ダンジョン攻略から十年が経った。
ライオス・トーデンは王となり、マルシル・トゥーリエは王国の魔術顧問兼大臣として、日々国政に追われている。
……とはいえ、その「国政」の内容が大いに問題なのだが。
「ライオス。あんた、またこんなものを出版したの?」
執務室で、金髪を振り乱しながら机を叩くマルシル。
その目の前には、豪華な装丁の一冊の本が置かれていた。
『幻獣と魔物の生態と共生 ~国王ライオス・トーデン監修~』
「……」
「説明しなさい!」
ライオスはゆっくりと顔を上げると、真面目な顔で言った。
「いや、これは国民のために書いた本だよ」
「ウソつけ!!」
マルシルは本をパラパラとめくり、怒りを溜め込んだまま詰め寄る。
「ちょっと!『コカトリスは懐くと羽を膨らませて甘えてくる』って何よ!?誰が試したのよ!!」
「俺の部下だよ」
「部下にやらせるな!!」
「『ケルピーは人を水の中に引きずり込むが、ちゃんと信頼関係を築けば乗せてくれる』」
「……おい!!!」
マルシルは目を見開いた。
「ライオス、あんたケルピーのこと覚えてる!?センシが手懐けようとして、結局ダメだったでしょ!?」
「ああ……覚えてるよ」
ライオスの表情が一瞬だけ曇る。
マルシルは思わず息を呑んだ。
「……センシは本当に頑張ってたんだ。魔物を理解しようとして、共存できる可能性を信じてた」
「……」
「でも、ダメだった。あのとき俺が殺さなければ、センシは助からなかった」
ライオスは、机の上の本に視線を落とし、静かに続けた。
「あれ以来ずっと考えていたんだ。魔物は、人間にとって脅威であると同時に、ただの敵として片付けるには惜しい生き物でもある」
「だからって、“共生”なんて軽々しく言えるの?」
マルシルの問いに、ライオスは首を振った。
「軽々しくは言えないよ。でも、少なくとも“知る”ことはできる。無知が、悲しい結末を生むことだってあるから」
ライオスの言葉に、マルシルは思わず息を呑んだ。
——ふと、彼の顔をじっくりと見てしまった。
ダンジョン攻略の頃、ライオスはまだ若かった。だが、今はもう36歳。
短髪だった髪は少し伸び、軽く後ろに流している。
以前より目の下のクマが目立ち、顔つきも少し鋭くなった。
国王という立場になってからの十年は、彼にとって苛酷な時間だったのかもしれない。
「……マルシル?」
ライオスが不思議そうに首をかしげる。
「いや、なんでもない」
マルシルは小さくため息をついて、椅子に座り直した。
「……ねえ、ライオス」
マルシルは改めて、ライオスの顔を見つめた。
「ダンジョンの主に呪いをかけられたこと、忘れたの?」
「……忘れてないさ」
ライオスは苦笑し、自分の手を見つめた。
ダンジョンを攻略した際、ライオスは主に呪いをかけられた。
それ以来、魔物たちはライオスに近寄らなくなり、彼がいる場所には魔物の姿がない。
この効果は、王宮とその周辺にも及んだ。
城の敷地内では、魔物被害が一切発生しない。
——そこでライオスは、城から離れた「旧貴族領の廃屋」を改修し、**魔物の研究と共生のための施設(牧場)**を作った。
そこには、魔物研究員たちが集まり、ライオスの代わりに魔物の観察・飼育を行っている。
「正直、国民からは好評なんだけどね。『国王のいる城下町は安全だ』って評判だし」
「……まあ、それはいいことだけど」
「ただ、僕自身は少し寂しいな」
ライオスは肩をすくめる。
「昔みたいに、魔物に触れたり、じっくり観察したりしたかったのに……」
「だからって部下にやらせるな!!」
マルシルが机を叩く。
「ねえ、ライオス。もう宮廷で魔物を勝手に飼うのは禁止だからね」
「ええっと……それはちょっと難しいな」
「なに?」
「実は、その廃屋の地下でバジリスクの卵がもうすぐ孵る予定で……」
「この国どうする気なのよおおおおお!!」
マルシルの叫び声が王宮に響き渡った