「ここにいたんすね、ユメ先輩」
その言葉に答える者は、もういない
「......はぁー......どんだけ探したと思って.........ケホッ」
砂漠の熱を肺に吸い込み、つい咽せ返る。
咳がひどくなる前に、垓は煙草を咥えた
「ほら、帰るっすよ。ホシノが待ってる」
そして煙草を咥えたままその骸を背負い、灼熱の大地を歩いていく。
背に感じる質量が、どうしても軽い。
何も食わず、何も飲まず。
「............クソが」
その質量が、どうしてもそれを認識させて、垓に悪態をつかせた。
「水族館、行けなくなったじゃねぇか」
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一年後
「墓の方はこんぐらいでいいかな」
「うん。だいぶ綺麗になりました」
垓とホシノはユメの墓参りに来ていた。今日でユメの一周忌、墓の前には、ユメの好きだったお菓子や本が置かれている。
だが、防弾盾はホシノの手に握られていた。
「あーあー、鳥の糞が......やっぱあん時唐揚げにして食っとけばよかった」
「鴉の肉は硬くてまずいらしいから、あんまり食べないほうがいいんじゃないですか?」
「食うことには賛成なのか」
そう駄弁りつつ、垓は墓碑を磨き、ホシノは供える百合の花をハサミでカットしていく。
「......菊の花じゃなくてよかったんですか?」
「ユメが好きな花の方がいい。菊だと殺風景になりがちだからな」
汚れが落ちたところで最後に水をかけ、墓碑磨きが終了した。
細かく手入れがされているのが分かるほど、その墓は綺麗だった。
「墓の手入れ、任せてごめんな」
「大丈夫ですよ。私が好きでやってるんだし」
カコッ、と音を鳴らし、ホシノはジュースの缶を一つづつ開ける。
一つはホシノの分
「どうぞ」
「ありがと」
一つは垓の分
「ユメも、飲んどき」
一つは、墓の前に供えられた。
「喉大丈夫?」
「最近はだいぶ。咳は出るけど」
垓はオレンジジュースを啜り、墓の前に座り込む。
「......寒ぃ」
「......一月ですからね」
指が冷たくなるのに耐えかねて垓は缶ジュースを地べたに置いた。
まだ日中だと言うのに、コートが意味をなさないほどには寒い
「いつもはクソ暑いくせに......」
「ホットの方が良かったかも......」
ホシノも指が冷たくなったのか、垓と同じく缶を置いた。
ホシノの方はまだ垓より厚手のコートを着ているため、垓より体温はマシなはず。
だが、その程度の誤差。
「......髪伸びたな」
「切ってる暇ないですからねー......短い方がいいかなぁ」
ホシノは頭の後ろでまとめた髪を撫でる。
ぱっと見でも分かるほど、ホシノの髪は伸びていた。
「ユメ先輩見てくださいよぉ〜ロングのホシノ!かぁわいいねぇ〜」
ペチペチと墓石を叩く。まるで隣に誰かが座っているかのように、彼は振る舞った
「......先輩は、髪が長いのと短いの、どっちが好き?」
にへら、と崩れた笑みを浮かべ、ホシノは垓に質問した。
「ん“ー......どっちも魅力があって、いいんじゃあないですかねぇ?」
「あはっ、なんですかそれ」
いつものように、2人は喋り合う。
ユメがいた時と何も変わらない。
楽しそうに喋る2人をユメはいつも静かに見守っていた。
確かに会話に参加することの方が多かったが、なぜか2人を見守りながら微笑んでいるユメの姿が脳裏に刻み込まれている。
もうそれしか、再現性がないからだろうか
「......ホシノは、これからどうする?」
「.........藪から棒ってやつですね......別にどうもしないかな」
昔のようにキレのある声ではなく、なんとなくおっとりした声でホシノは返す
「アビドスに残って、借金を返すあと、シロコちゃんたちの安全かな」
「......1人で、か?」
アビドス高校には今2人の新入生が迎えられている。
だが、それを守る鉾はホシノ1人だと言う事実には以前変わりない。
「1人でって......先輩も一緒でしょ?」
「俺だってゲヘナの生徒だぞぉ?いつ来られなくなるかわかんねぇじゃん」
「縁起でもないこと言わないでくださいよー.......」
その後も軽く雑談しながらジュースを飲み切り、2人は帰り支度をする。
「......来年も来るわ」
「私とは毎週ですけどね」
2人で墓碑を撫で、背を向けて去る。
2度目にしては、なんだか足が重い気がした。
