魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
四大元素の魔法。五大貴族が一つにして、最も多い魔法使い……エレメントリーの血筋。
始祖の代から交ざることのない純血たる本家と、その他の混ざり者同士によって生まれた分家が存在するけれど、こと「魔法の出力」という点においては本家も分家も大した差はない。
では何が本家と分家に隔たりを作っているのか。
それは単純。
「四属性の並列操作……だけではなく、その複合。二属性までならば分家にも可能とする者がいるが、三属性、況してや四属性の複合となれば……やはり本家に限られる」
「……随分余裕じゃない。アンタたちの目論見は失敗したってわかってないワケ?」
エンジェ・エレメントリーは対峙していた。複数人の魔法使い……それも、己と同じくエレメントリーの家系であろう者達と。
学園から寮へと帰る道すがら。その短い距離での襲撃は、しかし誰にも気付かれていない。
結界や認識錯誤に関する魔法であれば
「目論見とは、まるで私達が悪者であるかのような物言いをする。私達は迎えにきただけだよ……貴女の背後にいる、私達のお姫様を」
「くだらない芝居はやめてくれる? 私が相殺してなかったら、アンタが放った火属性魔法はこの子を焼き焦がしていた。それともアンタの辞書にはお姫様を焼き焦がすことを迎えにいく、なんて風に記載されているの?」
「迎えが欲しいと言ったのも、私にその魔法を放てと命じたのも……君の後にいるお姫様だ、と言ったら?」
そんなわけがない。エンジェが咄嗟に庇い、今も背後に置いているエレメントリーの血筋らしき少女は酷く憔悴していた。
もしそれが演技であるのならば、名演にも程がある。
ただ……その「もしかして」を考えてしまって、エンジェは一瞬だけ少女を気にした。襲撃者たちから気を逸らしたのだ。
直後、二つのことが同時に起こる。
最大限の加速を施された銀の槍。二十を越えるそれらの襲来と──エンジェの前に降り立った金髪の少女による、それら攻撃の無効化。
ただ軽く手を振っただけで打ち払われたかのように見えたソレは、しかし実際のところ、膨大な魔力のもと『次元の隔たり』ができていることが確認できる。
「構成も構造式も粗雑で煩雑な結界が敷かれていたので何かと思えば……エレメントリーのお家争いですか。そちらに関しては興味ありませんが、この結界を敷いた者には興味があります。ええと、襲撃者の方々、でよろしいのでしょうか? ──どうかこちらの手を煩わせることなく情報を吐いていただけると助かるのですが」
「いきなり出てきて何言ってんのよ。こいつらは私の客なんだから、横取りしないでくれる?」
「おや。一応窮地を救ってあげた、という認識でしたが、流石はエレメントリーの御令嬢。厚かましいですね」
「……その減らず口は相変わらず殺してやりたいけど、今目的を見失うつもりはないから、後にしてあげる。──シャニア、一応聞くけど、この結界がアンタのもので、全てはマッチポンプ……なんてことはないわよね」
「その考えなしは相変わらずでほとほと呆れますが、マッチポンプなどせずとも私は貴女に勝てるので、小細工など弄しませんよ。……とはいえ、守らねばならぬ者がいるのであれば、貴女も全力は出せないでしょう。これは貸しにはいたしますが、吐かせた情報は貴女にも共有いたしますので、そちらの少女を連れて逃げては如何でしょうか」
逡巡は──刹那。
エンジェ・エレメントリーは直情タイプではない。案外冷静で、案外……ちゃんと、人を頼ることのできる人間だ。
「任せるわ」
「ええ、ご存分に」
彼女は知っている。金髪の少女……シャニア・デルメルサリスの実力を。
同じく五大貴族の同年代で、昔馴染みだ。彼女の力があれば、この程度の人数は問題ないだろう。
であれば、と。ようやく安心して振り返り、未だ蹲って怯え、憔悴している少女を持ち上げる。「きゃ」なんて短い悲鳴も聞こえはしたけれど、文句の諸々は後で聞けばいい。
そうしてその場を離れて……彼女は、己の運命の一つと出会うことになる。
手を加えてしまっては意味が無い。
己が見たいものは魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いであって、己の用意した舞台での三文芝居ではないのだから。
だから昨日の時点で学園に忍び込んでいた者達も放置していたし、昨夜に起きた全てのことを知っているけれど……ここにいる己は無知なる平民。
ゆえ、いつも通りの挨拶をする。
「おはよう、エンジェ・エレメントリー。いつにも増して怒り心頭といった顔だな。その矛先が己に向かないことを祈るばかりだよ」
「……」
