令嬢戦記 〜魔法と弾丸が交差する世界でお嬢様は生きる〜   作:沙悟寺 綾太郎

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第一話 お嬢様、戦場に立つ。

 ──それは、白い翼を持った天使の姿だった。

 

 戦場にて、天高く浮遊するそれは、まさしくそれ以外の言葉で表現しようがない。

 

「あぁ、終わりだ……」

 

 隣の兵士が、ぼそりと呟いた。

 

「あれが……人類の敵……魔女、ですの?」

 

 令嬢の知っている絵本の中の存在と、眼前のそれは、あまりにも違った。

 黒いローブに、三角の帽子。幾つもの皺の入った老婆の顔。それこそが、魔女というもののイメージだったのだ。

 

「お嬢様。お下がりを。このアリアンナ、命に変えても、お守りしますゆえ」

 

 令嬢の前へと出たメイドが言う。けれど。

 

「あれを、どうやって……」

 

 その場は、絶望に包まれていた。もはや一縷の望みすらも感じられず、ただ死を待つのみ。そういう雰囲気だった。

 

「──下を向くなっ!! 戦うんだ!!」

 

 はっと、場の空気に飲まれかけた心がその言葉に上を向く。向かされる。

 

「死にたかねぇだろ! なら、全力を尽くして、奴を落とすっ! それだけだ!」

 

 その男の言葉は、あまりにも力強く前のみを見ている。

 

「そ、そうだ俺たちは……」

「ああ。兵士なんだ、戦うんだ」

 

 惨たらしい戦場に、確かにその歓声は響き渡るのだった。

 

 そうして、時は遡る。

 

***

 

 荒野に絶えることなく、響き渡るは腹の底を突くような砲火の断末魔と銃の叫び。

 続いて、少女が感じたのは焦げた土の独特な香りとつんと鼻の奥が痛くなるような火薬の異臭だった。

 

「あ、あら? あらら?」

 

 少女は背筋に冷たいものを感じながら、ゆっくりと辺りを見回す。

 赤く、幾人もの血を吸い上げたような不吉な赤土の大地と、青空を飲み込んだ暗澹たる曇天は低く唸るように走る雷(いかずち)。

 

「え、ええ?」

 

 地を這いずるは、黒い鉄箱。車輪でも足ではなく、帯のようなものを回転せながら歩く巨大なそれには、一門の砲が上部に取りついている。

 少女の金色の髪、白い肌に青い目やその優美な群青のドレスは殺伐とした戦場において、あまりにも異質だった。

 

「──こ、ここは……何処、ですの?」

 

 貴族令嬢の少女はそんな戦場の真っ只中に、呆然と立ち尽くしていた。

 

「何をやっているんだっ!」

 

 怒号が響く。びくりと肩を震わせた少女は、おそるおそる振り返った。

 荒ぶるイノシシのように突進してきたのは、一人の兵士。

 

「わ、わたくし何かしてしまいまして!?」

 

 目が合うなり、少女は目じりに涙を浮かべ、一歩二歩と後ずさる。なぜ、怒鳴りつけられたのかも分からなかったからだ。

 同時に、その足元にことんと何か黒い鉄の球が落ちた。

 

「……へ? なんですの? これ」

 

「くっ! 伏せろ!」

 

 兵士は覆いかぶさるように、少女を押し倒すと背後のくぼみに身を隠す。

 鉄球が炸裂する音と衝撃が頭上を駆けまわった。

 

「いやああああっ!!! なんなんですのおおおおっ!!??」

 

 ここは何処で、何が起こっているのか。先ほどまで、ティータイムを送っていた自分の身に何が起こったのか。

 

「ぐふぉ!」

 

そんな数多くの疑問の答えを何一つとして得ぬまま、地面に頭を打った少女の意識は薄弱と朧めき、ついには真っ暗な場所に堕ちていった。

 

***

 

「アリアンナ、今日の茶菓子は何ですの?」

 

 紅の鮮やかな薔薇の花壇に囲まれた広大な庭園の広場。

その中心の大理石の噴水の傍ら、六角形のガゼボの下にて、金色の髪の令嬢が問うた。その手には、白磁器とその受け皿。

 

「本日は苺のケーキとマーマレードのクッキーです」

 

「ほんとうですの!? わーい、嬉しいですわ!」

 

 世界三大貴族にも数えられる大貴族ガーデン家の一人娘にして、貴族の間では知らぬ者のいない有名人。才色兼備の令嬢。

 ソフィア・ガーデン。少女の名前だった。

 

「ふふ、やはり紅茶には甘いものですわね」

 

「話は変わりますが、お嬢様……本日の座学はお済になられたのでしょうか?」

 

 ソフィアの専属お世話付きメイド アリアンナ・ラフランスが笑顔のままで問い詰めた。

 

「も、もちろんですわ! 本日は……その、帝王学というものを学びましたの!」

 

「……嘘でございますね? 本日は水曜日でございます。帝王学は金曜日。予定通りならば本日は、魔法学でありましょう?」

 

 確かに見た目は華々しく、その顔立ちは端正。両親と同じく黄金の髪は、飾り細工ように毛先に近づくにつれて、螺旋を描く。いわゆるロールヘア。

 

 肌は絹のように滑らかで、屈託のない朗らかな笑みは令嬢というには余りにも幼い。しかしだからこそ、周りの世話役たちも親しみやすいのであった。

 

