デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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廃墟へ

陽光が崩れた高層ビルの隙間から差し込み、割れたガラス片の上で鈍く反射していた。

吹き抜ける風は、どこか金属の焦げた匂いを運んでくる。

地面にはひび割れた白線がかろうじて残り、かつての交差点だったことを辛うじて思い出させた。

道端に転がるのは、朽ちた標識、錆びたガードレール、そして半ば埋もれた電柱の残骸。

その上を這うようにして伸びた蔦が、緑と灰色を混ぜ合わせていた。

 

――その廃墟の中を、四つの影が慎重に進む。

モモイが先頭に立ち瓦礫を飛び越えながら、続いてミドリ、そして先生。

最後尾には吉良が無言でついてきていた。

 

沈黙が長く続いたのち、ミドリがぽつりと口を開いた。

 

「……ねえ、お姉ちゃん。一体いつまでこうしてればいいの?」

 

「静かに……あっ先生、もうちょっと頭下げて!」

 

全員が近くの倒壊ビルの陰に身を潜める。そのすぐそばを、白い装甲をまとったオートマタが低い駆動音を響かせながら横切っていった。オレンジ色のセンサーライトが、瓦礫の影をなぞるようにゆっくりと動く。光が彼らの頭上を掠めた瞬間、全員の呼吸が止まった。

 

『……■■■、■■■■……。』

『……■■■。』

『■■■■、■■。』

 

機械音声が遠ざかり、静寂が戻る。

モモイが小さく息を吐いた。

 

「……ひゅー、もう行ったかな? よし、じゃあ行こう。」

 

「よし、じゃない!」

「いったいここは何!? あんな謎のロボットが、数え切れないぐらい動き回ってるし!」

 

「何って……もう何回も言ってるじゃん。『廃墟』だよ。」

 

彼女たちの足元を、乾いた砂とガラス片がざりざりと鳴いた。

倒壊したビルの隙間から、まだ生きているのかと錯覚するほどの熱風が吹き抜ける。

その風に髪を揺らしながら、四人はなおも目的地を目指して歩き続けた。

 

(……なぜ“このわたしまで”こんな真似をしなくちゃあならないのだ。)

 

吉良は深く息を吐いた。

彼の脳裏には――

 

       “なぜここに来ることになったのか”という記憶がゆっくりと蘇り始めていた。

 

 


――ゲーム開発部、部室

 

 

 「よーし! それじゃあ――『廃墟』にしゅっぱーつ!」

 

"おーっ!"

 

モモイが拳を高く掲げ、勢いよく宣言し、先生もそれに呼応した。

ミドリは思わず額に手を当てる。

 

「お姉ちゃん……先生までノッてどうするの。」

「こういうのはノリと勢いが大事なんだって!それに……」

 

そう言いながらモモイは、いたずらっぽい笑みを浮かべ、吉良の方をじろりと見る。

その視線は、どこか“絶対に巻き込んでやる”という意思に満ちていた。

 

(……まずいな、この流れは。)

 

吉良の眉がわずかに動き、胸の奥に冷たい予感が走る。

――こういう時の勘だけは、決して外れた試しがない。

 

(このままでは、また面倒ごとに巻き込まれる……。)

 

そう結論づけるや否や、吉良はすっと立ち上がった。

ネクタイを直し、表情ひとつ変えぬまま短く言い放つ。

 

「――それじゃあ、わたしはこれで失礼するよ。」

 

モモイが「えっ?」と目を丸くした。

 

「え~!? おじさんもいっしょに行かないの~?」

「お、おじッ……!」

 

「お、お姉ちゃんっ! “吉良さん”でしょ!それに用事があるって……」

ミドリが慌てて小声で訂正する。

 

「いいじゃんいいじゃん! 冒険の仲間は多ければ多いほど楽しいんだから!」

モモイは親指を立て、にかっと笑った。

 

吉良はこめかみを押さえ、深いため息をつく。

「さっきも言ったが、わたしには《トレーニング部》に先約があるのだよ。すまないが、遠慮しておこう。」

 

「えぇ~……」

モモイが肩を落とし、分かりやすくがっかりした顔を見せた。

 

 

