デッドマンズ アーカイブ   作:地下ピ

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超像可動:キラークイーンの全塗装をしていたら、投稿が遅れたので初投稿です。
また、今回は少し多めに19000字です。


ゲヘナの風紀委員長

「……っ!?」

「な、何ですって!?」

『先生を、ですか……!?』

 

"私?"

 

ゲヘナ風紀委員会、天雨アコの真の目的…

それはシャーレの先生。その人の身柄を確保することであった。

 

困惑、動揺、驚愕――

 

対策委員会、便利屋、それぞれの面々がそういった表情を浮かべるなか、吉良は自身の肩を借りて立つ彼へ視線を向けた。

当の先生は自身を指さし、首をかしげている。

 

――まさか、自分が狙われているとは夢にも思っていなかったのだろう。

 

だが、そんな周囲の反応を気にも留めず、ホログラム越しのアコは微笑を浮かべる。

 

「……ふふっ、なるほど。…ああ、便利屋にカヨコさんがいることをすっかり忘れてましたね…。のんきに雑談なんてしている場合ではありませんでしたか……まあ、構いません。こうなったらもう……」

 

 

「ヤるしかなさそうですね?」

 

その言葉と同時に――

 

(ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ......)

 

「!?」

 

(ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ......)

 

――規則正しい軍靴の音が、四方から響いた。

 

各々が振り向いた先々には、整然と進軍する黒い制服の集団。

 

「……増員。」

『まだいたなんて…それに、こんなにも数が…!』

 

便利屋68と対策委員会の生徒たちは、ただでさえ数で劣っていた。

その状況に、さらに追い討ちをかけるような追加戦力。

 

風紀委員会の黒い影は、まるで獲物を捉えんとする蛇のように、ゆっくりと包囲を狭めていく。

アコはその顔に浮かべた微笑を崩さぬまま、その光景を眺めた。

 

「うーん……少々やりすぎかとも思いましたが……まあ、大は小を兼ねると言いますからね☆」

「包囲された…っ!?」

 

カヨコが舌打ちをしながら周囲を見渡す。

この圧倒的な数――もはや、戦う前から結果が見えているようなものだった。

 

『…それにしても、さすがカヨコさんですね。先ほどのお話は正解です。…いえ、得点としては半分くらいでしょうか?』

『確かに私は、シャーレと衝突するという最悪のシチュエーションも想定していました。』

『…しかし、この状況を意図的に作り出したわけではありません。それだけは、信じていただきたいのですが……どうやら、難しそうですね。』

 

「……」

 

カヨコは口を開くことなく、じっと眼前の彼女を睨みつける。

しかし、アコは動じることなく話を続けた。

 

『仕方ありませんね。事の次第をお話ししましょう……きっかけは、ティーパーティーでした。』

 

そして、アコは事の発端を語り始める。

 

――"要約すると、来るべき「エデン条約」でトリニティ総合学園との交渉を優位に進めるため、先生の身柄を確保しようと画策したということだった。"

 

『…ついでに、居合わせた不良生徒たちも処理した上で……といった形で♪』

 

その何気ない言葉が、戦場の緊張感を一気に引き上げた。

 

「は……?」

 

セリカの手が震え、シロコの目つきが険しくなる。

 

「先生を連れて行くって?私たちがそれで「はいそうですか」って言うとでも思った?」

「ん、むしろ状況が分かりやすくなって良いかも。」

 

シロコがホログラム越しにアコを睨みつけ、セリカが怒りを露わにする。

それは、戦うことを決意した者の顔。

 

――しかし、アコもまた冷静だった。

 

彼女はゆっくりとアヤネへと視線を向ける。

 

『……ふふ、やっぱりこういう展開になりますか。では仕方ありませんね、奥空アヤネさん?』

『…どういうことですか?』

 

アヤネは警戒しつつ、問い返す。

 

『ゲヘナの風紀委員会は、必要でしたら戦力を行使することもあります。』

『私たちは一度その判断をすれば、一切の遠慮をしません。』

 

『……!!』

 

彼女の言葉が、まるで宣戦布告のように響いた。

便利屋68とアビドス対策委員会の面々は、周囲を囲む風紀委員会の兵士たちを見渡す。

ここで逃げる選択肢は、もはやない。

 

「……クソッ、万事休す…か。」

 

吉良がぼそりと呟く。

この状況を打開できるのは、もはや奇跡でも起こらなければ無理だろう。

 

そんな絶体絶命の状況の中、アルが唐突に笑い出した。

 

「ふふ……いいじゃない。」

「……?」

 

「だって、こっちには先生がいるんだもの!負けるわけがないじゃない!」

 

「……は?」

 

吉良は思わずアルを二度見する。

 

――何を言っているのだ、この小娘は?

 

圧倒的な戦力差を前に、冷静に考えれば戦いを挑むのは無謀に等しい。

だが、それにも関わらず、アルはまるで絶対の勝利を確信しているかのように、満面の笑みを浮かべている。

 

その無邪気とも言える自信に、吉良は言葉を失った。

一方、彼女のその言葉を聞いたシロコとセリカは互いに目を合わせる。

 

「はぁ…」

 

カヨコが小さくため息をつく。

 

「そもそもアビドスが私たちに協力してくれるとは思えないし――」

「よっし、便利屋っ!挟み撃ちにするわよ!! この風紀委員会、コテンパンにしてやらないとっ!!」

 

カヨコの言葉を遮るように、セリカの明るい声が響いた。

 

「先生の盾になってもらう。」

「!?」

 

彼女たちの言葉に、便利屋のメンバーは一瞬驚いたが、すぐに対策委員会の真意を察する。

 

「先生をみんなで守ります。いいですね?」

「話が早いな…」

 

カヨコは小声で呟きながら、自身の愛銃『デモンズロア』のトリガーに指をかけた。

すると、アルが口角を上げ、高らかに笑った。

 

「ふふっ…あははははははっ!」

 

――その声は、まるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。

 

「当たり前よ!この私を誰だと思ってるの?心配は無用!」

「信頼には信頼で報いるわ!それが私たち、便利屋68のモットーだもの!」

 

「はい!! 先生には私たちも色々とお世話になりましたので!絶対に成功させます…!」

 

ハルカが自分の頬を軽く叩きながら気合を入れる。

 

 

――この瞬間、二つの勢力は完全に『一つの目的』のもとに団結した。

 

 

"じゃあ…行くよ。便利屋68…そして、アビドス対策委員会!"

