魔法使いたちの骨肉相食む血筋争いが見たい 作:reverofllaF / 永遠下降
ついに動いたらしい。
何がって、この企てをした者達が。
少女Aは間に合わなかったということだ。
未だ俯き、考えに考えている少女A。
──その周囲では炎が、氷が、雷が、鋼が……浮き上がっては消え、飛び回っては消えを繰り返している。
考えが筒抜けになる、なんて言葉があるけれど、あれはまさにその体現だ。
彼女の思考が全て「結果」となって顕れている。
「時間切れだよ、エンジェ」
「わかってる。……でも、タイムリミットの延長くらい、アンタにはできる。そうでしょ?」
「……自身の能力不足を棚に上げるのかい?」
「後悔もする。文句も後で受け付ける。だから──お願い。それともアンタ、恋人の最初の頼みも聞けないってワケ?」
ク、と笑みが零れる。
「やれやれ、己を守るための恋仲だったと思うのだがね。こうも良い様に利用されるとは思ってもみなかったよ」
「なら、解消する?」
「いいや。これでも己は一途でね。君から否を突き付けてこない限りはこちらも是を返そう」
粘糸が飛んでくる……けれど、もう見飽きたよ。
少女Aも考えに耽っているのだし、そろそろ良いだろう。
糸を、砕く。
「何を驚いているのかな、大蜘蛛諸君」
ヒトの言葉を解する知能はない。
けれど、恐怖を感じる。それは自身が捕食者から被捕食者となった気付きへの恐怖。
「一つ、授業をしてあげよう。君達を生んだ魔核。元は
わかるかい?
「樹液と名がついているにもかかわらず、樹液の成分なんか欠片も無い。ただ"そう見えるから"と、"そのように観測されたから"と……ただそれだけの理由で名付けられたもの」
樹殻より滴り落ちる高濃度ナノマシン塊。
見た目が琥珀色の液体であるというのも相俟って樹液とこそ名付けられたけれど、その実
そう、樹殻はただ吐き出しているだけなのだ。世界に満ちてしまったナノマシンをその身に溜め込み、しかし己に必要のないものだから、と排出しているだけ。なれば
──前文明の人類には無理なほどの圧縮。ナノマシン技術によって発達を重ねたあの文明でも届かなかった領域の、樹殻という植物が至った
「とまぁ、
破壊できる。「超高圧縮されたナノマシン」は半固体状となり、まるで液体になったかのように見える。その中からナノマシンの幾らかが大気中へ抜け出ることで半固体から個体へと変質する。それこそが魔核であるけれど、本質的な部分はどの状態であっても変わらない。
「いいかい? もう一度言うよ。──魔力とは、破壊可能なものである。それが高密度になればなるほど、高濃度になればなるほど視認も容易になり、形も固体から液体へと近づいていく。君達が知っている通り、樹液となった魔力は生物にとって毒であり蜜。生体が吸収し得るものとなるし、外からの干渉を受け付けやすいものとなる」
魔力の状態であれば。つまり、ナノマシン一粒の状態であれば──破壊は難しい。己であっても時間と準備を要する。
けれど一度「構造体」になってしまえば。
「では問題だ。魔核より生まれ、魔力によって編まれた君達の身体。その硬殻と粘糸は、どちらに"生体比率"が寄ると思う?」
手に持つ『ココダトレイルの大蜘蛛』の前肢。
認知不可能な速度でその一体へと肉迫し、腹の複数個所に突き出た糸いぼの一つへ──突きを繰り出す。
その衝撃。その威力。
自分でもあり得ない音が鳴ったと考えられただろう。本来であればにゅるりと「突き刺さったもの」を絡め取るはずの紡績腺から……何か乾いたものが砕ける音が響く。
さらにそれは伝播する。突き刺さった個所から腹全体へ、いいや、全身へ。
「これが君達