そのまま一同は、ミレニアムタワーを後にし、校舎を抜けて外へ出る。

広場を横切った先、風に混じって快活な声が響いた。

 

「あっ、こんにちは、トレーナー!」

 

声の主は、長い黒髪を揺らす少女――《乙花スミレ》。

スポーティーな装いの隙間から覗く肌が陽光にきらめき、片手には銃型のトレーニングデバイスを携えていた。彼女は笑顔のまま、まっすぐ先生のもとへ駆け寄ってきた。

 

"やあ、スミレ。今日も精が出るね。"

 

先生が穏やかに微笑みながら声をかける。

スミレはぱっと顔を輝かせ、背筋をぴんと伸ばした。

 

「はいっ! 先ほどまで体験部員の皆さんと、軽めの有酸素運動をしていたんですけど……どうやら、はぐれちゃったみたいでして…。」

 

言いながら、彼女は少し首をかしげて照れ笑いを浮かべた。

先生は眉をひそめ、苦笑いを浮かべた。

 

"……軽めって、具体的にどんなことを?"

 

「えっとですね!」

スミレは胸を張り、嬉しそうに指を折りながら説明を始める。

 

「坂道ダッシュ五十本、片脚スクワット二百回、腹筋ローラー百往復! そのあとに酸素マスクをつけて、軽く二時間ジョギングです!」

 

「…………」

 

その場に一瞬、風の音だけが残った。

モモイは口を開けたまま固まり、ミドリは青ざめた顔で小さく「ひぃ」と声を漏らす。

吉良に至っては、完全に言葉を失っていた。

 

(……なんだ、この女。ノーミソまで筋肉がたっぷり詰まっているのか?)

 

心の中で冷静に毒づく吉良。

だが、そんな彼の内心など知る由もなく、先生はさらりと言った。

 

"あー、そういえばスミレ。彼――吉良さんがトレーニング部の体験に行きたいって言ってたんだけどね。"

 

「えっ!?」

「は――?」

 

スミレの目がきらきらと輝き、吉良の顔がみるみる蒼白になる。

その温度差は、もはや悲劇的ですらあった。

 

「トレーナー! 本当ですか!? 新しい仲間が増えるなんて嬉しいです!」

 

「い、いや……冗談じゃあない! わたしは運動なんて全然――」

 

吉良の抗議を最後まで言わせることなく、スミレが勢いよく彼の手をがっしりと握った。

  

「ぜんぜん大丈夫です! トレーニングするうえで一番大切なのは『努力』なんです! さあ、一緒に最高の汗を流しましょう!トレーニング部部長として、あなたを全力で歓迎します!!」

 

「ちょ、ちょっと待っ……!」

 

「まずは軽く身体を温めましょう! 坂道ダッシュ五十本から行きますね!」

その笑顔は、まるで太陽のように眩しく――そして、容赦がなかった。

 

「あっ、ああ……ど、どこに? わたしはどこに連れていかれるんだ……?」

 

吉良が引きずられながら必死に叫ぶ。

その背を見送りながら、先生が楽しそうに手を振った。

 

"トレーニング、頑張ってねー!"

 

( 死ねッ!)

吉良は心の中で、笑顔のままの先生を無言で呪った。

 

モモイとミドリは、なんとも言えない表情でその光景を見つめる。

沈黙ののち、ミドリが苦笑を漏らした。

 

「……あれ、完全に連れて行かれてるよね。」

「うん……たぶん、二度と戻ってこないかも。」

 

スミレの明るい掛け声と吉良のくぐもった悲鳴が、いつまでも響いて――

その時だった。

 

"――ごめ~ん、スミレ!"

慌てた様子で、先生が駆け戻ってきた。

 

"吉良さん、これから私たちと廃墟に行く予定だったんだ。だからトレーニングはまた今度に出来ないかな? そうだよね、吉良さん。"

 

その言葉のあと、先生はちらりと吉良の方へ視線を送った。軽く左目を瞑る――言葉にはしないが、"話に合わせて"という無言の合図だった。その合図を受け取った吉良の表情に、ぱっと光が差す。まるで『砂漠の中でオアシスを見つけた旅人』のよーに、目の奥に一瞬だけ生気が戻った。

 

