デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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諸事情につき、投稿予定日よりかなり遅れてしまいました。許してください何でもしますから!
(何でもするとは言ってない)


『カリフォルニア・ガールズ ちゃん』その1

『グッモーニン! おはようございます。今日もお相手は私、あなたの隣人 カイ_原田。すがすがしい朝ですねェ~ッ!』

 

『そんな一日の始まりにふさわしい曲です! 今朝の一曲目はコチラから――』

 

♪―――♪♪

 

パチ…パチ…パチ…パチ…

 

静かな部屋に、爪切りの乾いた音が等間隔に響く。

時刻は朝7時。アビドス自治区の外れにある、カイザーグループが管理する社宅マンションの一室。

 

吉良吉影は、無言のままリズムを刻んでいた。

 

パチ…パチ…パチ――

 

すべての指を整え終えると、立ち上がってキッチンへと向かう。

流れるような手つきでベーコンを焼き、卵を落とし、トーストを焦がさぬように見張りつつサラダを添える。

派手ではないが、几帳面で整った朝食だった。

 

食卓に腰を下ろすと、ゆっくりとフォークを手に取る。

TVラジオの喧騒も、背後で鳴る冷蔵庫のモーター音も気にならない。ただ、目の前の食事を、ひと口ずつ黙々と口に運ぶ。

空腹は満たされた。胃袋も、満足したはずだった。

 

――なのに、どこか物足りなさが残る。

 

喉の奥に薄い渇き。

心のどこかに、ぽっかりとした空洞があるような感覚。

 

(……わたしは今、なんのために生きてるんだ?)

 

ふとした瞬間に、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 

(以前のわたしは……“数字”で満たされていた。稼ぐ金額は他人より多い数字。成績の順位は他人より少ない数字。新幹線は一分でも速くだし年齢は一歳でも若くだ。髪の毛は一本でも多く、体脂肪率は20%以下…そーいう生き方。)

 

損得と効率。他人との比較。

そんな価値観に支配された生活だったはずだ。

 

――だが、今はどうだ?

 

(……じゃあ、今はなにに価値を見い出せば心が落ち着くのだ?速い電車なんか乗りたかないし 養毛剤もいらねー)

 

トーストの最後のひと切れを噛みしめながら、ぼんやりと天井を見上げる。

口の中に残るパンの香ばしさだけが、わずかに現実感をつなぎとめていた。

 

(ま、いいさ……まずは輸送車を回収しに行かないとなァ)

 

結局、何を考えても答えは出なかった。

そう思い至ると、立ち上がって静かに食器を流しへ運ぶ。

身支度を整え、スーツのネクタイを締め、玄関に向かう足取りは、どこか決まりきった毎日の延長線のようでもあり――

 

しかし、今日が少しだけ“違う朝”になるような、そんな気配も漂っていた。

 

 

ピンポォ~ン。

 

アビドス高校――。

吉良は校門前のインターホンを無造作に押した。

 

……だが、反応はない。

 

もう一度押してみる。

 

ピンポォ~ン。

 

……やはり、静寂が返るばかりだった。

 

(ン? 誰もいないってのか?)

 

首をかしげながら、校庭を覗き込む。だが見えるのは、吹き溜まった砂ぼこりと色あせた校舎だけ。

朝の9時――人の気配など、まるでない。

 

「クソッ 面倒だな……」

 

鍵が開いているのを確認すると、吉良はため息混じりに呟き、校内へ足を踏み入れた。

 

 

砂にまみれた廊下を歩く。

窓から差し込む光に舞う埃が、やけに静かな空間をぼんやりと照らしている。

だが、完全な廃墟というわけではない。どこか生活感がある。ほんの少しだけ、丁寧に保たれている気配があった。

 

(たった5人で維持してるって話だったな……まったく、信じがたい。)

 

とても自分には真似できない。誰かのために何かを守るなんて真似は、まるで性に合わない。

けれど――

 

(……そういうのを、“本気”って言うのかもな。フン、大したヤツらだ。)

 

そんなある種の敬意を抱きつつ、吉良はゆっくりと歩を進める。

歩を進めた先、廊下の脇に、簡素な看板が見えた。

 

――『アビドス廃校対策委員会』

 

古い掲示板の上に紙を貼りつけたような、手作りの看板。

雑なつくり。だが、そこには不思議と“想い”が滲んでいる気がした。

 

「……何がそこまでさせるのか。」

 

自然と口をついて出た言葉に、誰も応える者はいない。

 

 

ガラッ――

 

ノブをひねり、対策委員会の部室を開けた吉良の目に飛び込んできたのは――

 

先生の頭が、十六夜ノノミの太ももに静かに沈んでいるという、思わぬ構図だった。

 

"あ……"

 

「……?」

 

吉良は足を止めたまま固まり、先生は先生でようやく自分の姿勢の“異常さ”に気づいたらしい。

 

"あっ……いやいやいや、ちがうちがう! これは、ほら、その……誤解っていうか!"

