魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい   作:reverofllaF / 永遠下降

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Step4-1.「試行錯誤の猛者」

 この世は端から端までナノマシンに満ちている。満ちてしまっている。

 かつて始祖と呼ばれる少女たちに声をかけた時は、ここまでではなかった。こればかりは己のミスと言わざるを得ない。

 ナノマシンとはどこまで行っても機械だ。自然由来のものではない。だから、自然発生することはない。……無かった、というべきだろう。

 

 いつの頃からか、ナノマシンの総量が微量ながらに増加していることがわかった。

 原因を探れば──それはとんでもなく、そして実にシンプルな理由で。

 

「──と、このように、魔法使いは魔力欠乏に陥ると、思考力、集中力、身体能力、身体機能など……ありとあらゆる"様々"が低下します。この中で魔力欠乏に陥ったことがある者は?」

「……」

「いませんか。そうでしょうね。それに陥るのなら負けを認めろ──そんな風に言われて育ってきたのでしょうから。けれど、実戦……魔物との戦いではそれ即ち死です。わかりますね」

「平民の立場から問いを投げかけさせてもらってもいいかな、教師シェルミー・デルメルクラン」

「無論です。どうぞ、『英雄平民』君」

「己はそれなりの数の魔力欠乏……その症状に陥った魔法使いを見てきた。けれど、時折いたんだ。欠乏に至った状態で、それでも、と戦いを続行し、剰え普段以上の魔法を使う魔法使いたちが。あれは何かな」

「良い質問です。それは──」

 

 覚醒。己が仕込んだ「それっぽくなるよう演出」の一つ。

 あれは謂わばナノマシンの変化制限や性能限界……己の定めた機能上限を一時的に取っ払って、「一度使ったことで休眠状態に入ったナノマシンを強制的に励起し直す」というものだった。

 普通、そんなことをすればナノマシン側にガタが来る。あの時代であれば常識だ。ナノマシンだって耐久限界のある機械なのだから、「再起動中に電源ボタン連打」がどれだけ危険な行為なのかくらい誰だって知っていた。

 誤算はここからである。

 

 先述した「いつの頃からか」とは、世界が魔法に満ちて……戦争が起きてしまった時を指す。

 あの時代は覚醒が多く起きた。「再起動中に電源ボタン連打」が極々短いスパンで行われ続けた。

 

 結果。

 

「かつては暴走、今では覚醒と呼ばれている魔力現象です。これは欠乏に陥った身体を万全よりも上とまで言わしめる状態にまで引き上げ、戦闘の続行を可能とします。ただし、故意に引き起こすことができる者は……恐らく始祖くらいでしょうね。私には無理です」

「重ねて問いだ、教師シェルミー・デルメルクラン。覚醒しても尚勝てない敵に対し、幾度とない覚醒を繰り返す者が現れたとして……その存在の肉体はどうなっていくだろうか」

「ふむ。今度は面白い質問ですね。……覚醒にはデメリットも存在します。ある一定期間を過ぎると、覚醒状態にあった魔法使いは再度魔力欠乏、あるいは意識消失状態へと移行します。身体能力の低下は身体機能の低下にまで及び、後遺症が残ることさえ確認されています。それを連続でしようする、となれば……待ち受けているものは、死、かもしれません」

 

 そうだ。そうなるはずだった。そうなるようにデザインしたつもりだった。

 だけど──適合した者達がいた。

 

「先生、水を差すようで悪いスけど、ウチのご先祖さんに死ななかった人がいるスよ」

「ブランドン・フィジクトレス君。興味深い話ですね。是非聞かせていただけますか?」

「まぁ本家の話スけどね。ただし、始祖ビアンカじゃなく、普通の人ス。その人は四千五百年前の第一次魔法大戦において、輝かしい戦果を残した、なんて言われてるスけど、実際は死にかけまくって覚醒しまくっただけだとか。んで、普通ボロボロになるはずのその身体はけれど、覚醒しているのが当たり前の状態になった──とか。嘘っぽいスけど、実話ス」

 