「あ、ああ…そうだった。これから先生と廃墟へ行く用事があるのだよ。

             ……すまないが、トレーニングはまた今度にさせてもらおう。」

 

言いながら、吉良は一歩、いや二歩ほどさりげなく後ずさる。

 

「あっ!そうでしたか…す、すみません。ちょっと興奮してしまいました。」

 

スミレは一瞬しゅんとしたが、すぐにいつもの明るさを取り戻す。

胸の前で手を組み、にっこりと笑った。

 

「でも、またいつでも来てくださいね! トレーナーも!」

 

"う、うん……またね。"

 

先生は少し苦笑し、軽く手を振った。

スミレはそれに元気いっぱいに手を振り返し、颯爽と去っていく。

その背が角を曲がって完全に見えなくなると、吉良は深々と息を吐いた。

 

(……危うく命を落とすところだったな。)

 

「おじさん、危機一髪ってとこだったね。」

()()()()じゃあない。わたしの名前は()()()()だ。」

 

即座に返され、モモイは「えぇ〜、細かいなぁ」とヘラヘラ笑う。

そんな彼女の隣で、ミドリが真面目な顔でうなずいた。

 

「“スミレ先輩のトレーニングを受けて、自力で帰れた人はいない”って聞きますし……本当に無事でよかったです。」

 

(……一度、わたしを見捨てようとしていたくせにどの口が言っているのだ、どの口が。)

 

吉良は内心でぼやきながらも、表情には出さなかった。

ただ静かにネクタイを直し、肩についたほこりを払う。

 

そのとき、先生がぱっと両手を叩いた。

 

"それじゃあ――新しい仲間が加わったことだし、いざ冒険に行くとしますか!"

 

「「おーっ!!」」

 

モモイとミドリが元気よく拳を掲げる。

吉良は額を押さえ、ゆっくりとため息をついた。

 

「……まったく、どうしてこうなるんだ。」

 

こうして吉良吉影は、望んでもいない“冒険”とやらに巻き込まれることになったのだった。

 

 


 

 

「出入り禁止の区域っていうから、まあ、ある程度の危険は覚悟してたけど……いやぁ、冷や冷やするね。」

 

モモイが苦笑しながら小声で言う。

その背後を、白い装甲のオートマタがゆっくりと通り過ぎていく。

息をひそめたまま、四人はその影が消えるのを待った。

 

「……あのロボット、いったい何なんだろ?」

ミドリが囁くように問いかける。

 

「ううん、それより……あんなのがいくつも徘徊してるこの“廃墟”って、一体何なの?」

「うーん……私もヴェリタスからちょっと聞いただけだから、分からないことだらけだけどね。」

 

モモイが瓦礫を避けながら歩きつつ答える。

 

「でも、本来ここの出入りは厳しく制限されてた――ってとこまでは、先生にも言ったよね?」

 

"うん、そこまでは聞いた。"

 

先生はうなずきながら、足元の砂利を踏みしめた。長く放置されたアスファルトはところどころ割れ、雑草が顔を覗かせている。モモイはそのまま歩を進めながら口を開く。

 

「ここの出入りを制限して、存在自体をできるだけ隠そうとしてたのは……“連邦生徒会長”だったの。」

 

「連邦生徒会長って……あの、キヴォトスの生徒会長たちの頂点にいたのに、突然いなくなっちゃった人?」

ミドリが首を傾げながら言う。

 

「そう。その人。」

モモイは軽く頷いた。

 

「その人が姿を消してから、連邦生徒会の兵力も全部撤収しちゃって……この区域は放置されたままになってるみたい。」

 

「つまり、あのロボット共はその“置き土産”ってワケか。」

「うん、たぶんね。」

 

吉良が横から低く言う。

モモイは少し苦笑しながらも、前を見据えた。

 

「でも、そのおかげでこうして中に入れたんだから、まあ……結果オーライ!」

「ポジティブだね……」

ミドリが呆れたようにため息をつく。

 

その時、吉良はふと横からの視線を感じた。

ちらりと目を向けると、先生が静かにこちらを見ていた。

 

「……どうした?」

 

"いや、ちゃんと話を聞いてくれてるんだなあって、ちょっと嬉しくて。"

 

いつも楽しいんだか楽しくないんだか分からない顔してるし。

と、先生は少し照れくさそうに笑った。

 