 

「「(ん…!!)(ええ!!)」」

 

先生の合図の元、この場に集まった8人の生徒全員が、各々の武器を構えた。

――先生を傷つけた風紀委員会をやっつける。ただ、そのために……

 

『……はぁ、本当に困りましたねぇ。』

 

その光景をただ、眺めていたアコは軽く肩をすくめると、再び張り付けたような笑顔を浮かべた。

 

『うーん…まあ、これはこれで想定していた状況ではありましたが…それにしても、ここまで意気投合が早いとは……その点は想定外でした。』

『…まあいいでしょう、それでは風紀委員会、攻撃を開始します。対策委員会と便利屋を制圧して、先生を安全に確保してください。』

 

――その瞬間、再び戦場に張り詰めた空気が満ちる。

 

しかし、アコは言葉を続ける前に、ふと視線を先生の元へと向けた。

――厳密には、彼に肩を貸しているもう一人の男へと…

 

『……ところで、そちらの"民間人"の方はどなたでしょうか?』

 

アコがふと気づいたように、こちらへ視線を向けた。

 

――いや、正確には「ようやく」向けた、というべきか。

 

その顔には、あからさまな無関心が浮かんでいた。

まるで「ああ、そこに誰かいたんですか?」と言わんばかりの反応だな。

 

その態度に、吉良の眉がピクリと動く。

 

(……コケにしてくれるじゃあないか。)

 

吉良吉影は、自分が"目立たない"ことには慣れている。

むしろ、好都合だとすら思っていた。

 

しかし――この場合は違う。

 

"見落とされた"のではなく、"どうでもいい"と判断されたのだ。

自分という存在が、彼女の中で取るに足らないものとして扱われた。

 

それが、この吉良吉影には"妙に"腹立たしかった。

 

顔に苛立ちの色が浮かぶも、ぐっとこらえ、深く息を吐く。

そんな彼の様子には気づかぬまま、アコの問いに答えたのは――先生だった。

 

"彼はカイザーローンの吉良吉影さん。まあ、ちょっとした事情があって、手伝ってもらってる感じかな。"

 

吉良が口を開くよりも早く、先生が穏やかに紹介する。

アコはその言葉を聞くと、僅かに思案するような素振りを見せた。

 

『吉良…吉影……?』

 

しかし――

 

『……なるほど。まあ、どちらにせよ関係ありませんね。』

 

まるで些細なことに時間を使ったとでも言いたげに、肩をすくめる。

 

『先生と違って、そちらの方に用はありませんので。』

 

アコはそう言い捨てると、再び先生へと視線を戻した。

まるで、もう吉良に"価値はない"と判断したかのように。

 

『風紀委員、先生とそちらの"民間人"はキヴォトスの外部の人なので、怪我をさせないように十分注意を。』

「……」

 

吉良は何も言わなかった。

だが、その指は無意識のうちにポケットの中で拳を握り込んでいた。

 

(関係ない……? そちらの方に用はない……?)

 

それは吉良にとって、何よりも"屈辱的な言葉"だった。

 

関わる気もない。

深入りするつもりもない。

彼にとってこのキヴォトスの世界は、所詮、自分とは無関係の"異物"にすぎない。

関係ないなら、それでいい。

だが、それでも――

 

(……鼻につくな、こいつ。)

 

こーいうヤツがイチバンムカッ腹にクるんだよなあ~~自分では直接手をくださず他人を利用してやるというかなァ……政治の黒幕的っつ──カンジだなァ───

 

吉良は無意識のうちに地面を見つめる。

 

視線の先には、風紀委員会の兵士が撃った弾丸の"抜け殻"。

空薬莢が、地面にいくつも転がっていた。

 

その中から、一つを指で摘まみ上げる。

 

無駄のない曲線、銃弾を吐き出した後の虚ろな姿。

この世界の"戦い"の象徴とも言える、それを――

 

(次会った時は確実にコイツを…やつの鼻先に突っこんでやろう……)

 

吉良は指先で薬莢を弄びながら、心の奥でそう呟いた。

 

("ジョー・モンタナ"の投げるタッチダウンパスのようにな。)

 

完璧な軌道を描き、一直線に、あの小癪なガキの鼻先へ――

 

この吉良吉影は決して怒りを表に出さない。

 

(フンッ!感謝するんだな…今は、選ぶのを抑えてやる。)

 

そうして、ゆっくりと握りしめた薬莢をポケットへと滑り込ませた。

 

そしてふと、思い出す。

 

――先ほど、あのガキが話していた"事の発端"について。

 

なかでも、ひとつの言葉が引っかかっていた。

 

――『連邦生徒会長が残した正体不明の組織…大人の先生が担当している、超法規的な部活。』

『シャーレという組織は、とても危険な不確定要素に見えます。これからのトリニティとの条約にも、どんな影響を及ぼすか、分かったものではありません。』――

 

(……シャーレ。)

 

そう、"シャーレ"――それが、この世界で"先生"(この男)が属する組織の名前だった。

 

先生が属している、謎めいた組織。

キヴォトスという世界において、大人が管理する唯一の機関。

そして、"危険な不確定要素"と評される存在――

 

吉良はこの世界に来て以来、漠然とした違和感を抱いていた。

自分の知る常識が通じない"学園都市"の秩序。

そこに存在する"大人"という異質な立場。

 

(……シャーレか。)

 

この吉良吉影にとって、組織の抗争や政治的な駆け引きには何の興味もない。

だが、"シャーレ"のような異質な存在が、どうしてこの世界で許容されているのか。

そして、それに属する"先生"がなぜこうも人を惹きつけるのか――

 

先生の体重が僅かに吉良の肩へとかかる。

額からは血が流れ、顔色は悪い。

それでも、彼は倒れることなく立ち続けていた。

 

吉良はそんな先生の横顔をちらりと見やった。

 

(……分からないな。)

 

戦場で血を流しながらも、それでもなお生徒たちを守ろうとする姿勢。

自分の命すら顧みず、他人のために戦おうとするこの"先生"という男の生き方。

 

この男が、"シャーレの先生"

"不確定要素"

"危険な存在"

 

そして、この"世界"において、大人でありながら、特別な立場にある者。

 

――滑稽だ。

 

この吉良吉影にとって、"他人のために生きる"などという行為は理解の範疇を超えていた。

人間とは、自らの静かで穏やかな人生のために生きるべきだ。

他者のために身を削り、命を賭けるなど……正気の沙汰ではない。

 

(……深入りする必要はない。)

 