 そう。その彼以外にも、多くがいた。

 瀕死と覚醒。休眠と励起を繰り返し続けた結果、「強制励起状態」のナノマシンを休ませない……つまり人間の肉体側の変質が起きたのだ。ナノマシンが自己進化したとか自己改造したとかではなく、血中のナノマシンへ脳より伝達する信号の方を変えた。自身で人体改造を行った──無論無意識だけど──者達の台頭があった。

 ……そのせいで、酷使されたナノマシンらはナノマシンら側の防衛機構を働かせ、自己増殖をすることで安定を図る、という振る舞いを見せたのである。

 ナノマシンの製造に関しては専用の製造炉さえあれば可能だったし、裕福な家であれば凄まじく高価な家庭用ナノマシン製造機なんかで作ることもできた。それを、戦争従事者は自らの体内でやってみせた、と。しかも無理矢理叩き起こしては働かせて、機械であるナノマシンの自己防衛本能を励起する、なんてあまりにも暴力的なやり方で。

 

「興味深いですね。フィジクマギアにだけ伝わる話、なのでしょうか。少なくともデルメルクランでは聞いたことがありませんし、デルメルサリスでも……」

「え……あ、これ、もしかしてマズったスか? 言っちゃいけないことだったり?」

「ブランドン。話すのは初めてだから初めましてを告げておくとして、言ってはいけないことではないと思うよ。もしそうなのであれば、君にそれが教えられることはないだろうし、何より己がそういう例を知っている」

「お、おう。フォローサンクス『英雄平民』。あと初めまして」

 

 律儀だね。

 

 とまぁそんな感じでナノマシンは増えた。この原理に気付くまでに数年をかけてしまったことが誤算だ。だって戦時中だよ? 至る所でそれが起きるのだから、毎日のように、というか毎分毎秒の勢いでナノマシンが増えていく。

 覚醒機能を取っ払う……というのは些か風情にかけるからやらなかったけど、やらないままに戦争が終わった時には……それはもう。

 大気中のナノマシン濃度が適合率の低い者には毒となるレベルにまで上がってしまっていた。

 ……ここで平民に強化をかける、なんてことをする優しい己ではない。だから第一次魔法大戦のあと、『原因不明の病』が世界規模で流行って……戦争以上の人間が死んだ。いや、魔物になった、というべきだ。それらは秘密裡に処理されていったから。

 その時にはもう己以外の魔法使いもわかっていた。原因はわからないけれど、大気中の魔力濃度が上昇していて、平民が魔力中毒に陥っている、なんてことは。

 魔力中毒の治癒は除染においてのみ行われる。ただし、貴族の厄介になることができる平民なんて薬にもしたくない程だ。当然バタバタと多くが死んでいって……魔法使いたちの中で、戦争行為そのものがタブー視されるようになった。

 "どういう理由かは研究するにしても、戦争によって大気中の魔力濃度が上昇する。それによって平民や適合率の低い魔法使いの大量虐殺が起きる"。

 

 ま、人類はその後三度ほど魔法大戦を引き起こすのだけど……今世が平定にあるのはこれが理由と言えるだろう。

 人類の敵は魔物で、人間じゃない。血筋争いこそあるけれど、国同士の争いはない。貴族にとって平民は曲がりなりにも領民、あるいは労働力だからねェ、一人二人ならともかく、何千何万と死なれては困るわけだ。

 

「授業はここまでです。ブランドン君、いい話を聞かせてくださってありがとうございます。……カリキュラム編成によりあなた達も慌ただしく、そして混乱することの多い日々になっていくでしょうが、どうぞよろしくお願いいたします。教師ドリューズ含め、私達教師陣も精一杯の教えをあなた達に与えていくつもりですので」

 

 ああそうそう。なぜ教師Cがこのクラスで教鞭を振るっているのかというと、なんとも「此度の事件を受けて、聖護魔導学園のカリキュラムを実戦に即したものへ変えていこう」という流れができつつあるから、だとか。

 先日来たザンクトサリスの生き残りも一応教師になる予定だったらしい。いやアレには無理だよ。絶対に生徒を殺すよ。

 

 ちなみに己のクラスは変わっていない。『英雄平民』などと持て囃されようとも己が魔法使いの授業に適さないことは変わらないからね。上級クラスにいったとして学べるものが無いんだ。

 

「なぁ、ちょっといいか、『英雄平民』」

「うん?」

 