「……うるさいよ。」

吉良はフンと鼻を鳴らし、そっぽを向く。

その反応に先生は苦笑し、モモイたちはくすりと笑った。

 

モモイは足を止め、改めて一同を見渡す。

 

「まあ、連邦生徒会の警備がいなくなって、ヴェリタスの協力もあって、やっとこの“廃墟”にたどり着けたんだよ。ヒマリ先輩によると――『ここは、キヴォトスから消えて、忘れ去られたものが集まる……時代の下水道みたいな場所なのかもしれない』……ってさ。」

 

「ヒマリ先輩って……」

ミドリが目を丸くする。

 

「ヴェリタスの、あの車椅子に乗った美人のヒマリ先輩?」

「そうそう、その人!」

 

モモイが嬉しそうに指を鳴らす。

 

「いつも“私は何でも知ってますよ”って感じなのに、『かもしれない』なんて言葉を使うの、珍しいよね。それくらい、ここは謎だらけってこと!」

 

「未知の世界……ってことかぁ。」

 

ミドリは小さくつぶやき、周囲を見回す。

錆びた標識や倒れた街灯が、かすかに風に鳴った。

 

「でも、なんでこんなところにG.Bibleが……あれ?」

ミドリが急に立ち止まる。

 

「ま、まさかとは思うけど――お姉ちゃんが“ここにG.Bibleがある”って言ったのって、

『キヴォトスから消えて忘れ去られたものが集まる』って聞いたから!? そ、それだけの理由で来たの!?」

 

「それだけじゃないってば!」

モモイが慌てて手を振る。

 

「ヴェリタスにG.Bibleの捜索をお願いしたら、座標を教えてくれたんだよ。――“最後にG.Bibleの稼働が確認された座標”ってやつ!」

 

"座標?"

 

先生が首をかしげる。

吉良は無言のまま、ちらりとモモイを見た。

 

「そう。その座標が指してたのが、『普通の地図には載ってない場所』だったの。」

モモイの声に、ミドリが息をのむ。

 

「ってことは……?」

「うん。」

モモイは自信ありげにうなずいた。

 

「その二つを合わせて考えると――G.Bibleはきっとここ、“廃墟”に隠されてるってことになるの!」

 

"なるほどね……"

先生はうんうんとうなずきながら腕を組む。

それを見てモモイは満足げに胸を張った。

 

 

一瞬の沈黙。

 

 

"――で、G.Bibleって……結局なんなんだっけ?"

 

その言葉に、ミドリがずっこけそうになり、モモイがぴたりと固まる。

 

「……え?」

"え?"

 

顔を見合わせる二人。

先生は首を傾げたまま、にこにことしている。

 

「ま、まさか…説明、してなかったっけ……?」

「まだしてなかったな。」

 

「そ、そうだったっけ?」

モモイが頬を掻き、気まずそうに笑った。

 

「よーし、じゃあ改めて説明しよっか。《G.Bible》っていうのはね、簡単に言うと……昔のミレニアム、ううん、もっと昔の“キヴォトス”全体に名を残した、伝説のゲームクリエイターが作ったって言われてるものなの!」

 

"伝説の……ゲームクリエイター?"

先生が首を傾げる。

 

「そう! その人がミレニアムに在学してた頃に、自分の集大成として作り上げたのが“G.Bible”! 中には“最高のゲームを作るための秘密の方法”が書かれてるって話!」

 

先生が腕を組み、やや呆れたように言った。

"……どこかのゲームクリエイター学校の広告みたいだね。"

 

「ち、違うってば!」

モモイは食い気味に否定する。

 

「“G.Bible”は本当にあるの! 読めば、誰でも最高のゲームが作れるようになるって言われてる“ゲームの聖書”なんだよ!」

 

「……誰でも?」

ミドリが小声で突っ込むが、モモイは聞こえないふりをした。

 

「でね!そのG.Bibleを手に入れれば、私たちだって最高のゲーム――“テイルズ・サガ・クロニクル2”を完成させられるはずなの!」

 

「言ってたな、たしかにそんなこと。」

「そ!忘れたーとか聞いてない~なんて言わせないから!」

モモイは満足げに笑い、自身のスマホを取り出した。

 

