の“ミレニアムプライス”に、私たちのゲーム……『テイルズ・サガ・クロニクル2』を出すんだから!」

 

「!?」

 

ユウカの瞳がわずかに見開く。

張りつめた空気の中、モモイの声だけが真っ直ぐに響き、部室の空気がわずかに震えた。

 

"……ミレニアムプライス、って……何?"

 

ぽかんとした顔で先生が首を傾げる。

その隣では、吉良がゆるやかに視線を動かし、ただ無言で耳を傾けていた。

 

「ミレニアム中の部活が、それぞれの“成果物”を競い合う――ミレニアムでも最大級のコンテスト!ここで受賞さえすれば、いくら何でも文句は言えないでしょ!」

 

「……まあ、そうね。」

ユウカは腕を組み、わずかに目を閉じる。

「受賞できたなら、の話だけど。」

 

その言葉には、現実を突きつけるような冷たさと、どこか呆れにも似た響きがあった。

だがモモイは、それに怯むどころか胸を張る。

 

「ふふん、それくらい分かってるもん!」

 

ユウカは肩をすくめるようにして小さくため息をつく。

そして、やれやれといった表情で続けた。

 

「けどねモモイ、今あなたが言ってるのは――

 運動部がインターハイに出場するとか、そういうレベルじゃなくて……」

 

「“高校球児がいきなりメジャーリーグに出る!”みたいな、雲を掴むような話よ。」

 

「え、め、メジャーリーグ!? いや、でも……!」

 

「……まあ、良いわ。」

ユウカが息を整え、穏やかな声に戻る。

「何でだろう、私もちょっと楽しみになってきたし。」

 

それはほんのわずかだが、確かな“譲歩”だった。

モモイが驚いたように目を見開く。

 

「えっ、ユウカが……楽しみって言った!?」

 

「だからと言って、甘く見るつもりはないわ。」

ユウカはわずかに微笑んだ。

 

「分かった、じゃあそこまでは待ちましょう。

 今日からミレニアムプライスまで――二週間。

 この短い時間でどんな結果が出せるのか、楽しみにしてるわ。」

 

「……!」

モモイの顔にぱっと希望の光が宿る。ミドリも小さく手を叩いて喜んだ。

先生は胸をなでおろすようにして、ようやく微笑む。

 

"ありがとう、ユウカ。"

 

その言葉に、ユウカのまつ毛が一瞬だけ揺れた。

思いがけない感謝の響きに、彼女はわずかに頬を染め、わざとらしくそっぽを向く。

 

「と、当然です! これも生徒会の仕事なので!」

 

その声はわずかに上ずっていて、どこか誇らしげでもあった。

先生が柔らかく笑みを返すと、ユウカはふいに息を整え、咳払いをひとつ。

 

「ふう……まさか先生の前で、こんな可愛くないところを見せてしまうことになるなんて。」

 

そして、姿勢を正しながら軽く会釈する。

「次はもっと違った、落ち着いた状況でお会いしましょうね、先生。それに――吉良さんも。」

 

先生は笑顔でそれに応え、吉良はわずかに顎を引いて応じた。

 

ユウカは踵を返し、扉へ向かう。

だが、取っ手に手をかけたところで――ピタリと足を止めた。

そして、ゆっくりとこちらへ振り返る。

 

「あ、そういえば先生。」

 

その一言に、先生の背筋が微かに跳ねた。

 

「ちゃんと、無駄遣いはしてないでしょうね?