彼がなぜ、そんなことをするのか。

なぜ、生徒たちを第一に考えるのか。

なぜ、ここまでして戦うのか。

 

そんなことを考えること自体、馬鹿げている。

自分には関係のない話だ。

 

だが――

 

心のどこかで、吉良は感じていた。

 

(……知りたい。)

 

"なぜなのか"を。

"なぜ、この男はそこまでして戦うのか"を。

 

知りたくない。

こんなことに興味を持つなど、自分らしくない。

 

だが、それでも――

 

吉良は無意識のうちに先生の横顔をもう一度見つめた。

彼の目に映るもの。

彼の心の奥底にあるもの。

 

それが、何なのかを。

 

(……フン。)

 

馬鹿馬鹿しい、と自分を嘲笑しながらも、吉良は先生の肩を支え続けた。

 

彼の人生において、"他者"などどうでもいい。

そう思っていたはずなのに。

 

――なぜか、その理由を知りたくなってしまったのだからな。

 

 

シャーレの先生その彼の持つタブレット。

――その名を、"シッテムの箱"

 

この戦場におけるソレの真価は、あまりにも恐るべきものだった。

 

彼のもつそのタブレットの神髄は、()()に住まう『高性能AI』の存在だ。彼女が行う戦闘状況の高速演算によって、膨大な情報を処理し、最適解を導き出す。数秒先の――疑似的な未来予測。

 

この存在が彼らの戦力差を補い、風紀委員会との戦いを平等(フラット)な状態に持ち込んでいるのは確かだった。この秘密を知っているのは"箱の主"(シャーレの先生)ただ一人……

 

――しかし、その力は絶対ではない。数の差は埋めようがなく、彼女たちの体力の限界もある。

 

足のおぼつかない様子でもなお、瓦礫の上に立つ者、シャーレの先生。

その隣で肩を貸すのは…吉良吉影。

彼らの前には対策委員会、便利屋の8人の生徒たち。

 

……周囲を囲むようにして、なおも攻め続けるのはゲヘナ風紀委員会の兵士達。

彼らの状況は……決して楽観できるようなものではなかった。

 

 

「第一中隊……全滅です! くそっ、持たない……退却、再整備を……!」

「第三中隊、これ以上の続行は不可能!補給のため、一時撤退します!」

 

無線越しに飛び交う風紀委員会側の報告。彼女たちの声は、息が乱れ、焦燥に滲んでいた。 風紀委員たちの陣形が崩れ、煙の中に消えていく。硝煙と砂埃が混ざり合い、視界が曇る――

 

この場を完全に掌握していたはずのアコの目元が、わずかに歪んだ。

 

『……なるほど、だいたい把握出来ました。』

 

彼女は手にしたペンを顎に当て、じっと思案するように目を細める。

一見すると冷静さを保っているようだが、先ほどまでの余裕が消え失せているのは明らかだった。

そして、彼女は苦笑を漏らしながら静かに続ける。

 

『シャーレの力、必要となるであろう兵力……決して甘く見ていたわけではないのですが……もっと慎重に進めるべきだったかもしれませんね。』

 

まるで敵に敬意を払うような口ぶり。

しかし――

 

『それでも、決して無敵というわけではありません。弱点も見えましたし……おおよその戦況は読めました。この辺りをもう少し押していけば……折れるのは、時間の問題ですね。』

 

――攻撃の手を止めるつもりはない。

その瞳にはまだ勝利の余裕が見え隠れしていた。

それを示すように、彼女は冷たく命令を下す。

 

『第八中隊。後方待機をやめて、突入してください。』

 

その言葉と同時に、黒い制服の集団が新たに、対策委員会と便利屋68の前へと姿を現した。

 

(ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……)

 

「はぁ…はぁ…まだいるのっ!?」

「この状況でさらに投入……!?」

「た、大したことないわよ!まだまだ戦えるんだからっ!!」

 

ぎこちなく笑みを浮かべ強がってみせるが、彼女の戦闘の疲労は隠せない。

それは便利屋のメンバーだけでなく、対策委員会の生徒たちにも言えることだった。

 

(……持たない。)

 

吉良は静かに状況を見つめていた。

先生の指揮がなければ、戦況はとっくに崩壊していただろう。

 

だが、それも限界がある。

 

便利屋68とアビドスの生徒たちがどれほど善戦していようとも、現実として敵の数は減るどころか増え続けている。…対策委員会のもう一人の小娘、小鳥遊ホシノがいれば、また変わったのかもしれないが。

 

――それでも、戦術で覆せる範囲を超えていた。

 

(いや…そもそも、あの小娘(天雨アコ)の権限で動かせる兵力を超えているのではないのか――?)

 

その疑問を抱いたのは、カヨコも同じだった。

 

「…これはもう、アコの独断じゃなくて、まさか……」

「……風紀委員長が?」

 

その言葉に、一瞬だけ場が静まる。

そして――

 

「えっ、ヒナが来るのっ!?無理無理無理!? 逃げるわよ、早くっ!!!」

 

突然、アルが慌てふためき、顔を引きつらせながら叫んだ。

 

「いや、そうは言っていない……落ち着いて、社長……。」

 

カヨコが溜め息をつきながらアルを宥めるが、彼女の焦燥は決して的外れなものではない。

 

(彼女の言う"ヒナ"という人物――戦うことを選択肢にすらいれることのできない相手と、今は相手取ることは不可能だろう─)

 

(ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……)

 

そんな中、なおも風紀委員会の兵士たちは戦闘態勢を崩さない。

新たな兵力が迫る足音が、さらに戦場を包み込んでいた。

 

『ふふっ……これ以上は流石に……委員長に知られてしまったら、イオリと仲良く反省文ですね……』

 

アコはそう言い、わずかに笑みを浮かべた。

だが、その表情には先ほどまでの自信とは異なる――僅かな不安が滲んでいる。

 

だが、それでもアコは最後の一手を指示する。

 

『さあ、では…三度目の正直と行きましょうか。風紀委員会、攻撃を――』

 

――その瞬間

 

(ザザッ――)

 

『――アコ』

 

無線から、気怠げな、それでいて芯の通った声が響いた。

"彼女"の声に、アコの表情が凍りつく。

 

『……え?』

 

「ひ、ひ、ヒナ委員長っ!?」

「委員長?」

『あ、あの通話相手が……? 風紀委員会のトップ……?』

 

戦場が一瞬、凍りついたような沈黙を迎える。

 

――そして、アコの表情が変わる。

先ほどまでの優雅な笑みから一変、焦りと狼狽でしどろもどろになった表情を浮かべていた。

 