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「じゃあ俺、よるとこあるから」
「わかりました。じゃあ1時間後にここで」
通り道にある小規模なマーケット。もちろん非合法のものであり危険なのだが、キヴォトス屈指の実力者の2人にはあまり関係のない問題だった。
「......どこに行くんだろう」
アルトの後ろ姿を眺めると、不意にそんな疑問がホシノの頭をよぎった。
なぜそう思ったかは、今になってもわからない。
「ついて行ってみよっと」
にへっとわらい、ホシノは垓の後をつける。
後で驚かせようとでも思っていたのだろう。今になってからは、やっぱり知りたくなかったと言うのが本音だ
「......随分複雑な道を......」
垓が進んでいくのは、もはや道とは言えないような場所も多かった。
用水路を跨ぎ、草むらを進む。
だんだんと暗くなっていく空に、背が押されるような感覚だった。
「.......廃墟?」
道なき道を進んだ先には、ボロボロになった廃墟が聳え立っていた。
異様なほどに大きく、一部がまだ稼働しているところになぜか不安を覚えた。
「なんで、こんなところに」
結構な速度で歩いていく先輩を追い、私も廃墟の中に入る。
「えっ......?」
入った時には、先輩はすでに姿を消していた。
息が荒くなる。
「一体どこに......」
足音を拾えると思い、私は耳を澄ます。
だが、どこかから話し声が聞こえてきた。
「...............で.....................頼みます」
「...........通り...............した..........」
だが、距離はまだ離れている。
私は余計な音を立てないように限界まで気配を消して廃墟内を歩いていく。所々機能を停止した機械や、オートマタたちが転がっていた。
「......頼んでた抽出は?」
「それも予定通りに」
不自然に捻れた通路を歩いていくと、奥の部屋から先輩の声が聞こえた。
だが、聞こえてきたのは先輩の声だけではない
「......黒、服?」
ドクン、と心臓が波打つ。
なんで、こんなところで黒服と先輩が話している?
煙草を片手に話し込んでいる先輩の表情が、見たことないほどに冷たい
それが、私はどうしても怖かったのを覚えている。
「まさか、あなたから提案があったとは思いもしませんでした」
「俺だって楽しくてやってるわけじゃないっすから」
煙草を短く吸い、煙を吐き出す。
「約束は、守ってください」
「ええ、それについては『絶対』と言い切りましょう」
約束とは、なんのことだろう
今すぐ出て行って問い正したかった。でも、自分の体が動いてはくれない
「......ところで、今日はなぜこちらに?」
「ユメ先輩の墓参りだ」
「ユメ......ああ、砂漠で亡くなったあの」
「.........ああ」
ユメ先輩の名前を聞いた時、私の心臓はいっそう鼓動を強めた。
伝う冷や汗が気持ち悪い
ただただ扉に耳を当てて2人の会話を聞くことしかできなかった。
「子供が死ぬのは、私としてもあまりいい気分になるものではありませんね」
黒服は珍しくそう語った。
だが、その死を目の当たりにした垓の返答は違うものだった。
「......あんなん、自業自得ですよ」
ひどく、冷たい声
私の喉がヒュッ、と音を立てたっきり呼吸を止めた。
「コンパスも持たない、地図も持たない。モバイルバッテリーに救難信号弾......果てには水まで持たないで砂漠で単独行動......はっきり言って馬鹿としか思えませんよ」
「クックック......これはまた、手厳しい」
「ほんっとにバカだ。あれでよく生徒会長が務まったと思いますよ......」
先輩は、彼は呆れながらそう語った。
まるで思い出話のように。
ユメ先輩の死は、先輩の口から一切語られなかった。だと言うのに、なんで黒服には話すんですか
「.........っ」
怖い
あの冷たい声を聞きたくない。
その一心で、廃墟を出た。
どれくらい走ったかわからないけど、いつの間にか元の道に戻ってきていた。
あの道の進み方を、私は知らなかったのに
「はっ.........う“ぇっ.........」
ズキズキと痛みを上げる頭を抑え、私は道にへたり込む。
いつの間にか空は真っ暗になっていて、何時間経ったかもわからなかった
「嘘......だ.......!」
千切れそうになる頭を抑えて、どうにか痛みが引くまで耐える。
「先輩、は.......」
そんな人間じゃ無いはずだ