 

焦りながら身を起こそうとする先生。

だがその一方で、ノノミはいつもと変わらぬ柔らかい笑顔のまま――

 

「ふふっ♪ 私の膝枕は、なかなか好評なんですよ」

 

「……たまげたな。」

 

あきれ顔の吉良は眉間に手をやる。

 

(“教師”って職業、いつの時代も変わらんのかね……)

 

"そっ、そういえばッ! 吉良さん! 昨日借りた現金輸送車のことなんだけど!"

 

誤魔化すように先生が慌てて話題を変える。ポケットから鍵を取り出し、差し出してきた。

 

"問題はなかった? その、途中で見つかるとか……"

 

「イヤ、バレてたら――ここにはいないさ。」

 

鍵を受け取りながら、吉良は昨日の“あの光景”を思い出す――

 

 

――P.M.18:30 カイザーローン・アビドス支店。

 

『ブラックマーケットの銀行が襲われただとッ!? 追跡はどうなってるんだッ!!』

 

理事の怒号が社内に響きわたる。鋼鉄の拳がデスクを打ち、火花が散る。

無機質なオートマタたちが右往左往し、状況はカオスそのものだった。

 

『追手を向かわせたのですが…どうやら逃げられてしまったようで…』

 

『クソッ…犯人の使った車があるだろうにッ!逆探知はどうしたッ!?』

 

『そ、それが…輸送車のすべての情報をオフライン管理しているみたいで…車の特定は厳しいかと…』

 

『~~~このッ! 覆面水着団めェ~~~ッ!!』

 

(ククク……見たか。理事が”頭から湯気”を吹くさまは、まさに壮観だなァ。)

 

騒然とした本社ビルの空気の中、吉良はひとり、涼しい顔でタイムカードを押していた。

“静かな暮らし”には程遠いが――今だけは、少しだけ清々しい。まるで新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のような晴れ晴れとした気分だ。

 

(…ま、帰るか。)

 

 

 

 

 

 

自分に対し、使いっぱしりばかり命令してきた理事の"あの悔しがるサマ"はなんと痛快だっただろうか…腹の底から「ザマミロ&スカッと爽やか」の笑いが出てしょうがない気分で帰宅した時のことを思い返す。しかし、対面の2人の顔はどこか悲しそうであった。

 

"あの時は……本当にゴメン、吉良さんも巻き込んじゃって"

 

「本当は、私たちの問題でしたのに……」

 

ノノミと先生がふと口をそろえる。申し訳なさそうな目、伏せがちな声。

無関係という訳ではないにしろ、吉良を巻き込んでしまったことによる2人の何気ない気遣い。

 

――しかし、その言葉に吉良の眉がピクリと動いた。

 

(……なんだそれは)

 

わざわざ礼を言われる筋合いじゃない。

だが、“巻き込んだ”というその言い方に、妙な苛立ちを覚える。

 

(…勝手に巻き込んでおいて、今更なにを謝罪しているんだ…?)

 

変に同情をされたような気分を味わい、吉良の額に青筋が立つ。握っていた拳が力み、頭に火が付いたような、『』を帯びるような感覚を感じる。

 

(ますます【ムカッ腹】が立ってきた…なぜコイツらのためにわたしがビクビク後悔して「お願い神様助けて」って感じにカイザーからバレないようにしなくちゃあならないんだ?…ああ、全くもってそのとおりだ。…本当にいい迷惑さ。)

 

あの理事の顔。あの指図。思い出すだけで、背中にぞわりと熱が走る。

言いたいことは山ほどあるはずだった。

『お前らのせいで、めんどくさいコトに遭った』――そう言うつもりだった。なのに――

 

「……なあ、先生。」

 

不意に、吉良は呟くように言った。

 

「キミは……もし目の前に”落とし物”が転がってたら…拾うか?」

 

"えっ?"

 

先生が首をかしげる。

 

「中身がわからない。誰のものかもわからない。だが――拾わずにはいられない、そんな時って……あると思わないか?」

 

"……吉良さん?"

