魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Step3-2.「英雄平民の凱旋」

 残念ながら、ではあるのだろう。

 室内運動機能場の方で組み上がりつつある広範囲殲滅魔法。様々な家の魔法使いが己の得意分野にて敵を撃滅せんとするその魔法は──些かどころではなく、火力不足だ。

 このジェヴォーダンの巨人は、老若男女問わずの四大元素(エレメントリー)数千人分の命を有している。それは心臓の数だけではなく、向上した身体機能……単純な魔法抵抗力にも秀でるということを意味する。

 感動的にしたいのであればこの巨人の耐性を下げる……ナノマシンを意識的に結合解除させて、魔法抵抗力も魔力隔液(コーティング)も分解してあげる、という裏技がありはするけれど、それは流石に目に見えすぎる。特に心臓の位置を常に感知している魔法使いが多くいるこの局面でそれをやれば、さすがの己も言い訳が利かなくなるだろう。

 ……今も利いているとは思っていないが。

 

 殺されている数が数だけに再生速度も落ちている……というのは生徒たちの希望的観測に過ぎない。数千の内の数十を削った程度が何になるのか、という話。

 正直この規模の魔物の出現なんだ、教師だけでなく生徒たちの本家……貴族の大物が出張ってきてもおかしくないとは考えているのだけど、一向にその気配はない。始祖が妨害しているのか、あるいはそもそも話が伝わらないようになっているのか。

 割り切って見捨てて、次代を待つ、というのもアリではある。少女Aを始め、稀有と言える血筋、純度の高い血の集まったこの好機は、けれど今回限りというわけじゃないだろう。いつかを待つ、というのは……己にとって苦ではないから。

 

 そこまで考えて、思考を棄てた。

 

「己に悩む、という行為をさせる程度には、価値があると。なればそれは至上だろう」

 

 口に出すは再自認。

 普段であれば割り切りなどに時間をかけない。己に天秤はなく、「そういう展開もアリだろう」と好奇心のままに動く。

 けれど、此度……己は迷った。この学園を見捨てることを躊躇した。

 

「素晴らしいことだよ、聖護魔導学園。歴史的快挙と言っても過言ではない」

 

 ステッキを回して──静かに巨体の肌へと落とす。

 己の武器たるそれはこの一撃により寿命を迎えた。中ごろから折れ、武器としての機能を無くす。

 

「次のステップだ、肉体強化(フィジクマギア)の学生諸君! 他人の肉体へ肉体強化をエンチャントする──試したことはあるかね?」

 

 問えば。

 

「無い! それは禁忌だと教えられている!」

「そうともさ。肉体強化(フィジクマギア)とは、自らの細胞組成、あるいは対象構造物の物質組成を理解していて初めて成り立つ魔法。人体への構造、他者の構造への理解が不十分でない状態でやれば、それは死霊病毒(ネクロクラウン)の魔法と似たような結果……人体の超過変化による崩壊を起こしかねない」

「おう、よく勉強してんな初学生!」

「──己は君達の魔法程度で死ぬことはない。だから己に肉体強化をかけたまえ。未熟である者も、全員で、だ」

 

 ざわつきが広がる。

 だってそれは、人を殺せ、と命じられているようなものだ。今述べたように肉体強化とはかなり繊細な部類の魔法になる。それを先程までほとんど知らなかった人間に、というのは──至難だ。至難だし、多分、恐ろしいことだろう。

 敵なれば躊躇わぬ行為も、味方へはできない。当然の人間心理で、あって然るべき躊躇いだ。

 

 なればこそ、少しばかりの認識錯誤を交えよう。心のブレーキが外れやすいように、己のことを実験動物であると見るかのように。

 

「今まで見てきたものを思い出してほしい。己の肉体強度を、己という存在のおかしさを。だからこう考えてほしい。君達はこれより己を殺すのではなく、己が敵を殺すための武器を鋳るのだと」

「……だが」

「わかりました」

 

 おや。

 認識錯誤を経ても躊躇する善性に肩を竦めようとしたら……始祖Bが来たね。生徒たちの守りが必要ないと判断したか。

 

「生徒の皆。今から他人への肉体強化、そのエンチャント……それを、わかりやすくお見せしますから。あたしの魔法を見て、学んでください」

 