「……おや」
「ん。……ああ、アンタか。おはよ。……ごめん、ちょっと考え事してた」
当然の反応だろう。
昨夜の出来事には思うことがあった。あり過ぎたはずだ。
なんせ今分家が行っている企て、その一部を知ってしまったのだから。
「己に許可を取らずとも思考はしていてくれて構わないが、そちらの少女の紹介くらいは欲しいところだな」
「それは……そうね。私と一緒にいる以上、嫌でも関わることになるだろうし。紹介するわ、この子は」
「アリス・フレイマグナです。……お……お姉さまから、話は聞いております。『とんでもなく強い平民さん』、ですよね」
ほう? と視線を投げかければ、気恥ずかしそうに顔を逸らす少女A。
少女A'は……尊敬の念に似たものを己に投げかけてきている。どれほど誇張された物語を聞かされたのかはわからないが、こういう展開も悪くない。
「フレイマグナというと、火属性特化の分家、だったかな」
「へぇ、よく勉強しているじゃない。……そうよ。ただ、分家の子だからって変な態度取らないでよ」
「何を言うかと思えば、己は平民だぞ。本家であれ分家であれ等しく貴族だ。であればエンジェ、君に接するような態度で居続けるさ」
「平民が貴族に向ける態度じゃないけど……ま、それはありがたいからいいか」
ナノマ……魔力はかつての少女Aことアンジェリカの直系子孫でない限り、その性能に偏りが出るように調整してある。直系子孫であれば四大元素を自在に操り得るが、離れていくほどにどれか一つへ特化していく。分家というのはそれら特化した血筋を更に純化させたものを言い、分家にも劣る者達の中には四属性こそ扱えるものの並列は無理、という者も出てくるのだろう。
つまるところ、少女A'……アリス・フレイマグナは火属性に偏った魔力の持ち主同士が番い合ってきた結果の結晶であり、火属性の出力や扱いだけで言えば少女Aことエンジェ・エレメントリーにも勝るとも劣らない、というわけだ。
こういう純化した血はより良い子を産む。番う相手さえ間違えなければ、純度を高めることも、副次的な機能を備えさせることも可能になるわけだ。使いやすさで言えば直系よりも分岐の幅が広い……なんて考えている貴族も多いことだろう。
基本、各血筋は交わり難い。反発し合うように作ってある、というのもあるけれど、機能が多すぎると脳が処理しきれなくなるのである。
しかし、こうやって分家を……つまり良い感じに薄めて許容量を増やした血同士であれば脳の処理能力を逼迫することなく交配できる。使いやすい、とはそういうことで、今エンジェ・エレメントリーが悩んでいるのもそれ関連のことだ。
無論のことを言うのなら、分家の人間自体は本家の血が欲しいことだろう。どうにかすれば分家の子でも直系並みのポテンシャルを取り戻し得る。だからこの「使いやすい」というのは他家から見た話だ。昨晩の襲撃者……下手人自体はエレメントリーの分家だったけれど、糸を引いていた者は勿論違う。
イイねェ……特に未来視の可能な聖護星見のお膝元でそれをやっている、というのが良い。あまりにも愚かで、あまりにも思い切りが良くて。
「しかし、お姉さま、とは? 君、エンジェと同い年だろう」
「お姉さまはお姉さまです! 昨日、暴漢に襲われかけていた私を颯爽と助けてくれたお姉さまの恰好良さは……お姉さまをお姉さまたらしめる……!」
「聞き流していいから。……昨日からずっとこの様子なのよ」
「成程、君も苦労しているんだね、エンジェお姉さま」
首を傾げて飛来した氷礫を避ける。二次被害の出ないような立ち位置を取っていた甲斐があったというものだ。
「……」
「おや、どうしたのかなエンジェ。そこまでじっと見つめられると、さしもの己も己が美貌に気付かざるを得なくなるのだが」
「……いや。一瞬頼みごとをしようとしたけど、何の関係もないアンタを巻き込むワケにもいかないし、やめておきましょう、となっただけよ」
「それは己が自らの意思で厄介ごとに首を突っ込んでほしいという嘆願と受け取るけれど、そういうわけではないのだよね」
「ええ、アンタは平和に暮らしてなさい。あ、そうだ。護衛の使用人の件だけど」
ピン、と。挙がる手があった。
それは低いところ……己とエンジェの目線からみて少し下のところから。
「お姉さま! 学園にいる間であれば、私が『とんでもなく強い平民さん』の護衛をいたします!」
「ダメ。話が余計にややこしくなる」
「エレメントリー直属の使用人を己に付けることの方がややこしくなると思うのだけどね」
逡巡はまたも一瞬。この少女は始祖に似て頭の回転が速い。
二つを天秤にかけたのだろう。己との間にあらぬ噂が広がることと、守るべき者に護衛役をやらせることのどちらが重いか。