 

「ン? まァ、そういう話なのだよ。」

 

首を傾げる先生。

それに対し苦笑しながらも、吉良は肩をすくめた。

 

「……カイザーグループが何を企んでるのか。わたしも少し気になってきたってことさ。」

 

「積極的にキミたちに協力したいってワケじゃあないが――しばらく……ここで様子を見させてもらっても構わないか?」

 

計算でも打算でもなく――

ただ、自分でも説明のつかない”気配”に引き寄せられた男の、ある種の決意だった。

 

(なんだろうな……この”やっかいな胸騒ぎ”は)

 

“この先生に、何かがある”。

“なにか”を知っている。いや、“なにか”を呼び寄せる男だ――

 

(ひょっとするとだ…ひょっとすれば…『先生』についていけば…何かわかるかもしれない。)

 

彼のソレは『直感』であった…『直感的』にであったが…そんな気がしたのだ。

 

――『運命(うんめい)

 

『占い』だの『風水』だの…以前の彼が聞けば鼻で嗤っていたであろう。…しかし、『先生』と…彼と共に行動すれば、"何か"が分かるかもしれないと思ったのだ。…記憶を失った自分が…初めて会った、この男なら…

 

 

――わたしの失った『記憶』…そして、わたしと彼の『運命』

 

(……面倒だが、置いていくには惜しい。)

 

「吉良さん……ありがとうございます。」

 

十六夜ノノミの声を皮切りに、思考中の意識を現実へ引き戻す。そのまま彼女の方へ視線を向けた。

 

"うん、ありがとう…吉良さん。"

 

先生もそれに頷き、ようやくノノミの膝から身を起こした。

だが、次の瞬間にはお馴染みの手つきで顎に手を添え、“思案をしている様子”を決め込んでいる。

今更、そんなポーズとっても恰好はつかないが…

 

"ねぇ、吉良さん。ついでにもう一つ、【頼みごと】してもいい?"

 

「……フン。キミってのは、本当に”押しが強い”よーだな。」

 

呆れたように息を吐き、だが目は笑っていた。

吉良は、ゆっくりと小さく――頷いた。

 

 

 

 

――吉良がアビドス高校に姿を見せる、ほんの少し前のこと。

 

鈍く光る曇り空の下。

小鳥遊ホシノは人気のない路地をひとり、静かに歩いていた。

 

その足取りには、いつものけだるげな雰囲気はない。

代わりにあったのは、どこか急ぎたげな、けれど慎重さを忘れない歩み。

 

頭の中はぐるぐると回り続ける思考でいっぱいだった。

対策委員会の子たちのこと。

先生のこと。

 

……そして、これから向かう人物のこと。

 

 

(吉良吉影――)

 

 

その名前が脳裏をよぎるたび、ホシノの眉間にかすかなシワが寄った。

 

(……私は、あの人が苦手だ。)

 

決して【大嫌い】というワケではない。

 

カイザーローンで雇われていたとはいえ、不正についてはちゃんと謝っていたし――多分悪い人ではないと、頭では理解している。大人にだって先生みたいな【いい人】だっている。それに先生も信用している人みたいだし、きっとあの人も悪い人じゃない――ハズ

 

けれどどうにも、彼の“笑み”が――あの、張り付けたような整った仮面が――どうしても信用できなかった。

 

(先生と違う……何を考えてるか、さっぱり分からない。)

 

先生も先生だ。根はいい人だなんて、思わない方がいいに決まってる。

信用していいかどうか……灰色の人なんだから。

 

 

だからこそ正直――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

それが彼女の本音だった。

 

やがて、見覚えのある雑居ビルに辿り着く。

以前にも一度訪れた場所――今も変わらず、薄汚れた外壁と、やたらと重たい雰囲気を湛えた建物だった。

 

ホシノは一つ深く息を吸い、吐いた。

 

「すぅ……はぁ……」

 

目を閉じて、心を落ち着ける。

わずかな沈黙の後、再び目を開いたその瞳には、迷いの色はなかった。

そして、ゆっくりとエレベーターに乗り込み、指定された階へと上がっていく。

 

―――

 

 

 

 

 

「……」

 

ドアの前で、ホシノはほんの一瞬だけ立ち止まる。

ためらいのような、覚悟のような沈黙ののち、意を決して扉に手をかけた――

 

(キィ…)

 

鈍く軋む音とともに、重たい扉が開く。

 

そこには照明ひとつ点いていない薄暗い室内。

外から差し込む弱い陽光だけが、輪郭の定まらぬ空間をうっすらと照らしていた。

 

「これはこれは……お待ちしておりました、“暁のホルス”――いや、“ホシノさん”でしたね。これは失礼。」

 

 

――ぬるり、と。

空間の奥から、まるで水面から這い出すように姿を現した男――黒服。

 

 

「……やっぱり、あんたか。」

 

ホシノは声を低くして言った。

感情を抑えようとする一方で、内心の警戒は隠せない。

 

「いやはや、キヴォトスというのは広いようで狭い。こうしてまたお会いできて、実に光栄です。こちらへどうぞ?」

 