「座学をずる休みされたのであれば、やはり今日のおやつを与えるわけにはいきませんね」

 

「え! それは卑怯ではなくて!?」

 

「でしたら、午後からこのアリアンナと勉強してくださいますか?」

 

「それもいやですの! 勉強なんてしたくないですの! 特に魔法なんて……野蛮で、恐ろしい力なんて……」

 

「お嬢様……」

 

 同情するように、アリアンナは目を細めた。

 

「お嫌いですか? やはり、魔女は」

 

「嫌いですとも! だって! 絵本の中では魔法使いはいつだって悪役ではありませんか!」

 

「……そうですね」

 

「それよりも、おやつ抜きなんて嫌ですわぁぁ!!」

 

 いやいや、とソフィアは子供のように首を横に振り、拒絶を露わにした。

 

「はあ、お嬢様。はしたないですよ?」

 

「構うものか! ですわ! どうせ、アリアンナにしか見られていないですもの!」

 

 わがままで自分勝手。嫌と言えば、かたくなに駄々をこねる。才色兼備と言えるほどの色はあれど、才はなく……。

 まあ、一言でいうなら。

 

「お嬢様、そんなでは『おバカ』は一生治りませんよ?」

 

「あ! バカと言いましたわね! アリアンナ!」

 

 アリアンナの言う通り。そう、バカなのであった。

 パンがないなら、ケーキを食べればいいじゃない。そんな風に天然で世間知らず。

 

 身内びいきをしていても、実はかなり酷い。

 

「お嬢様。わがままもいい加減にしませんと、嫁の貰い手が見つかりませんよ」

 

「うぐぐっ」

 

 先日の一件のことを言っているのだろう。結局、婚約破棄された舞踏会のことを。

 

「……いいんですわ! それで! わたくしにはアリアンナがいてくれますもの!」

 

「お、お嬢様」

 

 まんざらでもなさそうに顔をほのかに赤らめるアリアンナは、しばらくしてから我に返る。

 

「そ、そういう問題では……」

 

「アリアンナは私と一緒は、嫌……ですの?」

 

「い、いえ! そのようなことは決してっ!」

 

「でしたら、良いではありませんの」

 

「……はあ」

 

見事丸め込まれたアリアンナは頭を抱えたまま、ため息を鼻から逃がす。切り替えるように、咳ばらいを一つして一通の手紙を取り出した。

 

「お嬢様。それはせておき、お手紙が届いておりました」

 

「ふふ、きっと晩餐会のお誘いですわ。こう見えてもわたくしは人気者ですのよ?」

 

 貴族間で行われる政略結婚のことなど、つゆにも知らず、ソフィアは手紙を受け取った。と同時に首を傾げる。

 

「……赤い、紙? 初めて見ますわね」

 

 裏にも表にも何も書かれていない。幾度となく手紙は受け取ってきたのだが、こんなことは初めてだ。

 

「え、えーと。これは、いつ届いたのかしら?」

 

「それが、今朝郵便受けに入っていたのですが……」

 

 アリアンナはうーんと首を傾げる。よく分かってはいないようだった。

 

「ま、構いませんわ。早速、開けてみようかしら」

 

 ペーパーナイフで封を切る。

 その刹那だった。

 

「──え?」

 

 まるで太陽が沈み、帳が下りたように、辺りが急激に黒く染まる。

 視界は、暗闇。何一つとして見えない。

 

「え、え、え? 何!? 何が起こりましたの!?」

 

「くっ! これはまさか転移魔法っ!? お嬢様っ! 何処ですかっ!」

 

 暗闇の中に、アリアンナの声だけが響いた。けれど、ソフィアがどれだけ、目を凝らしても、姿は愚かアリアンナの声の方向すらも、分からない。

 

「ど、ど、どうなってしまいますの!?」

 

 暗闇の中で、ソフィアの声が割れんばかりに轟いたのだった。

 

 ***

 

「じょう……さま……お嬢様!!!」

 

「…………はっ! わたくしのことですわねっ!」

 

 ソフィアは目を覚ます。一番最初に、目に映ったのは、ぼたぼたと涙を流すメイド。アリアンナの顔だった。

 

「良かった……ご無事で何よりでございますっ! お嬢様!」

 

「アリアンナぁ!!! 怖かったですのぉ!!!」

 

 アリアンナは抱き着いてきたそれに対して、ソフィアもしがみついた。

 正直、何が何だか分からなくて、ひたすらに恐ろしかったけれど、アリアンナがいてくれるなら大丈夫。そんな風に思えた。

 

「え、えーと、ここは……どこですの?」

 

天幕。薄汚れた布は少したるんでいる。足元にはカーペットは愚か、床すらもなく、地面がむき出しになっている。

 

「ほう、ようやく起きたか」

 

 天幕の入口がわずかに開き、一人の男が顔を出した。

 ボサボサの黒髪の下、左目に縦一本の傷が入っている。

 

「あ、貴方はいったい誰ですの! ここは何処ですの!」

 

 すぐさまソフィアは尋ねた。

 

「ここは、西の戦線。正直、あんたこそ誰だって聞きたいところだが、この際、順序はどうでもいい。見当はついてるしな」

 

 男はばさりと入り口を開け放つ。そうして、口角をゆるりと緩めた。

 

「──ようこそ、戦場(じごく)へ。お嬢さんたち」

 

 その男の眼光は、まるで鷹のようだった。

 

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