魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Stop1-4.「戒律世界の頌歌」

 認証名、『ジェヴォーダンの魔物』、『ジェヴォーダンの巨人』。

 この「ジェヴォーダン」なるものが何かを知っているものはいない。ただ上からそう名付けられたが故の決定。此度聖護魔導学園に出現したそれは、前者が「ヒトの変質するもの」、後者が「それらの融合したもの」として認証、登録が為された。

 由来の知られていない名付けのされた魔物は他にも何体か存在する。たとえば『ネスのトールネックシーサーペント』、『ホーウィックのインカニヤンバ』、『フラットヘッドの魔物』、『クレーキンの巨鯨』、『セランのオラン・パッチ』など。

 いずれも語句の意味はわかっておらず、ただそう名付けられたからそうであるとされ、世に広まっていったものたちだ。

 尚、水棲の魔物が多いのはこの世界の九割が水であることと、空から落ちてくる天恵の樹液(エリクシル)の相互作用であるとされている。単純に海へ落ちる天恵の樹液(エリクシル)の方が多いため、水棲の魔物の方が変異しやすいのだ。

 

 中には討伐された魔物もいる。いるし、その後別の場所で確認された魔物もいる。

 彼らは『サンドワーム』や『マッドウルフ』などの魔物とは違う特別種として認識され、討伐には多少以上の犠牲が伴うとされている……のだが。

 

「……聖護魔導学園の生徒らだけで討伐成功、ねぇ。いや~……若い子は凄いね、クロエ君」

「アタシはまだ若ェよクソジジイ」

「論点はそこではないのだけど……聞いたかい? そのジェヴォーダンの巨人にとどめを刺したのは、平民なんだとか」

「ああ、聞いた。……危ねェな」

 

 ここはどこかにある城。どこかにある一室。

 いるのは三人だ。クロエと呼ばれたまだ二十歳くらいの女性、クソジジイと呼ばれた初老の男性、そして全身を鎧で覆い隠しているために容姿の判定ができない誰か。

 

「つーかまた聖護魔導学園かよ。『執行者』の遺産とかじゃねェだろうな」

「三百年前のやり残し、かい? それはないんじゃないかな。『彼』は怪しい人物ではあったけれど、仕事は完璧に熟すタイプだった……もとい、だったと聞いているし」

「で? その話題をアタシに振った理由は? ……若ェつったって流石に生徒としては行けねえぞ」

「教師としてなら、どうかな」

「……性に合わねえ。学び舎自体中退した身だ、ガキに物事を教えられるような高尚さは持ち合わせてねェんだよ」

 

 独特の雰囲気を持っている彼ら彼女らの組織名は──『戒律機関』。

 始祖たちとは別のアプローチで世界平和を唱える、超過激派武闘集団である。

 

 戒律を乱す者アリと見做せば現地へと赴き、その原因を殺す。どのような手段を用いても、どのような被害を出してでも。それで『戒律機関』が悪者になったとしても、だ。

 彼らを毛嫌いする国や家は多いけれど、彼らによって救われた人々もまた多い。世界に感情があるとするのなら、「どう扱って良いか悩ましい存在」。それが『戒律機関』である。

 

「今回の事件で、聖護魔導学園のカリキュラムには実戦訓練が組み込まれるそうだ。それによって入退学や人員編成もあるそうでね。──潜り込むには丁度いいんだよ」

「だから性に合わねェつってんだろクソボケジジイ」

「けどもう書類を作ってしまったよ。聖護魔導学園の学園長にも話を通してしまった。表の顔でね」

「……一旦殺し合うか?」

 

 クソボケジジイと呼ばれた男性が見せる書。そこには「実戦訓練」や「教師」という文字の他に、「クロエ・ザンクトサリス」という名が書かれている。

 そして下の方には聖護星見(クライムドール)の印も。つまりもう決まったこと、確定したことである、ということだ。

 

「チ……わーったよ。で、ターゲットは誰になる。その平民か?」

「殺すかどうかの判断は任せるよ。見極めてきてほしいかな~……その他の生徒含めて、彼らが世界の戒律を乱す存在かどうかを」

「クライムドールが認めた教師。それが生徒を殺したら、大問題になるんじゃねェのかよ」

「僕たちは『戒律機関』だよ? そんなことを気にするのかい?」

 