『アコ、今どこ?』

『わ、私ですか? そ、その……えっと……、ゲヘナ近郊の市内の辺りです! 風紀委員のメンバーとパトロールを……』

「思いっきり嘘じゃん!」

「やっぱり、行政官の独断行動だったみたいですね……」

 

セリカが呆れたように呟く。

彼女たちの会話の内容を聞く限り、どうやらこの一連の行動、十六夜ノノミの言う通り天雨アコの独断なのだろう。

 

『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に……出張中だったのでは?』

『さっき帰ってきた。』

 

淡々とした。ヒナという少女の声。

 

『そ、そうでしたか……! その、私、今すぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありましで……後ほどまたご連絡いたします! い、今はちょっと立て込んでいまして……!』

『立て込んでる……? パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』

 

『え? そ、その……それは……』

 

そして、その直後――

 

「『他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?』」

 

無線と、戦場での声が同時に響いた。

 

「っ!?」

「え、あれっ!?」

「い、い、い、委員長!? い、一体いつから!?」

「!!」

『……え、ええええっ!?』

 

「……アコ。この状況、きちんと説明してもらう」

 

静かに、だが確かな威圧を込めた声。

 

その声の主――空崎ヒナは、瓦礫の上からこちらを見下ろしていた。

長く伸びた白髪が風に揺れ、その鋭い紫色の瞳が、戦場全体を見渡すように光を帯びていた。

 

まるで、この場を一瞬で支配するような圧倒的な存在感。

小柄な体躯ながら、その風格は誰もが認めざるを得ないほどだった。

 

風紀委員会のトップ――空崎ヒナ。

 

その存在が、この戦場の空気を一変させた。

 

『ゲヘナの風紀委員長……空崎ヒナ。外見情報も一致します、間違いなく本人のようです。ですが、ゲヘナ風紀委員長ということは……ゲヘナにおいてトップの戦闘力……この状況でそんな人物まで……』

「…………」

 

風紀委員会の生徒たちが次々と動揺し、ヒナの姿に畏怖を感じ取っているのが分かる。

彼女がこの場に来たということ――それは、この戦いの流れを完全に変えてしまうほどの出来事だった。

 

吉良は眉をひそめながら、少女の姿を観察する。

 

(あの小柄な小娘が……この場の最高戦力?)

 

確かに、彼女の纏う雰囲気には圧倒的な威厳があった。

自信に満ち溢れ、それでいて気怠そうな態度を崩さない。

 

ゲヘナの頂点に立つ風紀委員長――

その肩書きは、吉良にとってどうでもいいことだったが、その振る舞いにはある種の興味を引かれるものがあった。

 

風紀委員会の兵力がすでに壊滅状態に陥りつつあるこの場において、彼女の存在がもたらす影響は計り知れない。

その力は圧倒的なのか、それとも――

 

『そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……』

 

そしてなによりも、そのヒナの登場により、明らかにアコの表情が変わった。

先ほどまでの優雅な微笑みは消え去り、しどろもどろに口を開く。

 

「便利屋68のこと? どこにいるの? 今はシャーレとアビドスと、対峙してるように見えるけど」

『え、便利屋ならそこに……って、い、いつの間に逃げたのですか!? さ、さっきまでそこにいたはず……!』

 

アコは狼狽し、周囲を見渡すが――そこにいるはずの存在は、すでに影も形もなかった。

 

「……フン。」

 

吉良は小さく鼻を鳴らす。

 

(なるほど。便利屋68の生徒たちは、さっさと逃げたか。)

 

彼女たちの判断の速さには、吉良も感心せざるを得なかった。

撤退の機を逃さず、あっさりと消え去る――実に理に適った行動だ。

 

だが、小娘(アコ)にとっては致命的な誤算だ。

"ヒナ"という生徒の視点からすれば、今の状況はただの『風紀委員会の暴走』でしかない。

便利屋68という"大義名分"を証明できなければ、天雨アコの計画はすべて破綻する。

 

『え、えっと……委員長、全て説明いたします』

 

アコはしどろもどろになりながら言葉を繋げようとする。

しかし――

 

「…………」

 

ヒナの冷たい視線が、アコの言葉を遮った。

 

「いや、もういい。だいたい把握した」

 

その声は、氷のように冷ややかだった。

 

「察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的な活動の一環ってところね。」

 

彼女は淡々と言葉を紡ぐ。

 

「でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会長。そういうのは『万魔殿』のタヌキたちにでも任せておけばいい。」

「詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ」

『……はい』

 

アコは小さくうなずき、通信を切る。

先ほどまでとは打って変わった従順さ。

ホログラムが消え──そこに残るのは、現実に存在する者たちだけ。

 

戦場には、もう銃声は響いていなかった。

しかし、それでもなお張り詰めた空気が肌に突き刺さる。

 

静寂。

だが、それは決して安堵のものではない。

それは嵐の前の静けさであり、誰もが次に起こるであろう出来事を固唾を呑んで見守っていた。

 

「…………」

 

 その直後だった。

 

「……じゃあ、あらためてやろうか」

 

シロコが静かに言った。

その声音には、怒りが滲んでいた。

 

彼女の目は、空崎ヒナを真正面から見据え、強い敵意を孕んでいる。

 

当然だ。

この場で紫関ラーメン店を襲撃し、先生を傷つけたのは、風紀委員会の兵士たちなのだから。

 

 ――だが、それは空崎ヒナにとっては"理不尽"でしかないだろう。

 

 擲弾を紫関に打ち込んだのは銀鏡イオリ。

 そして、その作戦を命じたのは天雨アコ。

 

 空崎ヒナは、現場にすらいなかった。

 しかし、そんなことは砂狼シロコたちにとっては関係がない。

 ゲヘナの風紀委員会が行ったことならば、その責任者である彼女にも責任がある。

 

 ――それが、アビドスの少女たちの考え方だった。

 

『ま、待ってください! ゲヘナの風紀委員長と言ったら、キヴォトスでも匹敵する人物を見つけるのが難しいほどの、強者の中の強者ですよ! ここは下手に動かず、一旦交渉するのが吉です! どうしてそんなに戦うのが好きなんですかっ!』

 

 アヤネが声を張り上げる。

 その剣幕はすさまじく、シロコすら思わず言葉を詰まらせるほどだった。

 

「……ご、ごめん」

 

 戦闘態勢だった彼女が、思わず謝罪を漏らすほどに。

 