砕け散る。『ココダトレイルの大蜘蛛』の全身が、水分を抜いた粘土細工のように。
「君達は生命体が魔力を有している、というより、魔力生命体とでも呼ぶべき存在だ。悲しいかな、君達を生み出した人間は君達に賛歌を贈ったことだろう。最強だと。これに勝てる魔法使いはいないと。──ああ、無知から賜る鼓舞が、こうも運命を捻じ曲げるものか」
どの道生まれた時点で空腹に思考を占有される運命だったとはいえ。
もっと長く生きるやり方くらい、沢山あったのにね。
「──ねぇ、アンタ」
「うん?」
振り返る。
そこには、地獄があった。
「……!」
「アンタが高らかに語ってた話。それが全部本当だとして、一つ訊きたいことがあるのよね」
「なにかな、エンジェ」
「魔力で編まれたものが破壊可能、っていうのは」
地獄、だ。生物であれば誰もが幻視する地獄。煮えたぎる熔けた岩と全天を覆う薄闇。
少女Aはそれを浮かべている。
「同じ魔力にも、できること?」
「勿論。君達魔法使いはそれを感覚で理解しているけれど、より理解を深めたのなら──」
「だったら」
ついに動き出した黒幕らのいる方向。こちらに来ていない子蜘蛛が待ち構えている方向。
海、いや、球体。……長らく見ていない天上の火球。地獄という海を纏う「恒星」という名の天体。
「私にできるのは、これだけ」
やがて臨界を迎える「ソレ」。少女Aでは制御しきれない、というわけでもない様子だ。
ただ魔法がその球体の形を保っていられないだけだろう。
手の翳した方向へ。
中身が、零れ落ちた。
──音が消える。世界が真白に染まる。
やがて……色と音を取り戻していく世界。
ぐらりと倒れ行く少女Aを支えに戻れば、彼女が世界に齎した爪痕を正しく観測することができた。
開けている。
認識錯誤の結界とか、待ち構えていた子蜘蛛とか、本陣で何かをしようとしていた黒幕とか……今にも放たれようとしていた親蜘蛛とか。
その全てを吹き飛ばし、消し飛ばし、熔解させた少女Aの魔法。
「……参ったな。段階を飛ばし過ぎだよ、エンジェ・エレメントリー」
少女Aは気を失っている。魔力欠乏……には陥らないよう調節したみたいだけど、一度に失った魔力が大きすぎて脳が強制的に意識をシャットダウンしたようだ。
今の光線は、前文明にあったとある兵器と同等かそれ以上のものだ。
太陽光の再現に飽き足らず、太陽を作り出そうとしたことを発端に、さらにはそれをぶつけてやろうと考えた馬鹿がいたのだ。
当時は古代におけるあらゆる兵器よりも広範囲且つクリーンな殲滅が可能なナノマシン兵器が多数あったから、
太陽を模すためだけに心血が注がれていたせいか、他全ての制御が甘く、さらには高濃度ナノマシンを着弾地点に撒き散らすとかいう「人間の住むことのできない土地」をわざわざ作り出すようなものだったからね。糾弾に次ぐ糾弾によって弾劾され、その馬鹿は歴史の影へと消えていったけれど。
確かに、ナノマシンで溢れ返った今の世ならば……
なんて裏事情を知らずに放ったのだろうし、正直どういう思考を経てコレに辿り着いたのかはさっぱりわからないけれど、うん。
「君は馬鹿だね、エンジェ・エレメントリー」
「……これ、エンジェがやったのですか?」
「ん……やぁ、シャニア・デルメルサリス。それにケニス・デルメルクランも。無事だったのか。それは良かったね」
あと少女C、恐れ戦いているところ悪いけれど、君の使った
「お前たち! 無事か!」
と、上空。
慌てた様子で己達のところへ向かってくる教師陣。ああ、まぁそうだろうね。認識錯誤の結界で万事滞りなく進んでいたはずの遠征課業が、突如
