魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
魔法とは想像だ。
少なくともエンジェ・エレメントリーはそう教えられてきた。
彼女の姉であるアンフィ・エレメントリーは全く違う術で十全たる力を得ていたけれど、エンジェは真っ当な道を辿って真っ当なエレメントリーとして生きてきた。
思考。想像。
眼前で繰り広げられる、凡そ魔法使いの戦いではない激戦から意識を遠のかせて……彼女は考える。
まず第一に、通常の魔法は通らない。貫通力だけでなく氷結と火炎による耐久度低下なども試したけれど、無駄に終わっている。三属性複合魔法も効いている様子が無かった。
魔核から生まれたスパイダー種らしき魔物。体高は約九メートルほど。棘のついた前肢と未だ用途を見せていない肢が存在し、複眼の形のせいか全方位に目を向けることができるらしい。
だが、何よりも厄介なものは粘糸だ。『アイツ』の腕力でさえ引き千切ることのできない程の粘度を有するソレは、一度絡みつかれたらその時点でアウトだと考えるべきだろう。
考える。殻を破る方法自体は幾つか思い浮かぶ。
たとえば、魔物同士をぶつける方法。互いに硬いというのなら上手く誘導するだけでいい……そう思えなくもない。最後の一匹が残ってしまった場合だけが懸念点か。
他にも、圧倒的物量で攻める方法。『アイツ』の腕力があれば剣を刺すこと自体はできる。だから『アイツ』に頼り切って魔物の身を切り刻んでもらう、というもの。懸念点は勿論前線に出る『アイツ』だけが危険に臨まなければならないことと、どれほどやれば死ぬのかがわからないことだろう。
本当に確実な手段を考えるのならば、やはりシャニアとの合流が望ましい。
合流できるのなら、の話。恐らくは無理だろう。
否。
一つだけ方法がある。
それは『アイツ』をシャニアの元へ向かわせる、というもの。幻影に惑わされずにエンジェのもとへ辿り着いた『彼』ならば、シャニアと、そしてケニスを見つけ出して戻ってくる、くらいはできるのではないかという話だ。
勿論彼女自身の守りが手薄になるけれど、そんなものは
そこまで考えて……彼女は気付いた。
「考える必要、無かったかも」
「へぇ、素晴らしいお姫様だね。己に命を懸けさせた理由が無であったって?」
「だってシャニアよ?
「成程信頼か。けれど現実、彼女はこちらに来ていない」
「私が魔法を使うのをやめたから、じゃない?」
エレメントリーの魔法はその威力の都合上轟音が発生しやすい。大量の光を発することもあるし、まーとにかく目立つ。
もしシャニアが既に幻影を振りほどいていて、且つケニスも救出し……エンジェ達を探していたとするのなら。
考える時間など設けずに、そして後先など考えずに……できるだけ派手な魔法を使い続けることこそが、最短効率なのではないか、と思い至ったのである。
「良いアイデアだね、エンジェ。シャニアを信頼しきったアイデアだ。彼女が君の思う通りの実力を持っていなかった場合、己はともかく君は魔力欠乏に陥って、最悪死を迎えることになるだろう。その覚悟はあるのかい?」
「当然!」
エンジェは感覚型である。
あれこれ考えるタイプではない。それを察したか、別の理由かはわからないけれど──。
「ならば派手にやろう、エンジェ。威力が低くてもいい、派手な魔法を使うんだ。己も樹木を折ることに集中するからね」
「この森でここが一番煩い! って胸を張れる場所にしましょ」
「事の顛末をスヴェナに話した時が楽しみだねェ」
偽装のために提示した「恋仲」である『彼』は、楽しそうに付き合ってくれる様子であった。
さて、そんな話を……そんな風に信頼されているシャニア・デルメルサリス。
彼女は。
「幼稚な策ではありましたが、急を要する場面では有効……私もまだまだですね」
エンジェからの信頼通り幻影を振り切っていた。