 返事は待たない。

 始祖Bは彼女の身に宿された魔法を使う。励起させる。

 肉体強化(フィジクマギア)が魔法使い殺しと呼ばれているのは、本人たちの性能も勿論ある。けれど……こと戦争などにおいて。

 

 力を持たない平民に埒外の力を授けることができる──その危険度が、何よりもの「魔法使い殺し」であると、果たして誰が覚えていようか。

 

 果たして、どれほど探知しても「鍛え上げられた平民」としかわからない己の肉体に強化付与(エンチャント)が為されていく。始祖Bの卓越した魔法は、複雑怪奇な部分なく、誰もが習得できるよう簡略化された形で編み直されているらしかった。

 次元空間(デルメルサリス)なんかは複雑であればあるほど良い、みたいな風潮があるからね。これは始祖たちの性格が出ていると言えるよ。

 

「ふぅ……完成。……じゃあ、皆も」

「いや、始祖のエンチャントだけでもいいんじゃ……」

「君達は見ていなかったのかな。始祖ビアンカ・フィジクマギアの攻撃では、この怪物の頭部を揺らすだけで……ダメージを与えるに至らなかった、という光景を」

「恥ずべき話だけど、その通り。あたしだけの強化じゃ足りないんです。……ボガドちゃんも、大丈夫。この子の肉体は、確かに堅固だった。それに……もし戦場に出るという機会がこの先で訪れるのならば、必要なことになるはず」

「己が言っておいてなんだけどね、己を実験台に、というのは些か酷い話じゃないかな」

 

 伸びてくる毛針を破砕する。呆けていたり考え込んでいたりする生徒へ向かうものは始祖Bが、学舎へ向かうものは己が。

 

「やはり足りないね。あと六人分くらいのエンチャントが欲しいところだ」

「そうだ、先生たちなら」

「教師たちには今別のことをやってもらってるの。……ね、皆。言い訳をするのは、人を殺してしまうのが怖いから。本当にそう?」

 

 長い沈黙のあと、言葉を零したのは……ボガド・フィジクマギア、ではなく、名前も知らないフィジクマギアの生徒だった。

 

「『英雄』の足を引っ張りたくない、と……そう思っているから、です」

 

 英雄。……己が?

 あー……そういう目で見られているのか。これはこの魔物を倒したあとの学園生活が面倒臭そうだねェ。

 まぁそういう展開はそういう展開で面白い。この五千年間においてはそういう立ち位置を経験してこなかったし……そう振る舞うのなら、色々な生徒のコンプレックス刺激にもなりそうだ。ただ己が血筋争いの対象ではないと次元空間(デルメルサリス)から太鼓判を押されてしまったのが痛いね、そうなると。

 確実に平民であると言われてしまっているから……ううむ。

 

 裏目裏目、一つ飛ばしてまた裏目。

 ここまで読んでいたのかい、聖護星見(クライムドール)

 

「もう一度言おう。君達の魔法程度に殺されることはないし、君達程度では己の足は引っ張れない。できることがあるとしたら、己に微力を添える程度のことだけだ。……そら、ジェヴォーダンの巨人が起き上がりそうだ。そろそろ決めてくれないかな。まぁ、どうしても無理だというのなら、己は始祖ビアンカ・フィジクマギアによる支援だけでなんとか頑張るが」

 

 が、だ。

 

「ただ指を咥えて見ていただけ、という方が、余程足を引っ張っていると……そうは思わないかね?」

「ああクソ! 焚きつけたいのはわかるが、もうちっと正義面しろよお前! ……いいんだな! 初めてやるんだ、今見たばっかの魔法だぞ!」

 

 吹っ切れたように汚い言葉まで使って近づいてきたのはボガド・フィジクマギア。

 その様子に、ぞろぞろと……生徒たちが集まってくる。

 

「……室内運動機能場の方で、全生徒・全教師の魔法が組み上がり終わったみたい。でも正直、全然足りないと思うから……」

「少しタイミングをずらすことは可能かな。皆の魔法が無駄に終わるのは勿体ないからね、使わせてもらいたい」

「まさか、取り込む気?」

「己は平民だからね、そういうことはできない。ただ巻き込むことはできる。次元空間(デルメルサリス)の家で見せたアレがどういうものか、君にはもう予測がついているはずだ。あれを拳でやろうというだけだよ」

