「はい、先輩」
「テンキューカヨコ......」
彼はカヨコから水の入ったコップを受け取り、口の中に充満した鉄の味を喉の奥に流し込む。
さっきむせたせいで出てきた麺も一緒に。
「“えーと......なんで便利屋のみんなが......?“」
「ふふっ......愚問ね先生。もちろん先輩にラーメンを奢りに来たのよ」
不敵な笑みを浮かべて聞かれたことを素直に話す赤毛の女子高生『陸八魔アル』
「昔から先輩にはお世話になってますから......せめてものお返しにと......」
オドオドとした態度で彼の後ろに隠れる『伊草ハルカ』
「そういう先生もどうしたの?アビドスの夜は危ないと思うんだけれど」
水と薬を飲んでいる彼の背を摩りながら先生に質問したのは『鬼方カヨコ』。
「もしかして〜、何か人に言えないコト、してたの〜?」
いたずらっ子っぽく笑みを浮かべ、先生にちょっかいをかけに行く『浅黄ムツキ』
いつもの『便利屋68』のメンバーだ。
「“まぁ、そんなところ?“」
「むー......つまんないのー」
思ったような反応を得られなかったのか、つまらなそうにしながらムツキは席に戻る。
「“それにしても、大丈夫?“」
「ん......ごく.........ふぅ、大丈夫に......げほっ......なりました」
錠剤を五つ、吸引剤を10秒ほど吸い込んだ彼はようやく落ち着いたようだ。
大丈夫とは言いつつも、大丈夫そうには見えないが。
「またすごい数......本当に大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。ありがとな、アル」
心配したアルに感謝し、彼は薬をポーチに仕舞った。
「ちょっと......ケホッ......外行ってきます」
「わかったわ。カヨコ、ついて行ってくれる?」
「了解」
顔を真っ青にした彼を支えながらカヨコ達は外に出て行った。
見れば彼の腕は細かく震えている。
「......それで、何か用があったの?先生」
「別に悪いことしてないよー?」
「“ああいや、みんなじゃなくて、垓に用があったんだ。というか、あれって大丈夫なの?“」
「薬を飲めば大丈夫、とは言っていましたが......」
店の外に行った彼の影を追いながら、先生は席に座る。
テーブルには食べかけのラーメンと、錠剤が入っていたパックが置いてあった。
「というか先生、垓って誰のこと?」
「“.........え?“」
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「はい。ライター」
「あんがと」
彼はカヨコから受け取ったライターでタバコに火をつける。
煙草、とは言ってもただの煙草ではなく、薬剤が詰められたクソほど苦い煙草
「スーッ.........ふぅー」
肺まで大きく煙を吸い、いらなくなった分の煙を吐く。
口の中にとてつもない苦味が残るが、これももう慣れたものだ
「......錠剤五つ、粉塵吸引剤、それに加えてネオシーダー*1まで......」
「ぺっ......まぁ、飲んでれば慣れるもんよ」
彼は2回目の煙を吸い、吐くと同時に分泌された痰を吐く。
「症状は最近どう?」
「この前ゲヘナに行った時は大丈夫だった。最近は......ちょこっと酷くなってる」
痰を吐いた後から咳が治った彼はカヨコと軽く話し始める。
灼熱の砂漠、アビドスであっても砂漠とだけあって夜はやはり寒い。
夜の闇の中に煙草の先端の火が燻り、薄灰色の煙が揺蕩う
「......にっげぇ......ぺっ」
再び痰を吐く。
「苦いなら早く捨てればいいんじゃないの?」
「最後まで吸わないと病院の先生に怒られんだ。実際この前一回怒られた。」
煙をふすふすと細かく吐き、何度かに分けて痰を吐く。
「......あと、時間稼ぎ」
「......何のための?」
彼はちらりと磨りガラスの向こうに視線を向け、目を離す。