 授業が終わってすぐに声をかけてきたのは同級生B。ブランドン・フィジクトレス。

 

「さっきはありがとな。いやオレ常識ってモンがちょいと抜け気味でさ。ああやってフォローしてくれて助かったわ」

「いやあの……『とんでもなく強い平民の人』がその特例を知っていたこと自体が特例なだけで、普通は自分の家に伝わっていることをみだりに話すものじゃないと思いますけどねー」

「おや、アリス・フレイマグナ。謹慎は解けたのかい?」

「……なんでそんなことを知っているんですか、なんて問いは今更ですか。アリスは今も謹慎中ですよー。少しでも魔力の気配を出したらお姉さまが飛んできます」

「そうかい。エンジェも暇だねェ」

 

 頭頂にぶつかりそうになった本を避ける。

 それは地面につく前に風の抱擁を受けた。

 

「チッ……聞こえてるわよ、アンタ」

「今大貴族の御令嬢にあるまじき舌打ちが聞こえた気がするけれど、気のせいだろうね」

「舌打ちはしたけどこれは親愛表現よ。そんなこともわからないワケ?」

「この大衆の面前で平民たる己に親愛表現を示すのかい? それはそれで大問題のような気がするけれどね」

 

 しかし、中休みでもないというのに何用だろうか。

 己の戯言に対しても……必要以上に苛立っているように見える。

 

「申し訳ないとは思うけど、コイツ借りていくから。次の授業には私が……エンジェ・エレメントリーがコイツを連れ去ったとか、適当なこと言っておいて」

「いやそれはやっぱり大問題だと思うのだけど」

「わかりました、お姉さま! そしていってらっしゃい『とんでもなく強い平民さん』!」

「……今回は一応、私は行きません。内容を知っているので。それでは頑張ってください、『一応平民の人』」

「なんかよくわからんけど頑張れよ『英雄平民』!」

 

 うんうん、己に欠片も興味の無かったクラスメイトからの熱いエールだ、目頭が熱くなるね。

 それとスヴェナ、君はなんでここにいるのかな。件の事件で魔法能力が認められて上のクラスに行ったと記憶しているのだけどね。

 

 ま、長期休暇が終わって……戻った者と戻らなかった者がいるけれど。

 騒がしい学園が帰ってきたことは喜ばしいよ。なんだか己の関与しない陰謀も動いているみたいだし、とても楽しみだ。

 

 

 これは楽しくないなぁ、って。

 

「うふふ……初めまして、『英雄平民』様」

「初めまして、キャレム・アレンサリス」

「あら……私のこと、ご存知なのですか?」

 

 なんだか怒り心頭な少女Aに連れられて来たのは学舎裏。これはまさか伝説のKATSUAGEか、なんてわくわくしていたら、出てきたのは金髪お嬢様だった。

 ちなみに次元空間(デルメルサリス)の系譜には金髪が多い。始祖CCが金髪だから……だとして、己は別にその辺の遺伝子操作は行っていないから、偶然……あるいは始祖CCの"家族計画"の影響だろう。多いというだけで全員ではないのがミソだ。

 

「知っているとも。無論、知るきっかけとなったのはアレンサリスという家と、その家が使う魔法に興味を持ったから……だけどね」

「まぁまぁ、勤勉なのですね。それはとても良いことですわ」

「キャレム先輩。話を進めてください」

「……うふふ。恋情は人を変えますのね」

「そういうどうでもいい感情じゃなくて、私達は授業を抜け出している状態です。あなたは最上級生ですから授業の一つ二つは要らないのでしょうけど、私達は初学生なので──」

「あらあらあらあら。エンジェさんったら、なんだか小姑みたい」

「な……」

 

 一応勘違いのないように言っておくと、少女Aが己に対して向けている感情は恋慕ではない。彼女は誰に対してもこうだ。無論、親愛は他の人間より多めだね。

 ただ……彼女は些か博愛主義者なきらいがある。こうやって好悪を示すことができる程度にはまだ大丈夫だけど、行き過ぎれば善意と愛情の怪物になることだろう。

 