「ヴェリタスからもらったこの座標――“最後にG.Bibleの稼働が確認された場所”ってやつに向かえば、そこにきっとG.Bibleが……」

 

モモイが言いかけたその時だった。

 

「……っ!?」

突然、耳の奥をくすぐるような電子音が響いた。

 

続いて――

『……』

『…■■■、■■■■!』

 

機械の警告音が重なり、遠くの瓦礫の陰から白い装甲の影が立ち上がる。

陽光を反射するオレンジのラインが、次々と瓦礫の隙間に浮かび上がった。

 

「あ、あれって――!」

「ロ、ロボット!? ちょ、ちょっと待って、なんかすごい狙われてない!?」

 

モモイの声が裏返る。

彼女の言葉どおり、数体のオートマタがこちらの方向へとゆっくりと歩を進めてきていた。

 

「ひぃぃ、ど、どうしよう! 包囲されちゃう!」

「お姉ちゃん静かに!」

 

モモイが両手をばたつかせる。ミドリが制止するも、その声も焦りにかすれていた。

オートマタたちの金属の脚音が、砂利を踏みしめながらじわじわと近づいてくる。

その数――ざっと見ても数十体以上。

 

(チッ、やかましいクソガキが……)

吉良は舌打ちしながら、周囲を見回した。

 

この状況、どう見ても長居は無用。

包囲される前に、身を隠せる場所を確保するしかない。

 

「先生、ここは危険すぎる。どこか隠れられる場所まで移動した方がいい。」

 

吉良の低い声に、先生はすぐ頷いた。そして視線を巡らせ、前方を指差す。

 

"あっち! 工場みたいなのが見える!"

 

瓦礫の向こう、崩れた外壁の隙間から、巨大な煙突と錆びた鉄骨が覗いていた。

かつて稼働していたであろう工場跡だ。

 

「えっ、工場!?」

ミドリが驚きの声を上げる。

 

「先生ナイス! 急いで、あそこに逃げ込もう!」

モモイが叫ぶと同時に、全員が駆け出した。

 

 


 

 

工場の中は薄暗く、天井の高い空間に古びた機械が並んでいた。

金属の軋む音がどこからか響き、埃っぽい空気が漂っている。

後ろを振り返ると、追ってきていたオートマタの姿は、いつの間にか見えなくなっていた。

 

「……あれ?」

ミドリが肩越しに振り返る。

 

「あのロボットたち、急に追ってこなくなった……?」

 

「ほんとだ。さっきまでマラソン大会がはじまったのかなってぐらいの勢いだったのに。」

 

モモイが息を切らせながら壁に手をつく。

「何でか分かんないけど……ま、ラッキー♪ってことでいいのかな?」

 

「良くないよ!」

 

ミドリが叫ぶ。

「うわあああん! もういや! なんでこんなところでロボットに追われなきゃいけないの!?」

 

「落ち着いて、ミドリ。」

モモイが軽く笑いながら肩をぽんと叩いた。

 

「生きてれば、いつか良い日も来るよ。」

「今日の話をしてるの!」

 

ミドリが涙目で突っ込む。

「そもそもお姉ちゃんのせいでしょ!」

 

(まったく……騒がしい連中だ。聞いてて耳が痛い。)

吉良は腕を組み、眉間に皺を寄せる。

 

「この工場内に入った途端、ロボットたちの反応が消えた……イヤに不自然だな。」

 

"……まるで境界を越えた途端に興味を失ったみたい。"

 

先生もうなずきながら、周囲をゆっくり見回した。

錆びたパイプの間を、わずかに陽光が差し込み、埃が舞っている。

 

「うーん……」

モモイは顎に手を当て、考えるように目を細めた。

 

「やっぱりさ、連邦生徒会がこの場所の出入りを制限してたのって――あのロボットたちのせいなのかな?」ミドリが首をかしげる。

 

「うーん、どうだろ……危険だから、って理由にしてはちょっと不自然だよね。」

「でしょ?」

 

モモイが頷く。

 

「最初は“非常時に使うための秘密兵器”とか思ったんだけど……うーん、なんか違う気がするんだよね。何かこう……大事なことを見落としてるというか――」

 