 人道など、とうの昔に捨てている。

 家同士のしがらみなど、とうの昔に破っている。

 

 彼らは──その圧倒的な戦闘能力が故に「ルール」として祀り上げられた存在。ここに属していなければ、即刻死罪となっていたやもしれない者達。

 

「行っておいで、クロエ。ああそうそう、件の平民は男の子らしいからねぇ~……色仕掛けでも」

 

 クソボケジジイの全身に空間の棘が刺さる。

 気色の悪い笑みのまま絶命し、倒れ、床に血を零すクソボケジジイ。

 

「ダリアン、そいつ見張っておけ。アタシが行って正解だよ。そいつが行ってたら、女生徒に片っ端から手ェつけかねねェ」

「……承知」

「イタタタタ……まぁやる気を出してくれたなら良いことだけど、もう少し加減ってものを──」

 

 ザク、と。最後に鋭利且つ長大な棘がクソボケジジイの顔面から腹部までを貫き……それを確認して、クロエは部屋を出て行った。

 

 後に残されたのは凄惨な死体と寡黙な鎧だけ。

 否。

 

「実際、どう思う?」

「何がだ、エドウィン・ハルスマクリア」

「その平民のことだよぉ~。僕らが駆除すべき対象か、それとも……」

「『執行者』と同じ類の化け物か、か」

「ああ。もしそうなら、クロエが危ないけれど……どうだろうねぇ~」

 

 クソボケジジイこと、エドウィン・ハルスマクリア。

 聖護星見(クライムドール)の分家の一つ、ハルスマクリア出身の魔法使い。その魔法は、「己の身体を陣地として認定することで、己の身体に起こったことであればどうとでもできる」というある種の不死性、それに近しきもの。

 もっとも普通のハルスマクリアであれば脳機能が停止した瞬間に全てが意味を為さなくなるため、エドウィンのように頭部を潰されようと関係なく元に戻り得る存在は稀有……というか歴史を見ても始祖と彼しか存在しない。であるが故に表舞台から姿を消した、とも言える。

 

 だってそれは、紛う方なき化け物の姿だから。

 

「なんだか嫌な予感がするねぇ~……」

「それは、曲がりなりにも聖護星見(クライムドール)としての"予感"か」

「ただの経験則だよぉ」

 

 どうあれ。

 そうだ。どうあれ、どうあっても──時間は進む。

 

 時は。

 

 

 各家の休暇申請もあと少しで終了する、といった頃合いの聖護魔導学園。

 閑散としてはいるものの別に授業がないわけではない。なので中休みでもない時間に生徒が学舎をほっつき歩いているのはおかしな話なのだが──『彼』にそんなことは関係なかった。

 正確にいうと、『彼』と「彼女」には、だ。なんなら『彼』は迷惑している側だったりしなくもない。

 

「つまり、大気中の魔力素が直列に並んだ瞬間を見極め、殴打することで、魔力が元に戻ろうと振る舞う力を逆利用して歪曲現象を引き起こし、さらにそれを重ねることで収斂と置いて、周囲の魔法の全てを絡め取っている……これが答えです! どうですか!」

「うんうん、そうかもしれないしそうではないかもしれないね。そしてそうだと思うのなら自分で試してみればいいんじゃないかな。それでは学園長イレイア・クライムドール、己は授業があるからね」

「あなたに授業など必要ないでしょう? いいから私に付き合ってください! 始祖からの催促がうるさ……激化しているんです!」

「じゃあ今君が言ったものをそのまま提出したらいいんじゃないかな。この状況で己にできることは何も無い気がするよ」

 

 拘束されていた。

 教師らも相手が学園長とあらば何も言えない。というか戦えることがわかっただけで依然として魔法を使うことのできない平民には必要ない授業ばかりなので、実はいてもいなくてもいい。よって彼のクラスの教師ドリューズは快く彼を送り出し、しかし彼にはこれ以上やることがないため……色々困っている、と。

 

「合っているなら合っていると言ってください! そうじゃないと提出できませんし!」

「合っていると言ったとして、自分たちで再現できない以上その正誤を確かめる術がない。そうじゃないかな」

「そんな高度なことは始祖たちに丸投げすればいいんです! はい、正しいか正しくないか!」

「六割正解だ。どうかな、君的には及第点だろうか」

「……何が間違っているんですかぁぁ~!」

 