ただしその理由は。
「はぁ、私より前に出たがらないエンジェなんて……再現度が低すぎます」
という、ただそれだけのもの。
対象の知覚を惑わして森の奥へ奥へと誘導するためだけの認識錯誤は、先頭となる者が対象者である必要がある。何も言わずにリーダーの背をついていくような人間であれば話は別だが、エンジェもシャニアもそういうタイプではない。
よって、何の文句もなくシャニアの後を追従してくるエンジェ、というものは盛大な違和感を彼女に持たせ……幻影の解除に至った、というわけである。
「エンジェは……駆けつけてあげたいところですが、まずはケニスさんでしょうね。どうせあの『噂の平民さん』がエンジェのところへ行くでしょうし」
それに、あの魔物。
スパイダー種と思しき魔物は、忌憚なき言葉を操るのであれば、ケニスに倒せるものではなかった。
シャニアでさえ単独では苦戦を強いられて然るべき魔物。見た目の魔力抵抗もそうだが、『噂の平民さん』に飛ばした粘糸には
魔法とは、想像である。
理論を学んだ上で感覚を統御し、世界を想像する。それが
もちろん全員がそれに準じているか、できているかは別の話。あの分家の少女……スヴェナ・デルメルグロウは感覚の部分が抜けているにもかかわらず、本家の血筋と同等規模の魔法を使う。ケニスは理論こそ理解しているが感覚が甘く、本人が有しているはずのポテンシャルを活かしきれていない。
とはいえ基礎理念は変わらないはずだ。
魔法とは想像。よって、第一印象はそのまま正解であることが多い。「想像したもの」と「想像させられたもの」では細かい違いがあるので、その辺りも問題ない。
あの『噂の平民さん』は──恐らく始祖以上の存在だ。
だから、エンジェは大丈夫。
「……しかし」
森の上空一面にかけられた認識錯誤の結界。これも
また、シャニアであっても……これを解除すること、通り抜けることは、少なくない時間をかけなくてはいけない。
スパイダー種に狙われている中でミルクパズルを解くようなものだ。他の術者の結界はまず感覚でどういった構造をしているのかを見極めなければならない。
とあらば、まずケニスを救い出し、ケニスとの連係により周囲の魔物を撃破。最後にエンジェらと合流することが最適であろう。
彼女はそう判断し──奥の手の一つを解禁した。
「
シャニアを中心として蜘蛛の巣状に伸びる空間の罅。
それは大気を伝ってあらゆるところ……樹木や地面、落ちる枝葉にさえも伸びて、それらを固定する。
固定。いいや、違う。
魔法名は効果そのものを表す場合が多い。此度もそうだ。
始祖シエル・デルメルサリスによって取り壊されたその分家は、この魔法を使って往時の戦争を生き抜いた。いいや、戦場に多大なる被害を齎した。
一歩、歩を進めるシャニア。
たったそれだけで……罅が広くなった。一歩、二歩、三歩。
歩みが増えていくごとに広がっていく罅に、ああ、と気付くことだろう。
罅が広がっているのではない。
破壊された空間が引き千切られているだけなのだ、と。
干渉を受けないという部分は成立している。空間が壊れているが故に、同じ
ただし、魔法使いが動いてしまえば破壊空間もついてくる。ついてくるし、一度破壊された空間が修復されることはない。
空間の破壊とはそのまま世界の破壊に等しい。罅……『空間の狭間』と呼ばれる穴が広がり、そこへ落ちた者は永遠に落下し続ける虚空へと誘われる。
修復自体はできる。故意に行えば、だ。行わなければ……そこはもう土地として使い物にならなくなる。シエル・デルメルサリスがこの家を取り壊したのはこれが理由。戦争では大いに役立ったが、後世に残す被害が大きすぎた。領地や島を守るためにその場所を壊しては何の意味も無い。
現代では~破壊空間《ディストラサリス》の家のあった場所、領地は修復が為されているために何もなかったことになっているけれど、当時は一歩踏み出すことさえも躊躇われるほどの引き裂き具合だったとか。