その刹那――

 

 

【……接近を確認。】

 

 

無機質な電子音が、突然、工場内に響き渡った。

全員がびくりと肩を跳ねさせる。

 

「えっ、な、なに?」

モモイが辺りを見回す。

 

「今の……天井のスピーカー?」

ミドリが声を震わせる。

 

 

【対象の身元を確認します。――予期モモイ、資格がありません。】

 

 

「え、え!? なんで私の名前を!?」

モモイが慌てて後ずさる。

 

 

【対象の身元を確認します。――手羽ミドリ、資格がありません。】

 

 

「わ、私も!? 一体どういう……」

 

ミドリが困惑の声を漏らす。

 

その瞬間、吉良はわずかに目を細め、天井のスピーカーを睨みつけた。

冷たい機械音声が、金属の反響音と共に空間に染み込んでいく。

 

「……どうやら、この施設はまだ“生きている”……と、いうのかな。」

 

一拍置いて、吉良の心中に冷たい感情が走る。

(新手のスタンド使い……いや、まさかな。)

 

だが、耳を澄ませると再び機械音が響いた。

 

 

【対象の身元を確認します。――】

 

 

今度は奇妙に長い沈黙が続く。

機械の音声は止まり、工場全体が静寂に包まれる。

わずかに聞こえるのは、どこかで滴る水音だけだった。

 

「……あれ?」

モモイが首を傾げ、目を瞬かせる。

 

そして――

 

 

【エラー。対象の身分情報が存在しません。】

 

 

「……え?」

ミドリが息を呑む。

 

 

【キヴォトス外の人物情報データバンクへアクセスを試みます。】

 

 

無機質な音声と共に、低い電子ノイズが天井を震わせた。金属が唸るような音が空間を満たし、全員の背筋が粟立つ。しばしの沈黙ののち、再び音声が響いた。

 

 

【対象の身分情報を確認完了――『()()()()』、資格がありません。】

 

 

「おじさんもダメか〜」

モモイが肩を落とし、ため息をつく。

わずかに緊張がほぐれた空気の中、吉良は眉間に皺を寄せたまま、天井を睨みつけていた。

 

(わたしのことを『知っている』? イヤ、今のは確かにこう言った。この吉良吉影の『情報にアクセスした』と。 このわたしの正体を…コイツは『知ること』が出来た……ッ!!)

 

思考の中で、微かに舌打ちが漏れる。

(この場所を秘匿した“連邦生徒会長”……ヤツは一体、何者なんだ?)

 

その時――

吉良の横顔を、先生がじっと見つめていた。

驚きでも警戒でも、いつものような笑顔でもない。

ただ、何かを静かに“確かめる”ような眼差しで。

 

 

……その視線に、吉良自身はまだ気づいていなかった。

 

短い沈黙が流れる。そして、その余韻を裂くように、再び機械音が響いた。

 

 

【対象の身元を確認します。――“シャーレの先生”。】

 

 

再び沈黙。

誰も息をすることすら忘れるような、張り詰めた間。

 

そして――

 

 

【資格を確認しました。入室権限を付与します。】

 

 

無機質な声が響いたかと思うと、天井のランプが淡い光を灯した。

 

「ええっ!? ど、どういうこと!?」

「先生……いつの間にこの建物と仲良くなったの!?」

 

ミドリが驚きの声を上げ、モモイがじとっとした目で先生を見上げた。

 

"いや、こっちが聞きたいくらいなんだけど……"

先生は苦笑しながら首をかしげる。

 

その横顔を、吉良は横目で見た。

(そういえば――“シャーレ”は連邦生徒会長が設立した組織だ、と以前聞いたな……)

 

モモイとミドリと軽く会話を交わす先生の姿。

その穏やかな微笑みの裏に、何か別の影が潜んでいる気がして、吉良は無意識に目を細めた。

 

(もし、先生があの連邦生徒会長と直接つながっているのなら――)

胸の奥で、過去の黒服の言葉がよみがえる。

 

“あなたは『描かれて』いたのですよ。”

“記録でも記憶でもない。創作物という名の――『虚構』の中に。”

“『殺人鬼』として、貴方はかつて『物語』の中に存在していた。”

 

(あれが……真実なのか()()()()()――のか?)

