伸びすぎて明日死ぬんじゃないかと不安になります。
「そ、それ美味しそうですね......」
「......まぁ、それなりに」
不寝番をしている俺に、大きなケースを背負った少女が話しかけていきた。
どうやら俺が食っているレーションに興味があるようだ。
「...............」
「食べる?」
「良いんですか!?」
レーションを手渡すと、少女はパァッと表情を輝かせ、素早くレーションを受け取る。
ここまでわかりやすい厚かましさ初めて見たぞ。
まだまだアリウスにも良心が残っとったんやな
「むぐむぐむぐ.........お、美味しいですぅ......!すっごく甘いです......!」
チョコレート味を再現しようと試行錯誤した上で変な甘さが生まれてしまった保存食にここまで喜んでもらえるとは。
うむ良い食いっぷりだ
「うぅ......ありがとうございますぅ.........辛くて苦しい人生でもこんなに優しい出来事があるんですね.........」
「......もっと食え。別味もあげるから」
結局俺が持ってたところでこんなに食えない。ならばこの子にあげちゃったほうが得だろう
「ええっ!?こ、こんなにもらっちゃって......はっ!まさかこうやって私のことを手篭めにしようとしてるのでは......!」
「おかわりもあるぞ!!」
「うわぁぁぁぁぁん!!やっぱりこの世界にも良心があったんですね!」
急に大きな声で叫ぶ少女に軽く驚くが、子供はこんぐらい元気な方が良いだろう。いうて俺も子供だが
「ところで名前は?食いしん坊の人」
「食いしん坊!?ち、違いますぅ......私は『槌永 ヒヨリ』です......」
なるほど、ヒヨリね。
確かに言われてみればヒヨヒヨしてるわ
「俺は秤アルト。よろしく」
一つのレーション。これがヒヨリとの出会いだった。
時期だけでいえば、スクワッドの誰よりも早い
「えへへ.....またもらいに来ちゃいました......」
「こ、こんなに食べて良いんですか!?」
「お弁当......見たことないものばかりですね.........美味しいですぅぅぅ!?」
「あ、あの.......今日からアルトさんのこと『アルト兄さん』って呼んでも良いですか......?た、他意はなくて、お兄さんみたいだなぁって......」
とまぁこのように、いつも2人で見張りの時はヒヨリに餌付けし、たまに弁当とか軽く作れるものを食べさせてた。
たくさん食べてくれるのも見てて面白いし、自分の作ったものを美味しいって言ってくれるのは、なんだか嬉しかった
「あ、アルト兄さん、見てくださいこれ......!」
「ん?『夏はトリニティのビーチでリゾート気分?』」
ある日のこと、ヒヨリはいつも読んでいるお気に入りの雑誌をアルトに広げてみせた。
「......太陽とか見えないから気づかなかったけど......なるほど、今は夏の季節か......」
通りで気候が暖かいと思ったよ。まぁそれでも寒いもんは寒いんだけどさ
「夏のリゾート......みんな水着を着て海に飛び込むんです......きっとこんなところとは別世界で.........」
「でも、ここには行けないんでしょうね......」
達観したように、ヒヨリはつぶやく。
いつもの『食べ物がもらえる』とわかりきっている時のセリフじゃない。本気で叶うことのない夢を見ている、あるいは
「......贅沢になっちゃいましたね。もしかしたらって思っちゃんうんです.........」
それを、実現できるかもしれないという、淡い希望を抱いているのかもしれない
「______トリニティ行きの夜行バスは確か再来週の8時だ」
「うぇ?」
その希望を、今の俺なら叶えられるか?