「しかしエンジェの言う通りだ、キャレム・アレンサリス。用件は何かな」

「そうですわねぇ……ではまず、確認から。先程エンジェさんには確認を取りましたが、あなたの認識が聞きたいのです。──あなたにとってエンジェさんは、どういう存在ですの?」

「学友だねェ。己が英雄視される前から己と共であってくれた少女だ。その高貴さには頭が下がろうというものだよ」

「つまり、あなたからエンジェさんへの恋慕はない。そういうことですのね?」

「無論だね」

 

 随分と遠回りをする子だね。それとも「他人のものを奪うことは高貴さに欠ける」みたいなポリシーでもあるのだろうか。

 

「であれば『英雄平民の方』、私と付き合ってはいただけませんか?」

「その"であれば"は、己とエンジェが付き合っていないのであれば、という意味であっているかな」

「ええ。ああ……それとも他に恋仲の方がいらっしゃいますの?」

「いないね。己は独り身だよ。学生の身柄で言うのはおかしな話だけど」

「なら良いではありませんか! 私の家にも興味を持ってくださっているようですし、どうですの? 最上級生と初学生、貴族と平民のいけないラブロマンスを奏でてみる、というのは」

 

 成程。少女Aは多分、「あの平民に告白するから彼を呼び出してほしい」とでも頼まれたのだろう。

 これで少女Aが普通の性格であれば「嫉妬している」と捉えることができるのだろうけど、彼女の怒り顔はどちらかというと「繋ぎに使われたこと」への苛立ちじゃないかなぁ。

 ……ちなみにこれ、己が鈍感である、とかではないよ。本当の本当に少女Aは特異な性格……というか趣味趣向を有しているんだ。

 

「ラブロマンスというには打算が過ぎるね。肉体関係を持ちたいだけならそのままに言うべきじゃないかな、キャレム・アレンサリス」

「ちょっとアンタ、いくら状況が状況とはいえ、初対面の女の子にそういう言葉を使うのは──」

「……いえ、構いませんわ、エンジェさん。……噂以上の慧眼ですのね、『英雄平民の方』」

「君が分かりやすいだけだよ、キャレム・アレンサリス」

 

 彼女の目からは愛情も恋情も感じられない。そこにあるのは危惧、警戒、そして実験動物を見るような……研究者の目。

 

「君も己を魔法使いだと疑っている性質だね。だから、己との間に子を成し、その子の魔法特性を見ることで己に関する嫌疑の証明をしようとしている」

「キャレム先輩……コイツが好きだ、愛している、って……そう言っていたから……思うところありつつも引き合わせましたけど、そんなくだらない理由だったんですか?」

「私でダメなら、フィジクマギアの子はどうですの?」

「先輩!」

 

 魔力が動く。

 それを割り砕く。

 

「……!」

「危ないことをするものだね、キャレム・アレンサリス。彼女はエレメントリーの次期当主だよ? 四大元素(エレメントリー)次元空間(デルメルサリス)の戦争を引き起こすつもりかい?」

「なんのことですの? 私は」

「アレンサリスの魔法に興味があった、と。己はそう言ったはずだよ。異相空間の入口と出口、その作成に特化した次元空間(デルメルサリス)の分家。空間を差し込むのではなく、次相の異なる零次元平面を瞬時に作成することで起こる割断。ありとあらゆる次元空間(デルメルサリス)の分家の中で、最も殺傷能力に長けた魔法の使い手」

「……慧眼、且つ勤勉ですのね。本当に平民なのか疑わしくなるほどに」

「エンジェ。君は逃げた方が良いかもしれないね。究極、君には関係のない話だ。邪魔者と思われた、というだけで殺害を試みるような相手とまともに取り合ってはいけないよ」

 

 本来であれば次元空間(デルメルサリス)の系譜はどの魔法であっても強い制限を受ける。殺傷能力が高すぎるから。

 ただしアレンサリスは別だ。アレンサリスの魔法は"加減のしようがない"。その魔法はその魔法であるだけで他生物を殺し得る。けれどそれを禁止することは魔法を使うことを禁止することと同義であり、学園に通わせる意味が無い。

 アレンサリスが学ぶべきは倫理であり道徳だ。最上級生ともなればその辺りはしっかりしている……はずなのだけどね。

 

 いや。

 

