「2人とも!これみて!!」
「それは......チケット?」
「それも三枚も......一体どこでそんな」
翌る日、ユメが2人に海のデザインが描かれたチケットを見せる。
まるでトランプのようにそれを広げ、いつも通りの笑顔を見せていた。
「さっき商店街のおじさんにもらったんだ!この前天津くんが荷運び手伝ってくれたから渡してくれって。」
「ちょうど三枚......さては気ぃ使ったな......」
ユメは垓にチケットを渡す。
垓はそのまま受け取り、ホシノとユメに一枚ずつ渡す。
「んー......と、来月できるアクアリウムの先行入場券?」
「これ、もしかして高いんじゃ.......」
ホシノは急に重みを増すチケットに慄きながらも、アクアリウムに想いを馳せる。
何を隠そうホシノは無類の魚好きだ。
魚というより、その雄大な海への憧れを持っている。
十五歳の少女がそれに意識を惹かれるのは当然のことだっただろう。
「せっかくだから三人で行かない?最近借金返済ばっかりで大変だったでしょ?」
「あー......どうだろ......もしかしたら行けないかも......」
「何か予定でもあるんですか?」
いつもは二つ返事で『ゴーイングトゥース!!』と叫ぶ垓なのだが、今回はその表情に何色を示していた。
「あー......その......兄妹が怪我しちゃって......結構大きい怪我だから最近看病しててさ......」
「えっ!?大丈夫なの?」
「俺もできれば付きっきりで居たいんですけど......やりたいことやれって言われまして」
垓はプログライズキーをかちゃかちゃといじり、その手持ち無沙汰を抑えるように動かしていた。
「......でも、みんなで行けたらいいなぁ......」
ユメのそんな一言に申し訳なく感じる垓だが、こればかりはしょうがないところもあるだろう。
「あまり先輩を困らせないでくださいよ。だって別に先輩はアビドスの生徒ってわけでもないのにたくさん助けてもらってるんですから、プライベートまでせり出すのは失礼ですよ」
「うぅ......確かに......」
ホシノがユメを諌め、自身もチケットをポケットの中に仕舞う。
「まぁ、俺も行けたらいくよ。行けなかったら2人で行ってきてな」
垓はそう言って席を立つ。
「今日は俺南の方でジャンク漁ってくるから。2人はどうする?」
「私も南の方にパトロールに行きます」
「私はじゃあ学校で待ってるね。確か今日はカイザーの人も来るみたいだから」
三人はそれぞれ準備をし、2人は砂漠へ。
ユメは書類仕事と睨めっこ。
それぞれが今日も変わらない一日を始めた。
小鳥遊ホシノを、除いて
第−3話
『クジラは幸せなユメを見る』
________________
「私はここで大丈夫です」
「おけ。じゃあ暗くなる前にここ集合な」
2人は砂漠を抜け、比較的賑わっている市街地へ出た。
ホシノ自身の予定もあるため、垓は別行動についてそこまで言葉を出さない。
「......アクアリウム.........つまり大きい水族館のこと......ですか」
垓と別れると、ホシノはさっきもらったチケットを眺める。
チケットに描かれているイラストは、雄大に水面を泳ぐ鯨が有った。
「......先輩は......来られないんでしたっけ」
チケットを日の元に翳し、垓が来られないという事実に落胆する。
......落胆?
なんで私が落ち込む必要があるのだろう。さっきも自分で言っていただろう、先輩は別にアビドスの生徒じゃない。
「......まぁ、いいか」
ホシノはその感情に気づかず、目的地を目の前にした。
なんの変哲もない、テナントビル。
だが、ホシノは憎々しげにそのビルを見上げた。
「今は、そんなこと考えてる場合じゃない」
ビル内に入り、受付に案内されてエレベーターに乗り込んだ。
「.........チッ」
エレベーターの中でショットガンを構えやすいように肩にかけ、苛立ちが募って舌打ちを放つ。
その表情は重く、そしてどこか怯えを孕んでいた。
そうしているとエレベーターが16階に到着し、扉が開いた。
そして、真ん前に堂々と存在している木造の扉を
「......時間通り。ようこそ、暁のホルス......いえ、小鳥遊ホシノさん」
部屋の中にいたのは、全身を黒いスーツ、黒い手袋、そして人間とは思えない異形の黒い仮面がホシノを見据えていた。まるで値踏みするように、嫌に丁寧な目線で。
「御託はいい。早く要件を言ったら?」
「クックック......これはまた、手厳しい......いえ、その通り。時間は有限です、本題を話しましょう」
それからはいつも通りの勧誘と、軽い世間話だった。
気持ちの悪いほどにいつも通り。この恐ろしげな風貌すら慣れがきてしまった。
「いつも言っている。お前の勧誘を受けるつもりはない。」
「ですが、このまま延々と借金返済に学校生活を充てるのですか?それこそ時間の無駄でしょう」
