終わったらイベントストーリだ
「そこの書類取って」
「うん」
「あとそっちのホチキスも」
「わかった」
「いま何時?」
「11時半」
「終わったらお弁当食べよう」
「了解」
アルトの言う通り昼前の風紀委員会執務室。
そこではいつも通りアルトとヒナが慌ただしく作業に没頭している
「飲み物ちょうだい」
「ほれ」
「あと撫でて」
「はいはい」ナデナデ
「もっと」
仕事の合間にヒナはアルトの手に頭を擦り付け、アルトもまた擦り寄ってくるヒナを受け入れる
仕事の合間にこんなことができるのか?そんな疑問もあるだろう
ではなぜいま2人がこんなにもいちゃついているのか説明しよう!!
前々回までのエデン条約編を見るのだ(投げやり)
「......そろそろ降りな「やだ」......おり「やだ」......そろ「やだっ」
すでにお気づきの方もおられるかもしれないが、ヒナはアルトの膝の上に乗っかっている
それも、朝からもうかれこれ3時間ほどは
「......アコちゃーん」
「私に助けを求められても困ります。これはあなたの罰でもあるので、甘んじて受け入れてください」
「ひぃん......」
アルトが起こした事件からはや三週間と五日。アルトはようやくリハビリが終わってゲヘナを訪れていた。
訪れた、というか心配したヒナが普通に迎えにきたが
「それより、カヨコさんの銃は返したんですか?」
「しっ!いまそれを______「ダメ。先輩は今日は風紀委員会で預かる。便利屋には行かせない」ほらぁ!」
「すみませんね、少し口が滑ってしまいました」
「口角上がってんぞ横乳ぃ......!」
「はて、何のことやら」
態とかそうでないか判断が難しい絶妙なラインでアコがヒナに助け舟を出したせいでアルトがここから離れられない理由がまた一つ増えてしまった。
そも、膝上にヒナがいる時点で動くことは叶わないが
「で、でもさぁヒナちゃん......借りたもんはちゃんと返さんといけないし......」
「......なら、私も一緒に行く」
「いや、ヒナちゃんは風紀委員長って肩書きもあるし......俺1人の方が都合が「ダメ。嫌でも1人にさせないから」......ムゥ“」
膝上に乗っかったヒナを無理矢理に退かすこともできず、アルトは結局立ち上がることすら叶わない
これもひとえにアルトのせいなのだ。アコの言う通り甘んじて受け入れるのが筋というものだろう
「......いっそのこと無理矢理生徒情報をゲヘナに書き換える......?」
「実際アリウスは事実上崩壊しているので書き換えは容易いかと......」
うん、俺は何も聞いていない。
聞いていないったら、聞いていないのだ
_________________________________
「キキキッ!随分とまぁ派手に傷を負ったものだな!」
「ま、ね。これでも治った方なんだけど」
アルト、ヒナにトイレに行くと嘘をつき万魔殿の生徒会室に到着。
バレたら一発アウトだというのに随分と肝が座った男である
「アルト先輩、痛い?」
「んや、大丈夫だよ。イブキちゃんは優しいねぇ......」
イブキは健気にアルトの包帯まみれの手を握って『痛いの痛いの飛んでけ〜!』と可愛らしくお祈りをしている
これならきっとアルトの傷もきっとすぐ治るだろう
「......これでも心配してやったのだぞ?」
何故かマコトはその様子を見てそんな一言を放った。
いつもならば、『イブキに痛いの痛いの飛んでけをされるのは私だけだァァァ!!』と騒いで嘆いているだろうに
「......だから何だよ」
「......ふん、まぁいい」
「意味わからんやつだなぁ」
何故か不機嫌なマコトを謎に思いつつ、アルトはにぎにぎと揉まれる自身の手に再び意識を戻す。
「痛いのなくなった?」
「うん〜イブキちゃんのおまじないがあればもう百人力よ」
アルトの言葉にイブキはパァッと表情を輝かせ、眩しすぎるくらいの笑みをアルトに見せる
その表情にアルトはニヨニヨと悪く言えばイブキとは対極的な多少気持ちの悪い笑みをイブキに見せた。
そこらへんを鼻くそをほじりながら歩いていた前世のクソガキとは比べるまでもないいい子のいい子のイブキちゃん。
......元気してっかな、鼻くそ
「というか、あん時は助かった」
「あの程度の些事、このマコト様には朝飯前に決まっているだろう」
そう言ってマコトはぼすん、と自身のデスクに腰をかけた。
今度こそいつも通りの自信たっぷりの顔をしている
「偶にはヴァカ殿も役に立つもんだな」
「また死ぬか貴様」
「じょーだんだよ冗談.........ところで、全員無事か?」
「......ああ、貴様の崇高なる自己犠牲の賜物でゲヘナには影響は一切なし。他学園への根回しは、このマコト様の権力を持ってしても骨が折れる仕事だったがな」
「......そか、よかった」
「少なくとも、ゲヘナは貴様の話題で持ちきりだったがな」
「根回しはどうした」
「ああ、言っただろう?骨が折れたと。このマコト様の力を持ってしても、ゲヘナ内部での情報の拡散を防ぐのは至難の業だった、それだけのことだ」
マコトはあの日、エデン条約の締結に参加していた。