「成程。本気でエンジェを殺そうとすることで、己がアレンサリスに勝り得るかどうかを見た、ということか。これは乗せられたね」

「ええ……やはりあなたは単なる平民ではないのでしょう。それがわかっただけでも僥倖ですわ」

「では、己に対して肉体関係を迫ることも、手頃なフィジクマギアとやらと肉体関係を持たせようとすることもやめてくれる、と見て良いのかな」

「うふふ……知っていますの? 男子寮には魔力隔液(コーティング)の為されていない部屋が幾つか存在しますのよ」

「そうかい。では己は眠らないことにするよ。十年程度なら眠らずとも活動可能だからね」

「いやそれ人間じゃないでしょ」

 

 貴族の御令嬢が堂々と寝込みを襲う発言か。

 いやはや──己は血筋争いが見たいだけで、巻き込まれたいわけじゃない……というか、巻き込まれてもいいけど標的にされたかったわけじゃないのだけどね。

 あと始祖CC、君の言葉の信用度低すぎないかい? 君が断言したんだよね、己は平民だ、って。

 君の分家欠片も信じていないけれど。"家族計画"本当に順調なのかい?

 

「なんにせよ、話はこれで終わりかな」

「ええ。これからあなたに近づいてくる女子、その全てがあなたの身体を狙っていると思ってくださいましたら、それで結構ですの」

「警戒させたいのかい? ああ……成程、だいたいわかったよ、君のやろうとしていること」

「ご慧眼ですわ」

 

 油断ならないお嬢様だね。

 血筋による平民証明は建前だ。これ……欲しいのは、別の。

 

「話は終わり? なら失礼します、キャレム先輩。ほら行くわよ!」

「あらあら。エンジェさんったら……やはり恋慕を抱いているのでは?」

「最上級生ともなると頭の中がピンク色に染まるってことだけはわかりました。それじゃ!」

 

 手を引かれる。引かれて連れ出される。

 ドシドシ、というオノマトペの似合いそうな歩幅と力強さで歩いて……そして、途中から静かになっていった。

 

 辿り着いた場所はいつもの中庭。

 

「災難だったわね」

「全くだね。断ることはできなかったのかい?」

「できたわ。けれど、一目惚れをしてしまったの、なんて言われたら……それがどれほど疑わしくても、一度は許容するべきでしょう。まぁ途中でアンタが利用されようとしているだけだってわかって苛立ちが勝ったけど」

「優しいことだね、エンジェは。けれど余計なことを背負いこみ過ぎるのは悪い癖だぞ、って……また言われたいのかい?」

「そのままアンタに投げ返すわ、その言葉。けど……ごめんなさい」

「君が彼女を連れてきたことか、元はといえば君の家のせいでこんなことになっていることか、それともあの場で己を愛しているから盗らないで、と言えなかったことか……三属性複合魔法を無言で放つのはやめようか。しかも範囲魔法を」

 

 この辺りはしっかり少女だね。

 まだ悩んでいるらしい。エレメントリーの引き起こした事件で己が被害を被ったことに関して。

 

「……ちなみに言っておくと、そういう冗談、今後は言わない方が良いわ」

「というと?」

「私にも……来たのよ。ママ……現当主から、アンタをウチに引き入れるのはどうか、とかいう馬鹿げた打診が」

「平民と魔法使いの間に生まれる子供は、そのほとんどが短命且つ脆弱になるものだけど」

「私もそうやって説得したわ。けど、今は……エレメントリー含めて色んな家がアンタに注目してる。ただの平民だと思ってないから、"あの平民の血であれば受け入れても増強に繋がるんじゃないか"って。馬鹿みたいな話だけど、そういう流れがあるのよ」

 

 ……ううん。

 それは……望ましくないな。少女Aや少女Cのような純血に対し、誰もが手を伸ばして縋りつく、というのが理想の流れだ。

 けれど対象が己となるのなら……。

 

「一応助言しますが、エンジェ。あまり脅かすと『一応平民の人』は逃げると思いますよ、一応」

「ん……スヴェナ? アンタなんでここに。授業は?」

「一応、私は特進クラスに入りました。特進クラスはカリキュラムの内容が違いまして……休み時間も違います、一応」

「へえ。まぁ初学生の授業などマトモに受けていては退屈極まりなかっただろうし、正解だね」

「……って、そうじゃない。ホントに危ないじゃない!」

 