「……今度は、何の用?」

 

ホシノの声は冷ややかだった。

しかし黒服は、その問いをどこ吹く風とばかりに、静かに笑った。

 

「クク……実のところ、状況が少々変わりましてね。本日は改めて、アビドス最高の神秘をお持ちのあなたに、ある“ご提案”を差し上げたくて。」

 

「提案……?ふざけないでよ。それならこの前――!」

 

「まあまあ、落ち着いてください。」

 

ぴたりと切り返すように言う黒服。

その声音は、まるで人の怒りすら調律しようとする指揮者のように冷静で、なおかつ気味が悪いほどに穏やかだった。

 

「……っ」

 

ホシノの表情が険しくなる。だが次の瞬間――

 

「ふふ、ちょうど良い台詞があります。私の好きな映画の一節なんですが……」

 

スッ…

 

黒服は懐から、金色に鈍く輝く『矢じり』のような何かを取り出す。

それを、部屋の中央に置かれたただ一つのデスクへと、静かに置いた。

 

「あなたに――決して断れない提案を、ひとつ」

 

ホシノが息を飲む。

部屋には黒服の声しか響かない。

まるで世界の音が全て、彼の声に飲まれたかのようだった。

 

「……どうかご清聴ください、ホシノさん。非常に興味深い提案ですのでね♪」

 

「ククッ……クックックック……」

 

その笑い声は、蝋燭の火が揺れるように、静かに、そして不気味に響いた。

二人きりの暗い部屋の中。

言葉の端々に仕掛けられた罠のような香りが、ゆっくりとホシノを包み込み始めていた。

 

 

 

 

"便利屋の子たちに会いに行こうっ!"

 

先生のその一言に導かれ、吉良はキヴォトスの雑居ビル街の一角に足を踏み入れていた。

 

――目的地は、便利屋68のアジト。

 

朝の光が低く射し込む通り。雑居ビルの外壁は年季を感じさせるが、どこか生活感のようなものも滲ませている。

いくつかの郵便受けが並ぶ中、ひときわ小さな表札に書かれた名前に目を留めた。

 

「……ここが?」

 

"うん、たぶん合ってるよ。"

 

先生が頷いたその横顔は、妙に自信に満ちていた。

 

(便利屋68――確か昨日、闇銀行からの撤退中に遭遇した赤髪の少女がいたな……あれもこのグループのメンバーか)

 

そう思いながら、吉良は無意識に白いスーツの袖を正した。

しかし一つ、どうしても気になっていた。

 

「……しかし、なぜ場所が分かったんだ? 便利屋ってのはアジトを転々としてると聞いたが――」

 

"シャーレの権限をちょっと借りたんだよ。サンクトゥムタワーのネットワークから、彼女たちのスマホのログを追ってね。"

 

あっけらかんと、そう答える先生。

 

「……スマホ、か。」

 

(フン、なァにがサンクトゥムネットワークだ。時代も国も超えて、今はもう位置情報ひとつで隠れ家も意味をなさなくなるってことか? 理解出来ん。)

 

吉良はほんの少しだけ首をすくめ、嘆息した。だが――

 

"あとでリンちゃんにめちゃくちゃ怒られるかもだけどね。えへへ~"

 

先生が頭をかいて笑ったその瞬間、どこか吉良の胸の奥に引っかかっていた不快感が、ひとつだけすうっと消えた気がした。

 

(……ま、見つけられた。それでいいか)

 

―――

 

 

 

 

ビルの薄暗い階段を上がり、該当のフロアに着くと、先生は何のためらいもなくインターホンを押した。

 

 

(ピンポーン)

 

 

……一瞬の静寂ののち、ドタバタと足音が迫ってくる。

 

「あ、は~い。」

「ちょっと待って社長! この場所は誰にも知られてないはず…侵入者だよッ!!」

「あっ!? そうだったわね…うっかりしてたわ…」

「し、侵入者ですかっ!? 私、出ていいですか!?」

「ちょっとハルカ落ち着いて。まずは様子を…」

「ええいままよっ!!、誰でもいいからドアを開けてみなさい!」

 

ドタドタドタドタ……

 

声の応酬と物音が入り乱れる中、吉良は軽く肩を竦めてひとこと。

 

「……まるでガキの秘密基地のよーだな。」

 

"はは……まあ、似たようなものかもね。"

 

やがて、ガチャリとドアが開き、顔をのぞかせたのは白銀の髪をひとつ結びにした少女だった。

 

「――あれっ?先生じゃーん!」

 

"おはよう、ムツキ"

 

「くふふっ♪ 何だ、先生かぁ。ビックリした~」

 

それを皮切りに、ぞろぞろと他のメンバーも顔を出し始める。

 