 

わずかに拳が鳴る。

それと同時に――

 

 

【才羽モモイ、才羽ミドリの両名を、先生の『生徒』として認定、同行者である『生徒』並びに『吉良吉影』にも資格を与えます……承認しました。】

 

 

電子音声が響き、吉良は思考を中断された。

 

 

【下部の扉を開放します。】

 

 

「……下部の扉?」

モモイが首を傾げた。

 

「この目の前の扉じゃなくて?」

 

「それより、“下部”ってもしかして……」

ミドリが嫌な予感に顔をこわばらせる。

 

「さすがに違うでしょ。どこからどう見ても、ただの床――」

 

――ガチャン。

 

乾いた金属音が響いた。

 

「……え?」

 

次の瞬間、足元の感覚が消えた。

 

「ゆ、床が無くなッ――落ちるッ!?」

 

視界が反転し、全員が重力に引きずり込まれる。

(くそっ――このままじゃ地面に叩きつけられるッ!)

 

咄嗟に吉良は手を伸ばした。

(キラークイーンッ!!)

 

影から這い出るように、そのスタンド(キラークイーン)が壁に沿って現れる。

吉良は反射的にその腕と脚を壁面に押しつけ、自らの体を滑らせるようにして落下速度を殺した。

勢いをそぎながら、吉良はどうにか床近くで身体をひねり――着地。

膝をつき、息を整える。

 

「フゥウウウ~~~、『着地成功』といったところか――」

 

その直後。

 

「うわわわっ!」

「お姉ちゃん! 先生! きゃあああっ!」

 

上から三人分の影が落ちてきた。

 

――ドスン!

 

「うぐっ……!?」

衝撃と共に吉良の上に積み重なるように三人が落ちた。

一拍の静寂の後、ミドリが顔を上げた。

 

「……ううっ。あれっ、お姉ちゃん? 先生!?」

ミドリが目を瞬かせる。

 

「いやぁ〜、流石に死ぬかと思った……」

モモイが床に仰向けのまま息を吐いた。

 

「お姉ちゃん、大丈夫? あれ、先生はどこに――」

 

"ふぉふぉ(ここに)に……。"

 

「ひゃあっ!? な、なっ、なんで!? どうして私たちの下にいるんですか!!?」

「どうしてって……落ちる時、とっさに先生が私たちのクッションになってくれたからでしょ。」

 

モモイがケロッと答えた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい! びっくりしちゃって……てっきり先生に“そういう趣味”があるのかと……!」

 

「いや、今の言葉に対しても、もう一度謝った方が良いと思うけど……」

モモイが眉をひそめ、呆れ半分に呟く。

 

「とにかく先生、大丈夫?」

 

"損して得取れって言葉があってね……でも、2人が無事でよかったよ。"

 

先生は苦笑いしながら、床に片肘をついて小さく息を吐いた。

 

「と、とにかく……ありがとうございます。助けてくれて。」

ミドリが顔を赤らめ、頭を下げる。

 

――その瞬間。

 

「……なんでもいいが、そろそろ“どいてくれないか”。」

 

低く押し殺したような声が、真下から響いた。

 

「……え?」

モモイが顔を下げると、そこにはうつ伏せになった吉良がいた。

 

シャツは埃まみれ、髪には鉄粉が絡まり、眉間には深い皺が入っている。

何より彼の背中の上に三人全員がぴったりと乗っかっていた。

 

「うわああっ!? ご、ごめんなさい!!」

ミドリが慌てて飛びのく。

 

「ちょ、ちょっと! お姉ちゃん、足どけてあげないと! 足!」

「ごめんごめん! ていうか、おじさんよく潰れなかったね!?」

 

()()()()だ……それに、どーして“減速”したわたしよりも、“遅く”落ちてくるんだ?」

吉良は服の埃を払いつつ、深く、長いため息をついた。

 

"吉良さん、大丈夫?"

「……これで"大丈夫"だと思えるよーなキミの頭が本当に羨ましいよ。」

 

ぼやくように吐き捨てるその声音に、どこか諦めにも似た響きが混じる。

先生は苦笑を漏らし、モモイとミドリは顔を見合わせて、同時に小さく頭を下げた。

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