「……わかった。今回は私が折れる。アリス、学園にいる間……特に私とコイツが一緒にいない時は、コイツを守ってやって。先に手を出さない限りはエレメントリーの名前で守ってあげるから」
「はい!」
それは前者に傾いたらしい。「あらぬ噂が広がること」の方が危険だと判断したのだ。
勿論自身の羞恥による判断ではなく、先を読んだ上での判断だろう。というか自身の羞恥も危地も、エンジェの持つ計算式からは除外されているはずだ。そういう少女であることは把握済みであるのだし。
そういう考えで言うのなら、このアリス・フレイマグナという少女はわかりやすい。
己のことしか考えていない──果たしてそれがエンジェ・エレメントリーに伝わっているのか。
斯うして、己と少女アリスの学園生活は幕を開けるわけである。
さて、そもそもなぜ己とエンジェ・エレメントリーが共にいる時間が少ないのか、については触れておこう。
とても単純に言うのなら彼女がエリートで己がよくわからない理由で入学した平民であるから、である。
ここは魔法を教えるための学園。聖護魔導学園。だから既に高い領域にいる者とそうでない者はクラス分けされ、その差は天と地。
己は最低限しかできない者達の集まりに入れられて、彼女は全てができる者達の集まりに入っている、と。基本的に行動を共にできるのは登下校時と中休みの間だけ。四大元素お得意の風による感知は聖護や次元に阻まれて上手く機能しないだろうし、何より片手間で熟せる授業ではないと聞いている。詳しい事は己も良く知らないのだ、彼女が何を学んでいるか……どのあたりまで理解度があるのか。
己の興味は血筋争いだけである。魔力の扱いに関していちいち口を出すほど魔法に憧れを持っているわけではない。
して……分家とはいえ火属性特化のアリスもそれなりのクラスに配属されるのが普通であるのだけど、曰く彼女はまだ経験不足。出力の調整が上手くいかないそうで、この最底辺クラスにいる、と。出力制御をマスターしさえすればすぐにでも上のクラスになるのだろうから、己の護衛はそこに至るまでだろうね。
「つまり元々クラスメイトであったのか。すまないね、覚えていなかったよ」
「あ、大丈夫です! 平民がいる、ということは知っていましたが、クラスメイトがどこの誰とか私も気にしていなかったので知りませんでしたし!」
「お互い様だ。痛み分けだね、これは」
ところで。
「エンジェは己のことをどう評価していたのだろうか。『とんでもなく強い平民さん』であることに間違いはないけれど、その強さを見せた覚えがない」
「
「成程良い理解だ」
ちなみに移動に関しては特別なことなどしていない。エンジェ・エレメントリーの使う感知は渦型をしているため、必ず隙間が生まれる。その隙間に沿って歩いていくだけで、彼女に気付かれることなく接近することが可能だ。急いでいる時は渦を飛び越えるけれどね。
いつか突かれるだろう隙は言わずに残しておくが華だろう。それによる挫折もまた『学園モノ』には付き物だから。
口を開こうとした。
その前に、己の後頭部のすぐ手前で炎が上がる。
大火力が燃やし尽くしたのは──臭素塊と呼ばれるもの。
「あっちが先に手を出してきたから、今のは正当防衛ですよね」
「避けられるとわかっていながらの攻撃に意味があるとは思えないから、今のは攻撃というよりフレイマグナのお嬢様が己と親しくなったことへの確認なのではないか」
「む……もしかして私、まんまと乗せられましたか」
「火力調整のできないお嬢様にちょっかいをかける愚かしきにそこまでの演算能力があるとは思えないけれど、実際あるのだし」
臭素塊。だから、下手人は死霊病毒の血筋……ネクロクラウンと名乗っている貴族だろう。
ただ、直系と呼ばれるべき血筋ははじまりの時から何も変わっていないので、こういう自主的で愚かしい行動を取ってくるのは百パーセント分家の人間である。
「それは、反撃しない方がいい、ということですか?」
「己に興味はない、ということだよ。眼中に無いものにまで気を割けるほど器用ではなくてね」
「確かに! 私もそうでした。けれど……だとするなら、護衛、って何をしたらいいんですか?」
「不要だとエンジェには言ってあったのだよ。己は己で対処できるから、無駄なことはしなくていい、とね。しかしエンジェはほら、他者を見捨てられない性格だろう?」
「はい! 素敵です!」
「だからこうして余計なことをしてしまうんだ。そも、己は聖護星見の始祖によって入学を許された存在。そんな己を攻撃することの意味を考えられない学生に、聖護の未来があるとは思えない。そうだろう?」
装填されていた次弾が消える。
ようやく思い至ったのか……慌てふためく気配まで。アリス・フレイマグナはそちらをちらりと見て、軽い溜息を吐いた。