「フフフ…私たちのアジトをこうも見つけられるなんて、流石は先生ねっ!!」

「おはようございます…せ、先生。」

「はあ…おはよう、先生。」

 

現れたのは、赤髪に角の生えた少女――陸八魔アル。

そして紫の制服の臆病そうな少女、伊草ハルカ。

パーカーを羽織った鋭い目つきの少女、鬼方カヨコ。

 

(なるほど、顔と名前がやっと一致してきたな)

 

「まったく…どうやって私たちの居場所が分かったのか…先生、一体どんな手を使ったの?」

 

"ふっふ~ん、そこはシャーレの力をちょっと借りてね。"

 

「……また勝手なことして……ま、今さらか」

 

先生の自慢げな声に、カヨコが肩を竦めた。

 

そんな賑やかな雰囲気の中、一歩離れていた吉良の存在にようやく視線が集まり始める。

 

「で、その人は……?」

 

"ああ、紹介が遅れたね。この人は吉良吉影さん。今、私たちの手伝いをしてくれてるんだ。"

 

「紹介に預かった通り、私の名は吉良吉影だ、よろしく。」

 

簡潔に挨拶する吉良に対し、便利屋の面々は警戒心と興味が入り混じったまなざしを向けていた。

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

「ま、先生の知り合いなら、悪い人じゃないんでしょうね。」

 

「くふふっ♪ なんだか面白そうな人~」

 

「はぁ……まあ、よろしく。」

 

先生が続けてメンバー全員の紹介を済ませると、吉良は軽く会釈してみせた。

 

「この子たちはね、ゲヘナ学園の生徒で、便利屋68っていうチームを組んでるんだ。あちこちから依頼を受けて動いててね」

 

「そう、金さえもらえれば何でもやる。戦闘でも荷物運びでも、お弁当の配達でも。フフフ……それが私たち、便利屋68よっ!!」

 

オーホッホッホッと笑いながら胸を張るアル。

 

「……ずいぶんと威勢のいい自己紹介だな」

 

吉良はややげんなりしたような目を向けながらも、内心ではこう思っていた。

 

(だが悪くない。こういう“割り切った子ども”の方が、裏表がなくて話しやすいこともある。)

 

そして――この賑やかな訪問が、思いもよらぬ方向へと転がり始めることになるとは、この時の誰もが、まだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

「……で、今日はどういう用件?」

 

ソファに腰を落ち着けるや否や、パーカー姿の少女が鋭い眼差しで先生に問いかけた。

その問いには警戒と疑念が滲んでおり、甘い空気の隙間をぴしりと裂くような鋭さがあった。

 

"うん、今回は君たちに――“依頼”があって来たんだよ。"

 

先生が静かに答えると、オフィスの空気がわずかに引き締まった。

紫色の制服を着た少女が、控えめに手を胸元に当てながら身を乗り出す。

 

「い、依頼……ですか?」

 

"うん。君たちにしか頼めないことがあるんだ。"

 

先生がそう言うと、赤髪の少女――陸八魔アルが、一瞬瞳を細めた。

 

「……あのシャーレの先生の依頼、ね?」

 

ゆったりと執務デスクに腰掛け、脚を組む。

その口元には、かすかな不敵の笑み。

さっきまでの生徒らしい雰囲気は鳴りを潜め、代わりにビジネスパーソンめいた空気が立ちのぼる。

 

(……見た目は年端もいかないガキでも、こいつらは“請負人”ってことか。)

 

吉良の表情がごくわずかに硬くなる。オフィス内にも緊張が走った。

 

「さぁっ!どんな案件か、私たちに教え『ぐぅぅぅぅ~~~~~~~……』て――」

 

 

……場が、一瞬止まった。

 

 

オフィスに響く、間抜けな音。

注がれる視線。赤く染まる顔。

 

「……」

 

「えっと……」

 

「社長……」

 

「アル様……?」

 

「……も、もうっ!!肝心なときにぃぃぃぃぃ~~~っ!!」

 

「アハハッ! アルちゃんおもしろ~い♪」

 

笑いをこらえきれずムツキが弾けるように笑う中、カヨコは深いため息をひとつ。

 

「はぁ……まった『グゥッ』く……」

 

 

だが、今度は別の方向から音が小さく響いた。思わず視線が集まる。

 

 

「……えっ!? カヨコっちもお腹すいたの?」

 

「ちっ違うからっ!!…これは…その…

 

頬を赤らめ、狼狽するカヨコ。

それを見た先生は、優しげな目をして「ふふっ」と微笑む。

 

"お腹が空いては何とやら、って言うし――まずはご飯でもどうかな?"