 いきなり叫ばないでくれるかな、少女A。

 ご丁寧に消音の風属性魔法を張っているのは正しい……いや。

 

 これ、少女Aの魔法じゃないね。

 そうか、ガエンがスヴェナに術を教えたのか。しかしこの短期間で自分の魔法を取り戻すとは……スヴェナの価値も少しずつ高まってきたかな。

 

「アンタ、本当は魔法使いなんでしょ? それも五家の魔法じゃない魔法を使う、っていう」

「スヴェナはそう言っているね」

「もしアンタと五家の間に子供が生まれたら……その子は……」

「ですからエンジェ、あまり脅かし過ぎないように、と忠告しました。一応、私も付き合いが長くなってきましたし、付き合いの長い方と共にいたので、『一応平民の人』の生態は少しだけ理解しています」

 

 まぁ……あの村落の人間とは密接な付き合いがあるからねェ。

 しかし生態か。己は魔物扱いなのかな?

 

「逃げるって、どういうこと?」

「言葉通りです、一応。どれほど聖護魔導学園が魅力的であろうと、この学園を中退し、どこかへ消えかねません」

「余程のことがない限りはしないよ、そんなこと」

「現状が余程のことではないと思っているのならば信じられますね、一応」

 

 天秤は確かに傾きつつある。

 ただ同時に、この機は逃したくないという己もいる。

 板挟みだねェ。

 

「──ね、アンタ」

「何かな」

「付き合わない?」

 

 薄く笑っていたスヴェナが目を見開く。

 己は……まぁ、その想定もしていた、かな。

 

「え、エンジェ。何を言っているのですか。一応その真意を……」

「別に愛し合うとか子供をーとかじゃなくて。エレメントリー本家の次期当主と恋仲にある、ってわかったら……誰も手出しできなくなる。キャレム先輩も再三確認してきたのよ。私とアンタが付き合ってないかどうか。そのあたりの倫理はある……と信じたいわ」

「己は構わないよ。ただ君にメリットがあるように見えないな。むしろデメリットが大きい。さらにいつか解消する関係性だと思えば、君の次期当主としての立場も怪しくなるだろう」

「それくらいのことは受け入れる。……これが償いになるなんて思わないけど、少しでもアンタの負担を減らしたいの。どう?」

 

 ほらね。

 彼女はなんというか、我慾に欠け過ぎている。スヴェナからひしひしと伝わってくる「断りなさい、一応」という視線もそうだけど、彼女自身がそれなりの数の人間に愛されている、ということを理解していない。

 己の負担を軽くするためだけに己の身空を明け渡す、など。

 

 あと少女Aへの心配を抜きにしても己にメリットがない。

 だってそうなったら少女Aが狙われなくなる。むしろ己への殺意が増すんじゃないかな。また暗殺襲撃の日々に戻るだけのような気もするけれど……いや、そこで『英雄平民』が響いてくる、かな? 己の強さは全生徒が見たことだろうし。

 

 む、ふむ?

 ……案外アリ、なのかもしれない。

 己には敵わない。且つ、己が欲しい。となれば仮想敵らは少女Aを狙う、かな? 副産物としてではあるけれど、エレメントリーの血も手に入って……なんて考える者が現れそうだ。

 

 おや。

 良いんじゃないか、これ。

 

「わかった。それで君の心が軽くなるのなら、手を貸すよ」

「……私の罪悪感なんかどうでもいいのだけど……っていうか、アンタはその……いいワケ? 私みたいなのが恋人で」

 

 スヴェナからの「何を言ってやがるんだこのド腐れ『一応平民』」という視線が突き刺さるけれど関係ない関係ない。

 

「いいんじゃないかな。君、一般的に可愛らしいし」

「……一般的に、をわざわざ言う必要はあったワケ?」

「だってそれを言わないと己が君を恋愛的に好んでいるようじゃないか」

「一応、いち乙女として言わせてもらうのであれば、最低ですね、一応」

 

 わかっているよ。

 

 とまぁ、そんな感じで、己と少女Aは恋仲になったのである。

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