視界に入れることすらリソースの無駄であると悟ったのだろう。
「とはいえ彼のようにすぐ思い至ってくれる者ばかりではなくてね。割合で言えば同学年より上級生の方がたくさん襲撃してくるから、その時は力を借りるとしようかな」
「上級生ならこっちの火力が高くても大丈夫ですよね!」
「ああ、先に攻撃さえしなければエレメントリーの名前が守ってくれると彼女が言っていたわけだしね」
と……空気が冷える。
休み時間が終わりを告げた証拠だ。ここからは私語厳禁。
入ってくる教師は……げっそりとした表情の老婆。老いて死するまで見目麗しい若さを保ち続けるネクロクラウンの直系とは比べ物にならないその姿は、彼女も分家の出である証。まぁ先も述べたように本当に直系であるのなら学園の教師など絶対にやらないから、分家であるのは自明の理なのだけど。
「ぜ、全員いるわね……授業を始めるか、から……各自、目を、目を瞑りなさい」
大人しく従う同級生たち。
認識錯誤による幻術なんかは
故に「魔力操作の甘い生徒たち」にレッスンを施すには、こうして夢幻へと誘って安全な集合意識夢境で授業するのが手っ取り早い、と。
さて、当然の話をするけれど、魔力を持たない存在とされる平民はこの空間に入ることができない。この魔法の正体は死霊術の一つ、魂の複製。本体の魂から魔力的要素だけを抜き取って別空間に飛ばす、という荒業によって成立している魔法であるので、抜き取る要素のない平民の魂はそこへ侵入できない。
ただしそれでは授業にならないので、教師の魔法発動に合わせて無理矢理にその空間へと侵入し……事なきを得ている、と。なぜ入ることができているのかは「そこが聖護星見の始祖が己を選んだ理由だよ」と誤魔化している。それがあり得ないことくらい研究職でもある魔法使いにはわかるのだろうけど、同時にブラックボックス過ぎて「まだ解明できていないだけ」だと思い込んでくれているのだ。
ま、本気で疑い始めたのならその記憶に封をするけれど、今のところその心配はない様子である。
ちなみに現実に取り残される肉体は無防備……になる、ということはない。
どの生徒も自動防御、あるいは自動迎撃のできる魔法を備えているし、聖護の守りが教室全体を覆っているために外部からの侵入は不可能に近い。無論内部犯がいたのなら話は別だが、その展開はその展開で面白いので良しとする。
では夢幻へするりと侵入し──爆炎を、目にする次第となった。
「……教師ドリューズ。これは何事かな」
「あ、相変わらず誘眠がかかりづらい、わ、わね。……こ、これは今、肩ならしに魔法を、は、吐き出させて……そういう指示をしたら、と、突然フレイマグナの子が、ネクロスラップの子へ魔法を……」
「まぁ、休み時間にひと悶着あったことが原因だろうね。ちなみに今日の授業は何かな。的役がないのであれば、この騒動を面白おかしく眺めさせてもらおうと思っているのだけど」
「い、いえ、し、しし、しっかりと、今日も回避役を、つ、務めてもらいます! ただ、あの騒ぎは収束させるひ、必要があるので」
「ので?」
授業が始まれば私語厳禁……それはそうだ。
けれど己は、まぁ、誰に対しても態度を変えないことを『とんでもなく強い』と評価されているので、教師にもこの態度である。
そして「魔力の扱いが未熟である」という生徒たちにとって己は貴重な人材でもあるのだ。夢幻の中であるからこそ魔物はいくらでも用意できるけれど、それらは作り出した者が知っている動きしかしない。言ってはなんだけど、学園の教師などという安穏とした仕事に就いた貴族の持つ魔物との交戦経験が豊富であるか、と言えば、勿論そんなことはなく。
だからこそ、己のような「自分で考えて動く的」は魔力の精密操作における重要な役割を果たすのである。
先にも述べた通り、己は聖護星見の始祖によって見初められた入学者。それに対してそんな扱いをするとなれば……まぁ、多少の融通も利くようになるというもので。
故、この教師はいつもいつも平身低頭なのである。まぁ己以外にもそうであるように見えるが。
「しゅ、収束を図らないと、い、いけない」
「今日は何を呼び出すのかな。実は楽しみにしているんだ、教師ドリューズ。昨日のサンドワームは撃退されてしまって、授業が進んだとは言えなかったからね」
「血の気が多いから、あ、あの子達には、魔物ではなく」
直後──海が出現する。
深海だ。まぁ水圧などがないからただただ水を熾しただけ、なのだろうけれど、確かにこれは文字通りの「冷水」となる。
これによって喧嘩は収まり──。
「今の! 先制攻撃! ですよね!?」
その後、爆炎と激流の激しい攻防があったとかなんとか。