 

 

「「「「食べる(わっ!)」」」」

 

 

先生の提案に、便利屋の4人の目が一斉に輝きを放った。

 

 

"それじゃあ、柴関ラーメンに行こっか。"

 

先生のひと声で場の空気が軽くなる。

一同が立ち上がる中、ただ一人、ムツキだけが妙にニヤついた顔で足を止めた。

 

朝日が差し込む窓辺で、その銀髪がきらりと揺れる。

 

「あーっ!!、ちょっと待って!」

 

「ん? どうしたの、ムツキ。」

 

「私ね、吉良さんとちょぉ~っとだけ、お話したいの♪」

 

「……は?」

 

突然の申し出に、吉良は警戒を隠そうともせず眉をひそめた。

 

「すぐに追いつくから、先に行ってて大丈夫だよ~♪」

 

そう言いながら笑うムツキ。

「また何かイタズラでも考えてるな」といった風にカヨコが目線を送る。その表情には、「少しだけ付き合ってあげて」とでも言いたげな諦めがあった。

 

(まったく、ガキの相手はこりごりだぞ……)

 

吉良は小さく息を吐いた。

 

"ムツキもちょっとだけって言ってるし……お願いできる?"

 

先生が手を合わせて頼む姿に、吉良はしぶしぶ頷く。

ハルカがやや不安げに見つめていたが、アルが軽く背中を押した。

 

「じゃ、私たちは先に行くわよ。ムツキ、場所わかる?」

 

「うん! 大丈夫っ♪」

 

そして、残されたのは吉良とムツキのふたりだけ。

朝の光がオフィスの床に長く影を伸ばしている。

 

「……用件なら手短に済ませてくれ。わたしは先生のよーに羨ましいぐらいのヒマな人間ではないのだよ。」

 

そう告げる吉良の口調は低く、冷たかったが――

 

「くふふっ♪ 吉良さんとはね~、じゃんけんしたいの!」

 

その返答は、あまりに軽く、明るく、意味不明だった。

 

「……は?」

 

吉良は呆れを隠さず聞き返す。

窓から差し込む朝日が、ムツキの笑顔を照らしていた。

 

(なに言ってやがる……脳ミソがクソになってるのか? 意味が分からん。)

 

吉良の思考を無視して、ムツキは無邪気に言葉を続ける。

 

「一回だけでいいの! お願いっ!」

 

手を合わせて下から見上げてくるムツキ。その顔はただの遊びにしか見えない。

――が、あまりにもしつこいその姿に、吉良は仕方なく首を横に振った。

 

「……分かった。一度だけだ」

 

「やったーっ♪」

 

飛び跳ねて喜ぶムツキ。その子どもじみた仕草に、吉良は再び深く息をついた。

 

「じゃあ、行くよ~? じゃんっ、けんっ――」

 

『ポン』

 

互いの手が前に突き出される。

吉良はグー。ムツキは――パーだった。

 

「わーい! 私の勝ち~♪」

 

勝利の喜びを全身で表現するムツキ。

その姿は、まるで陽だまりに咲く花のように、無垢だった。

 

(……負けた、か。)

 

吉良はしばし、自分の拳を見つめていた。

――じゃんけん一つ。何の意味もない、ただの遊びのはずなのに。

 

「……ふん」

 

 

 

ドクン

 

 

 

――それは警報のような予感だった。

 

無邪気な笑顔のまま、ムツキが右手をふわりと差し出す。

 

「くふふ……吉良さん、ちょこっとだけ協力してくれる?」

 

その瞳が、妙に輝きを増した――まるで獲物を捉えた子猫のような光。

吉良の直感が、鈍く、激しく、胸の奥で鳴り始めた。

 

(……何だ? この感覚は――)

 

だが、その刹那――遅かった。

 

淡い光がムツキの周囲に立ちのぼり、彼女の笑みがいっそう深くなる。

まるで、新しいオモチャを手にした子どもが、これからどう遊んでやろうかと企んでいるような――そんな純粋な喜びに満ちていた。

 

「ねぇねぇ、吉良さん。目ぇ、大きく開けてみて?」

 

無垢な声。けれど、その響きには、どこか底冷えするような異質さがあった。

 

「……何を、っ……!?」

 

(ぐにゅ。)

 

「わぁっ!出た出た!すっごく上手くいったよ~♪」

 

ムツキはまるで手品に成功した子どものように手を叩いて喜んだ。

その視線の先――

 

吉良の眼の奥から、紅く煌めく『何か』が、ねっとりと這い出してくる。

 

 

(グググ…ㇺギュン)

 

 

「おまえ……何を……イヤ、何かがおかしいぞ。どこがどうとは言えんが……ッ!」

 

 

 

「わたしに何かしているなッ 凄く危険が迫ってくる感じがするぞ…ッ!!」

 

 

(グニグニ…)

 

 

吉良の喉から絞り出されるような声。痛みはないのに、体の内側から何かが引き剥がされていくような不快な感覚。

 

「ふふっ、痛くはないでしょ?だって、『カリフォルニア・ガールズちゃん』は優しい子だから!」

 

笑顔を浮かべたままのムツキ。

けれど、その笑みは吉良の中に、じわじわと広がる不快感と比例して、不気味さを増していった。

 

そして――

 

その目とまぶたの隙間から、

 

 

(ぐにゅっ、ぼう゛ぉんっ――!)