「......大丈夫か?」
「.............せんぱい?」
しゃがみ込んでいる私に声をかけたのは、先輩だった。
「えーと......とりあえず移動すっか」
先輩は私のことを持ち上げて、人通りの少ない場所まで動かしてくれた。
さっきまでの冷たい表情ではなく、いつもの優しげな顔。
「何かあったのか?」
「.........何か、あった?」
私の顔を覗き込む先輩の顔を見た瞬間、さっきまであった頭痛が冷えるように消えていった。
「あ、もし頭痛なら鎮痛薬なら大量にあるからそれを________________
持っていたポーチの中から鎮痛薬を取り出そうとした垓の手を、ホシノは思い切り弾いた。
「ふざけるのも大概にしろッ!!!」
弾いた手から落ちた薬のポーチが薬をばら撒きながら落ちた。
「......ホシ、ノ?」
理解が追いつかないと言う表情で先輩はこちらを見つめていた。
「いつから......いつから騙してたんですか!?」
今の先輩は怖くなかったから、私は一気に捲し立てて先輩を責め立てた。
「なんで黒服と一緒にいたんですか!?なんのためにアビドスに近づいたんですか!!」
頬を伝う雫が、コンクリートの地面に落ちる。
駄々をこねた子供のように、地団駄を踏む。
「どうせ......ッ!どうせ私たちのことを最後まで利用してたんでしょう!?どうですか!?楽しかったですか!!?」
「ッ......!?なんでそれを..........?」
やっぱり、騙されていたんだと。
あの時、最後にユメ先輩と会った時の黒い心がまた声を上げる。
「今更ッ......!その気持ち悪い顔をやめろ!!」
罵った。
「その声も!表情も全部嫌いだッ!!」
罵った。罵った。罵った。
「屑野郎!!詐欺師ッ!!」
自分が思ってもいないことを、言った。
「俺、は」
何も、聞きたくなかった
「裏切り者!!」
「......ぁ..........っ........俺、は」
弁明も、何も聞きたくなかったから
「人殺しッ!!」
絶対に言ってはいけないことも、言った。
やっぱり私はガキで
何もできなくて
何も知らない
第−5話
『無知蒙昧』
________________________________
その日、小鳥遊ホシノは手紙の封を切った。
怖かったけど、読んで見たかった。
もしかしたら、もう一度だけ会うきっかけになってくれるかも知れなかったから
もう、あの時のユメを見たくなかったから
『小鳥遊ホシノへ』
便箋の最初にも、そう書かれていた。
お
前
を
許
さ
な
い
「お“ぇっ.........っ.........あ“あ“......」
吐く。
「う“っ“.........え“ぇ“.........」
気持ち悪い
「せん......ぱ.......ツ“っ“!?」
びちゃびちゃと、胃の内容物が排水溝に流される。
「う“......っ.........え“ぁ“.........ごめん......なさ“い.........」
私のせいで
「ゆる、して......く“ださい.........」
私のせいで先輩は
あの表情を、思い出してしまう。
嗚呼、どうか
どうか、やり直せる機会があるのなら
ホシノは、息も絶え絶えにスマートフォンの画面を開く。
1番下の連絡先に、『黒服』の名が表示される。
先輩に謝れるのなら
それをタップし、短くメッセージを送信。
『話がある』
どうか、もう一度チャンスをください。
次は必ず、うまくやってみせますから。
ほんへでは地獄みたいになってるけどさ、もしも垓くんと黒服の会合がホシノに見られていなかったらホシノと垓くんがくっつく可能性の未来もあったはずなんだ。
2人はきっとお互いの足りない部分を補える、それこそ『相棒』だったんだよ。
だからきっと今の思い違いがなければきっともっと仲良くなって、2人で教室でお昼寝する姿が見られるんだ。
ホシノが眠れない日は垓くんがたくさん甘やかして甘やかしてあったかくして寝るんだ。
具体的に説明すると、
頭やら背中やらお腹やら撫でれるところは全部撫でて、できるだけあったかくなるようにぎゅーって抱きしめるんだ。
そして耳元で最近あった事とか、眠れるまでぽしょぽしょ囁くんだ。
最初のうちは「よく眠れる」程度だったが段々と体が反応していくようになって、耳元で囁かれただけで体がびくびく震えちゃうんだ。かわいいね
んで、そのうち耐えられなくなって垓くんが布団に潜り込んだ瞬間ぶち犯(自主規制)だよねぇ〜
ん、心穏やか