「状況説明は任せるよ、シャニア・デルメルサリス。ところで君達は何体の魔物を倒してきたのかな」
「あー……一応、六体、か?」
「一応?」
「ケニスさんの結界で閉じ込めた六体の魔物を私が『空間の狭間』へと落としました。殺したわけではありませんが、出てくることはないでしょう。それと『噂の平民さん』、状況説明を任せられても、ここで起きたことを知っているのは気絶しているエンジェとあなたのみです。あなたがどうぞ」
「そうは言ってもね。己とエンジェが倒した魔物はたったの三体で、さっきの魔法に巻き込まれただろう魔物が観測できた限りで六体。つまりもう一体どこかに隠れているはずなんだよ」
アレには産卵器官がないから増えることはないだろうけど、これほど開けてしまった森からは容易に出ることができるだろう。
一生満足しない暴食の大蜘蛛。回収する魔法使いがいないからいつか腹を破裂させて死ぬのだと思えば追う必要はない……けれど。
そんなの勿体ないじゃないか、って。
だから『ココダトレイルの大蜘蛛』、その子蜘蛛クンが食べ過ぎでお腹を壊す前に、こちらで回収しておきたいんだよねェ。
「魔核も先程の魔法に巻き込まれたようで、探知が可能となりました。……今、私にできる限りの広範囲探知を行いましたが……背後の森にある魔核以外、高濃度の魔力を纏う魔物は存在しません。失礼ですが、数え間違い、あるいは観測ミス、ということはありませんか?」
「……まぁ、可能性がないわけではないね。じゃあもう一つだけ言い訳、いいかな」
「はい?」
「己は早々に武器を失くしてね。ずっとコレ……あの大蜘蛛の前肢で戦ってきたのだけど、うん、どうやら限界らしい」
ポキ、と小気味いい音と共に折れて割れて砕け散る前肢。
そして……エンジェを抱えたまま、立っていた枝の上でふらりと身体をぐらつかせる己。
支えは……あった。少し硬いけれど、結界だ。
「っぶねぇ……!」
「武器もだけど、己も、だ。この森は……魔力濃度が高すぎたね。平民には少しキツいよ」
「そういえばそうじゃねえか! 先生、除染を──」
ゆっくりと目を閉じていく。
ま、いつものアレだ。己の身体は一つしかないからねェ。
肉体はここに置いて、『ココダトレイルの大蜘蛛』を探しに行こうじゃないか。
見つけはした。
した、けれど。
「死んでいる……けれど、食べ過ぎで死んだ、というより」
内側から腹を突き破られて死んだ、という感じだ。
周囲を見る。
名前は知らないけれど、村と里の中間規模くらいの集落。至る所についた粘糸と破壊痕から、ここを襲ったのが『ココダトレイルの大蜘蛛』であることはわかる。
わかるけれど……少女Aがあの森を破壊してから、まだ三十分と経っていない。
それでこれほどまでになるものかな。
とりあえず、周囲で死んでいる人間の肉体に憑りついて修復を行い、『ココダトレイルの大蜘蛛』の回収に取り掛かる。
……脳から記憶を取り出したけれど、ふむ、『ココダトレイルの大蜘蛛』に襲われたことは間違いないみたいだ。加えて平民の村だったから、対抗手段もなく……文字通り為す術もなく壊滅させられた、と。
しかし『ココダトレイルの大蜘蛛』に食われて尚意識を保ち、腹を突き破って出ていける存在が……いないな。少なくともこの肉体の記憶にはない。
というかこの肉体、どうして残っているんだろう。あの蜘蛛は際限ない空腹を覚えるはずだ。魔力を持たない平民であっても興味を示さない、なんてことはない。美味しそう、美味しくなさそうに関わらず食するはずだから。
この肉体の記憶の最期は……最愛の妹を庇っての死亡。なら安直にその妹が『ココダトレイルの大蜘蛛』の腹を破った者? それともこの肉体が?