 

 

 

――紅色の『カブトムシ』が這い出してきたのだ。

 

 

 

「なッ…【カブトムシ】だとォ~~~ッ!?」

 

 

(グニグニ…ボヴォ⁻ンッ‼)

 

まるで湿った糸のような膜を引きずりながら、カブトムシはゆっくりと吉良の眼から姿を現す。

羽を震わせ、ふわりと空を舞い、ムツキの手の中へと飛び込んだ。

 

ムツキはそれを受け止め、嬉しそうにその赤い殻をまじまじと見つめる。

 

「くふふ……あ! この記憶キラキラしてる~♪ 先生と吉良さんが話してる場面だね!」

 

(……記憶、だと?)

 

吉良の視界がかすむ。頭の中から、何かがぽっかり抜け落ちるような――乾いた喪失感。

 

「記憶喪失だったとこを先生に助けてもらったんだ~?さっすが先生!やさし~い♪」

 

ムツキは踊るようにくるくると身体を揺らしながら、あの“能力”を行使し続ける。

 

 

――それはまるで、蝶の羽をちぎって遊ぶ子どものような、無垢で残酷な残虐性。

 

 

手の中のカブトムシがじわじわと形を変え、やがて小さな手榴弾のような姿へと変貌した。

 

「くふふ……超ステキなモノ、ありがとっ、吉良さん♪」

 

その無邪気な笑顔と引き換えに、吉良の“記憶”(先生の存在)は確かに奪われていた。

 

(…なんだ? 『何か』…なくしたような気がする。なんか…大切なものが…『何か』失ってしまったような…でも、それが何か、思い出せない……ッ)

 

(クソ…とにかく、早く■■の元へ向かわなくては――)

 

吉良はゆっくりと歩き出す。しかし、その足取りは不確かだった。まるで闇の中を手探りで進むように、一歩一歩が躊躇いに満ちている。

 

「…どこへ?」

 

(『誰』…だったか…?わたしは『誰か』の待っている場所に行かなくてはいけないことだけが頭に残っている…)

 

だが、その先に何があるのか、思い出せない。吉良の意識の中で、記憶が霧の中に溶けていくような感覚。何かを探しているのは確かなのに、その「何か」が何なのかすら…分からない。

 

 

――その記憶だけが、霧の中にぼんやりと残っている。

 

 

(ころろっ……)

 

背後で、何かが転がる音。振り返ると、ムツキが小さな手榴弾を机に転がしていた。

 

その表面が、淡く揺らめく――水面のように反射する光。

 

そこに、かすかに――

 

“誰か”の姿が映った。

 

 

ドクン

 

 

胸が、高鳴る。

 

吉良は思わず一歩、ムツキに近づいていた。

 

「あ……」

 

ムツキの手の中で、“それ”が震える。

まるで意思を持っているかのように。

 

「……これは…誰だ?」

 

吉良の声は、どこか震えていた。

手榴弾の表面に映る人影。この男...そう、確かに知っている。どこかで見た...

 

「……あれ~?気のせいじゃないの?」

 

 

「いや! 確かに知っているッ!! わたしはどこかでこの『男』を見たッ!!」

 

 

いや…とかのはずだ……のような…気がする…だけか?…もしかして――

 

 

自分の口から漏れた確信めいた言葉に、自ら戸惑う。

けれど、その姿は、水面の月影のように曖昧で、掴めそうで掴めない。

 

「くふふっ♪ 吉良さんには教えてあげちゃおっかな?」

 

「乙女のひ・み・つ、だけどね~♪」

 

悪戯を仕掛ける前の子どものような笑顔を浮かべ、ムツキは告げる。

 

「昨日ね?自販機の前で気絶してたら、気づいたらこの能力が身についてたの~」

 

指先で、手榴弾の“記憶”をくるくるとなぞりながら、彼女は楽しげに言った。

 

 

「私の能力の名前は『カリフォルニア・ガールズ ちゃん』!」

 

その瞬間、ムツキの背後から、ぬるりと現れた“それ”――

 

金属とも肉ともつかない、ブローチのような器官が連なった、得体の知れない“何か”。

 

(カリフォォオァアア……)

 

不気味に蠢くそれは、まるで生きているように、ブローチをカチカチと震わせる。

【挿絵表示】

 

 

 

「キャ~~ルフォ~~ルニャア~~くふふ♪」

 

 

「吉良さんの【ヒミツ】、一個だけもらえちゃうんだよ? じゃんけん、負けたからね~♪」

 

(なんだ…『ソレ』は…能力…?もらえる…だと?)