 悲しいかな、悲痛なる少女の声を受け止めてくれる者は存在しない。

 そして六割の理解力では少女も満足しないし、始祖も満足しないだろう。

 

「というよりね。()()()()()には始祖たちも気付いているだろうから、彼女らが君に求めているのは"どうやって"の方だと思うよ」

「……それを教えては?」

「くれないね」

 

 うがぁぁぁと頭を抱えるイレイア。肩を竦める『彼』。

 これ以上の進展はない。だから、と『彼』が認識錯誤を用いてその場を離れようとした──その時だった。

 

「よォ、面白そーな話してんじゃねェか」

 

 赤──赤い外套。黒いインナースーツ。

 そういう「学園らしくない装束」とかどうでもよくなるほどの──あまりにも凶悪な笑み。

 

「アタシも混ぜろよ」

「ふむ。学園長イレイア・クライムドール。難題に悩むのは勝手だけど、学園に不審な人物が侵入したようだよ。対処しなくていいのかい?」

「誰が不審者だ。ほれ」

 

 二人に声をかけた人物は、首から下げた「教員証」を見せる。

 クロエ・ザンクトサリス。名前の項にはそう刻まれている。

 

「ザンクトサリス……随分と旧い家名を名乗るものだね」

「あ?」

「五十年は前に没落した家だろう、ザンクトサリスなんて」

「へぇ! よく勉強してんなぁ平民のクセに。んじゃあなんでザンクトサリスが没落したか、知ってっか?」

「当時領地である島を治めていたザンクトサリスの当主……名前は忘れてしまったけれど、その当主が惨殺事件を起こしたからだね。殺した相手は己の部下、隣人、目撃者の総勢六十三名。ザンクトサリスは貴族位を剥奪された上、一家全員がお尋ね者となり逃亡。内、下手人たる当主は早々に捕まり、死罪に。他の家族については姿を晦ませたきり見つかっていない……いや、いなかった、というべきか」

 

 笑みが深くなっていく。イレイアは万一を考えて陣地の展開を始める。

 

「凡そ二十年前。当主の妻が死した状態で発見された。正確に言葉を操るのならば、惨殺された状態で見つかった。さらにそこを調査すれば、原型を留めないほどに斬り刻まれた姉妹も見つかった。──容疑者はただ一人、母親の胎内にいたはずの赤子だけ。ただまぁ赤子を容疑者として罪を云々、というのはあまりにも馬鹿らしいから、その赤子はどこぞの孤児院にでも入れられたのだったかな?」

「んじゃもう、わかるな?」

「それが君だ、と。赤子の時点で家族を皆殺しにした理由はなにかな」

「……いや別に意識があったわけじゃねェよ。化け物かアタシは。だがまぁ、無意識にやっちまったってだけだ。罪には問われねェが、危険人物。そんなアタシがこんな場所にいるのはどうしてだと思う?」

 

 溜め息。それは『彼』からだ。その様子は、「なんだ、意識があったわけじゃないのか、つまらないな」とでも言いたげな……というかボソっと言っていたような風体で。

 

「学園長イレイア・クライムドールに許可を得て、これよりカリキュラムに組み込まれる実戦訓練の教師として配属されたのだろう? 己と学園長イレイア・クライムドールの授業の時間を奪ってまで自己紹介がしたかった……というのは、些か面倒な教師が来たものだな、と思うに至る材料だけれど」

「オマエがジェヴォーダンの魔物を殺したっつー平民だな」

「会話ができないのかい? 会話というものはキャッチボールだよ、教師クロエ・ザンクトサリス」

「これより『裁定』を行う」

 

 音を超える速度。魔法の展開はあらゆる認知をすり抜け、『空間の棘』となったそれが『彼』の身体を串刺しに……しなかった。

 

 魔法の全てが魔力へと返ったからだ。

 

「……あ?」

「はぁ。……エドウィンさんの頼みだったので仕方なく認可しましたが、ここまでの危険人物を送り込んでくるとは……あとで苦情を入れなければなりませんね」

 

 陣地だ。クライムドールの陣地。

 この空間における魔力は、その全てが掌握された。

 