『…こちらアビドスの対策委員会です。ゲヘナの風紀委員長ですね、初めまして。この状況については理解されてますでしょうか?』

「…………もちろん」

 

 ヒナは、一瞬沈黙し、淡々とした口調で答えた。

 

「事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒たちとの衝突。それに――」

 

 空崎ヒナの顔がこちらへ向く。そして、彼女の視線が先生の体をなぞった。

――その紫色の瞳に、血に濡れた(先生)の顔が映り込む。

 

「連邦捜査部シャーレの先生の負傷。…外交問題ね、イオリ。」

「そ、それは……」

 

ヒナの零した言葉に、イオリは目に見えて意気消沈した。心なしか、彼女の黒い尻尾が少ししなびた様にすら見える。そんな彼女を横目に、ヒナは先生から、アビドス対策委員会の方へと意識を切り換えた。

 

「此方に不手際があった事は認める。…けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実。違う?」

『…っ!?』

 

 ヒナの鋭い瞳が、対策委員会の生徒たちを捉える。

 その眼光は、まるで鋭い刃のように相手の意志を貫こうとしていた。

 しかし――

 

「それはそうかも。……じゃあ、あらためてやる?」

「へぇ―…それで?アンタたちは悪くないとでも言うの?」

「何を言われようと、私たちの意見は変わりませんよ?」

 

――やはり、先生をケガさせた罪は深いのだろう。彼女たちは、空崎ヒナのその圧倒的なプレッシャーを受けながらも一歩も引くことなく、殺気立った表情のまま、彼女のその顔を睨みつけた。

アビドスと風紀委員会の間に険悪な空気が流れる。誰かが引き金を引けば、連鎖して即座に戦闘が起きそうな緊張感。

 

「あうぅ、こういう時にホシノ先輩がいたら……!」

 

そんな血気盛んな彼女たちを前にしてアヤネは頭を抱え、困惑したように声を上げる。

 

「…ホシノ?」

 

アヤネの発したその名に、ヒナがわずかに反応した。

 

「アビドスのホシノって……もしかして、小鳥遊ホシノ?」

「はい?」

 

その瞬間――

 

「うへ、こいつはまた何があったんだか。すごいことになってるじゃーん」

 

軽い声が響いた。

 

「………!!」

 

戦場に、突如として現れた小さな影。

何の前触れもなく、今まで音沙汰がなかった小鳥遊ホシノがゆったりとした態度で現れた。

その緩い雰囲気を纏いながらも、彼女の小さな体に似つかわしくないほどの大きなシールドを既に展開しており、ショットガンを片手に持っているあたり戦闘ができる状態ではあるようだ。

当然現れた彼女に各々が驚いていたが、最も驚いていたのは意外なことに、空崎ヒナであった。

 

驚愕、動揺――彼女はまじまじとホシノを見つめる。

 

『ほ、ホシノ先輩!?』

「ホシノ先輩…!!」

「まったく…遅いわよ。」

「ん…やっと来た。」

「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね〜、少し遅れちゃ――」

 

対策委員会の4人が目を輝かせ、ゆったりとした足取りで進むホシノへ顔を向ける。

ぽりぽりと頬を掻きながらも、その笑みを浮かべ、ホシノは周囲を見渡し――

 

――彼女の"瞳孔"(オッドアイ)が、"先生"を照らした。

 

「うへっ!? 先生…?」

 

ホシノが、先生を目にした途端、その表情を歪ませた。

額から滲む血、砂と埃にまみれた顔、破れた服。

誰の目から見ても、それは明らかに"転んだだけ"では済まされるようなものではない。

その眠たげな瞼が徐々に開かれていくのが見えた。。

 

"……やぁ、ホシノ、おかえり。"

 

先生は小鳥遊ホシノを見ると、ほんの一瞬だけくしゃりと顔をゆがめ、それから先程までのホシノと同じように――にへらと緩く、笑顔を見せた。

 

恐らく、小鳥遊ホシノを心配させまいと思ったのだろうか。しかし彼女から見れば、その笑みは、額から流れる血と相まって、むしろ痛ましく見えて仕方なかっただろう。

 

一歩、一歩と先生の元へ足を踏み出し、ホシノは口を開く。

 

「それ……どうしたの?」

"あー…えっと……"

 

明るさの消えた小鳥遊ホシノの口調に、先生の視線が泳ぐ。"…何といえばいいのだろう。"そんなことを考えているのだろうか。幾度か口をまごつかせ、ようやく彼の喉から出てきたのは――

 

"…転んで怪我したって云ったら、信じてくれる?"

 

消えてしまいそうなほどに、小さく絞り出したその言葉。

困ったような表情を、そのぎこちない笑みで覆い隠し、小鳥遊ホシノへ問いかける"彼"(先生)に対して…

 

わたしはただ…彼の顔を見ることしかできなかった。

 

(……何故だ?)

 

 先生の怪我の原因が何であるかなど、今の状況を見れば明白だった。

 風紀委員会の砲撃、その巻き添えを受けたのだ。

 それは誰の目にも明らかなはずだ。

 

それなのに――彼は"そう言う"。

まるで、誰のことも責めるつもりはないと言わんばかりに。

 

 ――何故、誤魔化した?

 

吉良は思わず視線を落とし、自分に寄りかかる先生の体重を感じた。

ふらつきながらも立ち続けるこの男は、一体何を考えているのか。

 

血を流し、体を傷つけ、それでも他人を庇い、笑顔を浮かべる。

そんな生き方は――吉良吉影にとって、理解の範疇を超えていた。

 

……だが、それ以上に彼が理解できないものがあった。

 

"教師"が戦場で銃弾を避け、軍隊のような少女たちが血を流しながら戦うこの状況……

そして、彼女たちの忠誠心は異常なほど高いこの始末――

 

(――意味が分からないな。このふざけた茶番は……)

 

この世界の理不尽な構造。

子供たちが戦争を繰り広げ、大人が"戦場に立つ理由"すら問われない現実。

 

(……"教師"というのは、こんなものなのか?)

 

わたしの知る教師という存在は、静かで、穏やかで、"普通"であるべき存在だった。

だが、目の前の男は――銃弾が飛び交う戦場で、敵意を向けられながらも微笑み、"生徒を守る"ために命を張っている。

 

(この世界では、それが"当たり前"なのか……?)