さて、そんなものをシャニアは使っている。
彼女の歩み。その痕跡には破壊だけが残され、スパイダー種による攻撃は虚空へと消える。森林も地面も全てが破壊され、異様なマーブル……虚空が顔を覗かせる。
「……まぁついでではありましたが、始祖の関わっている陰謀ではない、と」
ぼそっと零す独り言は……「ついで」の調査。
前回の事件には多くの始祖が関わっていた。もし始祖が黒幕にいて、シャニアやエンジェの命を狙っているのであれば……この魔法を使った時点で止めにくるはずだ。だから、此度の黒幕、あるいは首謀者に始祖はいない。どころか
「エレメントリーの御令嬢は大変ですね……毎回毎回」
学園襲撃事件も半分以上はエレメントリーの分家が本家を狙った話だと聞き及んでいる。勿論
無論分家を増やし過ぎた、という部分はあるが──それも始祖の責任であるのだし。
「あら?」
だからほとんど徒歩と変わらない速度で移動していたシャニアだったけど……前方から聞き覚えのある声と、そして「吹き飛ばされる魔物」が見えた。
腑に落ちる、とでもいうべきか。
「成程……そういう相性もあるのですね」
窮地にあると思っていた。けれど……シャニアの辿り着いた時、そこでは。
「おらおら! 数が足りねぇよ! もっとこいもっとこい! あいつらに向かうくらいなら──俺に来い!」
たった一人で六体の魔物と激戦を繰り広げる彼の姿があった。
参ったねェ、というのが感想だ。
少女Cの実力を考えれば幻影の解除なんて容易だろうし、すぐにでも少女Aに合流して……敵の本陣にでも突っ込んでくれると踏んでいたのだけど。
現実は、少女Cが禁術のひとつを使って生徒Cを救出に行き、すぐ死ぬか回収されると思っていた生徒Cは存外以上に奮闘している様子だ。「空間」というものを面として成形し、押し出すだけの魔法。生徒Cがあのクラスにいる理由の魔法であり──学園長Eとの訓練で磨きに磨かれた魔法。
アレに大した破壊力はない。ただ「そこにあるものを押しのける」という点で見るのなら並ぶ魔法は数えるほどしかないものだ。
よって、魔法抵抗が高かろうと高くなかろうと、ジェヴォーダンの巨人のようなサイズ的に無理なもの以外は……たかだか九メートルしかない、しかも中身がほとんど糸な軽い魔物程度であれば、簡単に押しのけることができる。
殺せはしない。けれど近づけることもないし、自由な行動もさせない。
魔法は想像だねェ。血の純度だけが力量じゃないんだ。
己にとっては価値のない血でも、戦士となれば大活躍するんじゃないかな、彼。
「いやぁ、参った」
「なによ、弱音?」
「全然来ないじゃないか、シャニア」
「……それはそうね。でも、あの二人なら大丈夫。だから私達は戦い続けるまでよ」
「魔力残量は?」
「あと九割ちょっとね」
……そしてこっちも参っている理由の一つ。
少女Aの魔力量が多いことは知っていたけれど……まさかここまでとは思っていなかった。一度その身体を解剖してみたくなる。
魔力量だけでいえば始祖Aにも勝っているんじゃないかな。それだけナノマシン適合率が高いということでもあるから、少女Aは吸血鬼になりやすい……はずなんだけど、どこからくみ上げているのかナノマシンが尽きる様子もない。いやホント、君の身体の中にナノマシン製造炉あったりしないのかい? それなら納得するのだけれど。
というかね、敵も敵だよ。
なんで君達静観しているんだ。魔物が怖いのかなぁ。こう……魔物との死闘の隙をついて攻撃、とかしても良いと思うのだけれど。そうすれば少女Aももう少しは窮地に陥るだろうに、ずーっと本陣らしき場所でこっちを遠視しているばかりで動こうとしない。