 

「奪った……? わたしから、何を……」

 

「くふ♪ 言ったって、説明できないと思うよ~?」

 

「だってさ、“思い出せない”ものは説明もできないでしょ?」

 

「……ッ!!」

 

手榴弾を手の中でコロンと転がしながら、ムツキは笑う。

 

――その態度に、吉良の我慢の限界がついに破れた。

 

 

「なんだとォ~~ッ!! 浅黄ムツキ…【この男】はわたしの記憶なのか…ッ!?」

 

 

「だから言ったじゃん? 吉良さんの、大事な“記憶”だよ?」

 

胸倉を掴まれながらも、ムツキはひるまない。むしろ嬉しそうに笑っている。

 

「私と、ゲームで勝負するの! それがルール! じゃないと――」

 

「返したり、しな~い♪」

 

 

「なんだんだおまえは~~ッ!?」

 

 

この異常な状況。“能力”。“記憶”。“奪われた何か”。

 

けれど、吉良の中には――不思議な確信があった。

 

(この状況……初めてじゃない。以前のわたしは……こんなバケモノに…【能力】に……)

 

体が覚えている。思い出せないのに、知っている。

 

――だが、重要なのはソコではない。

 

今、この状況における【問題】は!! この吉良吉影にとって最も重要な【問題】は……ッ!!

 

 

(浅黄ムツキ……こいつが、敵かどうかだ……ッ!!)

 

 

「……おまえ、一体何者だ…? わたしに対して何か目的が……?」

 

吉良のその言葉にムツキは一瞬、キョトンと首を傾げ――

 

「えっ? 吉良さんも“いる”でしょ? 後ろの【ソレ】……わたしと同じやつ。」

 

「なに?」

 

吉良が背後を振り返る。だが、そこには――何もいない。

 

(何を言ってんだ………………?…こいつ……)

 

「ふ~ん……まぁ、いっか♪」

 

肩をすくめ、また笑顔に戻るムツキ。

 

「理由とか目的とか……そーいうの、めんどくさくって♪」

 

「浅黄ムツキ……」

 

「うん。ただね――遊びたかっただけなの。」

 

――その言葉に、吉良の顔が一瞬、凍りついた。

 

「…………おまえ……」

 

「でもルールは守る!だから――」

 

ムツキは手の中の“記憶”を高く掲げ、指でくるりと回した。

 

「吉良さんが勝てば、返してあげる♪ 私の能力、そういう仕様だから!」

 

「……ジャンケンで、か?」

 

「ゲームなら、なんでもオッケーだよっ!」

 

吉良はしばし目を閉じ、思考を巡らせ――

 

「……勝たせてもらうぞ、浅黄ムツキ。」

 

(…いったい『誰』の記憶を失ったかは分からない……だが、その『誰か』を思い出すためには…このガキに勝つしかない。そしてなによりも…)

 

(それ以上に……“負けたまま”でいるのが……「赤っ恥のコキッ恥」をかかされたままなのでいるのが……この吉良吉影の気分がおさまらん。)

 

ムツキが手を差し出す。掌には、赤く光る“記憶の手榴弾”。

 

その背後で、“カリフォルニア・ガールズちゃん”が、粘りつくように蠢いている。

 

――吉良は、無言で頷いた。

 

窓から差し込む朝日が、ふたりの影を壁に映し出す。

それはまるで、今にも幕が上がる舞台のように――静かに、運命のゲームが始まろうとしていた。




『カリフォルニア・ガールズ ちゃん』
【破壊力 - なし / スピード - なし / 射程距離 - E / 持続力 - B / 精密動作性 - E / 成長性 - E】
能力:ムツキとゲームをし、敗れた者の記憶の一部分を奪い取る。
奪われた記憶は様々な形になって相手の目や口などから排出され、最終的に『記憶の手榴弾』となる。その物体には奪われた記憶にまつわる映像が浮かぶ。記憶を奪われたものは当然その映像に関する記憶がないため、何が大切なものだったこと以外は思い出すことが出来なくなる。
手榴弾にはピンが刺さっており、引き抜くと手榴弾は爆発し、その記憶は完全に消滅してしまう。
また、ムツキにゲームで勝てば奪われた記憶を取り戻すことが出来る。
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