 

不可解だった。

 

だが――それ以上に"異質"だったのは、この状況に疑問を抱かず、先生の言葉を受け入れようとする少女たちの方だった。

 

「そ、そう…なの?」

 

ホシノは眉をひそめながらも、先生の言葉に反論することなく、僅かに頷く。

だが、吉良には分かった。

 

彼女は納得したわけではない。

むしろ、先生の"優しさ"に――何もできない自分自身に……余計に苛立っているようにも見えた。

 

(……ふん。)

 

小さく鼻を鳴らし、吉良は顔を背けた。

 

――彼の横顔を、これ以上見てはいけない気がした。

 

 

「ホシノ先輩がのんきに昼寝なんてしてた時、こっちは色々大変だったのよっ! ゲヘナのやつらが……」

「でも、もう全員撃退した」

「まだ全員ではないですが……まあ大体は」

「ゲヘナの風紀委員会、ね……便利屋を追ってここまで来たの?」

 

ホシノの視線が展開する風紀委員会――そしてヒナをなぞった。

 

「…………」

 

 ヒナは答えない。いや――答えられない、と言った方が正しいか。

 まるで、ホシノの存在そのものが彼女にとって"予想外"であったかのように、目を瞬かせながら彼女を観察している。

 記憶と照らし合わせているような……その記憶との齟齬に、困惑している様子だった。

 

 吉良は静かに、その様子を眺めていた。

 

(……知り合いか? それとも、一方的に認識しているだけか?)

 

「……ま、おじさんよく事情は分からないけど、対策委員会はこれで勢揃いだよ。」

 

 ホシノは一歩、一歩と、ヒナと距離を詰めながら、口を開く。

だが、その声には先ほどまでの気楽な雰囲気はない。

ホシノの足が止まる。ヒナと、ホシノの二人は、手を伸ばせば届く様な距離で対峙した。互いの視線が交差する。

 

「ということで、あらためてやり合ってみる?…()()()()()()()()?」

 

笑顔は浮かべている。普段の気だるげな雰囲気を纏いながらも……――だが、彼女の青色金色"オッドアイ"だけは決して笑っていなかった。

 

怒り――否、それ以上の"苛立ち"が、彼女のオッドアイに宿っていた。

 

先生の額から滲む血、ぼろぼろになった服。

ホシノは、それを見てしまった。

 

――風紀委員会が、先生を傷つけた。

 

 それを認識した瞬間、彼女の表情から"余裕"が消えた。

 彼女のオッドアイが、獲物を捕らえた獣のように鋭く光り、ヒナを真正面から睨み据える。

 

だが――

 

「…………」

 

対する空崎ヒナは――それに対して何の反応も示さなかった。

 むしろ、彼女の登場によって彼女の中で何かが整理されたのか、先ほどまでの警戒心がどこか薄れているように見える。

 

「……一年生の時とはすいぶん変わった、人違いじゃないかと思うくらいに」

「……ん~? 私のこと知ってるの?」

 

 ようやく思考が追いついたのか、ヒナはまるで遠い記憶を手繰り寄せるような口調で言った。

 しかし、ホシノの方は首を傾げる。

 彼女の反応から察するに、空崎ヒナのことを特別に意識していたわけではないようだ。

 

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒たちをある程度把握してたから。特に小鳥遊ホシノ……あなたのことを忘れるはずがない。あの事件の後、アビドスを去ったと思ってたけど」

「………?」

「……そうか、そういうことか……だからシャーレが……」

 

ヒナは何かを理解したように呟く。

 ホシノは訝しげに眉をひそめるが、ヒナはそれを無視し、考えを巡らせるように僅かに頷いた。

 

(……やはり、この二人の間には何かある。)

 

 吉良は確信する。

 空崎ヒナの動揺、そして小鳥遊ホシノに対する反応――その後の彼女の表情は、"納得"に満ちていた。

まるで、これまでの全ての出来事に"答え合わせ"ができたかのような、そんな表情だった。

それは、単なる"要注意人物"としての認識以上のものがあるように思える。

 

「まあいい、私も、戦うためにここに来たわけじゃないから。……イオリ、チナツ。」

 

――そして

 

「撤収準備、帰るよ」

 

 彼女は――風紀委員会に撤退を命じた。

 

「えっ!?」

『帰るんですか!?』

 

思わず、イオリやアヤネが驚愕の声を上げるが、ヒナは意に介さない。

彼女の判断はあまりにもあっさりしていて、驚く者がほとんどであった。

かくいう吉良もまた、内心で驚きを隠せなかった。

 

(これだけの兵力を動かしておいて……今さら引くのか?)

 

 ヒナはゆっくりと歩を進め、シロコたちとの距離を縮める。

 およそ五メートルほどの距離で立ち止まると、彼女は背筋を伸ばし――

 

 

   ゆっくりと、深く頭を下げた。

 

 

「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。このことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、アビドス廃校対策委員会に対して公式に謝罪する。」

 

 ――最敬礼の謝罪

 

「今後、ゲヘナの風紀委員会がここに無断で侵入することは無いと約束する。建造物や治療費についても、こちらで補償する。どうか許してほしい」

「委員長⋯⋯」

 

その言葉に、風紀委員会のメンバーたちも動揺を隠せない様子だった。

しかし、イオリが納得できないような顔で口を開く。

 

「ま、待って委員長! あの校則違反者たち……便利屋はどうするんだ!?」

 

イオリが食い下がる。

だが、ヒナは目線だけを向け、その言葉を制した。

 

「…………」

 

 睨む、とまではいかない。

 しかし、イオリが何かを言う前に"黙らせる"だけの"重み"(スゴ味)があった。

 

「あ、う……」

 

 イオリはその紫色の瞳を前にして、ただ押し黙るのみであった。

 

「……ほら、帰るよ」

 

ヒナの一言で、風紀委員会の生徒たちは素早く持ち場を離れ始めた。指示に迷いはなく、統制の取れた撤退だった。

その様子を確認したヒナは、静かに息をつくと、ゆっくりと先生と吉良の元へと歩み寄った。

 

まるで、一歩ごとに何かを見定めるかのように。

 

コツ、コツ、コツ――

 

足音が近づくにつれ、張り詰めた空気がじわりと重くなる。

 

「……シャーレの先生」

"ん、私?"

「そう。あなたに伝えておきたいことがある。これは直接言っておいた方がいいと思って。」

"何の話?"

 

ヒナがそう切り出した直後、彼女の視線がふと先生の隣へと向いた。

 

――先生の横に立つ、吉良吉影へ

 

「……ところで、その人は?」

"え?"

