【序章】
助けてくれ。誰でもいい。
それこそ神でも天使でも悪魔でもいいから早く助けてくれ。
「ヴァニー様、例の奴らの処理はいかがしますか」
確かに私にも非があったかもしれない。殺されたくないからという理由で、身の丈に合っていない強キャラムーブをしたのは生意気だと言われても仕方がない。それは認めるさ。
「ヴァニー様、たいへんです!Ⅴ軍団から勧誘の手紙が!」
でもこれはあんまりじゃないか?私はただの凡人である。覚えている限り犯した罪は殺人、強盗、暴行…なんてことはなく、学校行事のマラソンで「一緒に走ろうね!」と言い合った友人を最後の直線で置いていっただけである。ちなみに友人からは後で肩パンされた。とても痛かった。
「いちいちビビってんじゃねぇ!ヴァニーさんがそんなものに応じるわけないだろうが!」
「なんていったって上級悪魔、しかも_」
とりあえずこれだけは言わせてくれ。
「_この傲慢の階層(Pride Ring)でその名を知らない者はいない!ギャングチーム『Hot Hares』を率いるボスなんだからな!」
ど う し て こ う な っ た !
やあ、こんにちは。私の名前はヴァニー!この地獄でウサギの悪魔をやっています!そして職業はギャングのボスをやっています!よろしくね!!!!……うん、我ながらイカれてんな。という冗談みたいな、いや冗談であってほしかったヤケクソ自己紹介を脳内で済ませる。
社長椅子にどっしりもたれかかり、荒ぶる心を表すかの如くとんでもない速さでグルグルと椅子ごと回転しつつ、どうしてこうなっちゃったのカナ…と思いを馳せた。
私はもともと現代日本で普通に暮らす、兎崎紬(うざき つむぎ)という名の一般OLだった。人並みに働き、人並みに友人がいて、人並みに善い事も悪い事もしてきた凡人だった。
それがどうして異郷の地獄にてギャングのボスなんかやっているのか?
全ての始まりはある日の通勤だった。いつもと変わらない道に、いつもと変わらない通行人。それを尻目にいつもと変わらず徒歩で職場に向かおうとしていたのだ。
ところが青信号になった横断歩道を渡ろうとしたとき、トラックがとんでもない速さで私に突っ込んできたのだ。最期に覚えているのはその光景のみだが、地獄にいる時点で死んだことは確実なのだろう。
問題はこの後だ。ふと目を開けば真っ赤な建物に土地。上を見れば真っ赤な空に加えて巨大なペンタグラム。
そして異形の姿をした化け物どもが往来を闊歩している様子。
この異常な光景を目の当たりにした私は瞬時に状況を理解した。
__気づいたらHazbin Hotelの世界にいた件について。
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とりあえずツッコませてくれ。おかしいな?おかしいよな?なぜならハズビンホテルというのはあくまでも創作の世界だからだ。はっきり言って、『Hazbin Hotel』と『私』との関連性は、『創作の物語』と『視聴者』というありきたりなものだ。しかし、どういうわけか私はこの創作のはずの世界に堕ちてしまったようなのだ。
現代日本の地獄が『Hazbin Hotel』に似たような景観だった、という珍説も考えたが、遠目に見える家電販売店に陳列されたテレビがその説を完全に否定した。画面に映っているのはキャラクターの一人であるヴォックスその人で、ペラペラとヴォックステック社の新商品の紹介をしている。
この情報量に加えて即座に希望を踏みつぶされたことでいろんな意味で頭が痛くなり、ふらふらと近くの路地裏に入る。そして打ち捨てられたゴミ山にあったヒビのついた手鏡を見つけ、それを拾い上げて自分の姿を確認した。
そこにいたのは、到底人間とは思えない姿。おぞましいほどの青白い肌、血のように真っ赤な虹彩と黒い結膜。人間特有の耳介は消え、代わりに頭の天辺にぴょこんと生えたウサギ耳。すぐさま手鏡を遥か彼方にぶん投げ、両手で頭を抱えた。
『(どう見ても悪魔になっている!はい、完全にHazbin Hotelの世界にトラ転していますね!最悪だ!!!!!!)』
感情の高ぶるままに足ダンを連発する。生前はこんな仕草したこともなかったのでウサギの特性が反映されたのだろう。しかしその事実もまた苛立ちを加速させるだけである。遠くから聞こえる悲鳴、喘ぎ声も、ヴォックステックの下品な放送音も、そこらに散らばる肉塊も、そして私の姿も…
_お前はもう日本での日常には帰れない…などと私を嘲笑っているようで、憎たらしくって仕方がない。
『…ふざけるなよ』
ゆっくりと顔を上げ、はるか上空の五芒星を睨みつけながら呟く。この世界は弱者にひどく厳しい世界だ。息をするかのように人を傷つけ、尊厳を踏みにじる。それが娯楽としてまかり通っている。なぜならここは、それを平然と行えるような罪人どもが最期に行き着く場所、地獄なのだから。
私はただの凡人で、並外れた力も知恵も度胸も何もない。でも、こんなゴミ溜めに投げ飛ばされるという理不尽に遭えばまっとうに怒るのだ。
『決めた…私は絶対、こんな世界でも幸せに、平穏に暮らしてみせるからな!』
こうして地獄の片隅にて、新たな悪魔が誕生した。しかしこのとき地獄は、いや、本人でさえも知る由はなかった。この矮小な悪魔がたび重なる不運と勘違いの後、地獄に名を轟かせ、恐れられる上級悪魔……バニーデーモンになることを。
そして、彼女が原作開始とともに意気揚々とハッピーホテルに突撃し、地獄のプリンセスとその恋人の腰を抜かせることを……誰も知らない。