生まれてから
うーん。めぼしい情報はなし。『ココダトレイルの大蜘蛛』の遺体は一片残らず回収できたから、あとで蘇生するなり培養するなりして増やそう。繁殖器官を取り付けて野に放つのが一番かな。『戒律機関』にも登録しちゃったわけだし。
ただ、気になる。
始祖CCじゃないけど、もし平民の中から己の与り知らぬ魔法使いが発生したとなれば……それはまたある種の可能性として捉えることができる。
管理したいとは思わない。争ってほしい。そしてその争いの中で、できることなら愛憎を見せてほしい。
物音。
「……お兄、ちゃん?」
「テリア。良かった、生きてたんだ」
記憶のままに話す。
シミュレートは完璧だ。なんせ彼の記憶をそのまま使っているのだから。真似しているとかではなく、データセットをこの状況に当てはめているだけ。
彼女がこの肉体の妹、テリア。
ふむ。ナノマシンの検知無し。肉体強度、構造、共に簡易検査では一般の域を超えず。精密検査は専用の施設を要するからなんともだけど、正直期待薄。
「な……んで、生きてるの、お兄ちゃん」
「なんでって……あの後、あの怪物は僕に興味を失くして、どっかいっちゃったんだよ。背中の傷から血がたくさん出たから死んだんだって勘違いしたんじゃないかな。あの時僕も自分が死んだんだって思って気絶してたみたいだし」
「嘘!!」
……殺気?
年端も行かない少女が? 記憶にある限り……戦闘行為というか、剣の稽古もしたことのないような少女が?
「お兄ちゃんは死んだ……死んだもん! 私を庇って、だから、逃げてって、逃げろって……お腹に……穴が、開いてて」
「うーん、でも僕は生きてるよ。ほら、お腹にも穴なんて開いてない」
「死んでなきゃおかしいもん!! じゃないと、じゃないと……」
子供とはいえこうもヒステリックに叫ばれると耳を塞ぎたくなるねェ。
しかも支離滅裂だ。死んでないとおかしい、というのは……どうにも客観的過ぎる。
「じゃないと、私がここにいることが、
「……テリア? どういう……何を言って」
──
「だから、あなたはお兄ちゃんじゃない!」
「そんなこと言われてもな……。……うん、テリアは混乱してるだけだと思う。僕はテリアの言うことは嘘だって思えないから、ちゃんと話を聞くけど、でも……今は落ち着いて」
──
「へえ。……そういうこともあるのか。それは……楽しみだな」
「っ、やっぱりお兄ちゃんじゃない! あなたは誰!!」
「そういう君こそ誰なのかな、テリア。いいや、テリア・トーインタイム」
──
──
「ああ……成程、君自身に力はなかれど、力あるものに引っ張ってもらったのなら、確かにあの結果にはなるだろう。であれば誰かな、君の後ろにいるのは。やぁ、二十年後の誰か。声は届いているのだろうか」
「……この人、危険……!」
「君には欠片も興味が無いんだ、少し黙っていてくれるかな、テリア・トーインタイム。己の声は届いているはずだ。君の操り糸に声を這わせているのだから。それとも返事をした瞬間に正体が露見するとでも考えているのかな。であれば己と同じ年代の生まれか、同僚か、あるいは──己か」
ハットとスーツを纏い、モノクルをつける。ステッキとキャリーバッグも虚空より取り出して、完成だ。
こういう時己は恰好を付けるからね。
さて、己の遊び場に釣り糸を垂らす相手の顔は、どんなものかな。
「き、緊急事態! 緊急事態! すぐに私を帰して! 纏ってる魔力の量が尋常じゃない──なにあれ、この時代の魔王!? お兄ちゃんの身体を使って何をしようと──」
「魔王? まさか後の世にはそんなけったいなものまで生まれるのかい? いや困るな、あんまり人類の敵に出しゃばられると、人間同士の諍いが減ってしまうじゃないか。ああだから、そういう意味では安心するといい。魔王らしき者が現れようものなら己がその芽を摘み取っておいてあげよう。それで世界平和だ。良いことだろう?」
少女Tの姿が泡となって消えていく。
ナノマシンによる長距離転移に似ているけれど、違う。あれはナノマシンの粒体挙動が横軸なんだよ。
その縦軸挙動は……前文明も、そして己でも辿り着けていない事象。
まさかそれを魔力からのアプローチで実現させるとは。
けど。
「己が誰かと聞いたんだ。顔くらい見せていきなよ、曳航者クン」
引き摺り込む。
別に危害を加えるつもりはない。ただ、相手の情報を……その視覚子をこちらへ投影する。
その顔は。
「……エンジェ?」
今現在己と恋仲の少女。それを大人にした姿、だった。
まさかとは思うけれど……君が魔王だったりする?