     また今度、家計簿つけにシャーレに伺いますからね!」

 

"……っ、肝に銘じておきます。"

 

小さく、それでいて確かに弱々しい声。

先生の返答に、ユウカは満足げに頷くと、軽く手を振って部屋を出て行った。

 

閉まるドアの音が静かに響く。

その余韻の中、残された三人と小さくなった一人が顔を見合わせた。

 

「ふとももに敷かれてる……」

モモイが若干引きつった笑みでそう言う。

 

「……せ、先生。」

ミドリは気の毒そうに先生の背中をそっとさすった。

 

"……はは……慣れてるよ、もう。"

 

先生が苦笑しながらそう答える。

その姿に、モモイとミドリは視線を交わし、どちらからともなく笑いがこぼれた。

 

 


 

 

「お姉ちゃん……どっちも確率は低いだろうけど……今から私たちがゲームを作るより、部員を募集する方がまだ良いんじゃないの?」

 

ミドリが控えめに口を開く。落ち着いた声に、現実的な響きがあった。

だが、モモイはすぐに顔をしかめる。

 

「それならこの一か月、散々やってみたでしょ……!結局、誰も入ってくれなかったし。

 『ぷーっ! VRですら古いのに、何がレトロ風ゲームだよ!』ってバカにされるのは、もーうんざり!」

 

机を軽く叩いてモモイがうなだれる。その肩を、ミドリがそっと撫でた。

 

「……お姉ちゃん。そうやって怒ってる時点で、もう少し余裕持ったほうが良いよ。」

 

「ユウカの卑怯者め……! 私たちみたいなオタクは友達が少ないってことを利用するなんて! 許せない~~!」

 

「いや……それはユウカじゃなくて、100%私たちの自業自得だと思うけど。」

 

ミドリの冷静なツッコミが飛ぶ。

モモイは「ぐぬぬ……」と唸って唇を尖らせた。

 

「とにかく!」

勢いを取り戻すように立ち上がり、拳を握る。

 

「これ以上、部員の募集をしても明るい未来は見えない! それに――まだ他に希望はあるの!」

 

"……希望?"

先生が首を傾げる。

 

「あ、そうだ! さっき言ってた“切り札”って、いったい何のこと?」とミドリ。

 

モモイはにやりと笑いながら、胸を張って言った。

 

 

「それはもちろん――()()のことだよ!」

 

 

"……わ、私?"

先生が目を瞬かせる。その意外な返答に、吉良も思わず視線を動かした。

モモイは頷き、真剣な眼差しを向ける。

 

「話を戻すと、私たちの目的は“廃墟”にあるの。」

 

「“廃墟”っていうのは……元々は連邦生徒会が出入りを制限してた、ミレニアム近郊の謎の領域。

 出入りを制限してたのは“危険な地域だから”って言われてたけど……実際のところ、具体的に何がどう危険なのかを、誰も知らない。」

 

先生は静かに聞いていた。

吉良は、腕を組んだまま目を細める。

 

「誰も入ったことが無いのか、そもそも入ることが出来ないのか――

 それとも、“戻ってきた人が誰もいない”のか。

 それすらもよく分からない……そういう、謎に包まれた場所があるの。」

 

"一体どうして、そんなところに行くの?"

 

 

 

「良いゲームが作りたいから!」

 

 

 

モモイの答えは、迷いなく、真っ直ぐだった。

 

「私は、証明したいの。

 たとえ、今の私たちのレベルは“今年のクソゲーランキング1位”に過ぎないとしても――

 私が大好きな……私を幸せにしてくれた、このゲームたちが……

 決して“ガラクタ”なんかじゃない、大事な宝物なんだってことを!」

 

彼女の声が震える。その震えは、恐怖ではなく、情熱の揺らぎだった。

部屋の空気が、ほんの少しだけ熱を帯びる。

 

「お姉ちゃん……」

「そのためには、どうにか廃墟に入って、『あれ』を見つけないと。」

 

"あれ?"

先生が首を傾げる。

モモイは「あっ」と小さく声を漏らし、頬を掻いた。

 

「あ、順番が良くなかったかも。今度は――この話をしないとね。」

モモイはにこりと笑い、先生の方を見た。

 

「先生、G.Bibleって知ってる?」




吉良「そろそろ帰ってもいいか?」
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