 

ヒナの視線は冷ややかだった。アコが見せた無関心とは違う。

――これは、警戒の目だ。

 

「失礼かもしれないけど……その人、何者?」

 

その問いに、吉良はわずかに目を細めた。

その反応に、ヒナの視線はさらに鋭くなる。

 

"えっとね、彼はカイザーローンの吉良吉影さん。ちょっとした事情があって、手伝ってもらっている感じだよ。"

 

先生が、アコに説明した時と同じ言葉で紹介する。

 

「カイザー…ローン……?」

 

ヒナの眉がピクリと動く。

その名に覚えがあるのか、それとも単に引っかかっただけなのか。

彼女の声には、わずかな不快感が滲んでいた。

 

「カイザーローンって、あのカイザーコーポレーションの?」

「…それが何か?ン?」

 

吉良がそう答えると、ヒナの表情はさらに険しくなった。

 

(ふぅむ…なるほどな……)

 

吉良は内心、苦笑していた。

無理もない。カイザーコーポレーションは表向きこそ名の通った巨大企業だが、その影では数々の黒い噂が絶えない。

軍需産業、政治工作、果ては裏社会とのつながりまで――

 

そして、カイザーローンはそんなカイザーコーポレーションの"グループ企業"だ。

彼女の警戒が一層強まるのも――当然だろうな。

 

「先生……」

 

ヒナが改めて先生へと向き直る。

 

「あなたに話したいことがあるの。悪いけど……その人には席を外してもらえない?」

「……」

 

吉良は何も言わなかったが、内心で舌打ちした。

 

(やはり、そう来るか……)

 

この男(吉良)の前で話すべきではない」と、そう判断したのだと察し、吉良は口を開こうとした。

 

――が、その瞬間。

 

「吉良さんは大丈夫だよ。」

 

先生の言葉が、あまりに自然に、そして当然のように割って入った。

 

「……え?」

 

ヒナが目を丸くする。

吉良自身ですら驚いた。

 

(……なぜだ。なぜ、こんなに信頼してるんだ?)

 

コイツはこのわたしとは出会って間もない。この吉良吉影が何者なのかもろくに知らないはずだ。

それなのに、なぜかこの男は最初から吉良を"信頼に足る人間"として接している。

 

彼のその言葉には、信頼とも、あるいは根拠のない楽観ともとれる、不思議な響きがあった。

 

ヒナと吉良、2人の間に一瞬、沈黙が流れる。

互いに、困惑を隠せないまま。

 

「……そう」

 

……しかし、やがてヒナは一度目を伏せ、再び静かに息をつくと、思い直したように口を開いた。

 

「…………これはまだ「万魔殿」も「ティーパーティー」も知らない情報だけど。あなたには知らせておいた方が良いかもしれない。」

"何の話?"

「アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」

"アビドスの砂漠で…カイザーコーポレーションが…?"

 

その言葉に、先生が一瞬、視線を吉良へと向けた。

 

吉良はその視線を感じ取る。

――だが、先生はすぐに何事もなかったかのようにヒナへと視線を戻した。

 

「そう。本当なら、廃校予定のアビドスに教える義理はないのだけど……一応、ね」

 

それきり、ヒナは黙った。

沈黙が落ちる。

 

……一瞬。

 

いや、それは"一瞬"のはずだったのに、やけに長く感じた。

数秒かもしれない。だが、それは1分、あるいは5分にも思えた。

 

言葉の隙間に漂う、妙に気まずい空気。

吉良はその時間の流れに耐えかね、ポケットの中で指をわずかに動かしていた。

 

(……言いたいことがあるなら、さっさと言えばいいだろうに。)

 

そう思うものの、ヒナは黙ったまま。

――やがて、静かに顔を上げると。

 

「……じゃあ、また…先生。」

"うん。またね、ヒナ。"

 

ヒナはそれだけ言い残し、振り返ることなく立ち去った。

吉良はその背中を見つめながら、ポケットの中で拳を握り込んだ。

 

(カイザーコーポレーションが…アビドスの砂漠で……か。)

 

それが自分の属するカイザーローンと無関係とは到底思えない。

先生が自分を信じている理由も、あの空崎ヒナが見せた露骨な不信感も――

吉良の脳裏に、『ガハハッ』と高笑いをするカイザー理事の姿が映った。

 

どれもが、不穏な渦の一部に思えてならなかった。

 

 

誰の介入もなく、誰かが引き止めることもなく――

 

ヒナの号令に従い、整然とした足音とともに、風紀委員の大部隊はアビドス自治区から静かに、しかし圧倒的な統率力をもって去っていった。

乾いた砂の上を踏みしめる靴音が、次第に遠ざかり、やがて風の音に紛れて消えていく。

まるで、嵐の後の静けさのようだった。

 

それまで張り詰めていた空気がふっと緩み、辺りには妙な静寂が広がる。

主要人物たちが視界から消えたその瞬間――

 

『…ふぅぅっ……』

 

安堵のため息を、アヤネが大きく吐き出した。ホログラム上だが、まるで体から一気に力が抜けたかのように、膝に手をつき、背中を丸める。

 

『風紀委員の全兵力……すごい速さでアビドスの郊外へと消えていきました……』

 

その声には、どこか現実感の薄い驚きが滲んでいた。

 

「もったいない、強い人と戦えるチャンスだったのに。」

 

シロコが肩をすくめ、冗談めかした口調で言う。

 

「シロコ先輩、どこかの戦闘民族みたいね……」

「まあ、私だって、もちろん喧嘩を売られたら逃げるようなことはしないけど。」

 

セリカはそう言って短く笑ったが、どこか張り詰めた雰囲気は完全には消えていなかった。

 

『……なんだか、さらに大ごとになってきている気がします。慌ただしいことばっかりで……分かっていないことだらけです』

「アヤネちゃん……」

「そうですね、今日も色んなことがありましたし……無理せず、私たちも休憩した方が良いかもしれません。」

 

そう言ったノノミの声にも、どこか疲労がにじんでいた。

だが、その空気に違和感を残したまま、シロコが先生の方へと歩み寄った。

 

「……先生、怪我、大丈夫なの?」

 

いつもの無表情とは違い、その瞳には確かな心配が滲んでいた。

 

"大丈夫だよ、大げさだって。"

 

先生は苦笑いを浮かべ、砂と擦り傷で汚れた白シャツを引っ張ってみせる。

 

"このくらいの傷、へっちゃらだよ。"

 

そう言ってみせる笑顔は、どこか無理があった。

 

「…でも、痛そう。」

 

シロコの声は静かだったが、突き刺さるように鋭かった。

 

"……うん、まあ、ちょっとね。"

 