 

 歪曲収斂(コントル)。始祖Bはあの時起きたことを思い返すような顔振りを見せて……その後、壮絶な顔になった。

 

「危険すぎます。看過できない」

「今から未熟者たちの肉体強化を受けることとどちらが危険かな」

「それは……」

 

 バチンと叩かれる背中。危なかったね。己が今色々解除していなければ君の腕は折れていたよ。

 

「自信つけさせたいのか躊躇させたいのかどっちかにしろ!」

「おや、未熟者の自覚がないのかい?」

「……よーしもう躊躇わない。今の俺ができる見様見真似の肉体強化付与食らって、なんかおかしかったら勉強代だとでも思いやがれ!」

 

 己にかかる魔法。少し内臓関係へのアプローチが甘いから常人であれば大量出血も免れないだろうけど、まぁこっちで処理してあげよう。

 そうして……少しずつ、少しずつ。

 フィジクマギアの心に火がついていく。

 

 全て成功すると怪しいので、時折肌やら何やらがパックリ行くよう調整もする。それで自信喪失してしまったら申し訳ないけれど、これはそういう魔法だから。

 ついでに流れ出た血を使い、己の腕に文字のような紋様のようなものを描く。

 

「本当に博識ですね」

「意味のないものだけどね」

「意味が無いことを知っているところ含めて、です。……あ、知らない子向けに説明すると、これは……千年くらい前かな? に、死霊病毒(ネクロクラウン)肉体強化(フィジクマギア)が共同開発しようとした魔力紋って模様で……まぁ開発できなくてただの模様になっちゃったんだけど」

「血液が魔力を帯びる、というところからの着眼点は素晴らしかったのだろうけど、それの形状を変えたところでどうにもならない、ということに気付くまでに五十年をかけたのはあまりにも愚かしかったね」

「……まるで当事者みたいに言うじゃないですか。あたしも関わってたから……ちょっと傷つきます」

 

 そんな意味のないもの描く理由は、まぁ、その方が「奮起している感」が出るからだ。

 

 というわけで、六人分を飛び越えてその場にいたフィジクマギア全員の強化付与を貰って。

 

「魔法が放たれるタイミングを教えてほしい。己に風魔法は届かないからね」

「あなたは一撃に集中してください。なので、皆! 魔法が放たれるまで、『彼』を全力で守りましょう! まだ魔力は残ってる?」

「ああ、魔力切れなんてヘマはやんねぇよ、婆……始祖ビアンカ。んでもって、平民を護衛するなんて日が来るとは思ってなかったが……守ることに関しちゃ俺達は一流だ。他人への強化付与なんぞより張り切ってできる!」

 

 とのことなので……忙しい時間は一旦終わり。

 ほとんどフリだけど、集中というものをさせてもらおう。

 

 機を待つ──。

 

 

 そうして……聖護魔導学園における広範囲殲滅魔法保有者、その全員が編んだ魔法が放たれる。

 室内運動機能場から次元空間(デルメルサリス)の作り上げた砲身を通して放たれる砲弾。本来反発し合うか相殺し合うはずの魔法が一つの塊となっているのは、指揮を執っていた教師の手腕と言えるだろう。

 ただ、その教師自身が危惧していた。あの魔物の耐性を考えるのなら、この程度では足りない、と。

 それでもそれしか手段がないのなら、行うしかない。最悪の場合は何が何でも生徒らを学園の外へと逃がし、聖護魔導学園を放棄するほかない、と。

 

 ああ──恐怖が立ち上がる。

 

 彼の魔物を足止めし続けていた『彼』はどこへ行ってしまったのか、毛むくじゃらの巨人は上体を起こし、さらに直立姿勢へと移行する。

 その(おお)きさたるや。

 見上げてしまえば首が痛くなるほどの巨体。掌の一つだけで学舎の全てを覆ってしまえそうな錯覚。

 

 今、魔法を放った生徒たちも。

 手を組んで成功を願っていた生徒たちも。

 

