ホシノ視点の曇らせ過去編はあと一話二話ほど待っておくんなまし
契約は、一部が崩れて仕舞えば再び元に戻すことは困難とされている。
特に、『人間の身』が関わる契約は。
「ですので、こうなった原因の一端はあなたが握っているのですよ?小鳥遊ホシノ」
黒服はまたもや黒で彩られた部屋で独り言つ。
またいつもの、クックック......という仄暗い笑みを浮かべながら。
「あなたが崩したのは、紛れもなく貴女を守るための契りでもあった」
デスクに乗せられた『ゼロツードライバー』
その片割れは、今現在ホシノの手に握られている。
「その契約が存在したおかげで、貴女は今日に至るまで『普通の高校生』でいられた。借金返済に悩まされることもなく、大人の脅威に触れることもなく......」
不意に思い出したように、彼は自身の背後に目を向ける。
「そして、自分と、敬愛を浮かべた先駆者が愛した学舎で平和に暮らしていました」
その目線の先には、スーツを着こなした別の『大人』が佇んでいた。
「“......それが、垓があなたと交わした契約......“」
睨むように、『先生』は黒服を見据えていた。
だが、その表情には少しの焦りが生じているように見えた。
「アビドスが今日まで存在していたのは、彼の献身があったからこそ......これは比喩でも、ましてや誇張表現でもない」
天津垓はアビドスを長年苦しめていた企業『カイザーコーポレーション』を解体し、スケバン組織である『カタカタヘルメット団』を常に抑え込んでいた。
「“.......最近不良達の襲撃が多いと思ったら、そう言うことだったのか“」
再び先生は黒服を睨む。
「......勘違いをしているようなので一応伝えておきますが、これについて私は何もしておりません。強いて言うのならば、ヘルメット団が動きを見せた時に彼に連絡するのを、少々忘れてしまったことですかね?」
白々しく黒服は答えた。
だが、これについても黒服の言う通り。
今回契約を破ったのは紛れもなくホシノの責任だ。子供だとか、大人だとか、そんなことは関係ない。
『約束を破ってはいけない』
「彼と私の間にあった『タブー』に介入し、自らを危険に晒した......ただそれだけのこと」
「“けど、契約が破綻したことを垓に伝えていない“」
「そこまでの説明責任を果たす義務はありませんので」
「“それじゃあ質問に答えてほしい。セリカが拐われた時、情報をくれたのは黒服?“」
「それについては何も説明できませんが、『私ではない』それだけは約束いたしましょう」
「“最後に、今もホシノにこれといった危険が迫っていないのは、何故?“」
「......さて」
のらりくらりと、先生の言葉を躱わす黒服。だが、その受け答えで答えははっきりしているだろう。
「“.........わかった“」
そういって先生はホシノのように黒服に背を向ける。
すると、黒服が先生を引き留めた。
「......一つ忠告を。『危険が無い』と判断しているのならば、それは早計です」
「“......何か企んでるの?“」
「まさかまさか。ただの忠告です」
一切の笑いも無く、ただ淡々と底冷えするような声で言葉を連ねていく。
その様子に、先生ですら背筋が冷える感覚を感じた。
「今、アビドスが比較的安全な状態にあるのは、紛れもなく彼の影響です。
彼が残した軌跡は、公になっていればキヴォトスの歴史にすら載るような偉業。
「砂漠に花を咲かせ、その身一つで巨大企業を滅ぼし、破滅を待つしかない土地を復興の一歩手前まで進めた偉人......そう語り継がれていた事でしょう......ですが.........」
黒服は一拍溜めて________________
「偉人というのは、1人の愚か者によって影他人となってしまう.........それだけは、お忘れないように」
そうでなければ、再びアビドスは破滅の道を歩むことになるでしょう。そう、二年前のように......
それだけ、たったそれだけだった。
黒服が与えて来た情報は、まるで彼のことを持ち上げるようなことばかりだった。
「“知りたいことは......やっぱり分からずじまいか......“」
テナントビルに背を向け、先生は歩き出した。
“......やっぱり、本人に聞いた方がいいんだろうか“
“......ホシノに聞いてみようかな“
今、目の前には二つの選択肢が存在していた。
本人に聞けば、確実にはぐらかされる。
対して関わりの深いホシノに聞けば、簡単に教えてくれるとは思えない。彼の名前を発するたびに、ホシノの表情は険しくなっていたのをよく覚えている
「“また振り出しだぁ〜......何か打開策が見つかれば、ちょっとは役に立てると思ったんだけど.......“」
残念そうにトボトボと先生は歩いていく。アビドスに来たはいいものの、まだこれと言って何の役にも立っていないのが現状。
「“......もっと、垓みたいに強かったらなぁ......“」
無いものねだりをしてもしょうがないのだが、今は力を求めずにはいられない。
セリカが拐われた時も、自分は後方から指示を飛ばすことしかできなかった。
借金のことだって何も知らなくて、ただただ視察に来ただけの自分がバカみたいだった。
「“......あ、柴関ラーメン......“」
そんな思いを胸にしながら、先生はセリカの働いているラーメン屋の前に立っていた。
「“......考えても仕方ない。今は落ち着こう“」
そう言って暖簾をくぐり、カラカラと扉を開ける。
「ほらほら〜たくさん食べて!」
「あ、あの......餃子もありますよ......?」
「今日は私たちが奢る番よ!大将!替え玉お願い!」
「あいよぉ!」
溌剌とした声が店内に響いている。
「ちょっと......流石に困ってるでしょ」
「えぇ〜?大丈夫だって、だよね?『アルト』先輩?」
「さ、流石に多い......」
4人の女子高生に囲まれてラーメンや餃子を頬張る少年が1人。その姿と制服には覚えがあった。
「“......垓?“」
「がほっ!ごふぉっ!......せ、先生!?なんでこんなとこに!?」
声をかけてみると、啜っていた麺を勢いよく吐き出し、咽せながらこっちを向いてくれた。
どうやら、さっきの選択肢を考える必要はないようで安心した。
アルトくんは便利屋とは仲良さそう。