「ンだよ、アタシたちが何者かはわかってんだろ? そんで、『裁定』をするっつってんだ。邪魔すんなよ」

「私がエドウィンさんに許可したのは"戒律機関からの教師の派遣"及び"派遣調査員が危険因子と判断した相手の駆除"」

「おう。だから今それをしようとしたんだよ。チョウサって奴を」

「今のは調査ではなく駆除の方でしょう。もっと目を養いなさい。まずは教師としての仕事をして、危険因子は誰なのか、そんなもの本当にいるのかを判断するのです」

 

 正論である。ただしそれは、「危険因子と認めたのならば殺人を許可する」と言っているとも取れる。

 いや、そう言っているのだ。その辺りに関してはしっかりと魔法使い……彼女、イレイア・クライムドールは冷徹である。

 

 この『平民初学生』、あるいは『最上級生』を討ち滅ぼし得るというのなら──世界最悪の機関にだって、頼る。

 約定は結んだ。平穏たる学園生活。ただそれはそれとして、だ。

 聖護魔導学園の中で起こる争いのその全てから彼を守る、とは言っていない。そしてイレイアにとって『彼』は、こうして「仲良く授業を受けている」間柄にあって尚警戒すべき人物。

 

 だからこそ見極めてほしいかったのだ。

 世界最悪の機関、『戒律機関』のメンバーに、この少年を。

 

「もう少し理性ある人員に変えてもらうようエドウィンさんに連絡します。あなたは……マトモな話のできるタイプには見えませ、」

 

 殺到するは『空間の棘』。クライムドールの陣地に対しては無力であるはずのそれは、けれど……けれど、ジリジリと彼女の陣地を狭めていっている。

 そも、次元空間(デルメルサリス)聖護星見(クライムドール)の魔法は拮抗する。拮抗するように作られている。

 だからどちらかが有利ということは決してない。その上でイレイアの作り上げた今回の陣地は簡易のもの。急造のもの。

 力量が同程度であるのなら、圧されるのは当然の結果といえた。

 

「やれやれ、『戒律機関』は『裁定』の終わっていない一般人にも手を出すようになったのかい?」

「『裁定』の邪魔をするどころか危険因子候補を庇い立てるようなやつにかける情けはねェんだよ」

「彼女がここの学園長で、聖護星見(クライムドール)の現当主だとしても?」

「『戒律機関(アタシたち)』に血筋なんか関係あるか。関係ねェから世界中飛び回って殺しまくってんだろーが」

「そうかい。ならば」

 

 こつん、と。

 ──クロエの額が、ステッキの杖先に小突かれる。

 

「は……」

「己は聖護魔導学園の生徒として、学園長を守る行動にでも出てみようか。『戒律機関』──最早必要のなくなった組織の全てを潰すことになろうともね」

 

 衝突、する。

 

 

 ここでは他の生徒を巻き込みかねないと判断したか、あるいはそんな殊勝なことは考えていなくて、単純に広い空間に出たかっただけか。

 クロエの身体が運動機能場へと吹き飛ばされる。室内の方ではない運動機能場だ。

 

「っ、速ェ!」

「そういう君は、欠伸が出るほどに遅いね。魔法そのものの展開速度、及び射出速度は成程、『戒律機関』を名乗り得るものだけど、身体能力がそれに追いついていない。動体視力を鍛えるべきだよ」

 

 追撃があった。特に速いわけでも力の込められているわけでもない突き。

 ただ──直感的に。

 それを受け止めるのはマズイと判断して、クロエは右に避ける。転がるようにして。

 

 正解だった。

 突きは地面へと届いたわけではない。ただ風圧で地を穿つ。あり得ない光景は──先程までイレイアと『彼』が話していた内容を思えば理解も及ぶ。

 

「大気中の魔力への干渉技術……すげェな、そんな軽く小突いた程度でそこまでできンのかよ!」

「盗み聞きとは、ますます『戒律機関』の存在意義を問わねばならなくなってきたね」

「だったらこっちも段階をあげるぜ──継接空間(ザンクトサリス)!」

 

 空間に線が入る。『彼』のいる空間が四の十二乗分割された──されるはずだった。

 