 がくりと……膝を突く音がした。その巨体が、あまりにも、あまりにも絶望的だったから。

 少しずつ活気を取り戻しつつあった室内運動機能場。組み合されて行く魔法の威力は自分たちが知っていた。他人の魔法の威力も、相乗効果も、想像できる未来も……明るいものばかりだった。

 けれどどうだろう。あの巨体にあの魔法は、度が過ぎるほどにちっぽけで矮小で……あんなものが当たったところで何ができる、と。

 

 室内から窓を、窓から外を見上げて立ち尽くす彼らは、けれど、一条を見ることとなる。

 誰も何が通ったのかはわからなかった。下から上へと飛んでいった一条。赤と黒を収斂させた矢に近しい線。

 

 ──それは遅れて暴風を生む。室内運動機能場の壁を破砕し、吹き戻しを起こし。

 今、今。

 あの(オオ)イナル魔物と対峙する一人をその目に映す。

 

「魔法を……纏って……」

「いや、巻き込まれて……?」

 

 奔流だった。過流だった。

 彼らの放った魔法弾は、あのたった一人が放つ渦に巻き取られ、絡め取られ……崩されることなく、食い合うことなく、阻み合うことなく。

 

 あの右拳へと集束している。

 

 聞こえる。聞こえたはずだ。その場に居た誰もが聞いた。

 大きな声ではなかった。というか魔力の暴風と吸い上げられ、且つ崩れ落ちる瓦礫のせいで、聞こえるはずのない声だったはずだ。

 

 それでも全員の耳に届いた──『彼』の声が。

 

「『殴り潰すよ』」

 

 赤雷が走る。魔法……否、魔力というエネルギーがバチバチと衝突音を発する。 

 直後、ジェヴォーダンの巨人の頭頂付近に真っ黒な空間が生まれた。

 魔法……ではない。使われているエネルギーは魔力だけど、『彼』は魔法を使っていない。あれはただの現象だ。ただ、歪曲を受けた魔法が本来の破壊力を振り撒こうとしているに過ぎない。

 引き絞る拳。曲げられた腕には無数の傷が刻まれ、少なくない血液を零し……その血液が瞬時に蒸発するような空間がようやく。

 

 待ち侘びた、とでもいうかのように、「一滴」を落とした。

 

 巨人がオオと呻いて空へと手を伸ばす。伸ばそうとする。

 それは本能か。だとすれば捕食者としての、ではなく──生存本能の方だろう。

 

 けれど関係なかった。赤雷、黒、混沌たる魔法。

 その全てが混じり合った「一滴」……ヒト一人の拳が着弾する。頭部、上がりかけた腕、胸、腹、腰。

 巨大なすべてが圧殺されていく。

 

「っ、次元空間(デルメルサリス)聖護星見(クライムドール)の皆さん、全力の結界を!!」

 

 声を発することができたのは奇跡だろう。このまま呆けていたら、あの一滴の余波だけで何百の生徒が死んでいたかもしれない。

 

 圧殺だ。その身にあった数千の心臓も、頭頂から足にかけてを一撃で潰してしまえば関係ない。

 けれど勿論その勢いが、威力が、地面で丁度止まる、などということはなく──。

 

 結果、全てが消し飛ばされた。

 

 

 血肉の山。降り注ぐ(あか)い雨。

 やっておいてなんだけど、これは掃除が大変そうだねェ、なんて。

 

 表面的に怪我はしておいたけれど、己自身へのダメージは露ほども無い。だから少しばかりこの血肉の山河を歩いてみている。

 潰してみてわかったけれど、この魔物には核と呼ぶべきものがなかった。どのような存在であっても核は必要だ。だってそこにエネルギーが集まって、そこから再生なりなんなりをしたり、生物という形を取ろうとするのだから。

 ジェヴォーダンの魔物はヒトガタを取った。だから核にはそういう構造式が編まれていなければならない……のだけど。

 

 見当たらないな。

 

 遠方の深海にある卵らしきものにはジェヴォーダンの魔物の構造式が刻まれているようだけど、この巨人にはそれがない。

 まさか遠隔でこれを作り上げたとでも? ……まぁ無い話じゃないけれど……少々どころでなく至難の業だ。魔力に深い造詣が無ければ難しい。少なくとも『誰でも簡単に魔力を得ることができる薬』を調合したもの程度では手を出せない領域の話。

 となるとやっぱり始祖D? ……無いな。こういう細かいことをやる才が彼女にあるのなら、この世はとっくに死霊病毒(ネクロクラウン)の天下になっている。彼女が大雑把な性格だから取ることのできている均衡だ。

 ああ……だから、助言者がいたのかな? 