「......なるほど、偽名ね」
「......御名答」
最後まで煙を吸い切り、灰になった先端を携帯用灰皿に押し付け、火を消す
「説明すんのめんどくせぇ......ってか絶対怒られる......」
「まぁ、怒られるだろうね。それに色々説明もしなきゃないだろうし」
火を消しても残る苦い匂い。
この匂いが、なかなかどうして嫌いじゃない
「.......じゃあ、久しぶりにちょっと話そうか」
「お、カヨコから振ってくれるのは珍しいな」
「珍しいって......私だって誰かと話すのは好きなんだけど......」
すっかり血色が元通りになった『アルト』とカヨコは会話を始める。
「ゲヘナに来てるなら、挨拶しに行けばよかった」
「あー......俺ヒナの......風紀委員会の手伝いしてたからさ」
「......そうなんだ」
「おう。温泉のバカとか美食のアホとかとっ捕まえてきた」
その時撮った写真をカヨコに見せる。
ほとんどが風紀委員の人と撮った記念写真ばかり。
食べた飯の写真も多い
「.........楽しそうだね」
「実際楽しかった。特に楽しかったのはバカ殿の相手だな」
「バカ殿......ああ、万魔殿のマコト」
「相変わらずのアホだった。イブキちゃんと遊んでる分昔よりは良くなってる感じはしたんだが......本質はどこも変わっとらんかった」
写真をスライドし、次々に写真を映し出す。
「......美食研究会、温泉開発部、万魔殿、風紀委員会」
「ん?」
「便利屋に顔見せに来てもよかったんじゃない?」
「お前らどこにいるかわかんねぇもん。」
「連絡してくれたら待ってた」
「......何怒ってんのさ」
なぜかむすっとした表情を浮かべるカヨコ。
普通女性と2人っきりの時に別の女性の話をするのは御法度。アルトは知らず知らずの内に地雷を踏みまくっているどころか、地雷原でタップダンスをしている
「別に」
「いーや、カヨコは怒った時に羽でバシバシ叩いてくるんだ。結構痛いぞ」
その通りである。カヨコはアルトの太もも辺りを翼でバシバシと叩いている。
「別に怒ってない」
「はいはい、そーですねそーですね」
煙草の箱を懐に仕舞い、ちょっとだけ拗ねたカヨコの頭を撫でる。
「......バカ」
アルトの肩に頭をぽすりと乗せる。
「はいはい。バカで申し訳ないんですわぁ」
ここまでやっても軽口しか出てこないアルトに若干キレそうになるカヨコ。
「流石に寒くなってきたから店ん中入ろう。ラーメン残してきちゃったし」
そう言ってアルトが扉に手をかける。
その瞬間________________
「伏せてッ!!」
アルトが突然カヨコに頭を抑えられたと感じた次には、柴関ラーメン一帯を爆発音が包んだ。
カヨコはやっぱりアルト君に寄り添ってくれそうな感じがする。
カヨコとアルトは年齢が18で一緒だから砕けた比較的砕けた会話ができるんだ。
あれが苦しいとか、あれが辛いだとか、誰にも言えない病状を気軽に相談できるんだ。
病院とかにも付き添いしてくれそうな気がする
んである日アルト君が倒れて病院生活が始まった時に、アリスクのみんなと同じ頻度。つまり毎日お見舞いに来てくれるんだ。
病床に臥して日に日に体調が悪くなって衰弱していくアルト君の手を握っていてくれるんだ。
そしてアルト君が死んじゃった時、便利屋のみんなは棺桶に縋り付く勢いで泣くのに自分だけ泣けないんだ。
最も、誰もカヨコのことを責めない。だからこそ泣けない自分に嫌気が刺すんだ。
その後ようやく自分の気持ちに気づいて初めて泣いちゃうんだよ。
誰にも聞こえないように声を押し殺して。
そして何年か経ったころタバコを吸ってるカヨコにアルちゃんが聞くんだよ。
「それ一本貰えない?」って。
だけどカヨコは大事そうにその煙草の箱を抱えて、
「社長の命令でも、あげられないかな」
ってクソほど苦いネオシーダーを吸うんだ。
あの人の匂いを、思い出すためにね。