「己の目的を思えば、本当の意味で『戒律機関』は要らないんだ。ただ……そうだな、確認は必要か。君は彼女の"家族計画"に入っているのだろうか」

「あ!? 何普通に避けてやがる! くらえよそこは!」

「くらったよ? ただ君の魔法は空間を分割するものであって、人体に直接作用するものじゃない。まぁ次元空間(デルメルサリス)の魔法は全部そうだけど。虚空点くらいか、人体の中に発生させられる魔法は。まぁそんなことはどうでもよくてね。己は始祖シエル・デルメルサリスと約定を結んでいるから、君に対して気軽に手を出せないんだよ」

 

 空間は人体を包含している。だから『彼』の言い分は通らない。

 ただ同時に、肉体強化(フィジクマギア)のように魔法抵抗が高かったり、何か特殊な方法で肉体を固定しているのならば話は別だ。

 ……問題は()()である様子が全く見て取れないことくらいか。

 

「さて、どうしようかな。君を殺していいのか悪いのか、今から始祖シエル・デルメルサリスに聞きに行くべきか」

「ンだよ、その許可が出さえすればアタシなんざ簡単に殺せるとでも──」

 

 眼前。杖底。

 咄嗟のバックステップは、さらに奥まで突き出されたステッキによって転ばされる。

 

「はぁ、最近こういうのが多くて困るね。身から出た錆とはいえ、己は君達と争い合いたいわけではないのに。──『戒律機関』とかいう血筋争いを関係なくさせる組織は、やはり早めに潰しておくべきだったかな」

「……てめェ、舐めてンのか?」

「うん?」

「今アタシを殺せただろ。さっきの威力の突きを当てりゃ、アタシの頭蓋なんざ簡単に粉砕できた。なんでそれをしねェ」

「だから次元空間(デルメルサリス)の血筋は簡単に殺せないのだと言っただろう。話、聞いてないのかい? 始祖シエル・デルメルサリスに伺い立てをしないと手を出せないんだよ。だからほら、今の戦闘で己は一滴たりとも君から血を奪っていない。流血の無い戦闘だ、始祖の望み通りの、ね」

 

 じゃらりと音が鳴る。

 それは鎖の出す音。クロエの服の中から出てきた黒鎖がこすれ合う音。

 

「充分だろ。アタシをここまで子供扱いできる平民がいてたまるかよ。──『裁定』は終了した。危険因子の駆除を開始する」

「やれやれ、世界は広いんだよ? 君達を殺し得る平民なんかいくらでもいるさ。それとも何かな、君は伝え聞く存在と己を重ねてしまったのかな」

 

 一瞬、時が止まる。止まったかのような錯覚があった。

 誰のことを言われているのか……クロエには自覚があったけれど、なぜそれを目の前の少年が知っているかが理解できなかったのだ。

 

「──ああクソ! 殺しの最中にぐだぐだ考えさせんな! とりあえず死ね、間違ってても聖護魔導学園が『戒律機関』の敵に回るだけだ、関係ねェ!」

「関係あるよねぇ~。うんうんすっごく関係あるよぉクロエ君。──ダリアン、君は彼女の拘束をしてくれたまえ」

「承知」

 

 刹那のことだった。

 空より降り落ちる人影が二つ。その一つはなんでもないことかのように着地し、その巨躯にてクロエを拘束する。

 もう一つはべちゃ、と人体の潰れる音と共に運動機能場へと赤い華を咲かせ、すぐ元に戻る。

 

「何すんだダリアン! つか何しにきたクソボケジジイ!」

「クソボケは君だねぇ~。いやぁ、本家……というか始祖イーリシャから直々に"なんとかしなければ『戒律機関』の存在を無かったことにします"なんて言われたら、流石に動かざるを得ないよねぇ。僕たちと始祖は不干渉でなければならないんだからさぁ」

「……」

 

 何が起きたのか、など。

 今更問い質す『彼』でもなし。

 

「君にとっては勝手にやってきて勝手に去っていった迷惑者、という認識になるだろうけどねぇ、僕たち『戒律機関』は聖護魔導学園から手を引くことにしたよ~」

「はぁ!? そいつ、どう考えても危険因子だぞ!? わかってねェのかクソボケ色ボケクソジジイ!」

「だとしても手を引く、と。そういうことになった。この意味、わかるよねぇ?」

 

 つまるところ……黙認すべき相手であると、『戒律機関』も始祖イーリシャも判断した、と。

 