先生は笑いながら頭をかいたが、その肩がわずかに震えていた。

 

「先生…来るのが遅くなってごめんね。」

 

ホシノがそう言いながら、先生の右腕、その袖にそっと触れた。

 

「もっと早く来てれば、こんなことにはならなかったのに……」

"そんなこと、絶対にないよ。"

 

彼女の表情は、どこか自責の念に満ちていた。

しかし、先生はそんな彼女の顔を見るや否や、首を横に振る。

 

"今、こうやってホシノが来てくれただけで、私は…とっても嬉しいんだ。"

「……そう、かな。」

 

ホシノは苦笑しつつも、その瞳の奥には未だに迷いが見えた。

 

『……とにかく先生、早く病院に行った方が…血も止まってませんし……』

 

アヤネが、心配そうに言葉を挟む。

 

"大丈夫、大丈夫。自分で行くから平気だって。"

 

先生は右手をひらひらと振り、わざと軽い調子で言った。

 

"なんてったって、私は…大人だからね。"

「ん、無理してる……」

 

シロコがぽつりと呟く。

 

「本当に……」

 

ホシノも、何か言いたげだったが、結局言葉を飲み込んだ。

それでも、先生の強がりがこれ以上崩れないと察したのか、誰も無理に引き止めることはなかった。

 

「じゃあ、今日はもう解散しよう。」

 

ホシノの声が静かに響く。

その声はどこか疲れと、ほんの少しの寂しい響きも混じっていた。

 

『はい。では今日は一旦解散して、また明日学校で状況の整理をしましょう』

 

アヤネがそう提案すると、4人が小さく頷く。

 

――確かに、百戦錬磨のアビドスの生徒たちと言えど、今日の出来事はあまりに濃密で、これ以上活動する気力など残っていなかったのだろう。

 

それでも……

 

"あの話"が、頭の片隅にしつこく引っかかる。

わたしと先生が空崎ヒナから聞いた、カイザーコーポレーションの話。

 

砂狼シロコはそれを気にしているのか、ずっとこちらを気にするような視線を送っていた。

――けれど、その思惑を断ち切るように。

 

「解散!」

 

ホシノの軽い声が響き、シロコはその視線を諦めたように逸らした。

 

「……まあ、先生が話してくれるだろう。」

 

そう心の中で呟きながら、私は歩き出す。

赤く染まり始めた夕焼けの空の下、アビドスの生徒たちはそれぞれの帰路についた。

その背中には、疲労と、それ以上に、どこか不安の色が影を落としていた。

 

……不穏な波が、すぐそこまで迫っていることを、誰もが感じていたのかもしれない。

 

 

暗がりに包まれた円形の空間。

 

壁は滑らかな金属で覆われ、僅かに赤紫がかった照明が鈍く反射していた。中心には白く輝く光のリングが描かれ、その光が床を淡く照らし出している。まるで舞台のようなその場には、静寂が支配していた。

 

リングの外側――闇の中に、黒服がただひとり、黙って佇んでいた。

 

背筋は伸び、足元はまるで根が張ったかのように微動だにしない。鋭い眼差しだけが薄暗がりの中で光を放ち、何かを見張るように虚空を見つめていた。

 

やがて――

 

(コツ、コツ、コツ……)

 

高い音が静寂を破った。

 

重厚感のあるブーツが、硬質な床を鳴らしながら近づいてくる。音は規則正しく、無駄のない動きで響いていた。

 

「来ましたか…」

 

暗がりの中に響く、黒服の落ち着いた声。

彼の視線の先には、長い黒髪に、黒い帽子、白いコートを崩して羽織った服装に、顔半分を覆うマスクをつけた少女。

 

「アリウススクワッドのリーダー…錠前サオリさん。」

 

黒服は静かに言葉を紡ぎ、じっとサオリを見つめた。声こそ穏やかだったが、その響きにはどこか鋭さがあった。

 

サオリは無言のまま帽子に手をやり、深くかぶり直す。

彼女の瞳が鋭く細められ、その視線はまっすぐに黒服へと突き刺さった。

 

「……わざわざ呼び出しておいて、一体何の用だ?」

 

吐き捨てるように言うサオリの声には、わずかな苛立ちがにじんでいた。

そんな彼女の様子にも動じることなく、黒服は静かに口角を上げる。

 

「まあまあ、先日は大変お世話になったので…感謝のしるしを、と。」

「それに…矢の恩恵を得られたのは彼女だけではないでしょう?」

 

そう言いながら、黒服の異形の頭部に刻まれた三日月のような口の模様が、深く尖るように歪んだ。まるで、その模様が嘲笑を浮かべているかのようだった。

 

「貴方に、もう一つお願いしたいことが出来ただけですよ。」

「……お願い?」

「クックック……」

 

黒服は喉の奥で小さく笑いながら、その歪な“笑み”をさらに強調するように三日月の口を広げた。

 

「あの一件は"マダム"も大変喜んでいるようですし……是非ともお願いできないでしょうか?」

 

挑発めいた声音が、静寂をさらに重くする。

 

「チッ……」

 

サオリは舌打ちをし、鋭い視線を黒服に向けた。

 

「用件はなんだ?」

 

低く冷たい声でサオリが問いかける。

 

黒服は無言のまま、するりと懐から一枚の写真を取り出した。

その写真をサオリの前に差し出す。

 

「……不安の芽は早めに摘んでおかなくてはなりません。」

 

そう言いながら、黒服は人差し指をピンと上に突き立てる。その仕草は、何かを強調するようにゆっくりと丁寧だった。

 

サオリは無表情のまま写真を受け取り、視線を落とす。写真に映っていたのは、白色のスーツに身を包んだ男。金髪に整った顔立ちと整然とした身だしなみが印象的だが、どこか人を寄せ付けない冷たい雰囲気があった。

 

「この大人は……」

「彼は危険人物です。」

 

黒服の声が静かに割り込む。

 

「……この美しいキヴォトスの…秩序を乱す者。」

 

その言葉が部屋の壁に響き、消えていく。その瞬間、空気がさらに冷たく張り詰めた。

サオリは写真をじっと見つめたまま、口元をわずかに歪める。

 

「…何をすればいい?」

 

その問いに、黒服の声が低く、重く響いた。

 

「彼の名は吉良吉影……」

 

ひと呼吸置いて、黒服は言い放った。

 

「この男を始末してください。」

 

部屋の空気がさらに淀み、静寂が張り詰める。写真を睨むサオリの指が、ゆっくりとその端を握り締めた。

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