アリウスから『交流の品』として贈った飛行船に乗って
事実、乗っていたのはマコトたちのホログラムだけだったが
「空崎ヒナや氷室セナに情報が行き渡っている時点でお察しだろう」
「......最悪だ......」
嘆きながらアルトは天を仰いだ。
実際豪奢な天井しか見えないのだが、こうでもしなければ少しでも気は晴れないだろう
「だぁが!そんなことはどうでもいい!貴様はあの時確かにこのマコト様にッ!『お願い』をしただろう!」
「......チッ、覚えてやがったか」
『俺が死んだ時、他の学園にこの情報が漏れないように根回しをしておいてくれ』
これが、アルトの願いだった。
仮にあの時アルトが死んでいれば、マコトが情報を漏らすことはなかっただろう
ああ見えてマコトは変なところで約束を守る人間だ、だからこそアルトはマコトに託したのだ
「貸し1......いや、好きなだけ貸すと言ったな?」
「......ああ、言ったよ」
「くくっ......キキキッ!!そう来なくてはな!」
心底喜んでいる。隠す気は一切ない
ここまではしゃいでいるバカ殿を見るのも結構久しぶりかもしれない
「だが、このマコト様の偉大な温情で貴様への命令......いや、それこそ『お願い』は一つとしてやろう」
「わーうれしーありがとーバカ殿様〜」
「そうだろうそうだ.........今なんと呼んだ貴様」
「なんでもないですよーバカ殿様」
「その呼び方だァ!!」
一悶着あったが、マコトは一拍置いてその懐から一枚のチケットの様な物を取り出した。
音符の様な装飾に全体的に紫色で彩られた一枚のチケット
「なんだこれ」
「近々ゲヘナで開かれる催し......つまりはパーティだ」
「......んで?」
「貴様もこれに参加しろ」
「......そんだけか?」
「ああそれだけだとも」
妙に簡単なお願いにアルトは若干困惑する。
いつものマコトならばまた万魔殿に入れと五月蝿いのだが
「家族分チケットくれんなら行くぞ」
「ああ、それも構わんさ」
「......なんかやけに太っ腹だな」
「キキッ、マコト様は常に海の様に広い心だぞ?」
「鏡見てこいよ〜お前の瞳きっと俺と写してる世界違うってぇ」
「......小馬鹿にしているのか?」
「大馬鹿にしている」
すかさず煽りを入れるアルトだが、煽りたくて煽っているわけではない。何か裏があると警戒しているため、虚勢を張るという意味での煽りでもある
「まぁいいよ。そんぐらいなら飯食うついでに________________
「おっと、貴様何か勘違いしていないか?」
マコトから手渡されたチケットをぴらぴらと手の内で弄んでいるアルトの目の前にマコトは指を突き出す
「貴様には壇上に上がり、ピアノを弾いてもらう」
________________________________
「......ピアノ、ねぇ」
トイレというにはあまりにも長すぎる時間をパンデモで過ごしたのち、アルトは再び風紀委員会へ向かう
歩き方はリハビリによってかなりマシになっているが、まだ少しだけぎこちなさの残る歩き方で歩いている
「......どーしよ、楽器なんて全く弾けねぇのに」
何を隠そうこの男、の類に前世今世と一切触れてきていない。
「課題曲でもありゃもう少し楽なんだがなぁ......」
マコトの意見は、『課題曲?そんなものはない。自分で探して自分で練習し、自分で演奏するのだ!』だそうだ。
やっぱりバカ殿であった。
「......ま、後々決めりゃいいか」
多少の楽観を抱きながらアルトはチケットを懐に仕舞い込む
別に今すぐにやれって仕事でもないが故、アルトは特段焦らない。そんなんだから問題を先延ばしにするのである
問題を今回も先送りにしたところで、アルトの右耳に溌剌とした声が飛び込んだ。
この声は一生忘れることはないんじゃないかってレベルで聞いたと思う
「はーっはっはっは!!今日も今日とて温泉開発!!今日こそ空崎ヒナに勘付かれる前に温泉を________」
「......温泉を、何だ?」
「......秤、アルト......?」
「何を掘るのか、と聞いているぞぉ?」
今回は意外と近い場所にいた温泉開発部部長。
名を鬼怒川カスミ。いつもながらにアルトの姿を見た瞬間その動きを止めた
「ひっ、ひええぇええぇえええええっ!!」
そして、いつもながらにうるさい鳴き声をあげる。
鳴き声、というか泣き声だが
「風紀委員長が来ないと思ったら今度はアルト先輩!?」
「マタピネダ‼︎」
「これだから温泉開発はリスキー、だからこそやめられん」
すでに部長のメンタルがやられている時点で部員たちは戦意喪失状態である。
「うううう“.........ハッ!いや待て......確か君は今重症患者だった筈だ!」
「おう、身体中ボロボロだ」
「は......はーっはっはっはっ!!!」
さっきまでの涙は何処へやら、カスミは再び高らかに声を張った。
「つ、つまり!倒すとまでは行かずともこのまま逃げ仰る程度ならッ!」
「......テメェらを易々逃してやるほど俺も甘くないんでねぇ......」
『JUMP』