 

「ん」

 

 武器がなかったので掌でその拳を受け止める。

 へぇ。始祖CC曰く「時々鋭いですけど基本的に天然ちゃんなので大丈夫だと思います」と聞いていたんだけどね。

 

「ご挨拶だね、始祖ビアンカ・フィジクマギア。学園を救った英雄の凱旋を赦すことはできない、と?」

 

 降り注ぐ血肉が己と彼女を隠してくれる。感知も認識も魔力隔液(コーティング)のせいで通らない。

 成程、絶好の暗殺ポイントだ。

 

「……確かにあなたは、学園を、そして多くの生徒を救ってくれました。それは褒め称えられるべきことだし、あたしにはできなかったこと……です」

「そうかい。それで?」

「けれどあなたは、このまま生かしておけばいずれ脅威となると……思います。ここで魔物と相討ったことにしておくことがベストだと判断しました」

「独断と偏見で一人の命を奪うのかい、始祖ビアンカ・フィジクマギア」

「その程度の罪なら、もう、幾つも背負ってきましたから」

 

 へえ。

 己が『愚者』であることに辿り着いたわけじゃない。けれど、本能的に危険である。だから排除する。

 魔物は殺させておいて、なあたりも含めて……合理的だ。良い性格をしているじゃないか、始祖B。

 

「けれど理解しただろう? 今の君では己には勝てないよ。始祖シエル・デルメルサリスでも勝てなかったんだ。さらに言えば魔法使いではないからね、己は。純粋な身体能力の勝負となれば、どうやったって己が勝る」

「そうかもしれません。でも──あたしは、そんなことでは諦めない」

 

 ナノマシンの……魔力の変質を感じ取る。

 おお、これは。

 

「……雰囲気が変わったね」

「流石にこれは知りませんか。まぁ、辿り着く者が少なすぎて、書物に残されることもありませんかし」

「いいや、知っているとも。古い書物では『暴走』、最近の研究では『覚醒』と呼ばれる魔法使いたちの最高到達点」

「知っているのなら……話が早いです」

「消化試合は終わった。では始めようか、始祖ビアンカ・フィジクマギア。最後の舞踏会を──制限時間は血肉が降り落ちるまでの数十秒。誰かに目視されては君の立場が危ぶまれる。それは己の望むところではないからねェ」

「これから殺されるというのに、ご心配ありがとうございます。──では、一瞬です」

 

 赤雷こそ走らないけれど、大気を叩くパチっという音が弾ける。

 貫手。心臓を一刺しにするその一撃は、今まで彼女が見せてきたどの攻撃よりも鋭く重く、何より命を奪うことに長けきったもの。

 

 そんな始祖Bの腕……手首あたりを掴んで背負い投げる。

 

「!?」

「驚くなよ始祖ビアンカ・フィジクマギア。君が傷一つつけられなかった魔物を一撃で殺したのが己だよ。微量の強化と魔法の支援もあったとはいえ、ね。──覚醒後においても、速さは己の方が上だ。とはいえ」

 

 避ける。避ける避ける避ける。

 血肉が降ってきているから足場が豊富なせいもあって、縦横無尽に襲い来る始祖Bを避けに避けて避けまくる。時折投げて、時折往なして。

 

 防ぐことは、ない。

 

「流石の威力だ。当たれば即死だろうね。──そら、あと三十秒もないけれど、当てられるかな?」

 

 往なした掌には傷がついている。

 流石の己でもね、無理だよ。ナノマシンの強化無しに暴走強化人間の一撃を受ける、なんて荒業は。もしそれができていたら……多分まぁ、『賢者』たちがもっと高度なナノマシンを作り上げていたことだろう。密告社会だったからね、できると知られた時点でリークされていたに違いない。