どうやらどの始祖も関わっていない策略のようだけど、初動が早かったうえに準備も思い切りが良かったから「良い気配」だと期待したのに……これじゃ血筋争いどころかただの青春イベントだ。己と少女A、生徒Cと少女Cが互いに互いの背を預け合う展開でしかない。そんなものを作り出して何がしたいのか言ってみたまえよ。
「姉さんじゃないけど、一応謝っておくわ」
「何をだい?」
「期待に沿えなかったこと。アンタ、私ならこんな魔物簡単に倒せると思ってこっちに来たんでしょ?」
「己がそんな打算的な奴に見えるのかい?」
「普段からアンタに魔法を見せつけておいて、結局私ってこんなものってワケ。どう、失望したかしら」
「珍しいこともあるものだ。随分とナイーブになっているようだけど、今の一瞬で何があったのかな」
己は別に他人の心が読めるわけではない。いや読もうと思えば読めるけど、普段から読心を行っているわけではない。
今、少女Aの中でどんな心の機微の変化があったのかは杳として知れない。時は遡り得ないからねェ。
「別に……なんだか最近、成長してないな、って。そう思っただけよ。学園襲撃事件の時も対して役に立てなかったし、今回もアンタに頼らないとまともに戦えない。……私はここで打ち止めなのかしらね」
「ふむ。恋仲としての優しい言葉と、己という個人から見た罵倒にも似た言葉。どちらが好みかな」
「どっちも言って」
「ではまず恋仲としての優しい言葉だ。君は今でも充分凄いのだから、あとは殻を破るだけで良いと思うよ。己には数多の魔法使いとの交戦経験があるけれど、君の潜在能力は抜きん出ている。あとは見方の問題だ」
「……それが優しい言葉? まぁアンタにしては、か。それで、罵倒にも似た、っていうのは?」
話し合いをしているというのに攻撃してくる二体の『ココダトレイルの大蜘蛛』へ錬成された剣を蹴り放つ。空気を読もうね、魔物クン。
「君さ、エンジェ。魔法は想像だ、という言葉を知らないのかい?」
「知っているわ。というか平民のアンタが……って、ああ平民じゃないんだった」
「そういうことではないけれど。まぁその話は措いて擱くとして。──なんで四属性複合魔法までしか使わないのかな。もしや
「……」
「感覚型だからと基礎勉強を怠っているのか知らないが、魔法大戦においては数多の
分家が生まれる理由は、新たな魔法に特化してしまったから。
血の重ね合わせ。そして──既存魔法のアレンジ。
確かに同時に四大元素を操り、それを複合させる、というのは本家の血でしかできないことだ。
だけど、たとえばウォーラークラフトならば二重構造の水を成形して自らの分身を作り、そいつに魔法を使わせる、だとか。
たとえばヴィンランドであれば自身らの得意魔法である竜巻の生成を炎によって勾配を作り出し、ほぼ完ぺきな横軸にすることで地上のあらゆるものを巻き込む、だとか。
たとえばフレイベルジュであれば風によって豪炎を手のひらサイズにまで圧縮し、それを剛速球で投げつける、とか。
魔法とは想像だ。
貫通力の問題。耐久性の問題。威力の問題。
そんなもの、その場の試行錯誤でどうとでもなる。
「……ごめん、もう一回、良い?」
「何が、かな」
「もう一回だけ考えさせて。考えて考えて……あいつらを簡単に殺す魔法を編み出してから、顔を上げるから」
参った参った。
全く、己は何をやっているのだろうね。部位狙い、回収狙いなら……少女Aをこのままにしておいた方がいいというのに。
これほどの潜在能力を有している種が開花しない、というのが嫌だ、なんて……柄にもないことを。
「良いだろう。己を驚かせてみてほしい。それをしてくれるのならば、いつまででも君の盾となってあげよう」
蹴り折るは、『ココダトレイルの大蜘蛛』の足。
持ちづらいことを除けば良い杖だ。
少しばかり遊ぼうか、大蜘蛛諸君。己の気紛れに付き合わせて申し訳ないけれど──。
「産声の次に上げる大声が断末魔というのも、中々オツな話だろう?」
蜘蛛に発音器官はない、というツッコミは受け付けないよ。