急に勢いづいたカスミに相対し、アルトはプログライズキーを約一ヶ月ぶりに起動する
『ゼロワンドライバー』
そしてこれもまた一ヶ月振り、ゼロワンドライバーがアルトの腰部に自動装着
いつもの変身状態へと移行した
「さぁて」
気合いを入れるため、アルトはいつも通り口上を口にする
「稼ぎますかァ!」
『プログライズ』
ドライバーにキーを刺し込んでいつも通りライダモデルが召喚________________
されることはなく、それどころかドライバーのスライドすら開かない
「.........な、何も起こらない......?」
「ぶ、部長これチャンスなんじゃ......」
「このままにぃ〜げるんだよォォォ!」
部員たちは大慌て、アルトは直立したまま一歩も動かない
____________不意に、アルトの足元に数滴の血痕が染み込んだ
「あ“っ.........が......!?」
その血痕に向かって倒れるように両膝を地面につき、口、眼、耳、鼻から垂れ流れる流血を手でどうにか押し留めようとしている
『急激な
「っ......ぁ......ぐ......ゲホッ!!ゲホォ!!」
自販機からの警告、いつも以上の呼吸器の乱れ、いつも以上の苦しみ
これに痛覚もあったらと思うと、ゾッとする
『......どうした』
「ヒュが......っ......あ“......お“えっ......!」
『早く錠剤を摂取しろ』
アルト、吐血
びちゃびちゃと大量の血液がアルトの顔面の穴から大量に漏れ出る
「だ、大丈夫なのか!?」
カスミはどうやら心配が勝ったようでこちらにハンドガンを持ったまま駆け寄ってきた
「オゲェッ!!......はぁっ......げほっ......!」
延々血を吐き続けているが、アルトはこの程度で死ぬような体ではない。
自動治癒自体は働いているし、頭だって冷静に働いている
最近は特に体が頑丈だ。この程度の......
「ガッ......ぐ......ア“.........」
この、程度......
......前言を撤回する
秤アルトは危険な状態だ
ライダーシステムを過剰に酷使し、その上で体をボロッカスにして生きながらえている
(どうにかして血ぃ止めねぇと......!)
「がヒュ......」
(声が出ねぇ!)
声を放り出そうにも声帯自体が潰れかけているせいで音自体が震えない
(こんなとこヒナにでも見られたらマジ________________
「.........せん、ぱい?」
ほら来ちゃった、今そんな感じしたもん
「げぇっぐ.........
全然大丈夫じゃない。
少なくとも客観的にこの情景を見ているヒナからしたらたまったものではないだろう
死に体のアルトのそばにハンドガンを持ったカスミが立っている。
さて、ここから答えを導き出してみようか
「......温泉開発部部長」
ジャギッ!!
「ちょ、ちょっと待て空崎ヒナ...?そんな物騒なものを置いて......な?」
「......先輩から離れて」
「わ、わかった!わかったからだからその物騒なものを________________
正解は、ヒナちゃんがカスミをいつも通り吹っ飛ばす
________________________________
「......あのね、お兄さんずっとここには居られないの」
「うん」
「明日には電車乗って帰んないといけんのよ」
「......うん」
アルトはヒナ宅のリビングでいつものパジャマとカーディガン姿のヒナを膝に乗せていつものベッドの上にいた。
あのあと普通にカスミは拘置所送りにされたぞ(事後報告)
「......いっしょがいい」
「そのぉ......本当にごめん......」
「けがするの、もうみたくない」
「ごめんなさい......」
さっきまで血を吐いていた人だ。ヒナがそれを心配しない理由なんて無いだろう
「......かえっちゃだめ」
「ん“〜......そう言われましても......」
吐血と咳は薬で治るが、ヒナの精神的疲労はそう易々と治るものでは無い
それこそ、薬で治る咳じゃ無いんだから
「......せんぱい、ごほうびにいっしょにねてくれるっていった」
「.........言ったなぁ......」
ここでアルト選手、自ら掘った墓穴にそのまま足を取られたーッ
「......えい」
「うおう......」
もはや慣れを起こすレベルで押し倒されているせいでアルトの感覚は狂い始めている
全然おかしいことだというのにね
「......ぎゅーってして」
「ふぅ.........はいはい」
この状態のヒナを放っておくこともできず、アルトはヒナのことをギュッと抱き抱える
そうしてやると心底安心したようにヒナは目を瞑る
「......朝ごはん、フレンチトーストでいい?」
「うん......えへへ......せんぱいと、あさごはん......」
ヒナもまたアルトに抱きつき、その意識を夢の中に落とす。
「......距離、ちけぇなぁ」
がんばれアルト、少なからずその距離感に救われている者が何人も居るんだぞ
アルトくんを痛めつけることに定評がある男、鏑丸⭐︎