ホシノは目の前の大人の言葉を軽くあしらう。
「......言いたいことはそれだけか」
ホシノは呆れを混ぜながらさっさとその部屋を立ち去ろうとする。
「天津垓」
「............は?」
なぜか、今黒服は先輩の名を放った。
「......彼と過ごす毎日は、楽しいものですか?」
何故か、そんなことを聞いてきた。
随分と優しい、そんな声だった。
「.........何度も言ったつもりだ。お前には関係ない」
困惑を呑み込み、ホシノはその部屋を後にした。
「......何を考えてる.......?」
そう呟き、ホシノはビルディングを去った。
___________________
「お、ホシノ」
「先輩?」
ビルから出てきたホシノを待っていたかのように、垓は大きな荷物を持って待っていた。
「案外早かったな。もう終わったか?」
「ええ、まぁ......ところでそんな大荷物どうしたんですか」
垓が肩から下げている大きな紙袋。
それも何やら横にも大きく膨らんでいる。
「ふっふっふ......ホシノにプレゼントだ」
そう言って垓はホシノにその紙袋を渡す。
「.......いいんですか?」
「良いも何も、ホシノのために買ったんだからもらっておくれ〜」
「.....私の、ため」
そう呟いておずおずと紙袋を受け取るホシノ。
その中には____________
「クジラのぬいぐるみ......?」
「あと水性生物の図鑑も入ってるぞ」
中には大きなクジラのぬいぐるみと、確かに図鑑が入っていた。
「これって一冊五千円以上するやつじゃ!?」
「あららばれてーら」
垓は値段が割れていることに残念がる。
「このクジラのぬいぐるみだって馬鹿にならない値段なんじゃ......」
「子供が値段気にすんな。普通に喜んどけ」
そう言って垓はホシノの頭をぽむぽむと撫でる。
「うへっ!?あ、頭!?でも値段......えっと......ぁ......」
髪に手を通す度にアホ毛がぴょこぴょこして可愛らしい。
ホシノも最初は抵抗の色を表していたが、徐々にそれを受け入れる。
なんなら、撫でられている感覚に集中しようと目を閉じてしまっている
「あの.....先輩」
「ん〜?」
ホシノを猫可愛がる垓。
それにホシノは自身を撫でている大きな手を意識しながら、まだ言っていない言葉を伝える。
「ありがとう、ございます。ぬいぐるみも、図鑑も。」
その言葉に、垓は一瞬表情を暗くする。
「.........っ...............どういたしまして!!かわいいなぁ〜コンニャロめ〜!!」
だが、それを認識させまいとさらに撫でる。
今度は両手を使って、頬まで撫でた。
「だっ、だからほっぺはぁぁ〜〜〜!」
撫でられていることに恥ずかしさを感じながらも、どこかまんざらでもないような嬉しい悲鳴をあげるホシノ。
やはり、その表情の翳りに気づくことはなかった。
__________________
「............は?」
「......何かわからない点でも?」
天津垓はホシノを黒服の手から守っただけでなく、長年アビドスを苦しめていた借金問題を全て解決した。
「そう。言葉通りの事実ですよ」
「.........な、んで」
ホシノは信じられない。
信じられないからこそ、だんだんと点と点がつながっていく感覚を覚えた。
「っ......証拠は!?先輩がそんなことをしてなんの利点がある!?そんなことをする意味も義理もないだろ!」
信じたくなくて、信じてしまって。
だんだんとあの人が何をしようとしていたのかがだんだんと明瞭になっていく。
だからこそホシノは否定した。
「証拠ならこちらに。しっかりと書類を残していきましたから」
なんとも、律儀な方ですからね。と黒服は続けた。
その言葉はどうやら書類に夢中になっていたホシノには聞こえていなかったようだが。
「任期は無期限。対価は彼自身の力の抑制と研究が認められました」
パラパラと書類を捲る。
何も怪しいところのない、非の打ちどころのない契約。
言うなれば、『ただの契約』に過ぎない。
確かに、最近はカイザーの連中が借金の取り立てに来なかった。
狩すぎでいなくなったものだと勘違いしていた。
「ただ、カイザーPMCは随分とお怒りでしたねぇ......一時は全勢力をアビドスに向けようと画策していたようです」
『契約理由:アビドス高校の復興と、小鳥遊ホシノ及び梔子ユメの絶対的な安全確保』
誰も書かないような書類の末端に、丁寧な字でそう書かれていた。
「それも無理矢理、彼が潰してしまったようですがね......クックック......取引相手が一つ減り、残念に思っていたところです」
黒服はさっきから何やら話しているが、びっしりと書かれた先輩の文字を読むのに時間がかかって何も聞こえない。
『敵対勢力であるカタカタヘルメット団、カイザーPMCは受け持つ』
『砂漠化した大地の緑地化』
『最終目標・アビドス砂祭りの開催』