 

「ッ……一歩も動いていないのは、馬鹿にしているの!?」

「そうだとも。一歩も動いていない相手だ、正中線を狙えば良いだけなのに……殺し切れない。五千年間の怠慢がここで出ている。己という一平民を殺すには、君の培ってきたありとあらゆるすべてが薄かったと、ただそれだけの話だ」

「あなた、みたいな、平民が……いてたまるかぁ!!」

 

 横薙ぎの蹴り。己の腿あたりを捉えるそれを掌で弾き上げる。

 凄まじい威力のかかと落としはフリーになっている方の足を掴んで投げることで無力化。己の足を掴もうとする変則の投げだろうものは軸足をそのままに回転して回避。

 

 ふむ。まぁ、あの頃の暴走強化人間はもうちょっと躊躇がなかったから、そこが減点対象だね。

 

「タイムアップだ」

 

 これ以上は目視可能になってしまう。

 だから始祖Bへと肉迫し、その意識を奪う。ああこれは意識を落としたとかそういうことじゃなく、彼女の体内ナノマシンを休眠状態へ移行しただけだ。一応「顔面を掴む」という動作をしておいたから、後で勝手に考察してくれるだろう。

 

 そんな始祖Bの身体を姫抱きにして……これでようやくの凱旋である。

 

 時間にして一分と満たないダンスパーティー。

 高速戦闘は……まぁ、中々楽しかったよ。久しぶりだったからね。

 

「『最強平民』! ……と、婆さん、そこにいたのか!」

「ああ、己を助けに来てくれたようだけど、血肉に圧し潰されて気を失ってしまってね。……いやはや、お互い様ではあるけれど」

 

 駆け寄ってきた少年Bの身体を見て、うん。

 

「フィジクマギアの魔法を貫通して、血塗れだね。湯船にでも浸かることをお勧めするよ」

「そりゃこっちの台詞だがよ……腕、とんでもねぇ出血してる上にぐちゃぐちゃになってんじゃねえか。婆さんは俺が持っていくからよ、お前は早く死霊病毒(ネクロクラウン)のとこで治療受けてこい」

「ふむ……そうさせてもらいたいのは山々なんだけどね。まだ──」

「終わってない、でしょ?」

 

 おお。

 なんだか久方振りな気がするよ、少女A。隣には少女Cもいるね。

 

「この魔物が学園の地下から出てきた、ってことは、地下施設のどこかに術者がいるはず。そう言いたいんでしょ?」

「鐘楼にいた者は発生源の術者。地下にいた者は死した魔物を合成魔物(キメラ)にした術者、でしょうね」

「教師たちが学園を囲む結界と監視の目を飛ばしてたみたいで、とりあえず逃げ出したやつはいないって話よ。だから後は任せなさい」

 

 ……そうだね。

 それが見たくてやっているんだ、ここらで己の大立ち回りは終わりとしよう。

 

「わかった、任せるよエンジェ。ただ……この魔物は明らかに四大元素(エレメントリー)を執拗に狙っていた。……気を付けるんだよ」

「言われなくても、よ」

「それでは。『噂の平民さん』、あなたがこの学園にいてくれて本当に良かったです。また生きて会いましょう」

 

 言葉を紡いで……少女二人がどこかへ向かっていく。ん、姿を隠しているけれど少年Cとスヴェナも向かったようだ。

 四人を見送って。それじゃあ……この肉体は、がく、と膝を突かせてもらおう。そのままうつ伏せに倒れてもみようか。

 

「おい? ……おい、大丈夫か?」

「……血を、失い過ぎたね。造血魔法とか……そういうの、ないのかい、魔法使い」

「いや死霊病毒(ネクロクラウン)にはあるかもしれないけど、俺達にゃ無理だよ。おおいみんな! コイツ運ぶの手伝ってくれ! 『英雄平民』の凱旋だ!」

 

 肉体を休眠状態へ移行。生命維持に必要な最低限の機能以外の停止。

 

 それでは己は、こればかりは特等席で身に行かせてもらおう。

 アデュー、聖護魔導学園の諸君。しばしのお別れだ。まぁ本当にしばしだけれどね。

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