「今回は僕の采配ミスで多大な迷惑をかけたねぇ~。ああ君、迷惑料とか、いるかい?」

「そんなものは要らないが……成程、己という存在に目を晦ませたか。それはすまなかったね」

「うん?」

 

 ()()が敷かれる。

 運動機能場の全てを覆うような──広大で、そして堅固な陣地が。

 

「っ……」

「この学園は己の遊び場だよ、『戒律機関』。君達が相手にすべきは他にいる。そうだろう? でなければ……そういう邪魔になるものを駆除できないのなら、君達の方を解体せざるを得なくなる」

 

 いいや。いいや。

 これは陣地などではない。既存の魔法ですらない。堅固などという領域になく、広大という言葉では言い表せない。

 

「まさか……とは思ったけれど、君、『執行者』かい?」

「そうだよ。少しばかり老いたね、エドウィン・ハルスマクリア。加えて躾のなっていないメンバーも増えたようだ。……『戒律機関』はあくまで戒律世界維持のための機関。個人の判断で何をやっても良いとされているわけではないし、何より己はあの頃に強く言っていたはずだよ」

 

 まるで深海にいるかのように強まっていく圧力。

 呼吸のし難さを覚えたのは、肺がその供給の無さに悲鳴をあげたからだ。

 

「当主、そして次期当主。これらの血は貴重なものだから、丁重に扱い、丁寧な判断をしなければならない──庇い立てをしたから殺す、なんて雑な理由は認めない」

「……それは僕も同意だけど、まさか彼女が、かい?」

「ああ。己は二度程問うたのだけどね。意見を変える様子がなかったから、殺そうとしたんだ。ああけれど、己は始祖シエル・デルメルサリスと約定を交わしていてね、次元空間(デルメルサリス)の系譜へは気軽に手を出せない。君が彼女を持ちかえってくれるというのならそれを止める気はないし、こちらから『戒律機関』を潰しにいくこともない。そう思ってくれていいよ」

「無論だよ、『執行者』。ただ……一つ問うてもいいかな」

「構わないよ、エドウィン・ハルスマクリア」

 

 問い。それは。

 

「先程、遊び場だと言ったね。……それの意味するところは」

「文字通りさ。さて……先ほど述べた約定により、始祖シエル・デルメルサリスはこの学園に手を出さないことを誓っている。君達はどうする?」

「……それは、成程。僕たちがこの学園へ干渉しなければ、外部で何かを行う、ということはない、と?」

「元から何をしていたわけではないけれど、少なくとも満足するまでの間己はこの学園で"生徒"を続ける。それは君達にとって喜ばしいことだろう?」

 

 重圧が消える。陣地らしきものも消える。

 答えは聞くまでもないと……『彼』は踵を返して。

 

「ああ……そうだな、そっちの彼女。クロエ・ザンクトサリス」

「何かなぁ。彼女は僕たちの大切な仲間なのだけどねぇ」

「いや何、彼女が己などにかまけていられないような情報でも渡してあげようと思ってね」

 

 鎧を着た巨躯……ダリアンに抑えつけられている彼女の前に、地図が現れる。

 虚空から取り出されたわけではない。今ここで生成されたのだ。

 

「『戒律機関』の上層部が隠匿しているせいで辿り着けなかったとは思うけれど、それでは君に対してあまりに不義理だ。そうだろう?」

「……こりゃ、まさか」

「元ザンクトサリス当主の納めていた島。その所在地だよ。現行の地図では海として記載されているから無かったことにされているし、住民は誰一人として残っていないようだけれど……行く価値はあるんじゃないかな」

「うん? 『執行者』、今『戒律機関』の上層部が隠匿している、と言ったよねぇ。……彼女の過去を、なぜウチの上層部が隠匿するのかなぁ」

「その辺り含めて君達の領分だよ、エドウィン・ハルスマクリア。自浄作用を失った『戒律機関』など己は見たくない。あとは頑張りたまえ、後進」

 

 消える。

 けれど『彼』が、ではなく……エドウィンたちが、だった。運動機能場から消えた彼らは、一瞬にして本拠地たる「どこぞの城」へと飛ばされる。

 

 ──無論、これより行われる自浄作用にスポットライトが当たることはない。

 本筋……『彼』の描く物語の裏で綴られる凄惨な復讐劇は、水面下にて、である。

 

 停滞(Stop)は一旦ここまで。

 この先はまた、『彼』の物語。

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