「今から準備すれば、一泊くらいはできるんじゃないか?」
ベアトリーチェを下した、今の自分にならば
「そ、そんな......行けるはずが......きっとマダムも......」
「行けるよ!」
ヒヨリはこの世界で、希望を失っていない。
誰よりも希望を探して、探して、
「俺が叶える!」
小さな幸運を、まずは始める事だろう
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「..................なんだこれは」
「あ、アルト兄さん......が......」
「またあの男か。いつも言っているだろう。あの男を兄と呼ぶな」
アルト兄さんが買ってくれた、花柄の入った水着を姉さんが取り上げました。
「きょ......今日!アルト兄さんが海に連れて行ってくれるんです......!」
気が狂いそうな日々の中、みせてくれた唯一の光を
「その水着も、アルト兄さんが買ってくれたんです......!だからっ......今日......だけ、は......」
「......お前は、今自分がどんな状況か分かっていないのか?」
ひゅっと喉が空気を飲みます。サオリ姉さんはいつも優しいです。でも、アルト兄さんと関わった時は、こんなふうに怖くなります
「忘れたわけじゃないだろう。『vanitas vanitatum. et omnia vanitas. 』全てはただ虚しいと。」
アルト兄さんは、その言葉を嫌っていました。『全てをあきらめたらそこで試合終了だ』って。
私も、アルト兄さんと過ごした時間はとっても綺麗に見えました。虚しくなんかなかったです
「あの男も私たちと等しく罪人だ。奴から漏れ出る偽善の光に当てられるな」
____なんで、姉さんはそんなことを言うんでしょうか。
アルト兄さんは決して偽善なんか安っぽい善意で動いていません。
私のために、ミサキさんのために、姫ちゃんのために
たくさんたくさん頑張ってることを、姉さんは知ってるはずなのに
「とにかく、あの男とはもう会うな」
その言葉を聞いて、急に怖くなりました。
ずっと立っていたはずの足場がガラガラと音を立てながら崩れていくような感覚。
アルト兄さんに、会えない?
海はどうなりますか
一緒に遊ぶって約束はどうなりますか
一緒に過ごす時間は、どうなりますか
「..........や..........です.........」
いやです
絶対に嫌です
今までもずっと、
「いや.......ですっ!!!」
これからも、ずっと
私はサオリ姉さんにスモークを投げつけます
「っ!?ヒヨリ!!?」
混乱しました。その隙に『アイデンティティ』を取り出して、姉さんに向けます
「一撃、必殺」
『これ、最強ね』
アルト兄さんに教えてもらった分を、全部
全部!!
「あたって、くださいッ!!」
放たれた大口径の弾丸がサオリの横腹にモロにあたり、そのまま吹っ飛んでいく。
目立った外傷は見られないが、気絶程度にはなるだろう。
ヒヨリはそれを確認すると、再びスモークを焚いてカタコンベの出口へと向かった。
「づっ......!ヒヨ......り......!」
サオリの呼び声は、聞こえてすらいなかった
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「お、お待たせしました......」
「.....................」
私はあのあと、無事にアリウスの自治区を抜けてアルト兄さんと合流しました。
そして、夜行バスに乗って雑誌に載っていたビーチで漸く水着に着替えます
「アルト、兄さん?」
薄手のラッシュガードを羽織り、少し派手とも思える花柄の水着。
眩しすぎたんだ、アルトには
「悪い、少し泣く」
「ええっ!?」
アルトは泳ぎにきたわけではないのだが、海パンと同じくラッシュガードを着用。
「............これが、海」
「アツコ達も連れてこれればよかったんだけどな」
アツコとミサキは今回はパスだそうだ。なんでも、自治区に一気に人が居なくなるとベアトリーチェに怪しまれるそうな。
実際今だって任務って体で来てるんだから
「全部、水なんですね」
ヒヨリはサンダルをつっかけながら海に近づき、恐る恐る触れてみる
「冷たい......?でも、暖かいような......」
足元を打ち寄せる波。
引いて、寄って
「......アルト兄さんは、海みたいな人ですね.......えへへ」
あったかくて、適度にひんやりしてて
広くて、優しい
「急に話が飛躍したなぁ......つまり俺は正式に
ざぁー、と静かに奏でられる音。
彼らの幸福も、打ち寄せる波のように、漸く満ち始めた。
「ヒヨリッ!スゲェぞこのイカめっちゃデケェ!!」
「焼きそばも美味しいですぅぅ!!でも思ったよりパサっとしてるような......」
「次あれ食いに行くべ!!」
「た、食べちゃって良いんですか!?」
「ああ!おかわりもあるぞ!!!」
当人達は、花より団子のようだが。
ヒヨリめっちゃ好きなんですよね。なんでかわかんないけど。