ホシノは自分の長い髪の毛をグシャリと掴む。
知っている文字のはず、自分が読める文字のはず。
だというのに目が滑って、目の前が滲んで満足に読むことすらできない。
『砂狼シロコの学籍取得、恒久的な経済支援』
毎月、誰かから謎の支援物資が届いていた。
だからこそ、オートマタやスケバンに学校を占拠されずに済んだ。
シロコちゃんの学籍だって、すぐに連邦生徒会が動いてくれたおかげですぐに取れた。あの時はラッキー程度にしか思っていなかった自分が馬鹿に思える。
『売り渡した土地の買い戻し・一部未完遂』
そうだ、何故か誰かに買われていたアビドスの自治区が一部戻って来たのだ。
なんで気づかなかった
なんで気づけなかった
「そして、こちらを」
滲み出した視界の前に、小さな封筒が差し出された。
「彼___つまり天津垓からの貴女への手紙です。自分がアビドスから身を引くことになった際渡してくれと、そう頼まれました」
それまで何も聞こえなかったその声は、何故か今になってはっきりと聞こえた。
『小鳥遊ホシノへ』
封筒の前面には、そう書いてあった。
いつもの、『ホシノ』という呼び捨てではなく、妙に硬いフルネーム呼び。
すぐに開けて、中身を確認してしまいたかった。
だというのに、いつまで経ってもその封を切ることはできない
先輩の残した手紙なら、見たかった。
何も怖がることじゃないのに、『小鳥遊ホシノ』、そのフルネーム書きで書かれた文字に目を通すたび指が動かない
「......今日はこれまでにしておきましょう。これ以上は彼との契約に抵触しますので」
そう言って、黒服は席を立つ。
分からない。
なんで先輩はあんなこと言ったんだろう
『コンパスも持たない、地図も持たない。モバイルバッテリーに救難信号弾......果てには水まで持たないで砂漠で単独行動......はっきり言って馬鹿としか思えませんよ』
『クックック......これはまた、手厳しい』
『ほんっとにバカだ。あれでよく生徒会長が務まったと思いますよ......』
煙草片手に黒服と談笑する先輩の姿は、どうしても怖くて
怒りよりも先に、怖くなって逃げた。
『私たちのことを最後まで利用してたんでしょう!?どうですか!?楽しかったですか!?』
だから、いつもの優しい先輩に戻った時にようやく声が出た。
今更そんな顔で騙そうとしても無駄だと、子供のように都合よく先輩を責め立てた。
『詐欺師!!屑野郎ッ!!!人殺し!』
裏切り者の、はずじゃなかったんですか
どうしてそのままでいてくれなかったんですか
『............っホシ........ぁ............あ、そう、だな.......』
怒りと涙に濡れて、先輩の表情がよく見えなかった。
今思い出してみると、先輩の表情は顔面蒼白もいいところだった気がする。
違うと、もっと代弁してください。
勘違いだと、教えてください
認めないで。
『こんなものッ!!』
でないと_______________
「......ああ、そういえば彼はあの日私と談笑している時、こんな言葉を漏らしていました」
それも、嗚咽交じりに。
『本当にバカで、アホで、救いようのないほどのドジで......不器用な癖に一生懸命で、拒絶される癖に優しくて、子供のくせに誰かに、甘え、なくて.........背負い込んでっ......相談も、しないで........っ.........本当に......なん......で......!』
「何故、死んだのか。と......貴女たちの現状を憂い、それでも尚彼は涙を押し殺して貴女に会いに行っていました」
「自分は悲しむ資格などないと。後悔の言葉ばかり......珍しい姿でした」
淡々と、黒服は綴っていく。
「......おや?どうしました?」
そして、黒服はちらりとホシノの方を向き、
「何か、都合の悪いことでも?」
見据えた先のホシノは、深く息を何度も吸い込み、必死で口元を押さえていた。
どうやら涙を流していることにも気づいていないようで。
「そも、彼は確かに裏切り者でした。私と同じく貴女の神秘を_____
ガタンと、大きく音を立てながらホシノは立ち上がった。
そしてそのまま話など聞きたくないと言わんばかりの速度で階段を駆け降りていった。
もちろん、さっき渡した書類と手紙を持って。
「......都合の悪い言葉は、聞かない方が得でしょう。逃げるのは正解ですよ、小鳥遊ホシノさん」
クックック、といつも通りの気味の悪い笑い声を上げながら黒服も去っていった。
そうして、その部屋に黒服は戻ることはなく、アビドス自治区に『秤アルト』がいた痕跡はすべてもみ消された。
一つの、手紙をのぞいて。
垓くんはすぐどっか行っちゃうからね。既成事実作ってアビドスで幸せに暮らしたらよかったのに。あーあ。冷たく突き放しちゃったからもう2度とそのチャンスが訪れることはないのに〜。
残念無念また来年!!あ、来年は卒業するんだっけ?残念ん“〜